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第7話 五条太秦

旅行を途中で切り上げて東京に帰った翌日、俺のやることはすでに決まっていた。

普段のリュックは端に追いやってボディバックに厳重に包みこんだ五条が央間のために振り込んだ現金100万円をねじ込むと都心の目的地まで足早に向かう。

ネットで評価の高い人探し専門の探偵事務所「Find Business(ファインドビジネス)」。

ネーミングは安直だが仕事は確からしい。

都心の垢抜けたビルの合間にある古ぼけた建物の、2階にある事務所に迷い無くその足を踏み出すと堂々と扉を開け直に広がるデスクの並びから駆け寄ってくる女性に目的を告げた。


「俺の名前を出して五条太秦を探してください」


そうは長くかからずに釣れるだろうと言う自信はあった。俺が五条を探し始めると言うこと。

 それすなわち央間が俺の前から消えたということを意味していたのだから。

 依頼からわずか3日後、五条の居場所は思っていた以上にに早く見つかった。

 都内某所のタワービルの一室に五条の所持する仕事部屋があるという。

 探偵は後日、暑いなか我が家まで直接出向いて来て、五条と繋ぎを付けたことを伝えてくれた。

 探偵Aは「前にも依頼を受けたことはあったんですが・・・、その時は数ヶ月張ってても、もぬけの空だったんですけどねぇ・・・・・・」と何やら訳知り顔で依頼料の領収書を切ると後腐れ無く去っていった。

 以前の依頼者と言うのは五条がリスト掲載者と言うことを知る誰かだったんだろうか。

 などと考えてみても著名人の裏の事情など一介の高校生には解る由もなく。

 探偵から渡されたタワービルのIDカードで豪勢な二重セキュリティのドアとエレベータの階数ロックを解除すると37階を目指していく。

 思えば央間と出会ってから俺は随分とたくましくなったような気がしていた。以前であれば都心にあるようなあの探偵事務所にも、今ここのタワービルにだって近づくのにも二の足を踏んだものだった。

