このろくでもない、素晴らしき日@れおまる
作者:れおまる
ジャンル:コメディ
あらすじ
トリックオア、ヴァァァァイオレェェンス!!
はて、今日はどんな日だったのだろうか。
スマホで調べてみたらハロウィンという、簡単に言うと外国版のお盆らしい。死者がやってくるんだけど同時に悪魔も来てしまうから、魂を持っていかれないために人々は魔物やお化けに扮する、とのことだ。
だからか、うちのバカ親たちが朝っぱらからこんなバカバカしい格好をしているのは。
「私の名前は、魔法少女☆リサぽん! うふっ♪」
なんという見苦しさだ。化粧を塗りたくって必死にシワやら弛みやらを隠してはいるのだが、目元の辺りは隠せていない俺の母親。
果たしてどこで買ってきたのかは定かでないし、知りたくもないのだが、痛々しいアニメのキャラクターの様な衣装にそのトドの様な体を包んでいる。
なにがぽん、だ。ぽんどころかパンパンだろうがその太もも。何歩か歩いただけで破裂しそうなくらい広がった衣装が悲鳴をあげているぞ。
「あら、おはよう次郎」
「…………俺に、話しかけないでもらえます? 失礼かもしれないですけど、お前みたいな醜いシワだらけのボンレスハムなんか知らないし、知りたくもないし」
「今日はなんの日か知ってるわよね? そうよ、ハロウィンなのよ! トリックオアトリート!」
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、か。朝っぱらからとんでもないモノを見せつけといて、この上更に酷い仕打ちをするつもりらしい。まったく、なんという母親だ。こんな最悪な始まりとなった日でも変わらずに学校はあるのだから、勘弁してほしい。
仕方ないので無視を決め込み、牛乳をコップに注いだ。いつもならゆっくりくつろいでから登校するのだが、今朝は1秒でも早くこの家から逃げだしかった。果たしてなにが楽しいのだろうか?
こんな風に嫌がる息子に醜い姿をさらして、喜んで、いったいいつから俺の母親は変態に成り下がってしまったのだろうか。泣けるのならば泣いておきたい、リセット出来るのならばそうしてしまいたくもなるというわけであった。
「んもぉー、無視はいけないぞ、次郎。あ、分かった、分かっちゃった、ママこと魔法少女☆リサぽんのこと好きになっちゃったんでしょー?」
あと三回この俺に何かを語りかけてきたら、容赦なくできの悪いステッキを奪い取ってへし折ってやるつもりだった。いや、思った以上にムカつきが俺の理性を砕いていくスピードが早いらしい。もう、駄目だな。あと二回が限界だ。
ちちんぷいぷい、今すぐこの大根足を丸焼きにしてしまいたーい、とでも唱えてやろうか。そうでもしなければこの俺の腹の虫がおさまりそうにない。短気は損気、だって? 知った風な口をきくなっっ!!
しかし、現実というものはだいたい自分に対してそんなに優しくなかったりするものだ。というか、優しくしてくれるという事などあり得なかった。ハロウィンというのはこちらが考えていたよりも人間の頭をおかしくさせるモノだったらしい。
魔法少女☆リサぽん(笑)に続いて現れてくれやがったのは、甲冑に身を包んだ得体のしれない誰かだった。顔が見えないので正体がわからない、だから得体がしれないというだけの話である。
「我は闇を切り裂く光の騎士、ホーリー☆ダークマター☆ナイト!!」
悔しかったが、そのどっちつかずの名乗りにちょっとだけ牛乳を噴き出してしまった。ホーリーとダークって、果たしてお前の属性はどっちなんだよ。よく見たら甲冑の真ん中に区切りがあり、片方は白くてもう片方は黒くなっている。どっちでもあるわけだ、なるほど。
「なにやってんだよそこの親父!! いったいいくら使ったんだよ、その無駄にいい材質のコスプレに!!」
「わが息子よ、いずれはお前がこれを我から引き継いで悪の軍団と戦う運命にあるのだぞ。その誇り高き鎧をコスプレとはなんだ、コスプレとは!!」
よくわからないが、気合いのいれ具合は母親よりは上だということは理解できた。しかし、そんなに熱くなれるものだろうか? イベントなんだから楽しみにするというのは分からなくもないが、俺なら真似できない。もし写真に撮られて拡散されたら、一生ものの弱味になってしまうからだ。
すでに身長は息子である俺に追い越されてしまったから、仮に俺がその鎧を着たとしてもきつくて着れないだろうな。間違っても着てやるつもりなんてないけど。
さて、我が家の恐ろしさはこれだけでは終わらない。魔法少女☆リサぽん(笑)、そして闇を切り裂く光の騎士、ホーリー☆ダークマター☆ナイト(笑)に続く、とんでもないやつが控えているのだ。
「もー二人とも、次郎がドン引きしてんじゃん。なにやってんの、ハロウィンってそういうイベントじゃないでしょ? わるいことしたんだから謝って!」
姿こそ見せないが声だけは聞こえてきた。きっと自分の部屋から様子をうかがっていたのだろう。さて、我が姉ことバカは果たしてどのようなおぞましいコスプレを披露してくれるのだろうか。
すると、そいつは現れた。メイド服に猫耳、そして尻尾をつけた鳥肌ものの格好だった。説明するのを忘れていたが姉とは歳が離れており、俺は今年で高二になるのだがこいつは…………
「謝っちゃうにゃん。せーの、許してにゃん♪」
こいつは、あと1年で三十路に突入するバツサンである。しかも出産経験はなし。そいつがいきなり猫耳をつけて許してにゃん、だと。
くせぇ、臭すぎる、1ヶ月ロッカーに押し込まれたままだった柔道着が裸足で逃げ出すレベルの悪臭だ。鼻がひん曲がりすぎてリアルピカソになってしまう。まったく照れようともしていないところが、余計に俺を苛立たせのであった。
「次郎、許してにゃん☆」
俺が反応しなかったので、アラサーのバツサンはもう一度そのむかつくこと山の如しであるポーズを繰り出してくれやがったのだった。
しかも、俺の態度にむかついたらしく、眉間にシワが寄っていた。このやろうもしかしてこんなもので納得しておけとでもほざきやがるつもりなのか??
格好だけを見たら両親とはそれほど差はない様に感じるが、中身の痛々しさは比べ物にならない。もしも俺が赤の他人であったら、許さないにゃん!!
まさにバツがトリプルになるのも納得してしまえる様なスットンキョーな行動だった。俺がこいつの旦那だったらストレスが1日でレッドゾーンに達するだろう。こいつは結婚してはならない人間なのは間違いない。
「おい次郎、許してにゃんっつってんだろ?! なめてんじゃあねぇーぞこの○×△★が!!」
いまこの瞬間、俺の怒りは頂点に達したのであった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! お前らみんなまとめて地獄に堕ちてしまえぇぇ!!」
なにが魔法少女☆だ、なにがホーリー☆ダークマター☆ナイトだ、そしてなにが許してにゃん☆だ、毎年毎年こんな悪夢みたいな記憶を植え付けてくれやがって、悪戯どころの問題じゃなくなってるじゃないか。
用意してあった鋼鉄製のハリセンで母親と父親とコスプレバツサンの頭をひっぱたいた。しかし、やつらは悪びれる様子もなく笑い合っていたのだった。
そして、そんな姿を見ていると、もはや笑うしかないのであった。こんな日をどこか楽しみにしている自分がいるというのは、否定できない。