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Trick with Treat  作者: カオス学園文芸部
短編集『Trick with Treat』
40/46

案内人と迷い人@片山集

作者:片山集

ジャンル:ファンタジー


 ある日のことです。


 わたしは迷っていました。

 自暴自棄になり、村を飛び出したところ、いつの間にか森の奥に入り込んでしまっていたようです。

 気が付いた時には、すでに手遅れでした。

 さてさて、どうしましょう?

 いくつか策は浮かびます。

 一つ目は太陽の昇っている方向と時間から、方角を割り出すことです。

 しかし、これはわたしが村の方角を知らないので却下。

 二つ目は……あれ?

 何も浮かばない……。

 いくつか策が浮かぶと言っておきながらなんですが、どうやらわたしの知力では一つの策を考えつくのが精一杯のようです。

 しかし、困りましたねえ。

 何が困るって、それは森に迷い込んだという事実も十分にわたしを悩ませているのですけど、なんといってもこの森、暗い。

 じめじめとした空気に日陰という環境が祟ってか辺り一面に苔が繁茂し、木々は光を求めて上へ上へと背比べを行い、挙げ句の果てに霧まで掛かっています。

 先程の案を却下した理由には、これも関係しているのでした。

 なにせ、太陽を拝めないのですから。

 これで狼の遠吠えでも聞こえてくれば、さぞかし不気味なことでしょうが――今のままでも十分に不気味です――、今の所は心配ないようです。

 それにしても、時間的に見れば、まだお昼にもなっていないと思うのですが……。

 いけません、いけません。

 気分が落ち込んで来ました。

 まるで外部から全てが隔絶されてしまったかのようなこの空間。

 そこにか弱い少女――異論は認めません――一人でいるのですから、不安になるのも無理はありません。

 とりあえず、このまま真っ直ぐ進んでいれば、いつかは森を抜けるだろう、と、そんな非合理的な考えが浮かんできた、その時でした。


「やあやあ、そこのお嬢さん」


 突然、私の耳に声が届きます。

 薄暗い森の中、ここにいるのは私だけだとばかり思っていたので、思わず立ち止まってしまいます。

 辺りを見回しますが、しかし、声の主をその視界に捉えることは叶いません。


「違う違う。そっちじゃなくて上だよ、上」


 きょろきょろと同じ動作を繰り返すわたしを見かねたのか、声の主は私に居場所の方向を示します。

上?

 ということは……。

 わたしは天を仰ぎ見ます。

 まず視界に入ってきたのは、天を覆う樹葉のカーテン。

 そこから少し首を動かせば――見つけました。

 やはり声の主は高く伸びた木々の一本。

 その大枝に腰掛けて、こちらを見下ろしていました。


「やあ、はじめまして。お嬢さん」


 声の主は少年でした。

 いや、もしかしたら少女かもしれません。

 なにせ、この霧の中です。

 彼(彼女?)の姿ははっきりとは見えない上に、声も中性的なのですから。

 ですが、声の高さからして、おそらく子供でしょう。


「よっと」


「え?」


 わたしは驚愕しました。

 軽いかけ声とは裏腹に、彼(彼じ以下略)の取った行動はただ事ではありませんでした。

 かなりの高さまで伸びている木の上から、何の迷いもなく飛び降りたのですから。

 しかし、わたしの心配をよそに、彼は空中で一回転すると、そのままあっさりと着地したのでした。

 目の前に降り立った彼は、わたしと同じくらいの身長でした。

 年はわたしと同じくらい……いや、下でしょうか。

 彼は紺色のローブを身にまとっていました。

 しかし、特に目を引いたのは、彼の目元を覆う仮面のようなもの。

 少しばかりの装飾を施されたそれによって、彼の性別を判断することは難しくなっていました。

 結局、彼の性別はわからずじまいということです。

 少年なのか、少女なのか……。


「ふふふ……お嬢さん、君は迷っているね?」


 わたしが考えを巡らせていると、彼は唐突に疑問口調で、そう語り掛けてきました。

 まさか、わたしが彼を少年か少女か判別出来ないでいるのを見破った!?

