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Trick with Treat  作者: カオス学園文芸部
短編集『Trick with Treat』
37/46

カボチャ少女と吸血鬼@水無月 羽音

作者:水無月 羽音

ジャンル:ファンタジー


あらすじ


 十月の初めの週。その街に、一人の吸血鬼の青年と妖精が引っ越してきた。


 これは、その青年と妖精、そして、一人の少女の物語――。

「それでは、私の話を始めましょうか」


     ◇


廉慈郎(れんじろう)?」


 一人の青年の肩から、少年の声が発せられた。


「何? 何かあった?」


 廉慈郎と呼ばれた青年は、視線を動かさずに答える。


「特に何も無いけど、さ。オイラ、何か変だな、って思って……」


(フウ)も? 実は俺も」


「廉慈郎も!? じゃあ、やっぱり……」


 風、と呼ばれたその声は、嬉しそうに声を弾ませた。


「うん。ハロウィンって、今月末だよね? 装飾も、もうハロウィンに変わってるし。ハロウィンのコスプレしてる人いっぱいいるし。ここテーマパークじゃないのにさ、おかしいよね」


 廉慈郎がそう言った途端、廉慈郎の肩からころり、と緑と茶色の何かが転げ落ち、廉慈郎のパーカーに引っかかった。


「どうしたの、風?」


 緑と茶色の何か。それは身長十センチほどの人間、もとい妖精の、風だ。


「……そうじゃないだろ――っ!? じゅーれん探すんだろ!? 廉慈郎は何のためにここまで来てるの!? 観光!? そんなはず無いよね!? 観光のためにこんな街に来ないよね!? 引越し道具持って一泊二日!? 冗談じゃないよ!!」


「あはは……ごめんごめん」


 突如としてそうまくし立てた風を手に乗せて、廉慈郎はそう言って笑う。


「まったく。廉慈郎はいっつも天然なんだから! だからいつもいつも手がかりだけ見つけて結局じゅーれん逃しちゃうんだよ! しかもそのうち半分は自分で正体バラしちゃうし! 今回はそういうの、しないでよ!!」


 肩に乗せられた風は、ぷくっと頬を膨らませて文句を言った。


「ん――……無理かも」


「廉慈郎!!」


 にっこりと笑って廉慈郎はこう続ける。


「俺はただの吸血鬼だよ。未来なんて見えないさ」


「だぁから! 自分で気をつけるの!!」


「あはは、頑張ってみるよ」



 君島 廉慈郎、吸血鬼。彼は放浪し続ける。


 真実を知るために、自分の兄を探し続ける。


(今更、探したって……どうなる?)



