第9話 エデン強襲
職員の居住棟BL-2は静寂に包まれていた。
あたりに人の気配がないところをみると、大方のスタッフや長期入院患者はBLー5以下の食物庫兼緊急シェルターにこもったのだろう。
BLー5からBLー10の区間はセキュリティも手動と遠隔の両面で管理されていて、入場できる関係者は古参の医師か若年のうちからバスチオン養成機関で教育を受けていた一部のスタッフ達だけだった。
それでも出資者から賞金を伴ったパージリストが提示されている以上は、工作員が紛れ込んでいる可能性は否めないのだが、シェルターは普通の病棟とは違って敵が内部にいることを前提として作られているため個々人の監視に死角ができないように造られている。
そう簡単にへたな真似はできないだろうと思われた。
短期滞在患者は規定通り所定の避難経路から地上の病院へ転院の途についているはずだった。
央間は大人が入り込むにはいささか小さすぎるダクトから芋虫のように身をくねらせながら,
シンプルながらも気品を感じさせるビジネスホテル調の廊下へと這い出すと、足早に自室の網膜ロックを解除して部屋の中へと滑り込む。
薄手の白パーカーとキャミソール、それにカプリパンツは元の色が解らないほどに煤けていた。
室内でも足音を殺しながら歩くのは、ロックがあったところで各自の部屋の扉はそう強い防壁にはならないからだった。手榴弾の一つもあれば簡単に扉が吹き飛んでしまう以上、武器の無い状態で見つかるのはどうにも面倒だった。
央間は歩きながら服を脱ぎ落として下着姿になるとクローゼットの中からいくつかの着替えを引き出し、とりあえず白のキュロットスカートとレッグカバー、ニーパッドだけを身につける。
小柄な体に一般的なタクティカル〈戦術的〉装備は機動性を落とす枷にしかならないし、迷彩も黒づくめも白を基調としたこの砦では目立ち過ぎるのだ。
寝室にあるサイドテーブルを横にずらすと、二色ベージュのタイルカーペットの床には傷のようなシミのような、小さな穴がポツリと覗いているのが見えていて
少女は上部のみ纏めた、肩まで伸びた茶髪に差し込んでいたヘアピンを抜き取ると、その形を無理矢理くの字型に引き伸ばし、床の穴へと器用に捻り込む。
すると床板は音もなく片側を跳ね上げて内部のガンセーフ兼収納庫を露わにした。
央間は手早くスポーツブラの上にボディーアーマー〈防弾チョッキ〉を装着すると、その上からぞんざいに七分丈の白いシャツを羽織る。
官給ベルトは予備用ゆえに通し穴の数が足りず、CQCナイフで無理矢理に新しくこじ開けた。
「予備用も事前に処理しておくべきだったな……。革もまだ硬い……」
不満を漏らしながらも少女は腰に巻きやすいように官給ベルトの所々にナイフで溝を付けた。
指貫のグローブにはデジタル時計と血圧・心拍等のチェッカーが施されている。
特別性の白衣はいざと言う時に光学迷彩のスクリーンとなってくれるものだが、長袖はどうにも煩わしいのでいつものように肘のあたりまでたくし上げてボタンで止める。
左耳には連絡用小型インカムを引っかけた。
「tomo。聞こえるか?」
試しに語りかけてみるも反応はまるで返ってこない。
侵入者にセキュリティまで掌握されているとすれば今の行動は自分の居場所を教える行為にしかならないのだが、それ以上に単独戦ではセキュリティから得られる情報は有用だった。
自然、ため息がこぼれ落ちてしまう。
持って行く武器はM14アサルトカービンとサプレッサー(消音機)付き40口径グロック22カスタム。9ミリハンドガンとCQCナイフ。そして小ぶりなスタンガン。
弾丸も麻酔弾と通常弾の二種を装備しておく。
太ももに付けられるウエストポーチ型のメディカルキットには簡易注射器に詰められた麻酔薬が入っている。