 と思いましたが、そんなことがあるはずもありません。

 わたしが迷っているといったら、ズバリ、道に迷っているこの状況を指しているのでしょう。


「はあ……まあ、見ての通り道に迷っていますが、あなたは誰ですか?」


 わたしも馬鹿ではないので、警戒は怠りません。

 こんな辺鄙へんぴな場所に子供一人で居て、かつ可憐な少女に気安く話しかけてくるなど、ただ者ではありません。

 ……自分のことを棚上げにしている気がするのは気のせいでしょう。


「うん? そんなことを訊きたいのかい? 君も物好きだねえ」


 なぜ素性を訊ねただけで貶められなくてはないらないのでしょうか……。


「僕の名前はウィリアム。ウィルって呼んでくれて構わないよ。今は世界のあちこちを回っている」


 彼はそう名乗りました。

 ウィリアム、ということは、やはり彼は男性のようです。


「君の名前は?」


 予想はしていましたが、やはり彼もまた、わたしがそうしたように返してきました。


「わたしは……アリス」


「ダウト。嘘はいけないよ、お嬢さん」


「なっ!?」


 偽名を使ったことが、一瞬の内に看破されました。

 なぜ見破られたのでしょう。

 名前を言うまでのラグのせい?


「で、本当の名前は?」


 そんなわたしの心中を気にした様子もなく、彼は不躾ぶしつけに質問を繰り返します。

 これは難しいです。

 普通に行けば、ここは大人しく本名を言うところでしょう。

 しかし、突然現れた少年に名前を教える義理などありません。

 ですから、ここは裏をかいてまた偽名を……いや、待ってくださいよ。

 相手の力量がわからない今、ここは裏の裏をかいてあえて本名を言うという作戦はどうでしょう。

 というわけで。


「……リリーです」


 わたしは本名を言いました。

 しかも、少しの間を置くことによって相手のミスを誘うという高等技術付きで。

 さあ、もう一度「ダウト」と言うのです!


「リリー……。いい名前だね」


「なんで引っかからないんですか!」


 思わず叫んでしまいました。

 まさか、裏の裏の裏をかいてくるなんて。

 いや、これは単純に裏をかかれたのでしょうか。

 それとも、裏の裏の裏の裏の裏をかかれたのでしょうか。

 いや、そもそも「普通は大人しく本名を言う」という前提なので、相手は裏なんてかいてない?

 いやいや、でも……と、解のない一人問答を始めた時でした。


「さて、自己紹介はこれくらいにして、本題に入ろうか。君は、迷っているね?」


 彼はおもむろにそう切り出してきました。

 開口一番、わたしに質問したように。

 それは、しかし、答えを求めているというより、もうその答えはとっくにわかっていて、その確認を取るような。

 そんな感じでした。


「さっきも言いましたけど……わたしは道に迷っているんです」


「へえ、道にね。それはあれかい? もしかしてもしかするとだけど、この森から抜け出せないと、そういうことを言っているのかい?」


「ええ。それ以外に何があると?」


「ふうん……」


 彼はいかにも意味ありげに間を置き、


「けどさ、本当にそれだけ?」


「…………」


 わたしを問い詰め、追い詰めるように言いました。


「君は今、もっと大きなことで迷っているんじゃないのかな?」


「何を……」


 この少年は――知っている?

 いや、そんなはずがない。

 だって、だって……。


「例えば……誰かに復讐しようとしてるけど、後一歩を踏み出せずにいる、とか?」


 それは、わたしにとって決定打となりました。

 次の瞬間、わたしの心は脆くも瓦解し、思考が停止します。

 遅れてやってきたのは焦燥。

 そして――怒り。

 どす黒いものが心の内にどっと溢れ出します。

 やり場のないそれは、やがて澱みを形成し、心をゆっくりと浸していきます。

 それが限界にまで達しようとしたところで――


「まあ、落ち着きなよ。そんなに睨んじゃってさ。折角の可愛い顔が台無しだよ」


 彼はへらへらと、茶化すようにわたしをなだめました。

 しかし、その人を小馬鹿にしたような態度は、わたしの怒りを増長するばかりでした。


「安心しなよ。僕は何も見ていないから。勿論、心を読むなんて荒技もやってないから」


 彼は、わたしの考えを否定しました。

 まるで、わたしの考えていることは全てお見通しだと言わんばかりに。


「じゃあ、なんで……」


「うん? もしかして当たってた?」


 その問いとは裏腹に、彼はさして意外でもなさそうな様子でした。


「ただの勘だよ、勘」


「……ただの勘で、当てられるわけがないでしょう」


「いやいや、当てられないなんてことはないはずさ。元々答えは用意されてるんだから、それがどれだけ確率的に低いことだろうと、当てることはできる」


「そういうことではないんですがねえ……」


 それじゃあ、ただの屁理屈です。

 わたしが訊いているのは、どのような手段であれ《・・》を知ったのかということ。

 勿論、勘で当てたなんて彼の弁は信じていません。


「まあ、そんなことはどうでもいい」


 どうでもよくない!