「さぁて、と。絨憐(じゅうれん)は何処へ行ったかな」


 そう、廉慈郎が呟いた、その時。



 出会い頭にハロウィンのコスプレをした少女が廉慈郎にぶつかってきた。

 少女はぶつかった衝撃で尻餅をつく。


「うわあ……」


「何であたふたしてるの、廉慈郎! 気付かれないうちに逃げようよ!」


 慌てた廉慈郎を、風が急かす。その間に少女は立ち上がってきょろきょろと辺りを見回していた。


「何かにぶつかったと思ったんだけど……」


「大丈夫――?」


「どうしたの――?」


 あっという間に少女は友人らしき子たちに囲まれた。廉慈郎は気付かれず。


 必要以上に影が薄く(しているのは廉慈郎本人)、肩に妖精を乗せている吸血鬼として、吸血鬼の中では有名な廉慈郎は、安堵の溜息をそっと吐いた。


 しかし。


 あろうことか、少女を囲んでいたうちの一人、カボチャのコスプレをした少女がてくてくと廉慈郎に歩み寄ってじーっと廉慈郎を見つめた。

 廉慈郎が後ろを振り返ってみるが誰もいない。


「……もしかして、俺?」


「まさか! ほら、さっさと行こう、廉慈郎!」


 しかしカボチャの少女の視線は廉慈郎を捕らえたまま。どうしたものかと思ったそのとき、転んだ少女がカボチャの少女に声をかけた。


「ねぇ、どうしたの?」


 その隙を狙って、廉慈郎は足音を立てずに歩き出す。


 少し遅れてそれに気付いたカボチャの少女が廉慈郎の後を追って走り出し、廉慈郎のパーカーの袖を掴んだ。


「風、完璧補足されてたじゃん……」


「……冗談だよね?」


 廉慈郎と風がぼそぼそと話している間もカボチャの少女は廉慈郎のパーカーを掴んでいる。


「……とりっくおあ、とりーと」


 カボチャの少女がもごもご口を動かした。


「……俺に言ってる?」


 廉慈郎が聞くと、カボチャの少女はこくんと首を縦に振った。


 仕方ない。そう考えて廉慈郎はパーカーのポケットに入っていた風の飴を取り出した。


「廉慈郎それ! オイラの飴!!」


「後でまた買うから。……それとも悪戯がよかった?」


 風が首が取れるかと思うほどぶんぶんと横に振った。

 廉慈郎は少女に飴を差し出す。


「……ありがとう……」


 廉慈郎は小さくお礼を言うカボチャの少女の頭をぽんぽん、と撫でた。


「どういたしまして。ほら、お友達が待ってるよ」


 カボチャの少女はこくんと首を振った。


「ばいばい、おにいちゃん」


「お兄ちゃん、だってさ」


 走り去るカボチャの少女を見ながら風は言う。


「実際はお兄ちゃんって言うより、おじ――あいてっ!!」


 頭を軽く叩かれた風は口を尖らせた。


「ここあ――、どうしたの――?」


「……」


 カボチャの少女――ここあというらしい――は、一度廉慈郎を振り返り、そのまま無言で帰っていった。


「ねぇ、風」


「何だい?」


「ココア飲みたい」


「ちょっと待って!! 犯罪だよ!?」


「? 原料カカオの。買って、家に帰ろうか」


     ◇


「えーと、君島、廉慈郎君? 私は大家の伊藤 多恵。で、こっちは私の娘の可奈。よろしくね」


「よろしくお願いします」


 少し古めの平屋の建物。廉慈郎と風の新居に、五十前半の女性と女子高校生が来たのは空が夕焼けに染まっている頃だった。


 純粋な吸血鬼でなく、人間の血も混ざっている廉慈郎に陽光は何の支障も与えない。


「この街のハロウィンは、もう始まっているみたいですね」


 廉慈郎が言った。


「まぁねぇ。不景気だから、何かと理由付けて儲けたいんじゃないのかしらね? まぁ、そのおかげで子供たちは元気だけど。……毎年コスプレ楽しみなのよ!」


「お母さん……ヒートアップしないでってば……」


「関わり合いになりたくない人種……」


 顔を真っ赤にして話し続ける多恵を見て、風が呟く。

 廉慈郎はそんなことを目に留めず、話を続けた。


「ここへ来る途中に仮装中の子供たちに会って、飴獲られちゃったんです。今度はそれに備えて、また飴買って来ました」


 にっこりと廉慈郎が笑うと、可奈が無表情で廉慈郎を見た。


「それは良いわね。……あら、お客さんだわ」


 多恵が自分の家のほうに駆けていく。それを見計らったように可奈が口を開いた。


「……誰に、飴あげたの?」


「え? あぁ、ここあ、って言ってました。どうかしました?」


「……美奈お姉ちゃん家の……そう……」


 そういうと可奈は複雑な表情で黙り込んでしまった。


「知り合いの子ですか?」


 廉慈郎が訊くと、可奈は、


「……妹みたいな子……。昔は、ここに住んでたから、よく一緒に遊んでたの……。美奈お姉ちゃん……ここちゃんのお母さんが再婚してから、引っ越しちゃったけど……」


 と言って俯いた。


「廉慈郎、地雷踏んだんじゃない?」


 風があっかんべーの様に舌を出した。

 少し拗ねた様な表情をした廉慈郎は風をつん、とつついた。


「……初対面の人にお願いすることじゃないけど、良い?」


 可奈は俯いたまま言う。


「……ここちゃん、あんまり笑わなくなっちゃったの、お母さんが再婚してから……! たまにここちゃん泣きながら電話してくるの、お父さんが嫌だ、って。……お願い、ここちゃんの話し、聞いてあげて……!」


「廉慈郎――すごくハードル高いの来たよ――」


 風が廉慈郎の耳元でぴょんぴょん跳ねながら言った。


「えっと……その子と会えたら、で良いかな? 流石に会いに行くのはまずいだろうし……」


 可奈が顔を上げて、こくりと頷いた。よく見れば可奈は涙目で、真っ赤になっていた。


「……ごめんなさい、無理なお願いして……」


「あ――、気にしないで。妹が心配になるのは誰でもおな、じ……っ」


 廉慈郎は言葉を詰まらせて自分の目を隠すように手を当てた。


「大丈夫……?」


 可奈が訝しげに訊ねる。廉慈郎はただ頷いた。



 目の前で線路内に落下した少女は廉慈郎の妹。

 立ち上がろうとした少女に電車が襲いかかった。

 電車が通り過ぎて遮断機が上がる。

 廉慈郎はそれより早く線路内に立ち入って真っ赤な妹を――。


(どうしたんだっけ……?)


 思い出せずに廉慈郎は困惑する。


(俺は……あの後……?)


「廉慈郎、廉慈郎ってば!」


(あの後……、あれ)


 大きく溜息を吐いた廉慈郎に可奈が目を見開いた。


「タイムセール行くの、忘れた……」


「ちょ待あああぁぁぁぁぁっ!?」


(これはまだ、思い出さなくて良いんだ)


 廉慈郎が大仰に首を振る。


「……飴だけ買ったの? ……今、それ考えてたの?」


「飴だけじゃないよ。考えてたっていうか……あはは。タイムセールでまた来れば良いかなって思って……」


 嘘ではないのだ。

 廉慈郎が白状すると、可奈がクスリと笑った。


「……家に、来る? 多分お母さんもそのつもりだと思うし……」


「いいよ、俺が行ったら迷惑でしょ?」


 廉慈郎の見た目は十七、八歳。可奈と同じくらいなのだ。仮に廉慈郎が伊藤家に可奈と一緒に入るところを見ていた人がいたとしたら……。あまり良い様には思わないだろう。普通なら自分から誘うことはしない。

 そう考えて廉慈郎は断るつもりなのだ。

 しかし、その考えを可奈はあっさりとぶち破った。



「……家に食堂があるの。お母さんが家を貸している人の半分くらいはほぼ毎日来てるから大丈夫」



 少し戸惑いながら廉慈郎はちらりと風を見た。


「オイラは散歩にでも行ってくる。飴があるから大丈夫だよ。その代わり、廉慈郎は情報集めといてね!」


 風がぴょん、と跳ね、玄関を出て行った。


「それじゃあ……お言葉に甘えます」


 可奈がにっこり笑う。


 廉慈郎は可奈について行きながら、今後の予定を建て始めた。


     ◇


 真っ暗だった。

 何処にも、光は無い。

 自分の姿すら、認識できない程。

 その空間は、黒く染め上げられていた。

 不意に。


「おにーちゃん!」


「……優凜(ゆうりん)


 少女の声が響く。その少女の名を、独りでに唇が紡いでいた。


 君島 優凜。

 七年前に事故で死んだ、廉慈郎と絨憐の妹。


「おにーちゃん、ゆーりんね、」


 その言葉の続きを知っている。

 その言葉の意味は知りたくない。


「ここで、サヨナラしなくちゃ」


 黒に、赤が映える。

 色彩の認識は此処ではできない筈なのに、それだけが鮮明に解る。


「優凜……ッ!!」


 ただ唇を噛みしめる。

 妹を助けられなかったのは悔しい。喪ってからは空虚感に浸ることもよくあった。

 それと同時に。

 ただ高い所で見下ろしていた彼は、何故助けなかったのだろうか。何故あの後行方を眩ませたのだろうか。

 (おもむろ)に口を開く。発せられた声は、いつもより低く、憎悪に満ちている。


「……絨憐……!!」


 呟いたところで何も出来ないのは知っている。


 これも、いつもの夢だからだ。


     ◇


「廉慈郎――、朝――っ!! 今日から学校行くんでしょ――っ!?」


「……んく、そうだった」


 むくりと和式布団から廉慈郎が起き上がる。


 廉慈郎と風が引っ越してきてから三日目の朝、月曜日。

 今日から可奈と同じ高校に通学するのだ。ちなみに書類諸々は休みの内に全て廉慈郎一人で終わらせた。


「いよっ、高校生!!」


 制服に着替える廉慈郎に、飴を抱えた風が声をかける。


「もう何回高校卒業したかわからないけどね」


 廉慈郎は苦笑した。


 吸血鬼は人型をして人ではない。

 故に、人よりも寿命が極端に長かったり短かったりするのだ。

 それは風たち、妖精も然り。


 因みに、廉慈郎は江戸幕末の生まれである。両親は今も健在。きっと二人で海外旅行に行って日本にはいないだろう。一人分の寿命が長いだけ、その分稼ぎも多いのだ。

 ただし、同じ職場に退職まで勤められないなど色々苦労もするのだが。

 風たち、妖精の場合は人家に入り込んで食事をし、お礼にその家の人に幸運を与えるらしい。妖精は普通の人間ならば目に見えないようなので、まあ妥当なところだろう。


(あ、でも。あのここあって子は風が見えてたよな……)