全ての装備を済ませると央間は足早に入口ドアの壁に背を這わせ辺りの様子を伺った。
襲撃者がなにもかもを破壊したいだけなのなら全ての棟で爆弾を使えば済む話だったのだ。
わざわざ電気系統を移管する時間を与えて人気の少ない棟を爆破し巣穴から住人達を追い出したことには意味があると思って間違いはない。
つまりは彼らはバスチオンという施設が欲しいのだ。
ならば『エルフ』がいる場所はバスチオンの主要箇所。移設先の配電エリアかセキュリティエリアかのどちらかだろう。
電力を奪われた地下病院など水に沈められたドラム缶のようなものだ。
多数の著名人を長期入院患者として扱っている以上、そこで何人もの死傷者を出せばバスチオンは病院としての権利を剥奪される。この施設を自分の掌の上で利用したい人間にとっては良い口実ができると言うものだろう。
扉の外からは、意識して靴音を抑える人間の足音が近づいてくる。
「さっそくおでましか……」
入口に設置された電気スイッチを改造したようなパネルは、磁気で扉をどちら支点からでも開けられるように操作できるようになっていた。
央間は4つ並んだボタンのうち右上のボタンを片側から剥がすようにこじ開けて中の小型監視モニターで廊下の様子を確認する。
通路の奥から一人、武装した黒づくめの男が近づいて来ている。
続けて電気パネルのLEDライトが透けて光る箇所を強く押し込むと
内開きの金属性の扉は虫避けの紫外線灯がはぜるようなビリリという小さな音を立て帯電した。
人影が部屋に近づくのを見計らって、央間は肘でコツリと壁を小突く。
暗殺者のタクティカルブーツが床を踏みしめる音が扉ににじり寄り
手をかけられたドアレバーが僅かに傾いた瞬間
ドアに流されていた電流に感電した暗殺者が大げさな音を立てて廊下に倒れ込む。
央間はすぐさま機器のスイッチを切ってドアの通電を止めると
遠くから足音を殺しながらも小走りで駆けてくる暗殺者の仲間を待った。
央間は静かにグロックをコッキングする。
ドアの外ではタクティカルブーツのソウルの擦れる音が小さく鳴き声を上げていた。
暗殺者は扉の前に突っ伏す仲間の状況を声も立てず確認している。
そこへ衣擦れの音で状況を伺っていた央間が扉のノブ側を逆支点に一気にドアを開け放ち、サプレッサーで音を殺した弾丸を中腰の暗殺者が姿勢を立て直す前に銃を握る右手足の付け根へと掠めるように撃ち込んだ。
「くぉっ……!!」
黒ずくめ暗殺者はそれでも起き上がり左手にベレッタを握り込み央間に反撃しようと試みるが、努力空しく央間の近接手刀によってあえなく男は意識を奪われ床に転がされる。
央間はもう一度部屋のモニターをドア外から覗き込み、辺りに人がいないことを確認すると
廊下の壁に等間隔で仕込まれたフェイクボタンを押し込んで廊下の床板を自動ドアのように開放した。
床下はベルトコンベアのようになっていて、少女が麻酔を打ち込み眠らせた男達を転がし落としつつボタン操作を行うと、暗殺者達は動き出したコンベアに乗って処置室へと送られていった。
そのまま央間はBLー4からLS-4へと向かう。
中心エリアであるセンター「エデン」は1階を除いて基本複数階突き抜けの構造になっているためこの階からは入ることができない。
央間はLS-4に繋がる連絡通路の入口で観葉植物の影に隠れながらLS-4の様子を伺うが、隣接フロアにはいくつかの靴音が僅かに響いていた。
人数で言うならば3人位か。
連絡通路の壁沿いを辿りながらまず少女は目の前に歩いてくる暗殺者の首辺りに吹き矢状の麻酔針を射出する。
続いて朦朧とよろめいた暗殺者の体を倒れぬように抱き込むと急ぎ背後の観葉植物の影に引きずり込んで他の見張りから身を隠す。