 心の中で叫びます。


「これ以上この話をしても不毛だろう。僕が如何なる手段を以てして、君の迷いの根源を知り得たかどうかは問題じゃない。問題なのは、君の迷いそのものだ。それに、僕は君と口喧嘩をしにきたわけじゃないんだよ」


 彼はそこで一呼吸置き、


「導いてあげよう」


 ニヤリ、と口元を歪めながら、そう言ったのでした。


「君の迷うその道に、僕が明かりを灯そう」


 その誘いを、わたしは――


「お断りします」


 突っぱねました。

 即答です。


「あなたみたいなどこの馬の骨かもわからない人に、のこのことお願いするわけがないでしょう」


「ふうん、あっそ。じゃあいいや」


 あれ?

 意外にも、彼はすんなりと手を引きました。


「それじゃあ、僕はおいとまさせてもらうよ。迷い事の解決、頑張ってね。まあ、その前にこの森を抜けられるかだけど」


 そうでした。

 こんな所で油を売っている場合ではありません。

 早く、この森から脱出しなくては。

 でも、どうやって……。

 そう思考を巡らせている時でした。


「ちょっとした情報をあげるとね、この森は『迷いの森』なんていう、ネーミングセンスの欠片もない名称で呼ばれているんだけど、これ以上にこの森の特徴を如実に表した言葉はないね。つまりだね――」


 彼はなんと、この森について語り出したのです。

 一刻も早く、この森を抜け出したいと思っている今、何の情報も持たずに手詰まりになっていたわたしにとって、これは好都合。

 しかし、本来は万歳でもして喜ぶべきなのですが、なぜか素直に喜べません。

 嫌な予感がします。

 その先は、できれば聞きたくありませんでした。

 それに、彼の言わんとすることが、なんとなくですが予想できるのです。

 けれど、現実は無情で――


「この森に入った者は必ず迷うんだ。しかも、普通に歩いても出られない。ある一定の手順を踏まないと、この森で一生を過ごすことになる。おかげで、この森の奥にはやれ魔女がいるだ、やれ宝があるだ、色んな噂が飛び交うほどさ」


 聞こえない聞こえない、聞こえませんよ。

 心の中では耳を抑え、大袈裟に首を振るイメージと共に必死の抵抗を試みますが、勝ち目はなさそうでした。

 そして――


「ま、そんなわけだから――頑張ってね」


「ストップ、ストォップ!」


 満面の笑みと共に、背を向けて立ち去ろうとした彼を前に、わたしはなすすべもなく降参しました。

 手元に白旗があれば、周りの木々を吹き飛ばさんばかりの勢いで、それを振り回したことでしょう。


「わかりました、わかりましたよ……。ここは不本意ですが、あなたの提案を呑みましょう。道案内をしてください、この森の」


「……復讐の方じゃなくて?」


「そっちは困ってはいません。ですから、あなたの助けなんて必要ありません。わたしの問題です」


「ああ、そう。けど、僕はその件について導いてあげようとしただけで、森の道案内は別物だよ。こっちの提案を呑むってんならついでにやってあげないこともないけど、君がその調子じゃあねえ」