 この休み中にも何度かここあを見かけた。その度に向こうから近寄ってくるのだが、廉慈郎は勿論、風にもハロウィンで集めたのであろうお菓子をくれるのだった。


「準備できた――?」


 風が玄関で飛び跳ねながら廉慈郎に訊く。


「うん。朝御飯は大家さんが作ってくれてるし、早めに行かなきゃね」


 そう言って廉慈郎はカバンを持って玄関を出る。風が廉慈郎の肩に飛び乗った。


「鍵は?」


「鍵は閉めてから大家さんに渡すんだよ。帰ってくるまで預かってくれるってさ」


 かちゃ、と音を立てて鍵が閉まる。


 伊藤家の食堂に入ると多恵と可奈が食事の支度をしていた。


「おはようございます」


「あら廉慈郎君、おはよう。今日から学校ね、頑張ってね」


「……おはよう、廉慈郎君」


 廉慈郎は部屋の隅にカバンを置き、鍵を決められた場所に置く。


「あ、運ぶの手伝います」


「あら。ありがとう」


 あっという間に四組分の食事がテーブルに並べられた。


 廉慈郎は他の家族が来る前に朝御飯を食べ始める。風はテーブルに隠れて見えない廉慈郎の膝の上で飴玉を頬張っていた。


「廉慈郎君」


 不意に声がかけられて廉慈郎は隣のテーブルに座っている可奈を見る。


「……今日、学校一緒に行ってもいい?」


「俺はいいけど……可奈さんは?」


「……私は、いつも一人で行くから。この辺りは同じ学校の子がいないの」


 可奈が小さく笑う。


「……じゃ、一緒に行こうか」



     ◇


 廉慈郎がクラスに入ったとき、初めは誰も廉慈郎に気付かなかった。

 廉慈郎が、あまりにも影が薄かった所為である。

 しかし、廉慈郎に気付くと生徒は皆、驚きの声や悲鳴をあげた。


 ただ一人、可奈を除いて。


「今日からお世話になる君島 廉慈郎です。よろしくお願いします」


 ただ淡々と廉慈郎は言った。幾度と無く見てきた反応だ、今更何も感じない。

 そんな廉慈郎を見て、可奈は表情をほころばせていた。


     ◇


 屋上で弁当箱を広げる生徒は少なくない。そんな中に廉慈郎は紛れていた。

 可奈と一緒に。


「何でこの子もいるのさ――っ!!」


 風は人が見聞きできないのを良い事に声を張り上げた。


「可奈さん、何かあった?」


 可奈は少し恨めしげに廉慈郎を見た。


「……廉慈郎君の所為で質問攻めに遭った。その間に廉慈郎君探しても何処かに行っちゃうし」


「……友達いないわけじゃないんでしょ?」


 恐る恐る訊く廉慈郎。


「いるよ、もう! 廉慈郎君の所為で全然食事になりそうに無かったし、廉慈郎君の近くにいれば見つかり辛いっていうのがわかったから此処にいるの!」


 可奈がふくれっ面をする。


「「何だその理由」」


 廉慈郎と風が同じ言葉を呟く。


『おにーちゃん!』


(……!?)


 廉慈郎が不意に立ち上がり、辺りを見回す。

 そして、懐かしく……不快になる気配を感じた。


「……? どうかしたの?」


「……いや……何でもない、けど」


 廉慈郎は空になった弁当箱を片付ける。


「ごめん可奈さん、先に行くね」


「……うん」


 廉慈郎は早足で校舎内に入る。肩の上の風が首を傾げた。


「廉慈郎?」


「……」


「廉慈郎――?」


「いるかもしれない」


「……え?」


「絨憐が、この近くにいるかもしれない」


 風が絶句している。それもそうだろう。たったの三日で手がかりを見つけるとは廉慈郎本人でさえ思っていなかったのだ。


「時間制限があるわけじゃない。ゆっくり探そうか」


 自分に言い聞かせるように廉慈郎が言う。



 廉慈郎に置いていかれた可奈がまた質問攻めに遭ったとか無かったとか。


     ◇


「ふぅん……廉慈郎、ここにまで来てるのか。何に執着してるか知らないけど、しつこいなぁ。あぁ」


 一つに纏めた長い黒髪を揺らし、溜め息を吐く。


「ゆーりんの事かぁ。なぁんだ、あの事まだ引きずってるのかぁ。……廉慈郎変わらないなぁ……ほんと、ほんとほんとーに馬鹿。やっぱり、会いに行ってみるしかないのかなぁ……」


 あはは、と笑う。

 廉慈郎に似た笑顔で。


「さーてとっ! 廉慈郎は真実(ここ)まで来れるかな?」


     ◇


「廉慈郎、どうするの? もう二週間経ったよ?」


「知ってるよ。ただ、何処にいるかがわからない……」


「じゃあ、廉慈郎は暢気に今何をしてるの?」


「ここあと一緒にココア飲んでるの」


 廉慈郎がココアの入ったカップに口を付ける。その隣でここあがカップの中に息を吹き込んでいた。


「さっさとじゅーれん探さんかぁ――っ!!!」


 風が叫ぶ。けれど廉慈郎は苦笑するばかり。


「おにいちゃん、あついよう」


 ここあがカップを持ったままそう言った。


「牛乳足した?」


「ここ、ぎゅうにゅうきらい……」


 ここあがしょんぼりと肩を落とす。


「牛乳飲むと身長伸びるよ?」


「ここはまだ、しんちょうのびるもん……!」


 ここあが廉慈郎を軽く睨んだ。廉慈郎はこれも苦笑して受け流す。


「廉慈郎ってば! このままじゃ何も進まないよ!!」


「進むよ」


 廉慈郎は立ち上がり、スナック菓子を出しながら言った。


「絨憐は自分から来る。俺にもう気付いていなきゃおかしいし、俺を混乱させるためにね。俺が此処にいても、自然と事は動くから大丈夫だよ」


 風が身震いした。


(廉慈郎が確信している。ということは、本当にじゅーれんは来るのかな……?)