央間はそこから二人目の暗殺者の影を視認すると、息を殺して様子を伺い見張り同士が見えない位置に離れるのを待つ。
こんな時は白衣の光学迷彩を使いたい所なのだが、生憎とこの装備はセンターエデンフロアでしか使えない。
央間はタイミングを見計らって足音を殺し、二人目の背後に足音を忍ばせて近付くと、黒ずくめの暗殺者が気配に気付いて振り返ろうとした瞬間に、スタンガンを腰に押し当て男の体を立たせた状態のまま支え昏倒させる。
その音に気付き残りの一人が廊下のカーブから顔を見せた所で少女は気絶した暗殺者の影から最後の一人の胸ポケットに覗くトランシーバ表面にサプレッサー使用のグロックの弾丸を打ち込むと仲間との連絡手段を遮断した。
残りの暗殺者はすぐにライフルを構えるが央間は盾にした男を投げ出して観葉植物の大理石調の四角い鉢植えの裏に転がり込む。
そして照準を合わせたかも怪しい程の一瞬で、麻酔弾を詰め込んだアサルトカービンのトリガーを引き暗殺者の腕に撃ち込んだ。
麻酔は男の二の腕に空いた僅かな隙間、動脈を避けた腕の側面にヒットする。
とは言え麻酔弾だけではすぐに動きは封じられない。少女は間を空けずもう一発の弾丸を男のふくらはぎに掠めると
鉢植えの裏から一気に飛び出して渾身のハイキックでとどめをさした。
童顔女医の口からは再び溜め息がこぼれ落ちる。
「……搬送だけでだいぶ体力を削がれそうだな……」
いつもならば侵入者の搬送はスタッフかグスタヴィが引き受けてくれていた。
女一人でいかつい男三人を回収するのは割りと骨だった。
それでも搬送中に目覚められては困るので充分に眠ってもらえるだけの麻酔処置はしっかりとやっておく。
一人になってみると普段人にどれだけ支えられていたのかが良くわかる。
「……グスタヴィ……」
バスチオンに帰還して一番始めに向かったのはPA-3だった。爆撃を受けたとはいえ本来の構造が鉄壁であるために
側面の水槽やそれぞれの扉こそ煤けて破壊されてはいるもののフロア自体の様相に変わりはなかった。
そしてそのどこにもグスタヴィが装備していた銃器の残骸は見当たらなかったのだ。
それを見て央間はグスタヴィが生きていることを確信した。
『やー央間ちゃん。生きてるー?』
聞きなれた間の抜けた女の声は、床下のベルトコンベアに三人目の暗殺者を蹴落とした頃に耳元の小型インカムに鳴り響いた。
「こんなに長く席を外すならもう一人くらいオペレータを雇ったらどうなんだ」
央間が返す言葉も呆れを含む。
『ごめんごめんー。ちょっと大事な用があってさー』
「で。『エルフ』の居場所は解ったのか?敵の装備と人数。分布も教えてくれ。それと今、施設内に居る医師の名前も」
『うーん。それがみんな一ヶ所には留まってない状態だから特定がしづらいんだけどさー
目的地は電力供給エリアみたいだねー、そこまでの経路に基本装備の暗殺者がだいたい50ちょっとってとこかなぁー。
CE-8の奴らはガトリングガン2台で武装してるよー。』
「ガトリングガンか……。ハンターかエージェントか。は、この状況じゃ関係無さそうだな」
『そうなんだよねー。身内がシェルターにいる以上は変装して入り込む気質のエージェントはシェルター内でしか動けないしー
今回の環境だとエージェントもハンターに紛れてると思うよー。ちなみに処置室には……』
唐突にノイズが入り交信が不安定になる。央間は辺りを警戒しつつ歩を進めながらインカムの状態を確かめる。
「tomo?どうかしたのか?」
ノイズは一層激しくなるが、10秒程で音はクリアになり、変わらず呑気なセキュリティの声が帰ってくる。
『ごめんごめーん。ちょっとライン越しにお客さんがー……。とりあえず処置室には医長がいるよー。』