 と、彼はもう一度背を向けると、振り向きざまに、やはりこれまた素晴らしい笑みをたたえて言いました。


「ま、そんなわけだから、頑張ってね」


「待って! ウェイト!」


 再度、わたしは投降します。

 勝ち目なんて、どこにもありませんでした。


「わかりました、わかりましたからっ! あなたの提案を受け入れます! だから、森の道案内をしてください!」


 わたしは彼の提案した条件を鵜呑みにするほかありませんでした。

 気分は最悪。

 どんよりと落ち込んでいます。

 しかし、快諾の返答を聞いた彼の様子は、わたしとは対照的に晴れ晴れとしていて――


「オーケー、交渉成立だ」


 口元を歪めて、彼はどこか楽しげにそう言うのでした。


◇◆◇◆


「あ、あのぅ……」


 雲一つ見当たらない青空の下。

 太陽の高さからして、やはりまだ昼前といった時間でしょう。

 暗い森の中にいたせいか、やけに日光が躯にしみます。

 そんな中を、わたしは先程出会った少年と歩いていました。


「結局、森を抜けられたのはいいんですが、一定の手順ってなんだったんですか」


 無事に森を抜けたのがつい先刻。

 非常に喜ばしいことですが、しかし、疑問もありました。

 あまりにもあっさりとしすぎていたのです。

 ただ、真っ直ぐに歩くだけで、一定の手順とやらが踏まれたようには見えませんでした。


「一定の手順? なんだそれ。森なんてただ真っ直ぐ進んでれば、いつかは抜けられるだろう」


「なっ……!?」


 わたしは絶句します。


「じゃああれはなんだったんですか! 『迷いの森』なんて縁起の悪い名前。まさか、嘘だとでも?」


「ああ、嘘だね」


 さらりと、彼はそう言いました。


「あそこが『迷いの森』と呼ばれているのは確かだけど、それは君みたいな子供が近付かないようにするために、大人が流した噂さ」


「じゃ、じゃあ、わたしがあそこで嫌々あなたの誘いに乗る必要性は……」


「まあ、森を抜けるだけなら、その必要はなかったね」


「はめられた!」


 衝撃の事実に、わたしは声を張り上げ驚嘆します。


「さてと。それじゃあ、森も抜けたことだし、そろそろ詳しい事情を聞かせてくれないかな、リリー」


「なんで今の今まで『君』という呼称だったのに、いきなり本名で呼ぶんですか!」


「いやあ、これから一緒にことに当たるわけだし、親睦を深めておこうと思って。あ、僕のこともウィルって呼んでいいからね」


「誰が呼びますかっ! それと、わたしを導こうとしているところ申し訳ないですが、さっきの契約は無効ですよ、無効。あなたはわたしを騙したんですから」


 相手を騙してもぎ取った契約など、無効に決まってます。

 世の中には騙された方が悪いというやからもいますが、だからといって、騙した方は悪くないという結論にはいたりません。


「いや、別にそれならそれでいいんだけど……、リリー、君死ぬよ?」


「はい?」


 またまた、突拍子のないことをのたまう少年。


「実は、さっきのあれって口約束のように見えるけど、精霊に仲介人をしてもらったちゃんとした契約だから、それを破棄しようとすると精霊が怒り狂って襲われてしまうんだ」


「絶対嘘だあああ!」


 精霊なんているわけがないじゃないですか。

 どんな世界ですか、ここは。

 寝言は寝てから言ってください。

 と、有らん限りの罵倒を心の中で並べます。


「まあまあ。とにかく、話を聞かせておくれよ」


「絶対に話しません!」


 こんな飄々《ひょうひょう》としいて、嘘ばかりつく人間を信用する人がいるでしょうか。

いや、いません。

 しかし、事態は急展開を見せます。


「……リデーレ盗賊団」


 と、彼は何の脈絡もなく、その単語を発しました。

 しかし、わたしはその単語に引っかかりを覚えました。

 『盗賊団』という、その単語に。


「それが、リリーの村を襲ったやつらの名前さ」


 それは紛れもなく、わたしがこれから復讐しようとしている相手の名前でした。


◇◆◇◆


 今日の朝のことです。

 それは、何の前触れもなくやってきました。

 村の人々が起き出し、いつもと変わらない生活を送ろうとしていた時です。

 馬に乗った十人程度の集団が村に現れました。

 そして、村を荒らし始めたのです。

 盗賊団、とでも言うのでしょうか。

 彼らは村の食料や金品を片っ端から奪いました。

 村の男性達は農具などを手に取り、必死の抵抗を試みます。

 しかし、しっかりと武装した盗賊団を前になすすべもなく、一人、また一人と脱落していきます。

 女性や老人、子供達は盗賊団の魔の手から逃げようとする者、どこかに隠れてやり過ごそうとする者、そして、武器を手に抵抗を試みる者、といくつかにわかれました。