 風は絨憐に会ったことが無い。

 廉慈郎と風が出会ったのは、優凜が事故に遭った後だからだ。


 と、そのとき。

 トントン、と玄関のドアが叩かれた。


「廉慈郎君、いる? 廉慈郎君に電話があるんだけど……」


 可奈が玄関の前で立っていたのを確認し、廉慈郎はここあを玄関まで呼び寄せた。


「ここちゃんもいたの? ここちゃんは私が見てるから、電話、出てきてくれるかな……?」


 廉慈郎は頷く。それと同時に風が廉慈郎の肩に飛び乗った。


「おにいちゃん……」


 寂しそうな表情をしたここあにすぐ戻るよと言い残して廉慈郎は外に出る。



 外はもう陽が傾き始め、冷え込み始めていた。


 寒さから逃げるように伊藤家に入った。


「廉慈郎君、お兄さん、から……?」


 困っているらしき多恵に気付かれてしまっただろうか。廉慈郎は無意識に表情を……眼つきを変えてしまった。

 それは、絨憐を思い出したときと同じもの。


 多恵から受話器を手渡され、困惑しながら相手に声をかける。


「……もしもし?」


『あは。久し振り、廉慈郎』


「……絨憐……ッ!」


『なんか他人行儀だなぁ。前みたいに兄さんって呼んでくれないの?』


 明るく笑う絨憐の声。

 廉慈郎から物凄い殺気が放たれ、風と多恵がびくりと体を震えさせた。


「大屋さんすみません。少し出ていて貰えませんか?」


「そ、そうね」


 そそくさと多恵が退場していく。


「いつか接触しに来るだろうとは思ったけど。……何の用?」


『何の用って……分かってるくせに。ゆーりんの事に決まってるじゃん』


 軽やかに笑う絨憐に対して怒りがこみ上げる。


「どうしてあの時優凛を止めなかった……!?」」


『そーゆーのを話そうと思ってるんだよ。今から二丁目の廃墟ビルの5階迄来てよ。あ、人間は(・・・・・)連れてこないでね』


「……分かった。風は連れて行っても良いんだね。今から行く」


 ガチャン! と音を立てて受話器を戻す。丁度その時、可奈とここあが顔を出した。


「どうした、の……? 何だか、いつもと違うみたい……」


「可奈さんごめん。ちょっと出掛けてくる」


「え? ちょっとどうしたの? 誰から、何で……っ」


 廉慈郎はすっと目を閉き、そしてすぐに目を開く。


「俺の……兄から」


「あに?」


 ここあが復唱する。


「俺のお兄ちゃんの事。会わなきゃいけないんだ。会って話しをしなくちゃならない。その為に此処まで来たんだ」


「じゃあ、お兄さんに会ったら廉慈郎君はこの後何処かへ行くの!?」


 廉慈郎が寂しそうに微笑んだ。


「それも……良いかもね」


「ちょっと廉慈郎……」


「何で廉慈郎君はそこまでするの!?」


 可奈が涙を流しながら叫んだ。


「妹の事、ちゃんと分かってあげたかったから……ごめん」


 廉慈郎は伊藤家を飛び出した。風は廉慈郎のパーカーのポケットに入る。次の瞬間。


 廉慈郎が跳躍し伊藤家の屋根の上に飛び乗った。


「ちょっと廉慈郎! いつもより荒いよ!!」


 ポケットの中から風の抗議の声があったが、廉慈郎は無視した。


(廉慈郎が此処まで狼狽するなんて……)


(絨憐は何を知っている……? 優凜は何故飛び降りた……?)


 太陽が地平線に沈んでいく。

 吸血鬼が夜に近づく空を翔ける。


 そして。


 廉慈郎は十五階建てビルの屋上でぴたりと足を止めた。


     ◇


 彼女は少し寂しかった。けれども、嬉しかった。

 彼が、まだ自分の事を知ろうとしてくれていたから。傍らの少女がそわそわと落ち着かない様子で自分を見上げた。

 少女の母親にはもう連絡しておいた。少女に夕食を食べさせたので、もう後は少女の母親を待つだけなのだ。


「おにいちゃん、かえってくる? おとうさんみたいに、いなくなったりしない?」


 少女が膝を抱えて言う。少女の父親は三年前に会社から帰宅途中に交通事故に遭って亡くなった。


(私も……心配させてるんだよね……。二人に……)


 彼女は少女の頭を撫でながら少し涙する。


 久し振りに会うことが出来た。全て思い出した。

 だから……次は、ちゃんと。


(おかえりなさい、って言う。……ごめんなさい、って言う)


 言わなくてはいけないから。

 それが償いになるから。


「大丈夫。廉慈郎君は……おにーちゃん(・・・・・・)は絶対に帰ってくるよ」


 そう言って彼女は微笑んだ。


「うん……あ、おかあさん!!」


 少女が母親に飛び付く。


「ごめんね、いつもありがとね」


「ううん。美奈お姉ちゃんも忙しいでしょ? それに……最近、おにーちゃんがいるから」


 彼女は少女の母親で自分の血の繋がらない姉を見て笑った。


「可奈……」


「大丈夫。私は全部思い出しただけ」


 廉慈郎と絨憐に、よく似た笑顔で。


     ◇


「廉慈郎? 着いた?」


「ううん。……目の前にあるだけ。風、しっかり掴まっててね」


 廉慈郎は目の前の廃ビルを見据えて言った。

 屋上の端に立つ。廉慈郎はちらりと下を見る。二車線の道路は帰宅ラッシュなのか沢山の乗用車で溢れている。元々存在感の薄い廉慈郎が空を飛んでも気付く者はいないだろう。


(失敗したら……確実に命は無いか)