「無線がまずければ有線切り替えで問題ない」
『おけー。隔壁操作が不安定だからそれだけ気を付けてねー』
「了解」
言葉を交わしながら央間の足はLS-2のエレベーターホールに向かっていた。
少女は吹き抜けから上下層階の様子を伺うと右手に拳銃を握り締めたまま鉢植え状のバルコニーに足をかけ、エレベーター横についたすべらかなステンレス排水パイプのようなものに左手を巻きつけるとそのまま下層を目指し一気に滑り降りる。
と、LS-8まで下ったところでフロアの床に倒れ込んだ私服の人影を見つけ、両足のソウルでパイプを挟み込んで降下スピードを落とした。
見たところ倒れた男にはすでに息はない。服装や背丈に見覚えがあることを考えるとリスト入りしていた患者の一人だろう。
「逃げ遅れたのか……。緊急避難で手薄になったんだな……」
央間は苦々しげにそうごちると唇の端を噛む。
このフロアは隣接するショッピングモールエリアであるCE-8を補助する倉庫兼厨房の並ぶ空間だった。
央間はパイプから30センチ程離れたエレベーターを囲い込む外枠に飛び移り、柱に身を隠しつつ周囲の気配に耳を済ませる。そして辺りに人影がないことを確かめるとエレベーターの外枠の端から助走を付けて、吹き抜けを囲う緑化バルコニーを飛び越えLS-8フロアに降り立った。
央間はバウムクーヘン状フロアの内周壁に背を這わせ、消火栓扉の赤文字に紛れた隠しUSBポートに白衣の内ポケットから取り出した小型USBケーブルを差し込んでインカムに繋ぐ。
そのまま赤文字下部のスペースに数本の指を押し当てると、指紋を認証したその風変わりな通信機から耳に録音されたtomoのメッセージが流れてくる。
『報告しまーす。敵勢力の危険値予測。
警備最強地帯CE-8約13名、LS-8とPA-8側渡り廊下に一つづつガトリングガンを配備。
爆破損壊のPAフロア以外、外環5つの各フロアに2、3人づつ
最下層区域に動いたエレベーターもあるから地下10階の処理場付近には気を付けてねー。
それから諸事情によりセンターエデンの光学迷彩は二分くらいしか使えませーん。今ちょっと手一杯でーす』
相変わらず緊迫感の感じられない態度だが音声越しの手元のキーボードがいつも以上に忙しく音をたてている所を聞くと、あちらもまだ回線上の客人とやりあっているらしい
見れば遠目に見える隣接フロアを塞ぐ隔壁は異物の挟まった自動ドアのように開閉を繰り返していた。
しばらくは遠隔操作系の館内装備にはあまり頼れそうにない。
「地道に一人づつ片付けて行くしかないか……」
そう言うと央間は口を消火栓扉に近付け指ぬきのグローブに埋め込まれたデジタル時計に目を落とす。
時刻は15時20分を回っていた。
「要請。15分後LS-8からゴーストで進行。状況を見てPAラインの開放を求む」
ボソリと、それだけ呟いて少女は官給ベルトのポケットから取り出したスマホ大のタブレットデバイスにインカムに繋いでいたケーブルを差し込み、
ディスプレイ上に表示されたパスワード画面に数字を打ち込んで声紋認証を行うと館内地図と周辺エリアの監視カメラ映像を呼び出す。
現エリアの見張りは2名。映画館や飲食店などが立ち並ぶショッピングモールエリアはtomoの言う通り十数名の暗殺者プラスガトリング装備で固めている。
CE-8の上階はエネルギー供給施設の一つで、警戒が厳しいのは無理も無いことだった。
センターエデンフロアは天井や壁面の奥行きを映像によって視覚操作しているので
現時点で敵がそのことに気付いているかどうかは確かではないのだが、どちらにしろCE-8は早いうちに取り戻しておかねばならないエリアだった。