 わたしは隠れてやり過ごそうとした一人でした。

 母に言われて、狭く、暗い場所にずっと隠れていました。

 母はわたしを庇うため、あえて隠れずにいました。

 あたかも、彼女だけで暮らしているかのように装ったのです。

 そして、やつらはやってきました。

 聞こえてきたのはドアを蹴破る音、怒号、そして――母の悲鳴。

 しかし、わたしは決して飛び出さず、悲鳴や嗚咽を漏らすこともなく、ただじっとしていました。

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。

 近くからは、いつの間にか音が消えていました。

 わたしは隠れていた場所から這い出し、光を浴びます。

 目に飛び込んできたのは、窓から取り入れられた陽光を反射してきらめく、紅の何か……。

 それ以上は、あまり覚えていません。


「……なんで、そんなことを知っているんですか? あなた、やっぱり……」


「いや。僕は何も見ていなかった(・・・・・・・)し、何も知らなかった(・・・・・・)。腕のいい情報屋がいてね。そいつが教えてくれたんだ」


「そんなの、不可能じゃ……」


 仮にその情報屋なる人物がそのことを知っていたとしても、あの事件が起きたのは今日の朝のこと。

 事件が起こってから、彼がわたしに接触するまでの時間があまりにも短すぎます。

 全く不可能、というわけではないでしょうが、そんなものは天文学的な確率でしょう。


「とにかく」


 しかし、彼は強く言って、わたしの言葉を、思考を、強制的に遮ります。


「自分の口で言いたくないなら言わなくてもいい。大体の事情は察しているつもりだ。村の様子も後から見に行った。ひどい有り様だったよ」


 彼は淡々と語ります。


「だから、それを踏まえた上でもう一度言わせてもらう。僕がリリーを導く」


「……イヤです」


「リリーだってわかってるんだろう? 自分だけの力じゃ、復讐なんて到底できないって」


 痛いところをついてきます。

 たった一人の力で、それも少女の力で、盗賊団相手に復讐などできないことくらい、わかっているのです。

 わかってはいますが……。


「君が本当に、やつらを心の底から憎んでいるなら、ここは現実的で合理的な判断をしてくれることを期待するよ」


 現実的で、合理的な――判断。


「……わたしはあいつらが憎いです。村のみんなを殺したあいつらが。だから、わたしはあいつらに復讐します。絶対に殺してやる」


 胸中から湧き上がる敵意、憎悪、殺意。


「ですから、不本意ですけど、協力してくれませんか。あいつらを殺すのを。わたしだけでは何もできないことなんて、とうの前にわかってましたから」


 わたしは決意します。

 目的と、そしてその達成のために。

 例えそれが、望んでいた手段でなくとも。

 過程になんてこだわらない。

 結果さえ良ければ、それでいい。


「よし、今度こそ交渉成立っと。それじゃあ、まずは――」


 一息ついて、彼が最初に何を発するのか。

 そんなの、簡単じゃないですか。


「昼ご飯でも食べようか」


 この少年は天然なのではないか、と思った瞬間でした。


◇◆◇◆


「さてさて、まずはやつらの居場所を突き止めないとね」


 軽い昼食をとった後(ちなみに食料は彼が持っていました。懐にしまい込んでいたようです)、わたし達は盗賊団の捜索を始めていました。

 しかし、その前に立ちはだかる懸念事項は、その数を知り得ません。


「あいつら、腐っても盗賊団ですよ。そうそう簡単には見つからないんじゃないですか。それに、もうかなり時間が経ってますし……」


 あいつらは馬を所持していました。

 もし、馬を使って逃走を謀ったなら、いや、馬があるならわたしだってそうすると思いますが、そうなると彼らはすでに遠くへ逃げているはずです。

 先が思いやられますね。


「まあ、遠くまで行っているということはないと思うね」


「どうしてですか」


「盗賊団は盗みを働いた後に、祝賀パーティーを開いて飲んだくれるというお約束があるからさ」


「…………」


「冗談、冗談。……目が怖いよ」


 それはそうです。

 確固たる意思を持って、冷ややかな視線を送っていましたから。


「けど、パーティーはしないまでも、盗品整理くらいはするんじゃないかな。後は休憩。馬もそんなに長い時間を連続して走れるわけじゃないからね 」


 なるほど……、と言っていいのでしょうか。


「それにここは辺境の地だ。やつらにとっては格好の隠れみのなんだよ。憲兵団の手も届かないしね。運が良ければ、やつらの一時的なアジトがこの近くにあってもおかしくない。まあ、どれも希望的観測にすぎないんだけど」