 目的地目前、およそ五十メートル。

 高低差およそ三十メートル。

 廉慈郎は目を瞑った。


「風」


「ん?」


「ちょっと、手伝える?」


 ひょこっと風が出てきて下を見、驚きのあまり元々丸い目を更に丸く、大きくしてみせた。


「ちょっ……廉慈郎、此処を飛ぶの!? 無茶だよ!! 下から行けばいいじゃないか!!」


「だから風に手伝ってもらうの。大体、廃ビルの入り口で鍵が開いてるなんて在り得ないでしょ?」


「鍵の意味成してないけどね」


 ごもっとも。そう笑う廉慈郎に風が突っ込む。


「じゅーれんの事だよ!! 廉慈郎の兄!!」


「だね。で? 手伝ってくれる?」


 風がにっこり笑う廉慈郎に対して溜め息を吐いた。


「もう。手伝わなきゃオイラも死んじゃうでしょ? っていうか、 着地ないの? 吸血鬼でしょ?」


「あはは。そればっかりは無理」


「まったく!!」


 風は文句を言いながら宙返りした。

 風がいた場に白銀の狼が現れる。否、その狼も風なのだ。


 風は、その名が示す通り風を操る事のできる妖精。風曰く、同類の中で自分に勝てる妖精はいないらしい。


「風……行くよ」


 廉慈郎は四階の一つだけ開いた窓を目指して高く跳躍した。続いて風が風を操る。

 あり得ない上昇気流が発生し、廉慈郎の身体を浮かせる。


 窓まで残り三メートルとなった、その瞬間。


「廉慈郎!!」


 ビルの中からとてつもない突風が吹き出してきた。窓が割れ、小物等が飛び出し廉慈郎に当たる。廉慈郎が飛ばされないように、風がそれ以上の突風で廉慈郎を窓へ押し込む。不意にビルからの突風が止み、廉慈郎はビルに侵入して盛大に壁に衝突して転がった。


「……ゲホッ」


 廉慈郎がむせる。


「ごめん廉慈郎!! 大丈夫!?」


「だいじょう……ぶ」


 大丈夫そうには見えないけれども、ニッ、と笑って見せる廉慈郎。ゆっくりと立ち上がり、大きく息を吐いた。


 と、その時、足音を立てて誰かが廉慈郎の前に現れた。


「……! お前……」


     ◇


「こんな時間まで何処に行っていたんだ!!」


 帰ってすぐにアルコール臭い父親にここあは殴られた。母親の叫び声が聞こえた。けれども父親は母親の叫びに耳を傾けようとはせず、ここあを殴り続ける。

 リビングの方で、妹と弟が泣き出した。


「っるっせぇ!!」


 父親が妹と弟に向かって酒瓶を振り上げる。


「ッ、ダメ――ッ!」


 ここあは無意識に妹と弟に向かって飛び出していた。


 頭に強い衝撃を受けて、ここあの意識が飛んだ。


     ◇


「……! お前……」


 廉慈郎に睨み付られたにもかかわらず、相手はにっこりと笑った。


「や! 久し振りだね、廉慈郎」


「絨憐……」


「……よく似たお兄さんだね、廉慈郎」


「風……少し黙ろうか?」


 廉慈郎の額に一瞬青筋が浮かんだ。


「「そんなに怒らなくてもいーじゃーん?」」


 廉慈郎が一秒だけ(・・・・)我慢した。その後、大きく深呼吸し、無表情で絨憐を見据える。


「どうしてこんな所に呼び出したの?」


「あれ、知らなかったの? 此処が僕の現在の住処(すみか)だからだよ!」


 カチン、と廉慈郎が固まった。


「? どうかした?」


「……どうでもいい……」


「……廉慈郎ごめんなさい……」


 風がぶるぶると震える。廉慈郎が微笑み、風を見た。


「なんで?」


「もーう。廉慈郎、その辺にしといてあげなよ。風君……だっけ? 彼に非はないでしょ? 非があるのはぜーんぶ僕」


 廉慈郎の眉がぴくり、と動く。フン、と廉慈郎は鼻で笑った。


「自覚、してたんだ?」


「まぁね。……で、凄く脱線してたんだけどさ」


 絨憐が溜め息を吐く。


「ゆーりんにはもう会ったんだね?」


「……え……?」


 予想外の絨憐の言葉に廉慈郎の思考が止まった。


「え、って。会ったでしょー? 名前忘れちゃったけど」


「優、凛に、俺が……? 会った……?」


「……ゆーりんって、誰だっけ?」


 風が首を傾げる。


「あれ、風君は優凛の事知らないの? 廉慈郎はケチだなぁ……。ゆーりんは、僕と廉慈郎の妹。七年前に事故に遭った、ね」


 廉慈郎が俯き、風が狼から小さい人型に戻った。絨憐は楽しそうに笑っているだけ。


「優凛は……だって、目の前で電車に……っ」


 廉慈郎が顔を上げる。


「優凛は、生きてるの?」


「だから生きてるんだってば――。僕的には、ゆーりんと廉慈郎が二人とも自ら封印した記憶(・・・・・・・・)を思い出そうとしているのは実に滑稽だったよ。自覚、してるでしょ?」


「……っ、まぁね」


 絨憐はうんうんと頷き、人差し指を立てた。

 風が何か期待したように指をじっと見る。しかし指は何も起こさなかった。


「廉慈郎はさ、ゆーりんが何で自殺(あんな事)しようとしたかが知りたいんでしょ? だからずぅっと僕を追いかけ回してたんだよね? ……そんなに知りたいなら、教えてあげようか? ついでに今の(・・)ゆーりんの事も」


「……探してたってわかってたなら、どうしてもっと早くこうしなかったの? ……此処に、優凛がいるから?」


「ご名答!!」


 絨憐がにっこりと笑って、拍手をする。廉慈郎のこめかみがぴくりと動いた。


「今の優凛の事は要らないよ。優凛がどうして飛び降りたのか教えてくれれば」


 すう、と笑みを消して絨憐が目を細める。


「当時僕らは三人でマンションに住んでてさ、僕と廉慈郎は高校、優凛は小学校に通ってたんだよね。それで……ゆーりん、虐められてたみたいだったんだよね」


「え……」


 廉慈郎が表情を強張らせて風がぴたっ、と停止した。


「何回か傷付けられたりしたみたいなんだけど……ほら、吸血鬼ってさ、傷の治り早いでしょ? だから、人間じゃないってバレちゃったんだって。それで虐めがエスカレートしてね……。吸血鬼って遺伝子じゃなくて血で繋がっていくなら多量出血で死ぬか、最悪輸血で吸血鬼の血を人間の血で薄めちゃえって考えてたんだよ。廉慈郎覚えてないでしょ?」


