お姉さまとお話ししました
行動力は、それだけで攻撃力に転化します。
素早く動くということは、それだけで価値が高いのです。
トントンとノックし、返事を待たずにお姉さまの部屋へと滑り込みます。
流れるような所作はまさにプロのそれ、目の前に目標を定めて秘めた闘志をおくびにも出さずに微笑みを浮かべます。
「お姉さま。いらっしゃいますか?」
「あら、リリィさん。どうしたのですか?」
「少し……お姉さまと"お話"がございまして……」
そう、これはあくまで対話なのです。
私はお姉さまに暴力を振るためにここに来たのではなく、お話をする為に来たのです。
結果として間違いが起こるかもしれませんが、人生とはそういうものです。
「別に私はあなたに用事なんてないのですけど。それで一体なんの用ですか? 手短におっしゃってくださいな」
午後のティータイムと洒落こんでいたお姉さまは、不機嫌そうに私を睨みつけました。
座っていたソファーから立ち上がり、まるで威圧するかのように私を見下ろしています。
「ご安心下さいませお姉さま、手短に済みます。そう、手短にね」
カチャリと……後ろ手にお姉さまの部屋の鍵を閉めます。
普通ならばこの様なものはついていないのですが、プライバシーがどうたらとお姉さまがワガママを言って取り付けさせたものです。
馬鹿め。人を入らせないって事は、ここから出られないって事と同じなのですよ?
「……? リリィさん。どうして鍵を閉めるのですか? いたずらはよしなさい」
苛立ち混じりにお姉さまが声を荒らげます。
キンキンと耳に残るその言い草はとうてい淑女とは言えません。
しかも今、舌打ちしましたね?
びっくりするほど品がないです。どうすればここまで傲慢になれるのでしょうか?
反面、私は笑みを崩さずに靴底の沈む豪華なカーペットをたおやかに歩み、お姉さまと距離を詰めます。
お姉さまご存じですか? 狩りをする獣は、
「ちょっと! 聞こえているの!? 勝手にいたずらしないで――」
「黙れ」
「きゃあっ!!!」
攻撃の瞬間まで殺気を隠すものなのです。
レクチャーしましょう。
まずお姉さまの右手を掴み勢い良く捻じります。
すると相手の体勢が前のめりになりますのでその隙を逃さず相手の腕と共に背後に回ります。
後は野となれ山となれ。腕を軽く捻じり上げるだけでほらこの通り。
お姉さまは抵抗する事もできずに痛みに悶えています。
適度に調整しつつ関節が傷まないように相手を痛めつけます。
これが、私がレディース時代に総長さんから教わったサルでもできる関節技の作法です。
お姉さまの様な素人に逃れるすべはありません。
「ちょっ、……な、なにを」
「まだお元気なのですね……」
「あいたたた!!!」
少し強めに。
まだまだ元気なご様子でしたので、少しばかり力を込めて立場を分からせて差し上げます。
油断はしません。仕事はきっちりと行う性格ですので。
「お姉さま少しお静かに。次に喋ったらもっと痛めつけます。」
……こくこく。
涙目になりながらお姉さまが何度も勢い良く頷きます。
その様子に満足した私は、少しばかり力を緩めて背後からお姉さまの耳元まで口を寄せます。
「お姉さま? 私、思いますの。お姉さま最近ちょっと調子に乗っているんじゃないかしら? って……」
静かに、なるべく感情を込めずにそっと語りかけます。
大声でがなりたてるのは弱者の行いです。真の強者は事実のみで相手を威圧するのです。
お姉さまが恐怖で揺れます。楽しい。
「お姉さま。調子に乗っているお方はどうしなければいけないでしょうか? 昔お世話になった方はこう仰っていました。調子に乗っている奴はフルボッコだ……と」
「ひーっ!!」
悲鳴が心地よいです。お姉さまったらこんなに怯えちゃって。
でも、お姉さまが悪いんですよ? 私はこれっぽっちも悪くないのです。
「何の罪もないメイドに辛く当たって、お父様やお母様にもわがまま放題。
男性の使用人に至っては意味もなく折檻、あげく妹もぞんざいに扱う。
それって、とっても"調子に乗ってる"ことじゃあ、ありませんこと?」
「え、えっと、それは、それはその!」
「"調子に乗ってる"子はボコボコにされても文句は言えない。そう思いませんかお姉さま?」
「ひぃー!! いい子になります! いい子になりますからやめてー!!」
涙目で叫ぶお姉さま。
先ほどまでとは打って変わっての哀れな姿が嗜虐心をそそります。。
お姉さま、素敵です。流石私のお姉さまですね。関節決めて良かったです!
「まぁ! 心を入れ替えてくださるのですね! 嬉しいですアローネお姉さま。私もこれ以上お姉さまに関節を決めるのは心苦しかったのです!」
「う、うん……!」
何度も、何度も首を勢いよく上下に振るお姉さま。一見すると私のお話を聞いてくれたようにも見えますが……。ふと疑念が湧きます。
お姉さまの我が儘な性格は根強いものがありました。
もし私のお願いがちゃんと伝わっていなかったらと思うと、自然と意地悪な質問も出てきてしまいます。
「でも、お姉さまは今まで散々甘やかされてきたから、きっと私の言葉も三日もすれば忘れてしまわれると思うのです」
「そ、そんなことありませんわっ!」
「じゃあ、なぜ今日お姉さまは関節を決められちゃったのでしょうか?」
「………???」
途端、お姉さまはキョトンとした表情で瞳を泳がせています。
この、アホの子めっ……!!
「よろしい……」
「ひぃっ!!」
私気が付きました。
お姉さまはちょっと……いえ、かなり頭が残念な子さんなのです。
微かに残った『花令嬢物語』のシーンが思い浮かびます。
そう言えば、主人公のフローラさんを虐める時、いつだってお姉さまは取り巻きに乗せられる形で酷い行いをしていました。
主体性がないのですね、ならば私にも考えがあります。ここまで来ればもう後には引けません。
「今日から私がお姉さまのその性格を叩きなおして差し上げます。わかりましたね?」
「そ、それは……私は別に……」
眉を顰めるお姉さま。わかります。お勉強とか苦手で家庭教師に当たり散らしては何人も辞めさせて来ましたものね。
けど……、
まだまだ自分の立場をご理解していないのですね、お姉さま。
「おい、返事は?」
「ひゃい! よろしくお願いします、リリィさん!!」
「一緒に立派な淑女になって、素敵な王子様を見つけましょうね。アローネお姉さま」
もう十六歳になるのに瞳に大粒の涙を浮かべてひ~っと情けない声を上げるお姉さま。
彼女が思いやりの心を学ぶまで、私も決して諦めないことを誓います。
必要とあらば、何度でもシメましょう。
……ええ、何度でも。
そうして、二人とも素敵な王子様を見つけて幸せな結婚するのです!
拳をぐっと握り、未来に向けて決意を固めます。
総長さん、レディースチームの皆さん、見ていて下さい。
私、頑張りますから!
こうして、私にとって第二の人生。
定められたバッドエンドを回避するための、お姉さま改造究極計画が始動したのです。