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Trick with Treat  作者: カオス学園文芸部
短編集『Trick with Treat』
41/46

そして青い鳥は撃ち落とされた@Reght

作者:Reght

ジャンル:ファンタジー


※(読者の想像により)軽いBL、性転換などの描写があります。

 ご注意ください。

 ***【表】


 十月に入った頃から風が冷たくなっていき、その最終日である今日の時点では、既に冬と呼んでも過言ではないほどの寒さがあった。木の葉も点々としかついておらず、道路に落ちて踏まれ、元の形を保っていない。そんな中の登校では、学校に行きたくないと思うのも隆之だけではないだろう。

 つけている黒いマフラーの袖が引っ張られた。突然のことに驚き体重が後ろへ傾くが、左足を一歩後ろで踏ん張り、そのまま後ろへ振り返る。

「雅哉、」

「おはよう、隆之」

 予想通り、そこには隆之の親友である雅哉が、鼻と頬を赤くして立っていた。

 制服のズボンに片手を突っ込んでいる雅哉は何一つ防寒着を身に付けていない。無意識に肩が上がるほどの寒さだと言うのに、彼は顔色を変えず、相変わらずの無表情だ。

 隣に並ぶと、長身な雅哉との身長さがよく分かる。十センチも違うため、隆之は自然と見上げる形となり、彼はそれが嫌いだった。

(ただでさえ、顔面で負けてるっていうのにさ。足まで長いとか、イケメンは顔と体が繋がってんのか、っつーの)

 一人で勝手に不貞腐れた隆之は、軽く地面を蹴った。丁度その場にあった石が転がっていく。遊んでいると思ったのか、雅哉が呆れたように片眉を上げた。

「どこまで転がしていくつもりだ? 学校までか?」

「え? ……あー、あー、できるとこまで?」

「聞かれても、な」

 揶揄する声音に好い気はしないが、悪気があってやっているわけではないので、隆之は大人しく微笑ましく見られていることにした。

(どうしても世話をみられているようにしか思えないのは、やっぱり雅哉がしっかりしているからか?)

 いつも通りの退屈で楽しいその日、世界ではハロウィンという行事がある日だったこと、隆之は後で知ることになる。


 ***【裏】


 何も気付かず歩いているサラリーマン、振り上げた包丁は何の障害もなく人肌を裂いた。小さな呻きが口から零れ、ビクビクと体を反応させていた男は、その内表情を変えないまま動かなくなる。見開いたままの目は生の光を手放し、虚ろな黒は彼の顔を映すばかりで。それに苛々した彼はその虚ろな目を得物で刺し、グリグリと捻じ込んだ。押し込みすぎて貫通し、埋まってしまった手首を見て我に返る。

「あ…………、また、か」

 ――――また、自制できなかった。

 連続殺人犯である彼は、変わらない日常に落胆を込めて呟く。

 空腹を知らせる音が腹から鳴り、彼は無言で死んだ男の懐からお金を掏り取った。このお金で、もう暫くの食費は大丈夫だろう。

 包丁を振り回すと、近くの家の塀に血が飛び散った。冬に近い今では、着ていて珍しくない黒いコートに、血はまったくついていない。その代わり中に来ている白い柄Tシャツの右下部分にベッタリと固まって染みている。先程浴びたばかりなので、腹の肌に直接あたり濡れた感触が気持ち悪い。

 彼は暫く服を見下ろしていたが、その後死体を一瞥してその場を離れる。向かう居場所も帰る居場所もない。しかし、立ち止まっているわけにはいかなかった。

(早く、早く見つけないと。消えてしまう)

 包丁を持った血塗れの右手とは逆、腕時計を嵌めた左手を見る。その親指と母指球の部分が霧のように空気と同化し、目には見えなくなっていた。一時は透明になっただけかと思いきや、触ってみても肌と肉の感触はない。

 これは一週間前から始まった。当初は親指の爪先が削れていると思い込み放っておいたのだが、日が経つにつれて此処まで消えていってしまった。

(この町にいるのは分かってるんだ。――気配さえ、あれば)

 自分と同じ顔を探し続けて、もう十八年となる。無理に生きているために、タイムリミットがあるのは前から気付いていた。

 脳裏に過るのは男の死体。腹の左上を貫いた時の衝撃は、まだ忘れていない。これはずっと続けていたことなのに、やはり殺すのが彼女ではないと満たされないのだろう。前よりも乾きが早くなっている。