 廉慈郎が頷く。絨憐はフフンと得意気に笑った。


「だって廉慈郎、自分で忘れさせたんだもん」


「……は?」


 風は話が解らなくなり目を回す。絨憐は探偵気取りでうろうろと歩き始めた。


「廉慈郎、どうして廉慈郎はあの時あの場にいたの?」


「えっと……それは……?」


「ほら覚えてない」


「さっきから笑ってばっかりだよじゅーれん……」


 にこにこと笑う絨憐に風がぼやいた。


「廉慈郎はゆーりんと同じような事しようと思ってたんだよ」


「え……?」


 廉慈郎が絶句する。


「どうしてそうしようと思ってたのか僕は知らない。だって廉慈郎何も言わなかったし。ま! 廉慈郎は目の前で横取りされたから失敗に終わったけどね。説明終わり!」


「「……」」


 廉慈郎と風はぽかんとしたまま首を傾げた。


「そうだ、忘れるところだった。ハロウィンの当日に夜会やるんだけどさ、おいでよ。父さんや母さんや、それに、狐とか魔女も来るらしいし」


 絨憐は廉慈郎に二つ折りのメモを渡すと耳打ちした。


「あ、思い出したから今言っておくけど、ゆーりんの今の名前は伊藤 可奈。何で言ったかはね、わかるでしょ? ゆーりんは夜会に入れないからだよ」


 種族を辞めた者は夜会に参加することはできない。それは大昔から受け継がれた規則(ルール)。規則を守れなかった者は種族を辞めたと見なされる。


「……っ」


 廉慈郎は妹の名を呟く。しかし声は掠れて目から涙が溢れ始めた。嗚咽を漏らして廉慈郎は泣き続ける。安心したから。初めから案じることはなかった。安堵した。薄暗いビルの中に廉慈郎の泣き声が木霊した。


     ◇


 初めの日は、初対面だと思ってた。ただ記憶の奥深くにある顔を忘れた二番目のおにーちゃんに似てるな、って、それだけ。肩の小人さんは喋っていたけど、きっと私には見えていないと思ってるんだろうな、と思って特に指摘もしなかった。


 不思議な人だった。影は薄いし、全然よく分かんないし……。

 私と同い年なのに、凄く大人びていて、はっきり言って、何百年も生きている昔話の仙人みたいだった。本当に、変な人。

 でも、ここちゃんも懐いているし、まぁ、いっかなって、それぐらいにしか思わなかった。


 だけど。


 やっぱり、段々思い出してきて、本当におにーちゃんだってわかった時。電話の向こうのおにーちゃんの声を聞いたとき。私は……。


 私は、ちょっとだけ、寂しかった。


     ◇


 時刻は夜八時を回り、廉慈郎と風は帰路についていた。夕食は久し振りに絨憐と食べた。廉慈郎と絨憐はこれまでの旅で見てきた事を話し続けた。風呂は途中にあった銭湯で済ませた。後はもう寝るだけ。そう思った時、廉慈郎は伊藤家の玄関前に可奈が座っているのを見た。


(どう言えば良いか……。優凛? それとも、前のように加奈さん?)


 困った廉慈郎は、わざと足音を立てる。それに気付いた可奈が、顔を上げた。


「……ただいま……」


 廉慈郎が可奈に言う。するとどうだろう。可奈は――優凛は、顔をぐしゃぐしゃにして廉慈郎に飛びついた。


「お帰り、なさいっ……!!」


 廉慈郎は妹の頭をぽんぽんと撫でる。優凛は涙を拭い、上目遣いに廉慈郎を見た。


「廉慈郎君……おにーちゃん、ここちゃんが……!!」


「ここあが? ……どうかした?」


「ここちゃんが……さっき、殴られて、意識不明で救急搬送されたって……!」


 風がぴょこんと飛び跳ねる。

 廉慈郎が優凜から離れて今来た道を戻ろうとした。


「ここあは今何処に?」


「ちょっ……無茶だよ廉慈郎! 今何時だと思ってるの!?」


「そうだよ! それに今行ったって追い返されるだけだよ! 明日帰りに一緒に――あ」


「あ」


 廉慈郎がゆっくり振り向き、優凜を見る。優凜の背筋が凍りそうになった。


「……優凜? 風が見えてたんだね?」


「あ、えっと……黙っててごめんなさい……」


 はぁ、と廉慈郎が溜め息を吐く。


「まあ、いいや。優凛、俺はもう夕食も風呂も済ませたから今日は帰って寝るよ。明日……」


 廉慈郎を見て優凛が微笑んだ。


「うん、明日ね。おやすみなさい」


「「おやすみ」」


 廉慈郎は優凛から鍵を受け取り、鍵を開ける。まだ外にいる優凛を一度見てから廉慈郎は中に入った。

 歯磨きをし、次の日の準備をし終えて廉慈郎は布団に入る。


「……廉慈郎」


「何?」


「廉慈郎は……何で電車に轢かれようと思ったの?」


 廉慈郎は木の板が剥き出しの天井を見たまま答える。


「……消えたくなったんだよ」


「消え……?」


「そう」


 廉慈郎は思い出す。


 ただ永すぎる命を持て余し、人間に紛れて生きていく内に、自分を見失ってしまった日々を。


「俺は今みたいに人間に紛れ混んで暮らしてた。ただね、あの時にはもう幼馴染みとか、そういう昔からの馴染みの人っていうのは誰も生き残っちゃいなくてさ。その頃から他人に認識され(にく)くなってきて。なんか……寂しかったんだよね」


「……?」


 だってさ、と言いながら廉慈郎は笑う。


「知り合いが居なくなって影が薄くなったら……誰からも見られなくなるんだよ? だから俺自身も俺がどういう存在だか忘れて気が付けばそこにいる、って感じになっちゃったんだ。ただ、その時自分を思い出させてくれるのは、幼馴染みの……お花って子だったんだ」


 風が口を開く。


「その子は……廉慈郎の初恋の相手?」


「そう。悪戯が好きで天真爛漫でたまに泣き虫だったよ。俺が人間で七つ位の時。最初は凄く嫌われてたんだけどね。一回俺がちょっと驚かせて泣かせちゃった事があって、それからは、よく遊んだり、庇ってくれたりしたんだよ」


「廉慈郎にもそんな事が……あ、続けて?」


 風が独り言を言いながら廉慈郎を見た。


「うん。お花は……やっぱり人間だったからさ、成長が俺より早かったんだ。俺たちは引っ越しというか……大道芸の一座として居場所を転々としてた。だから別れの日もやって来たんだけど……お花が嫌がったんだ。俺も説得してたんだけど、皆が行くならあたしも行く! って聞かなくって」