 高速エレベーターはものの一分で地上から天階へと俺を運んでいく。

 こんなふうに簡単にレベルの違うものが異世界に入り込めてしまうのだから恐ろしいものだと思う。

 例えばバスチオンもこのビルのようなものなのかもしれない。

 階層が高ければ高いほど、その世界の歩み方を知らぬ者は道を踏み外し致命傷を負い易いのだから。

 それでも今の俺にはそんな成長を待つ時間は残されてはいなかった。

 ただできる限りの力を持って戦うこと。

 ただ、失いたくないと思うものを何があっても守り続けること。

 命に終わりの約束があるように、守られる世界もいつか終わりを告げる時が来るのだろう。

 今のままでは、俺は誰もいなくなった世界で一人膝を抱えて泣くことしかできなくなってしまうから。

 エレベータのドアが開くと目の前のフロアはシン、と静まり返っていた。

 部屋番号が書かれたメモに目を落とすと、強い足取りで五条の元へと向かう。

 俺はずっと、恐怖と向き合える人間は特別な強い人間なのだと思ってた。

 戦うことは、強い者にしかできないことだと思ってた。

 でも彼らにはきっと、もっともっと怖いものがあったのではないだろうか。

 彼らは何かを失うことがどうしようもなく怖かったのではなかったか。

 それは命であったり、プライドであったり、仲間であったり、居場所であったりと。

 俺は怖くて怖くて戦わずにいられない者達の後ろに隠れて一人助かったと胸をなで下ろしていた弱虫だったのだ。

 俺一人では何年かかってもバスチオンすら見つけ出すことはできないだろう。

 でもだからこそ。央間の落としていった欠片を一つ残らず繋ぎ合わせて、必ず彼女の未来へと辿り着きたい。

 五条の部屋のドアの前に歩み寄ると、インターホンを鳴らす前に扉は開いた。

「よおぉ。そっくりさん」

 五条は少し老けた俺の顔でニヤニヤと笑うと、俺を不思議な鏡の世界へと招き入れた。

 飲み込んだ緊張感がゴクリと喉を鳴らす。

 本当に見れば見るほど俺そのものの顔である。

「ヌルエルフから話は聞いてるぜぃ」

 五条は廊下の突き当たりにあるリビングルームに入るとそう切り出した。

部屋は16畳程のライトグレーの絨毯張りで、窓にはクリーム色のカーテンが大きな窓を覆い隠している。

 五条はカウンターキッチンに入ると冷蔵庫から1リットルパックのオレンジジュースを取り出して氷の入った2つのコップについでくれる。

 室内は快適な温度に冷房が効いていた。


「ヌル・・・・・・エルフ・・・・・・?」


 あからさまに知らないと言う態度を表に出してしまったのは良くなかったか。

思わず五条から目を逸らすと眉のあたりを不自然に掻いた。

「なぁんだ。お前まだ何も知らなかったのか」

 ジュースを両手に持った五条がソファの方にやってくると

顎で座るように促してくる。


「バスチオンが自衛病棟だってこと位は知ってますけど・・・・・・。詳しくはよく解りません・・・・・・」


 ごまかしたところですぐに見破られるだろう。五条だって伊達に戦場ジャーナリストをやっている訳じゃない。

 ふざけたテキトーキャラで売っているとは言っても人を見る目くらいはあるはずだった。

「央間を逃がしちまったようだな」

 平和主義者のくせにいきなりぐさっと刺し込んできた。


「・・・・・・すいません・・・・・・。完全に力不足でした・・・・・・。」


 俺は素直に謝罪する。結局は五条が危険地帯をくぐり抜けて得た金を生かしきることができなかったのだから。

 それは俺が央間との出会いを封印していたことにも責任があったように思う。

「ま、そんなに気にするこたぁねえよ。

 あんたがグスタヴィだったとしてもミリアのことは止められんかったろうからな」

 グスタヴィの名前を聞いてまた胸がチクリと痛む。あの時のことを思うたび伸ばされる自分の手が嫌になった。

 取りかけたグラスから手を離して、足の間に組んだ指に視線を落とす。

「あとな。・・・・・・多分だが、グスタヴィは生きてると思うぜ?」


「ほんとですか!?」


 弾かれるように顔を上げると沈み込んだ顔に色が急速に戻っていく感覚を感じた。

「ま、今はバスチオン7も事故の影響で混乱しちまってるだろうから、どこにいるかは解んねぇんだけどな。

 ・・・・・・あれから連絡もありゃしねぇし・・・・・・。

 そもそもあいつは爆弾なんぞで死ぬタマじゃねえし。

 ああ見えてあの砦もそうそう破壊できんようにはなってんのよ。もしもの爆圧を逃がせる機能が付いてる程度にはな」

 五条の言うことがただの気休めの言葉だったとしても、どうしようもなく嬉しかった。

 元々構造が特殊な建物だけに不測の事態から回避する方法は複数用意されていてもおかしくはない。

 それにあの大きな水槽。

 拳銃の弾でも50センチ厚の水の壁があれば勢いはかなり殺せるのだ。

 五条の言うことはそこまで突飛な話でもなかった。


「それで・・・・・・。ヌルエルフって言うのは・・・・・・?」


 俺は気を取り直して先程の疑問を五条に聞き直す。

「お前バスチオンの意味を知ってるか?」


「砦・・・・・・ですよね・・・・・・」


 家に帰ってからネットで調べた。

 確かにあれだけ防衛に特化した造りであれば砦と呼んで何一つ差し障りはない。

「そう。地上の権利が及ばない大深度地下に、シークレットサービス大手から派生したヴァーゼントリヒ・エアリーディグング。通称WE社が作った自衛病院だ。」

 五条は一息つくとポケットからタバコを取り出して「吸ってもいいか?」のリアクションをおこしてから頷く俺に嬉しそうに笑いかけると、タバコをくわえジッポで火を付け、肺一杯に煙を吸い込んだ。