 自分が人殺しだと見つかるのも、もうそろそろ時間の問題だ。それまでになんとしても――――彼は、自分の探し人を見つけなければならなかった。


 ***【表】


「trick or treat」

 流暢に言われた言葉を理解するのに、馬鹿な隆之には少々時間が必要だった。意味が分かった途端、目の前の端整な無表情に毒づく。

「んな楽しくなさそうに言われてもな、お前にやる菓子はねーよ!」

「なら、悪戯するぞ」

「ほーう、クールイケメン雅哉くんの悪戯はいったいどんなもんかね」

 今朝のお返しと揶揄するように言えば、唯一表情を読みとることのできる眉が上がった。片眉を上げるのが癖なのだろうか、隆之は雅哉が反応したのに気分がよくなり、続ける。

「もし俺が本当にびっくりする悪戯してくれんなら、褒賞をくれてやろう」

「褒賞?」

 鸚鵡返おうむがえしてくる雅哉に、隆之。

「なんでもいいぜ、一日言うこと聞く券、とか?」

「ほう、そうか、なんでもいいと」

「…………そこまで気合い入れられるとは思わんぞ」

 珍しくやる気を出し、滅多に見ることができない笑みで返され、隆之はタジタジに言った。彼のそれは鋭く、まさに捕食者の目だ。しかし男に二言はない、頷けば雅哉は教室を出て行き、隆之は一人呆然としていた。


 ***【裏】


 一気に四人を殺すのは滅多にない。彼は紅で塗れた家の中をグルリと見渡し、リビングにあったテーブルのイスに座った。

 前の包丁は手入れができないため使い物にならなくなり、この家の小さな庭に埋め、今右手で血に濡れているのはこの家のリビングにあった新しい包丁だ。

 チッチッチッ、と秒を刻む時計の音が響く。

 彼はこれからどうすればいいか、悩んでいた。わざわざ家の中にいる家族を狙ったのは、住宅の中にある金や服、食糧を確保できるからなのだが、一つだけ問題がある。

 服を拝借して着替えたのはいいが、血で汚れて脱いだ服をどうするかだ。袋に入れてどこかに捨てればいいかもしれないが、その捨てる場所も限られるだろう。山に入るわけにはいかない、時間を無駄に消費するから。

 しかしそうなるとやはり――――燃やすしかないだろう。

 彼は、今度は座ったままリビングを見渡す。

 この家の大黒柱であろう中年の男は、後退しかけたその頭を玄関に立てかけてあったバッドで撲殺されている。割れた頭から飛び出た脳漿が、白い壁に、まるで蜘蛛の巣を描いているように広がっていた。

 その妻であろう女性は両目を抉られた状態でシンクに頭を突っ込んでいる。眼窩から流れ出す大量の血に顔が埋まり、だらりと垂れている長い髪に隠れた首から下は、何も繋がっていない。

 夫妻の娘は暴かれた内臓をソファの上に置き、捥がれた四肢をその隣に並べられていた。見るからに歳の離れたその弟と夫妻の四肢も同様。

 そして、四人の胴は彼が座っているイスと付属のテーブルに積まれている。横の方向に置かれた姉弟の胴の上に、縦の方向に乗せられている夫妻の死体。

 床や壁に飛び散った大量の血。ソファで丁寧に置かれた四人分の五臓六腑。その中に一人佇む、黒を纏う彼。まるで、狂気を描いた絵画のようだった。家自体が美術品のようで燃やすことを躊躇ったからこその考え事だったのだが、決意を固めたこの場所にもう用はない。マッチ、いや、仏壇がないから探すのは困難だろう。朝まで時間があるから家の中を大捜索してもいいが、それなら喫煙者であろう男性の懐からライターを出したほうが早い。

 その場で拝借した服に着替えて、脱いだ服を重なる胴の上に、打ち覆いの面布のように被せた。放ったまま家の外に出て、庭にライターを投げ捨てる。

 家自体を餌として死体ごと燃えていく、夜に映える赤の炎すら、彼には芸術に思えた。


 ***【表】


 ドンッと音を立てて、隆之の机の上に大量の菓子が置かれた。行き成りの出来事に驚き目を見開いていると、そうさせた当人は自慢げにニヤリと笑い自分の席である前の席に座る。

「驚いたな、隆之」

「まさかそのために集めたのか、これ?」

 チョコ。飴。クッキー。スナック。雅哉が持ってきたお菓子の中には、羊羹もあった。今日がハロウィンであると知っているイベントが好きな女子が、雅哉の顔に誘われてあげたのだろう。

(うわ、これ並ばねえと買えねえやつじゃん……!)

 日頃見る事の出来ない珍しい菓子に目を輝かせれば、持ってきた彼は軽く「やる」と言った。

「は、これ貰ったやつだろ? 自分で食べろよ、せっかく貰ってんのに失礼だろ」

「確かに、半分は貰ったやるだが、また半分は自分で買ったものだ。それがやってもいいやつなんだよ」

 後はこれとこれ、自分で買った食べていい分を指で示す。隆之はそれがハロウィン用にラッピングされたものばかりだと気付く。

「なんでわざわざラッピングされてるんだよ?」

「お前用に買ってきたからな。人にやるんならしてたほうがいいだろ」

(驚かすためにわざわざ買ってきたのかよ……)

 たかが一日言うこと聞くぐらいでこんなにお金を使うとは。いつも雅哉には驚かされる上に何を考えているか分からないため、何か他に目的があるんじゃないかと疑ってしまう。

(もしや……滅茶苦茶高い何か買わされたりしねえよな?)