少女は銃口の向きから作戦進路を模索する。
央間はもう一度辺りの気配に耳を済ませると身を低くして見張りの死角に近い通路まで素早く移動した。
エレベーターホールから放射状に伸びる廊下の観葉植物の影に、見張りの一人の影がちらついている。
少女はそのまま物陰を辿りながら見張りとの距離を詰めるとあえて自分から遠い方の暗殺者の背中にサプレッサー装備のアサルトカービンで麻酔弾を打ち込んだ
「……ぐっ……!?」
消音器を着けていたところで発砲に気付かない相手ではない。
少女はトリガーを引いた時点で床を踏み切って二メートル前方でライフルを構えようとしていた近場の暗殺者の顎をM4の肩当てで思い切り打ち払った。
そしてがら空きになった男のボディーアーマーの隙間に、官給ベルトから取り出したスタンガンを勢いよく差し込むように食い込ませ電撃を浴びせる。
「ぐひっ……!?」
男は小さく痙攣しひきつるような声を上げてその場に膝を折り倒れ込んだ。
「……搬送……。する余裕はないか……」
昏倒した暗殺者の体に麻酔を打ち込みながら央間は時計に目をやって時刻を確認する。
15時31分。
深く眠り込んだ見張り達はそのままに、少女は急ぎ長期入院棟からセンターエデンへの渡り廊下まで走り寄る。
開閉を繰り返していた渡り廊下を遮断するための隔壁は先程より気持ち動作が遅くなっているようだった。
恐らくはtomoが手動操作も含め調整してくれているのだろう。
少女の細い体躯であればこのままのスピードでもすり抜けることは難しくはない。
央間はM4を一度壁に立て掛けるとたくし上げていた白衣の袖をほどき、頭の上からショールのように被ると襟元に折り込まれていた白い黒子の面のような布を顔の前にさらりと下ろす。
そして胸元でショール状の白衣を止めつけると、M4を拾い上げマントのような白衣で覆い隠した。
時刻は15時34分。
隔壁の開閉タイミングを見計らって少女は音もなく渡り廊下へと進行する。
CEフロア側の隔壁から暗殺者の顔が央間の方へ向けられようとした時
「!?なんだ!?」
ほんの一瞬。チカチカとフロア全体の照明が点滅する。
「気を付けろ!」
どこか仲間意識が高そうな男が警告を発する所を見るに彼らはハンターの部類の暗殺者だろう。
しかし男の訓戒が届く頃にはもう遅い。
光学迷彩をまとった少女はすでにエデンに侵入しLSフロア側のガトリング操者の背後に忍び寄り首に麻酔針を打ち込んでいた。
「おい何ボッとしてんだ!」
男が倒れる寸前に央間は三脚ごとガトリングガンを横倒しにして自らも簡易的なクレープショップの物陰に転がり込む。
「いたぞ!!」
暗殺者達の装備の擦れ合う音が近付いてくるが央間はあえて引きずり込んだガトリングガンを手持ちの器具でバラバラに分解してしまう。
周囲には多数のタクティカルブーツが床を踏みしめる音が響いていた。
少女は後ろ腰に下げたグレネードスモークとゴーグル付きフェイスマスクを掴み取り、マスクを自らの顔面に這わせると、スモークのピンを引き抜いて渡り廊下から伸びるメインストリートに放り投げる。
「くっ・・・!」
50メートル程の範囲に白煙が立ち込めて敵味方問わずにその視界を覆い隠して行く
しかし暗殺者達は一様に必要な装備を備えていた。
故に大した時間稼ぎにはならないのは解っていたが敵陣に隙が生まれた時点で央間はスタンガンとM4を携え駆け出している。
「……1」
少女はボソリと呟いてまずはすぐ目前にいたハンターの背後に回り込みスタンガンを捻り込むと、次に進行方向から近付く人影の手足をシルエットを便りにM4で撃ち抜いて行く。
「2……3」
対面側のガトリングガンは仲間を巻き込むことを懸念してか、未だ銃撃しては来ない。