「バスチオンは最初、各国の要人から歓迎されてな。莫大な融資を受けて急速に主要国家に建設されたんだ」

 タバコの煙はこちらに配慮してか、明後日の方に吐き出される。

 俺は切り替わった気持ちで再びグラスに手を伸ばした。

「だが便利なもんは悪い奴らにも便利なもんでなぁ。

 要人・著名人の命を守る最後の砦のはずが、気付けばアリ地獄の罠になっちまってた」

 五条はうんざりとした表情を浮かべると重いため息を落とした。

 入り口の防御を完全に固められるのならば、大深度地下の守りは大いに堅いだろう。

 しかし残念なことに人間が絡む以上どこにでも裏切りは生まれてしまう。

 人が増えれば増えるほど、その確率が高まるのは防ぎようがないことだった。

 俺はふと『エルフ』のカウントの犠牲になった人達のことを思い出す。

 一人一人目の前で喰われていく仲間達を見かねて央間が動き出した気持ちも、今は少し分かるような気がした。

 五条はグラスの氷をカラカラと鳴らすと、よく冷えたジュースを勢い良く飲み下す。

「危険性に気付いた投資家達は一斉に融資を中断してバスチオンの建設は10箇所で終わった、そして泣く泣くその役割は各国国営の病院に戻っていったってわけよ。

 常駐させてた私設の軍隊も大幅に削減されて、まともな医者達はどんどんあそこから去ってった」

 央間やグスタヴィは少数派だ。

 昔は医師も私設軍隊に守られて自分の仕事に集中できたろうが

 いまや影すら見かけなかった軍隊の姿ではそれも無理もないことと思えた。

 なんでも最初は理想で始まるものの、時間が経てば元の形を保つのが難しくなるというのは世の中全ての事象に当てはまることなのだろう。それは理想を掲げる学生にとっては少し悲しいことだった。