 やはり、彼の推論には不確定要素が多すぎます。

 偶然が積み重なりでもしない限り、この理論は崩壊するのではないでしょうか。


「それじゃあ、居場所はどうやって突き止めるんですか。さっき言ってた情報屋さんにでも訊くんですか?」


 とりあえず、盗賊団がすでに遥か彼方へ逃走しているかもしれないという問題をさておいて、わたしは最重要課題について触れます。


「あ、いや、その、あの情報屋は神出鬼没でね。むしろ、そっちの居場所を見つける方が大変だ」


 声が多少うわずって聞こえるのは気のせいでしょうか。


「けど、盗賊団の居場所はわかってるんだ。移動していなければだけど」


「なんで知ってるんですか……」


 わたしは半ば呆れながら訊ねます。

 無駄だということはわかっています。

 彼との付き合いなんて、今日出会ったばかりのものですが、しかし、なんとなく彼の扱い方がわかってきたような気がします。


「そこは、ほら。秘密ってことで」


 彼の回答は、想像していたものと同じでした。


◇◆◇◆


「位置的にはここら辺なんだけど……」


 歩くこと一刻程。

 わたし達は、数刻前にいた森とは別の森に足を踏み入れていました。

 しかし、本当にこんなところにいるのでしょうか。

 確かに、森という場所は隠れ場所としてはうってつけです。

 ですが、村との距離が近いような気がするのです。

 そんな不安を抱いていた時でした。


「っと、ストップ。声を小さくして」


 彼は立ち止まると、わたしの移動を手で遮り、静かにするようにジェスチャーを送ってきました。


「あれだよ。リデーレ盗賊団は」


「あいつらは……!」


 わたし達がいる場所から離れた、少し開けた場所。

 そこに、彼らはいました。

 見間違えるはずもありません。

 あいつらは……、あいつらが……。


「当たりかい? あいつらがリリーの村を襲ったので、間違いないみたいだねえ」


 彼は満足そうに頷くと、懐を探り始めました。

 が――


「さてと。それじゃあ、さっそく襲撃……と行きたいところだけど、まずは準備を……って、おいおい!」


 わたしは盗賊団を視界に収めると、いつの間にか走り出していました。

 自分でも、なぜこんな無謀なことをしているのかわかりません。

 しかし、抑えきれない衝動がわたしを突き動かすのです。

 現実的で合理的な判断というものをすれば、やはりあの少年の力を借りるべきなのでしょう。

 けれど、これはわたしの問題なのです。

 だから、わたしだけでやらないと意味がない。

 それは理想的で非合理的な考えかもしれませんでですが、それでも、理想を夢見ることの何が悪いのですか。

 理想にすがったって、いいじゃないですか。


「死ねえええええええ!」


 予め仕込んでおいた短剣を懐から取り出し、そのまま突撃します。

 後ろからは静止する声が聞こえる気がします。

 ですが、もうわたしは止まりません。

 流石に盗賊団の方もわたしの存在に気付いたようです。

 わたしは一番手前にいた男に突っ込み、そして――


「……っ!?」


「リリー!」


 次の瞬間、わたしは宙を飛んでいました。

 何が起こったのかわたしにもわかりませんでしたが、どうやら蹴り飛ばされたようです。

 わたしはそのまま受け身もろくに取れずに、地面を転がります。

 肺から空気が無理やり吐き出された反動と、全身を駆け巡る鈍い痛みによって、身体はぴくりとも動きません。


「なんだあ、このガキは?」


 ねっとりと張り付くような男の声が聞こえきます。


「どこからきたのか、お前が誰なのかは知らねえけどなあ、俺に手をあげるたあ、いい度胸じゃねえか。一回、死んどけ」


 金属が擦れるような音が耳に届きます。

 おそらく、男が剣を手に取ったのでしょう。

 ああ、どうやらここまでのようですね。

 けど、これで目的は……。

 その時でした。

 ガキン、と、何かがぶつかり合う音が響き渡りました。


「まったく……。手をかけさせないでくれ」


 今日、初めて聞いた声。

 森の中をさまよっていたわたしに、不意に掛けられた声。

 それは少年のものでした。

 わたしがゆっくりと視界を上に向けると、そこには男と鍔迫り合いをしながら、こちらを見下ろす彼がいました。


「リリー。出会った時から思ってたんだけど、君ってバカなのかい?」


「……部外、者は、すっこん、でて、ください」


 わたしはまともに呼吸もできないながらも、反感の言葉を捻り出します。


「はあ……、どうやら僕の考えは当たってたみたいだね。残念だけど、ここで手を引く気はないなあ。なにせ、これは僕にとっても重要なことだからね」


「お前なあ……、俺のことを無視してんじゃねえよ!」


「悪いね。あんたみたいな雑魚、目隠ししても勝てる」


「なん、だとおおお!」


 男が剣を押す力を強めたのか、両者の剣が弾かれ離れます。

 男はそのまま剣を振り上げる動作に入り、力の限りに振り下ろしました。

 しかし、少年も負けてはいません。

 冷静に相手の剣を受け流すと、そのまま大きく踏み込み、足を切りつけます。


「ぐっ……!」


 男は腱を切り裂かれたのか、力なく崩れ去ります。


「ガキ相手に手こずるな。お前ら、とっとと処分しろ」


 それを見て、別の男が指示を出します。

 盗賊団の頭領でしょうか。

 その男が指示を出すと、それまで傍観するだけだった他の団員も剣を構えます。