 クールな彼がそんなことをするとは思えないが、有り得ないというわけではない。隆之は悪戯が成功して機嫌のいい雅哉を横目に、脳裏には自分の財布が過っていた。残金をどうにかこうにか思い出し、溜息を吐きたい気分になる。

「雅哉……、高いもんとかはやめてくれよ」

「ん? ああ、物を欲するわけじゃないから安心しろ」

 その言葉を聞いて、一人先走りしていた隆之は恥ずかしく思いながらも、そっと肩を下した。


 ***【裏】


 ――――どうするべきか。

 彼は思案していた。

 激しい愛憎に突き動かされ人を殺していっているが、この町にいるという探し人にはまだ会えていない。そろそろ完全に右腕が消えてしまうだろう。

「やはり……、同年代を狙うか」

 今まで会ってきた自分の分身は年上だった。同じ歳であったことはないが、可能性は高い。三度目の正直と言ったように、初心に戻って探してみたほうがいいだろう。

 黒いパーカーのフードを深くかぶる。かなり大掛かりな虐殺になるから、今から大量の武器を集めなければならない。

 休憩していた人気のない公園のベンチから立ち上がる。そして体を左に向ければ見える、次の標的である建物。

「もう行くか……」

 飲んでいた炭酸飲料の缶を、ゴミ箱へ投げ捨てた。


 ***【表】


 全ての授業が終わり、今日は雅哉と登下校することになった。隆之の隣で相変わらず無表情な彼は、どこかソワソワしているように思える。

 一日言うことを聞くという褒賞を今日欲しいと言って、帰り道どこかに寄ろうと誘ってきたのは雅哉だ。

「一体どこに行くんだよ?」

「着いての楽しみだから、秘密」

 女みたいなこと言うなよ、そう思いながらもそんなことは珍しいので何も言わず大人しく着いていく。

 しかし、校門を通りすぎた時。

「アレ……なんだ?」

 校門の隅から、黒フードをかぶった男が学校を覗いているのだ。見学に来た中学生にしては、隆之と同じくらい背丈がある。

 不審者に眉を寄せた隆之は、雅哉に一言断って男に声をかける。

「おい、アンタ――、」

 そして男の上げた顔を見て、絶句する。

「え、俺……?」

 フードの男は、隆之と同じ顔をしていた。

 男の嗤い、話し出す――――


 ***【表】

 ***【裏】

 ******【表裏】


「みぃつけたぁ」

 そして、世界の時間が巻き戻る。

 世界の始まりであり隆之の生まれたその時間へ。


※※※※※


 ウィリアムという男のことを知っているだろうか。ハロウィンで有名なジャックオーランタンとウィルオウィスプの伝承に出てくる、愚か者の名前だ。

 その男は合計二回転生をし、そして人殺しを繰り返している。……今も、だ。

 しかし何も無意味に人を殺して、無意味に転生しているわけではない。


 一回目の人生で、ウィリアムは一人の女性を愛した。

 その女性は美しくウィリアム以外の男からも言い寄られていて、恋心を持つ彼は焦って求愛するが即答で断られる。「貴方のことをよく知らないから」と。

 ウィリアムは食い下がる。「何でも願いを聞くから」と。

 そうすれば、女性はこう言った。「憎い人がいるから殺してほしい」。

「この人を殺せば、考えないこともない」と。

 ウィリアムは実行し女性の憎い人を殺したのだが、女性は彼を人殺しだと罵り拒絶した。嫌われた事実と騙された憎悪で絶望し、彼は自死する。


 しかし、騙されたままでは納得いかない。

 あの世で天国と地獄に行く死者を判別する聖ペテロに懇願し、彼は復讐のチャンスを貰い受ける。

 ウィリアムとその女性の魂が必ず転生する世界を創り、その場所で激情を晴らせばいいと。ただしただでは終わらせない、彼は試練を与えられた。

「殺すべき女性を自力で見つけ出すこと」

 二回目の生で、女性が自分と同じ歳だから同年齢に転生しているのではないかと思い血眼になって探すが、結果は残念なことに見つからなかった。


 そして、今生である三度目の生。

 本当は転生を一度だけで復讐を終わらすはずが、そうも上手くいかなかったため、慈悲でもうもう一度だけチャンスを貰った。

「女性を探す前に自分の分身を見つけ出す」という新しい試練を付け加えて。

 自分の分身は、自分と似た魂を持った同じ顔の、転生とは無関係の人間のことだ。その人間と会い融合して、それから女性を殺さなければならない。

 また、血眼になって探し出す。


「――――それが全て、愛憎故の行動だっていうから、()も健気だよなあ」


 そして、一つ目の試練は達成された。

 さあ、女性を(ころ)しに行こうか。


※※※※※


 世界が歪み何かが一つになるのを感じ取ったソイツは、薄く笑う。

「わたし、今貴方の前にいるの――」

 曰く、席の。

【解説】

 隆之は「彼」の分身で、「彼」がウィリアムの今生。

 世界は「彼」の復讐のために生み出され、分身と意識と魂を融合する時に歪むようになっている。

 最後の言葉は「彼」の愛した女性。しかし、相手が今生で女性かは限らない。

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