央間は煙の中を疾走しながら近接はスタンガンで、遠距離はアサルトカービンで撃ち取って行く。
「うっ……!!」
「4……5……6」
しかし煙幕を出た瞬間、央間の右肩口が攻撃の甘さで動きを封じ損なっていたハンターのライフルによって掠め取られる。
「・・・っっ!!」
少女はもう一度ベルトからスモークを取り出すと、ずらしたフェイスマスクの隙間から歯でピンを引き抜き、進行方向に放り投げてから横に飛びすさりつつ背後を振り返って
太ももを撃たれながらも身を起こしかけていたハンターの傷の無い膝の皿をライフルで撃ち抜いた。
「……くそっ……」
央間は思わず唸りを上げてしまう。
一人での特攻でなければ普段は狙うことの無い箇所だった。
自然、少女の顔は苦し気に歪んでしまう。
「……戸鞠の再生医療に頼るしか無いな……」
ただ今はそんなことを思い悩む暇はなかった。
敵は煙に紛れ全包囲から一斉に襲いかかってくる。
しかしここは、幸いなことに少女のホームだった。
「がっ……!!」
「ぐふっっ……!!」
まずは突破口を開くため左サイドの二人を片付ける。
「7……8……」
ハンター達の銃弾を避け央間は踊るようにくるくるとハンターの死角に回り込んではスタンガンを打ち込み、またM4の銃身を叩き込んで暗殺者達を地に伏して行った。
きらびやかな映画館のネオンを、煙幕から襲う銃弾が弾き飛ばして行く。
央間はそのままメインストリートに据えられた噴水の柱を駆け上がって、ストリートに植えられた街路樹に飛び移り、そのままアメリカ調の店舗の屋根を疾走して、PA-8側に配備されたガトリングガンを握る男に思い切りダイブした。
骨の折れる嫌な音と共に男がうめきを上げる。
「9。悪いな……」
言って央間はすぐに男に麻酔薬を打ち込んで、先程と同じようにガトリングガンを建物の影に引き込むと銃身をバラバラに分解した。
「ヤロぉー!!」
憤怒する男達に少女の冷静なツッコミが返る。
「野郎ではない……」
残りあと4人。セミオートで連射される銃弾がすぐ横のコンクリートの壁を穿って行く。
煙幕はまだ有効だ。ただしまだ、動くには早すぎる。
「!」
ふいに、背筋が冷えるような感覚に襲われて少女はその場から飛びすさる。
ゴウ゛ッ
一秒前まで央間が屈んでいた床には、深く抉られたような穴があいていた。
見上げると暗殺者にしては細身の男が屋根の上から少女を見下ろしている。
煙幕の中で正確に少女の場所を把握できるのだから、その男の目に装備されているのは赤外線スコープだろう。
筋肉が収縮して央間の体に力が篭る。
この男はハンターではない。
明らかに今までの暗殺者とは様子が違っていた。
「……エージェント……か」
言うならば、どこか自分と似通った匂いを醸し出す人間である。
煙の向こうに表情は見えない。ただ、屋根の上の男は笑っているような気がした。
うっすらと滲んでくる汗を感じながら、央間はそのままエージェントから目を逸らさずにハンターのいるメインストリートの方へ後退り、
背後のハンターが構えを取る銃器の擦れる音を聞いて地を蹴り真横に側宙する。
ハンター達の放った弾は央間の髪をすり抜けて建物に被弾した。
その時、メインストリート左側から、重い扉の開く音が聞こえてくる。
PAフロアへの隠し扉が開いたのだ。
「遅い……!!」
央間は苦々しくそう吐き捨てると、音のする方向へ全速力で駆け出して行く。
ハンター達の荒々しい足音と時折体の横をすり抜けて行く銃弾を横目に
向かう先には臨時通路のような渡り廊下が口を開けていた。
他と同様に水槽に包まれたトンネルを一気に走り抜け廊下を進んだ突き当たりの鉄扉を開けた先には、爆破前に放棄された第1サーバールームが広がっていた。