「子供一人に何人で来るつもりなのさ。まあ、変わらないけど」


 少年の言葉を皮切りに、両者は駆け出します。

 そこからは、凄まじいものでした。

 少年は次々と襲い来る刃を確実に打ち払い、あるいは回避し、隙が生じたと見るやいなや、相手の足元に切りかかります。

 剣戟をその身に受けた男は、みな一様にその場にうずくまります。

 少年は決してとどめを刺さず、男達の動きを止めることに専念しているようでした。

そして、ものの数瞬で――


「……後はあんただけか」


「ふん、ガキのくせにやるじゃねえか」


 立っているのは二人だけとなりました。

 少年と、そして、おそらくは盗賊団の頭領である男。


「なあ、あんた。大人しく殺されてくれないかな」


「そんな要求を飲むやつがどこにいる」


「だから、あんたがその要求を受け入れた最初の一人になればいいさ。一躍、有名人になれるよ」


「生憎、すでに名前と顔は売れてるのでね」


 お互いに軽口を叩き合い、ここが戦場だとは思えない冗談の応酬。

 そして、しばしの沈黙。

 風が吹き。

 刹那、互いの剣が交錯します。

 辺りに広がる鋭い金属音。

 しかし、次の瞬間には再び剣は離れ、そして、交錯。

 不規則ながらも、まるで何かの曲を奏でているかのような激しい音色。

 それがしばらく続いたかと思うと、両者は一斉に飛び退き、距離を取り合います。


「流石は頭領。やってくれるね」


「お前の方もな」


「フフフ……」


「ククク……」


 不気味な笑い声と共に、再び戦闘が始まります。

 しかし、両者は互角。

 このままでは永遠に決着がつかないのではないか。

 そう思うほどです。

 その均衡を先に崩したのは――


「ふん、もらったあああ!」


 盗賊団の頭領でした。

 戦いが長引いたせいで集中が途切れたのか、少年が僅かに剣を持つ力を緩めたところで、一気に払い上げたのです。

 少年は今、剣でガードをすることができず、無防備な状態。

 危ない、と思った時にはすでに遅く。

 男は剣を振り上げて、そして――


「なっ、んだと……?」


 突如、男が静止します。


「ようやく効いたか。しぶとすぎるよ……」


 少年は剣を下ろして、笑顔を見せます。


「お前……何をした!」


「簡単な話さ。ちょいと薬を仕込んだのさ」


 薬?

 そんなものを使っている素振りは見られませんでしたが。


「はあ、元々は最初からこれを使うつもりだったのに、リリーが一人で先走るから」


 『準備』とやらのことでしょうか。

 よく聞いていなかったので、記憶が曖昧です。

 どうせこれについて聞いたところで、『秘密』なんでしょうけど。


「まあ、これで決着、だね。さあ、リリー。立った立った」


 なんともあっさりとした幕切れでした。

 わたしは少年の手を借りて、まだ痛みの残る身体に鞭打って立ち上がります。


「ほら、ちゃんと剣を構えて。復讐、できないだろ?」


 と、少年はまだ事態がよく飲み込めていないわたしの手を取り、短剣を男に向かって突き出します。


「え? え?」


「まずは誰から行く? 下っ端かい? それともいきなり頭領かい?」


「ちょっ、ちょっと待ってください。何を……」


「復讐、するんでしょ?」


 少年は微笑みながら、そう言いました。


「さっさと殺しちゃいなよ。その短剣で心臓を一突きすれば、全て終わる」


 復讐。

 そうです。

 わたしは村の人々を殺した盗賊団に復讐するため、ここまでやってきたのでした。

 思えば、たった半日の内に起こったことでしたが、それもここで終わりです。

 わたしが、この手に握った短剣でとどめを刺せば……。


「どうしたの? 早くしなよ」


 少年が急かします。

 しかし、わたしの身体は微動だにしません。

 いや、僅かですが動いていました。

 ――震えていました。

 それは果たして、何の震えなのか。

 目的を達成することへの感動?

 それとも、人を殺すことへの恐怖?

 そこで、わたしはふと気付くのでした。

 そして――


「無理……です。人を、殺すなんて……」


 わたしは泣きながらそう言いました。

 なぜ、泣いているのでしょう。

 自分にも、よくわかりません。

 けれど、一つだけ確かなのは。

 わたしは、人を殺せない。


「はあ、まあ、こうなるとは思ってたよ」


 と、少年はため息混じりに言いました。


「まったく、君は本当に人騒がせだね。せっかくここまで導いてあげたのに、それだなんて」


 その言葉は、わたしを非難しているようで、そして――


「けど、それがリリーの選択なら、いいんじゃないかな」


 わたしを褒めているようにも感じられました。


「僕は導いただけだ。君の人生を決めることなんてしないし、できるわけがない」


 真面目くさった顔でそう言うと、彼は表情を一変させ、いつものおどけた様子に戻ります。


「それにしても、このまま終わるっていうのもしゃくだな。ちょっと復讐の方法を変えようか」


「方法を変える?」


「そう。それに、今日は10月31日だ。出血大サービスをしよう。リリー、少し目を閉じてて」


 言われた通りに、わたしは目を閉じました。


「いいよ、目を開けて」


 目を開けると、そこにはロープでがんじがらめにされた盗賊達がいました。


「どうだい、この早業。すごいだろう」


 彼は得意気にそう言います。

 いや、確かにすごいですけど。

 復讐って、そういう?