 廉慈郎が苦笑する。余程その頃が楽しかったのだろう。風が訝しげに首を傾げても廉慈郎はにこにこしていた。


「お花はね、毎日俺たちの芸を見に来てくれたんだ。呉服屋の娘で家がお金持ちだったからね。俺が大道芸で見せていたのは傀儡(くぐつ)……人形劇の事だよ。試しにお花にやらせてみたんだ」


 廉慈郎の眼が少年の様にキラキラと輝く。


「で? どうだったの?」


 続きが早く聞きたくなった風が、廉慈郎を急かした。


「それがね、凄い上手だったんだよ。俺も、絨憐も、父さんや母さんまで驚いた。その上、お花は親に許可は取ったって言うから、どうやって取ったのか聞いたら、泣き喚き、許婚でさえも手に負えなくなったから半ば縁を切る形で取ってきたって笑顔で言われたよ。いやはや、あれには参った」


 語るのを止めた廉慈郎は、微かな音を聞いて風を見ると、眠りに落ちた風が寝息を立てていた。


(……でも、ハッピーエンドじゃない)


 廉慈郎はそう心の中で口に出して、眠りに落ちた。


     ◇


「廉ちゃん! あたしできたよ! 傀儡できた! ねえ、これであたしも廉ちゃんと一緒に傀儡見せられる?」


「俺はわかんないって。父さんに聞いてよ」


 お花は唇を尖らせ、ケチ、とだけ言うと、目を手元に戻す。

 お花の上達は早い。それがちょっと悔しくて、幼い廉慈郎は拗ねていた。


「廉ちゃんは、いつから傀儡やってたの?」


 お花が傀儡の練習をしながら訊ねる。廉慈郎は答えるべきか迷った。


「……三つか、四つの時くらい、かな。物心ついたときにはもう、傀儡が(そば)にあったから」


「へえ」


 生返事。何だと思ってお花の顔色を窺うと、お花はにやりと笑っていた。


「じゃあ、この三ヶ(みつき)で廉ちゃんに追いついたあたしはずっと傀儡やってた廉ちゃんよりもっと凄いんだね!!」


 お花が胸を張る。廉慈郎はむきになって反論してやろうかと思ったけれど、それでは相手の思う壺だという事に気付いて口を(つぐ)んだ。


「廉ちゃんが反応しない……つまんないの」


 ぷいっ、とお花が顔を背けて、固まった。


「? どうしたの、お花」


「あれ」


 廉慈郎がお花の視線を辿ってみると、一組の侍が殺し合いをしていた。


「……お花! 見ちゃ駄目だ!!」


 そう廉慈郎が叫び、お花の目の前に立ちはだかった瞬間、決着がついた。

 そして、その後、お花からひっ、という声が漏れた。お花が尻餅をつき、大きく震え始める。

 肩に痛みが走ったので振り向くと、廉慈郎の肩を斬りつけた侍が立っていた。

 お花が悲鳴をあげる。廉慈郎の肩から下が切り落とされていた。

 廉慈郎はわけがわからずに腕を拾い上げ、元は此処にあったはずだよなと斬られた部分に腕を押し当てた。するとどうだろう。廉慈郎の腕は元通りにくっ付いた。


「……廉、ちゃん?」


「化け物ォ!!」


 廉慈郎は侍に背を向け、涙目のお花に笑いかける。肩は痛い。でもどうすれば良いかわからないので、痛みで泣きながら笑った。


不意に、廉慈郎はお花に突き飛ばされた。


「……お花……」


 倒れ込んで来たお花を受け止めると、その体が段々冷え始めるのがわかった。お花の背に刀が突き立っている。


「廉ちゃん……ごめんね」


 苦しいはずなのにそんな素振りを一切せずにお花は廉慈郎に抱きつく。


「ちょ……お花!」


 起き上がれないと苦情を言おうとしたとき、お花の口からひゅう、と掠れた声が漏れた。


「だいすき」


 がくん、とお花から力が抜けて、廉慈郎に枝垂れかかる。


「……お花?」


 返事は無い。


「お花!? ねえ、お花お花お花!! 何で、どうしたの!? ねえやだやだ! やだよ!! ……お花ぁ……」


 駄々をこね、泣く。


「お花ぁ……傀儡しようよ……」


 ふと、そのとき。廉慈郎の視界に、刀を持たずに呆然と立ち尽くす侍を見つけた。それに気付いた瞬間、周囲の臭いが一斉に脳に伝わる。


「あああああぁぁぁぁぁ!!」


 獣の様な咆哮を残し、廉慈郎の意識は飛んだ。



 後になって残ったのは、首元に傷がある、眠っている侍と切られた侍と刀だけだった。



 お花の遺体はその町で一番景色の良い丘の上に埋められた。傀儡を幾つか一緒に埋めた。

 お花があの世で、笑って傀儡が出来るように。


     ◇


「廉慈郎――、朝――っ!!」


「……んく、おはよう」


 懐かしい夢を見た。ただ、悲しい夢でもあった。

 廉慈郎は黙々と準備する。風はそれを、少し寂しげに見ていた。


     ◇


 陽が沈み、暗くなり始めた頃に、廉慈郎たちはここあに会うことができた。とはいえ、意識は戻っていないのでここあは眠ったままなのだが。

 ここあの傍らには、母親と思しき若い女性と、妹弟と思しき子供がちょこんと座っていた。


「美奈お姉ちゃん」


「可奈……」


 母親と思しき女性――美奈は隈のある顔で薄く微笑んだ。


「もしかして、今日寝てないの?」


 優凜の問いに美奈が頷く。


「昨日のうちに警察呼んで救急車呼んで、いつか出してやろうと思ってた離婚届を仕事終わりに出してきたからね。駄目夫の所為でバツ増えちゃった。ゆいかとたくとは寝させたけど、私は全然寝てないの」