野球場程度の広さのフロアに整然と立ち並ぶ筐体〈キョウタイ〉達を、爆破の衝撃で所々破損した照明が頼りなく照らしている。
央間はそのままサーバーラックの間を疾走し、適当な位置まで移動すると右折してラックの影に身を隠した。
頭から被っていた白衣も、その場で袖を通し肩口で袖を留める。
が、その足元に筐体上部から複数発の弾丸が降り注ぐ。
「……やっぱり居たか……!」
央間はその場を飛び退り、再び筐体の合間をすり抜けて行く。
央間がエデンに突入した時点で襲撃者達はエデンに繋がりうる地点に殆どの人員を集めたのだ。
「ぎゃぁっ!!」
背後から追跡してくる暗殺者が悲鳴を上げる。
「撃つな!!跳弾してるぞ!!」
ハンター達が一斉に身を低くして物陰に隠れる。
辺りには金属製の筐体や天井から跳ね返るいくつもの銃弾の音が響いていた。
そしてSS-8に続く廊下へと差しかかろうという時、渡り廊下からサブマシンガンが耳をつん裂くような咆哮を上げた。
「一旦退却だ!!別ルートから回り込め!!」
さすがに跳弾部屋でサブマシンガンを連射されては無傷では済まないと悟ったかハンター達は蜘蛛の子を散らすように方々へと散って行った。
少女は慎重にSSフロアへの廊下の入口に近付くと射撃の収まった通路を覗き見る。
「!グスタヴィ……!!」
そこには見慣れた大男がサブマシンガンを抱えて40連マガジンを入れ替えていた。
「挨拶は後で良い。下がるぞ」
言ってグスタヴィは壁際にかがみこんだ央間の襟首を掴み上げSSー8に続く渡り廊下の奥へと放り投げる。
そしてグスタヴィも再びマシンガンを撃ち鳴らしながら急ぎ退くと渡り廊下の中間に差し掛かる所で、PAー8の隔壁が軋んだ音をたてて口を閉じた。
しかし隔絶されたサーバールームでは跳弾の嵐がまだ続いていた。
「わざわざそんなものを調達してくるとは律儀なことだ。でも銃を持ったままの失踪はいただけないな。
爆発に巻き込まれたとは言え銃の破片すら見つからないんじゃエージェント連中に生存を疑われてしまう」
自らの腕に包帯を巻き付けながらいたずらっぽい笑みを浮かべ憎まれ口を叩く央間の態度を特に気にするでも無く、グスタヴィは銃器を肩に担ぎ上げ少女に移動を促した。
「そう悠長なことも言ってられなくてな。」
「なに?」
「とりあえずtomoの報告を聞きに行こう」
そう言うと大男は早々に踵を返し短期入院棟へと向かって行く。
しかし
「グスタヴィ!!」
「!?」
背後のPAー8の隔壁の隙間からライフルの銃撃がグスタヴィの頬を掠めて行く。
大男の白い頬に二筋の赤いラインが刻み込まれグスタヴィが動く前に央間がM4でそれに応戦する。
「央間!ここは俺に任せてお前は行け!アリカがシェルターから抜け出したそうだ!!」
グスタヴィの言葉に央間は大男の顔を見上げ前衛を譲り渡す。
「詳細はtomoに聞け!俺が知ってるのはそれだけだ!」
童顔の女医は小さく頷きながら数歩後方に退くとPAー8の状況を窺って
グスタヴィがサブマシンガンを放って応戦を始めるのを見届けると
少女は一人SSー8へと走り出す。
短期入院棟の見張りはPAー8にでも出払ったのか見当たらない。
このフロアからセンターエデンへの隔壁もなんとか今は閉じているようだ。
央間はtomoの報告を聞くためにエレベーターホールを目指し走りながら手持ちの銃弾の補充を済ませる。
そして吹き抜けの廊下に差し掛かりあと一歩で通信機にたどり着こうと言う時だった。
「ぐぅっ……!!」
気付けば央間の背後には気配も無く細身の暗殺者が立っており、バットのように振りかぶられた男が手にした新型ライフルSCARによって
央間の体は中空に掬いあげられフロア中心の吹き抜けの闇へと投げ出された。