「こいつらは憲兵団に預けてしまおう。それでいいよね」


 わたしは肯定の意思を伝えるため、頷きます。


「頭領さんも、別にいいよな。殺されないだけましだと思え」


「お前に負けた時点で腹は括ってるってんだ。ったく、散々引っ張りやがって。お前らも、文句言うんじゃねえぞ!」


 頭領の男は他の仲間にそう言いました。

 中には不満そうな顔をしている者もいましたが、しかし、口には出さないようです。


「まあ、何はともあれ、終わってよかったね」


◇◆◇◆


「さて、問題なのはこれから君をどうするかなのだけど、生憎、君を連れ回すほどの余裕は僕にはないからね」


「誰が一緒に連れて行ってと頼みましたか」


 全て終わりました。

 本当にお終いです。

 彼と軽口を叩き合うのも、これで最後。

 こうしてみると、意外と呆気なかったですね。

 まあ、そんな言葉で済ませられることではないのですが。

 わたしのこれからとか、心の傷のことだとか。

 問題は山積みです。

 だから、これはある意味では始まりなのかもしれません。


「そこでだ。ある人にお願いしておいた。そこそこ信用できる人だから、安心していいよ。女性だし」


「そもそも、あなたを信用できないので、その言葉も信憑性が低いですよねえ」


「ひどい言われようだなあ」


 彼はやはり、おどけたようにそう言うのでした。


「おっと、そろそろまずいな。それじゃあ、また会えたら」


 と、彼は身を翻したかと思うと、手を振りながら駆けて、そしてやがて遠くへ消えて行きました。

 別れの挨拶は――言えませんでした。

 と、そこへ。


「んん? もしかしてあんたがリリー?」


 一台の馬車がやってきました。

 馬を引いていたのは、金色のショートヘアの若い女性。


「ったく、あの野郎、また事後処理を押し付けやがって。アフターケアまでちゃんとやれっての」


 何かをぶつぶつと呟いているようですが、よく聞こえません。


「まあ、今回はお土産も用意してくれたみたいだし、多めにみてやるか。ほら、とりあえずあたしの横に乗った乗った!」


 彼女は縛り上げられた盗賊団の面々も一瞥すると、わたしに馬車に乗るよう促しました。


◇◆◇◆


「あの!」


「うん? どした」


 馬車に揺られてしばらくして。

 わたしは唐突に切り出しました。

 どうしても、聞きたいことがあったのです。

 まあ、会話がないのに耐えられなかったというのもあるのですが。


「ええっと、あなたはあの少年……ウィリアムと知り合いなんですか」


「まあね。色々とあったんだよ、色々」


「じゃあ、彼は何者なんです?」


「ううん……、一言で言えば案内人ってところかなあ。まあ、ろくなことはやってないよ」


 彼がろくでもない人間だと言うことはわかっていますが、なるほど、それは共通認識なのですね。


「しかし、まだあの名前使ってるのか、あいつは」


「え?」


 彼女から発せられた言葉に、わたしは疑問の声を漏らします。


「あれ、知らない? まあ、知ってるはずもないか。そのウィリアムとかいう名前、偽名だからな」


「なんと……」


 一体、最初の自己紹介はなんだったのでしょう。

 ちゃっかりと、自分も偽名を使っていた少年でした。


「さあて、街につくまで時間あるし、子供はおねんねの時間だ」


「まだ夕方じゃないですか」


「お前、色々あって疲れてるだろ。そういう時は休むに限るんだよ。ほら、わかったら静かに寝る」


 仕方なく、わたしは横になり目をつむります。

 あの少年は何者なのか。

 それはわからないですが、しかし、一つだけ思い出したことがあります。

 10月31日。

 彼の言い放ったこの日付に違和感を覚えていました。

 なるほど、そういうえば今日はハロウィンでしたね。

 ということは、彼の名前と役割は……。

 なんて。


 これが、わたしが体験した、お伽噺にも似た物語――。


ハロウィンらしさがない?

ちゃんとありますよ。

最後に大ヒントだってあげてるじゃないですか。


今回の参加にあたり、企画主の真坂倒様にご迷惑をおかけしたことをお詫びすると同時に、後出しを認めてくださったことを感謝させていただきます。

それでは皆さん、Happy Halloween!!


 片山集

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