「でも閣僚レベルの人間がバスチオンを利用しなくなってもな、一部の要人や著名人の利用は続いていたんだ。

アリ地獄の餌をあさりに来る職業アサシンも相変わらずちょいちょい遊びに来るけどな」


「暗殺者・・・・・・ですか・・・・・・」


「そう。通称『ハンター』」

 実際にバスチオンで襲撃者やその被害者を見ても暗殺者と言う言葉はどうにも遠い世界の話のように映って

「狩られる側の人間はリストにされて、裏ルートを通じ多額の融資と引き替えに暗殺には目を瞑るようにとのWE社へのお達しが言い渡されたはずだったんだが・・・・・・。

 そこで何故か私設軍に見捨てられるはずのリスト掲載者の暗殺がたびたび何者かに妨害される事態が各所のバスチオンで一斉に発生した」

 診察室に患者を囲い込む央間達のことか。

 自然、グラスを持つ指に力が籠もった。

「出資者様たちは当然、せっかく投資を続けてきたのに何事だと、思ったように狩りが進まないことに腹を立てWE社に訴えた。

 それにかれらはこう答えたのさ」

 ソファの背もたれに腕をかけ、タバコを持つ指を額に押し当てると五条はいたずらっぽい顔をしてニシシと笑った。

「医師や看護師の中に組織的な抵抗(レジスト)を行う者達が紛れ込んでいる。ってな」


「それが・・・・・・。ヌルエルフ・・・・・・」


 年老いた俺の分身はこちらに身を乗り出しつつ前かがみになると視線をガチリと合わせて小さく囁くように言葉を吐き出した。

「レジスタント達をいつの頃からか関係者達はこう呼ぶようになった。

 存在しない十一番目のバスチオン。良心の011(ヌルエルフ)と」

 猫背にしていた背が五条から身を引いて後ろに伸ばされる。


「そして五条さんはヌルエルフと交流を持ってると・・・・・・」


「まぁおかげで立派にリスト入りしちまってんだけどな!がははは!!」

 普段は敬遠しがちな豪快な笑い声も、五条にかかれば絶望を勇気に変える道具となる。

 俺だったらきっと怯えて震えていただろう。彼は信念を以て心に武装しているのだ。

「ヌルエルフの首謀者は央間ミリア。副官はすっかり主婦じみちまった剛椀のグスタヴィ君よ」


「央間が・・・・・・」


 レジスタンスのリーダーになることを央間が自ら望んだとは思えない。

彼女は彼女の思う通りに動いただけだろう。きっとそれに共感する者が彼女の知らない内についてきただけだ。

「しかし今回の騒ぎを見る限りじゃヌルエルフ狩り専門の暗殺部隊が用意されたって噂も本当らしいなぁ。

ミリアちゃんてば超~受難」

 五条はタバコを指に挟んだまま顎に両手を添えるとブリッ子のポーズを取ってキャイキャイと揺れた。

 俺と同じ顔でそれはやめて欲しい。もうちょっと解り易く掻い摘んで説明すると、キモイからやめてくれ。マジやめろ頼むから。

 まったく戦場を飛び回る人種のくせにつくづくチャライおっさんである。

 逆にこういう人の方が思い詰め過ぎずに良いのかもしれないけども・・・・・・。

 俺はグラスのオレンジジュースを飲み干すとグラスをテーブルに置いて、机の上のBOXティッシュで手とグラスの水滴をぬぐい取る。


「・・・・・・なんで・・・・・・。央間は狙われるって解ってるのにバスチオンに帰ったりなんかするんでしょう・・・・・・」


「そりゃあ両親をぶち殺されたからだろ?」

 五条は何の迷いもなくきっぱりと言い張る。

 復讐心。というやつだろうか。


「アフリカの・・・・・・ですよね。・・・・・・でもそんなことがあっても身を挺してまで他人を守ろうとし続ける理由なんてあるんでしょうか。

 僕にはよく解りません・・・・・・。大切な人間のためならまだしも・・・・・・終わりのない戦いに身を置く意味なんて・・・・・・」


「そりゃ仕事だからってのもあるだろうけども・・・・・・。

 あいつの場合はそう言う感じじゃないなぁ。

 基盤だよ。あいつにとってはやらなきゃ殺られるが常識なんだ」

 五条は少し考え込むように俯くと、タバコを灰皿に押しつけてボリボリと頭を掻いた。

「ひでぇ殺され方だったからなぁ・・・・・・。

 腹の3分の1をショットガンで吹っ飛ばされてたんだ。いっそのこと顔吹っ飛ばしてくれりゃぁ自分の親だなんて思わずに目ぇ反らせただろうによ」

 ぼんやりと、空を見つめる先には過去が映り込んでいるのだろう。五条はもう一度、ボリボリと頭を掻いた。

「罠だったんだよぉ。あの地域には新しい事業を興したい誰かさん達がいたんだが、抵抗勢力を何度片付けても結城夫婦が治しちまう。

 だから子供の未来を作るプロジェクトと称して、一家を地元有力者との会食に招待し

 ミリアと保護したばかりの赤子だったアリカを空港まで送り届ける途中で、地元の暴徒達に襲われたことにした」

 ジャーナリストをやっているだけのことはあって、五条はよくあの事件のことを調べている。

 しかし治研薬を飲んだ央間は3、4歳まで後退していた。

 その時点で央間と面識があったというのなら五条は結城夫妻と個人的な関わりがあったのだろう。

 あちらの地元警察が地元有力者に食いかかれる立場なのか俺は解らない。

 ただ、あのニュースの続報を見ることがなかったことを考えると、今の話は五条が独自に調べ上げた情報だろう。

「車の運転手も暴徒達もみんな裏で金積まれて集まった連中よぉ。

 後で聞いた話じゃ、暴徒ん中には結城夫妻が治した抵抗勢力の奴らもいたらしい」


「そんな・・・・・・」


 五条は静かに二本目のタバコに火を付けた。

「日本の常識なんて海の外じゃ通じんのよ・・・・・・。

 あいつらはただ、親や自分や子供達が一日でも長く生き延びるために最善と判断した道を選んだだけだ。

 ひと月セコセコと働いて2千円長の収入で家族を養わなきゃいけない世界で

綺麗な服着て良いもん食って、哀れみの目を向けてくる者達を羨まずに、妬まずに、空しさも覚えず接することのできる人間はそう多くない。」

 ジッポの蓋を開けたり閉めたり。

 ジャーナリストは多くを見つめすぎて、怒りのはけ口を失っていた。


「・・・・・・でも」


 ジッポはさんざん弄ばれたのち、リビングテーブルの天板に放られる。

 大局的に見れば世の中の誰しもに過ちに至る経過が存在する。

 傷を負った者達が生き続けて行くためには、「悪」の存在が必要だった。

「この怒りの矛先をどこに向けたもんかねぇ。

 わかんねぇのよ。原因の根本が深すぎて切り口が見えねえ。

 ・・・・・・んで、しょうがないからとりあえずミリアちゃんのサポート役に回ることにしたわけだ」

 央間はこの男にしょうがなく支援をされているのか。

 不憫な気もするが誰の助けも得られないよりは良いのではないだろうか。

 世界には同情を踏み渡ってしか命を繋ぐことができない人間もいるのだろう。遠い過去、ギブミー坊やの時代が、以外とポジティブに捕らえられていたこともあったように。

 五条は「ほっ」と勢いを付けてソファから立つと、両腕を大きく上げて伸びをした。

「あの子はやり直してんのよぉ。対象が誰であっても守り続けることで、あの時襲ってきた奴らから親を救い出す夢を見続けるために」

 俺は、五条の目を見たままで少し考える。

 それは悪夢ではないのかと。


「・・・・・・バスチオンに行きたいんです」


 ようやく今日の本題を切り出すことができた。

 ここに来てからすでに、30分は経過していたと思う。

「・・・・・・ふぅん。でぇ?お前が行ってどうにかなるの?」

 その言葉は。来ると思ってた。


「央間は」


 バスチオンから帰ってから、ずっとそのことについて考えていた。

 誰しもが考えることを、人はあえて口に出し傷口を抉ろうとする。

 ただ。それは必要なことなのだと思う。その傷は進むか戻るかを決めるきっかけの一つになりえるのだし。

 だから答えはすでに用意していた。


「ヌルエルフのメンバーとしてあからさまに目を付けられる危険性があっても、彼女が不正を犯してまで俺を迎えに来たのは央間が俺に利用価値があると思ったからだ。

 ・・・・・・蚊でも気を逸らすことくらいはできますから。俺はもう一度彼女に会いに行きたいと思います」


「言い切るねぇ」

 五条はどこか嬉しそうな顔で口笛を鳴らした。

「だが残念なことに俺はバスチオンへの行き方は知らねえんだ」


「へっ!?」


俺は一気に拍子抜けして素っ頓狂な声を上げる。

「でもヌルエルフのメンバーならもう一人知ってる。

 お前あの過保護なグスタヴィが央間を一人で地上に行かすと思うのかぁ?」

 五条はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。

「会ってんだよヒーラー。お前が意識しないうちにもう一人のヌルエルフのメンバーとな」

 開いた口を歪ませて、目をぱちくりとする俺の腕を取ると、五条は立ち上がらせた俺の背を押して玄関の方へグイグイと押していく。

「後は自分で考えな。お前だって男だろ?

 ……いや……、違うか。お前だって見直されたいだろ?」

 五条は俺より更に老けた顔でウインクする。俺がウインクするとどうなるのかが良く解った・・・・・・。キモっ・・・・・・。

「これでも俺も随分鍛えたんだぜ?守られるよりは守りたかったしなぁ。

 ・・・・・・でも俺は間に合わんかった」

 お調子者の顔に一筋の影が差す。

「好きな女もその女が大事にしたもんも守れないって言うのはよぉ。世界で一番惨めな気持ちにさせられんだよ……

 ま、人妻だったけどな。」

 そして今度は、憂いをその顔一杯に滲ませて。扉の外に俺の背中を押し出し

「頑張れよ・・・・・・血を分けた・・・・・・俺の息子よ・・・・・・!」


「えぇっ!?」


 そこから一気にさっきまでのふざけたおっさんの表情に舞い戻る。

「嘘だよウ・ソ!お前ちょろいなぁ~」


「ちょっとォ!!」

 閉じられた扉の奥からはガハハと言う暑苦し笑い声が響いていた。

 さてこの先はどうすればいいのか。

 帰りのエレベーターで階数表示版を見ながら、俺はこんがらがる頭を整理する。この一ヶ月の間に得た情報だけでも恐ろしい量だった。

 とりあえず五条の話を聞いたことで、ヌルエルフをあざ笑うように『エルフ』を語る暗殺者がバスチオンに潜んでいると言うことは解ったとして。

 敵があの『エルフ』だと言うのなら手の打ちようは無くはない。

 とりあえずもう一人のバスチオンのメンバーを特定できるまではできる準備を進めることにした。


「とりあえずまずはあの人に連絡だな・・・・・・。to・・・・・・」


 言いかけた言葉が途中で止まる。

 タワーマンションのエントランスを抜けて自動ドアを出ると、柱の影に見知った人物がしゃがみ込んでいた。


「・・・・・・tomoさん・・・・・・?」


 長めのボブカットに重ね着した黒レースと白のダメージキャミソール。カプリジーンズにリングを通したネックレスを身につけたtomoさんの姿がそこにはあった。


「・・・・・・女・・・・・・だったんですか・・・・・・」


tomoさんは片方の眉をつり上げるとニヤリと笑った。

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