 言っている事は長かったが、美奈の言い方は脱力気味でやっと此処にいる、という感じだった。


「可奈の隣にいるのは可奈のお兄さんね? 私は伊藤 美奈。可奈の義姉でここあの母親よ」


 不意に美奈が廉慈郎を見る。廉慈郎は小さく会釈をした。


「初めまして、君島 廉慈郎です。妹がお世話になっています」


「いいのよ。はじめは大変なこともあったけど、今じゃちゃんと全部思い出したみたいだし」


 美奈が小さく笑う。しかしその笑みもすぐに消え、ここあに視線を落とした。


「ここちゃんは……?」


「二人を庇って……ね。打ち所が結構危ないから、もしかしたら目を覚まさないかもしれないって……!」


 美奈が顔を覆う。つられて妹と弟も泣き出した。


「廉慈郎……?」


 風が訝しげに廉慈郎の名を呼ぶ。廉慈郎が小さく首を振った。

 外はもう暗く、月と星が浮かんでいた。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


「気をつけてね」


 美奈が手を振る。


「お邪魔しました。……お大事に」


 廉慈郎は一つの考えが浮かんでいた。しかし、まだそれが有効かどうかは分からない。


(どう確認を取るべきかな)


 またひとつ、夜が更ける。


     ◇


『あーれ? 廉慈郎? 珍しいね、廉慈郎からかけてくるなんて』


「質問があるんだけど」


『んー? 何?』


「人間は夜会に参加できるかな?」


『……えぇ?』


「俺変な事聞いた?」


『変な事聞いた。参加できるに決まってるじゃないかー!』


「……できるんだ?」


『夜会は種族を辞めた者が参加できないのであって、人間はそれに該当しないから参加できるよ。……何? 廉慈郎は人間連れてくるの? 優凛は駄目だよ?』


「優凛じゃないから大丈夫。次、質問二つ目」


『え――まだあるの?』


「誰も一つだけなんて言ってないよ。優凛が事故に遭った後、俺どうなった?」


『……さらっと重要な事聞くねぇ。いつも通り暴れてたよ。僕がなんとかしといたけどね』


「まあ、何となく分かってたから……いいや。ありがとう。全部疑問は解消できたよ」


『それなら良かったよ。夜会で連れてくる人間、期待して待ってるよ』


「……。じゃあね」


     ◇


 十月三十日(ハロウィン)当日、夜会の日。


(今日が、最後の日)


 廉慈郎は寂しげに校舎を見る。優凛がその隣できょとんと廉慈郎を見た。


「廉慈郎君? ……おにーちゃん? どうかしたの……?」


 ゆるゆると廉慈郎は首を振る。


「……変なおにーちゃん……」


 優凛が呟いた。


     ◇


 二度目にここあに会ったとき、ここあは言っていた。


「にんげんじゃないひとをみてみたい」、と。


     ◇


 教室には、廉慈郎と風、それと優凛だけが残っていた。廉慈郎は口を開き、今日の夜会に人間を連れて行き、その後にこの町を立つ旨を伝えた。


「もう会えないの……? 二度と?」


「会えないかもしれないね。でもそれが優凛が選んだ事なんだって、分かってるでしょ?」


「ち……がう。あいつらが、苦しめるから、私は……ああするしか!」


「違わないでしょ。選んだのは優凛だよ。それとも背中を押されて落ちたの?」


 優凛は俯き涙を流す。廉慈郎の知っている優凛は、嘘が嫌いな妹だ。優凛のその涙は反論ができないからだろう。


「どうして、あの選択しかできなかったんだろう……」


 すすり泣く優凛の声が響く。廉慈郎は無言で足音を立てて教室をあとにした。


     ◇


「あ゛――? 誰だ?」


『お前に大量の貸しがある吸血鬼だよヒズ。君死神だよね? 俺の貸し使って人助けしてくれないかな?』


「なんだ廉慈郎か……チッ。面倒くせぇ」


『今、チャラにしちゃえば後が楽だよ?』


「……わーったよ。誰を救えば良い?」


『……太田、ここあ』


     ◇


「廉慈郎? 誰を連れて行くつもりなの?」


 風が訊くと、廉慈郎はニッ、と笑ってある方向を見た。


「誰だと思う?」


「分からないから聞いたんだってば……あ」


 風が廉慈郎の視線を追いながら愚痴を吐く。そして廉慈郎の考えが分かった瞬間、声を出した。


「もしかして……!? え、でも、どうやって連れて行くつもり? 目が覚めた事まだ無いよ?」


「覚めたよ。今、この瞬間にね」


 風が絶句する。


「知り合いの死神さんに貯まったツケを払わせたんだ」


「……は?」


「夜会に来るだろうから、その時紹介するよ。さてと、ここあを迎えに行こう」


 廉慈郎は笑って、病院の中へ入っていった。


     ◇


 ここあが目を開けると、目の前にお兄ちゃんと慕う青年が立っていた。

 青年はここあに笑いかけ、手を差し出してて一言こう言った。


「こんばんは、お嬢さん。ハロウィンの夜会に出掛けませんか?」


 普段のここあなら引く筈の口説き文句が何故か異様に似合うその姿は。


 ――まるで、お伽噺の吸血鬼の様だった。


 ここあは青年の手をぎゅ、と握った。


     ◇


「来たよ」


「やあ廉慈郎、風君と……」


 廉慈郎の隣に佇むここあを見て、絨憐が真顔に戻して視線でこの子は誰だと廉慈郎に訴えた。


「おおた、ここあです」


 はっきりと相手の目を見て自己紹介するここあに、廉慈郎は心の中で感心した。


「……えっと、廉慈郎が連れて来ると言っていた人間さんかな? 僕は君島 絨憐。廉慈郎のお兄ちゃんです」


「おにいちゃんのおにいちゃん……」


「まあそういうことだね」


 絨憐がにっこりと笑う。

 と、その時、女性の声が廉慈郎にかけられた。


「あららぁ? 珍しい奴がいるじゃないの。久し振りね――、廉?」


 少し吊りあがった目の中にはエメラルドのように煌く瞳、黒いワンピースとハイヒールのブーツ、紫のスカーフに身を包み、白金の髪が背まで緩くカールさせたその女性は、廉慈郎を見るなり形の整った眉を(しか)めた。


「うわ……相変わらず化粧……してないんだっけね。してそうに見えるのに……」


「るっさい黙れ東洋人! 誰が化粧するか馬鹿――ッ! 顔に何か付いてるのが気に入らないから何!? あぁもう! 北欧生まれで悪かったわねあたしも日本に生まれてみたかったわよば――かば――か!!」


「相変わらずその子供じみた悪口治そうか、シグネ……」


 シグネ・ソラネン。それがこの女性の名だ。


「紹介するよ。シグネ・ソラネン、種族は魔女。シグネ、僕の肩に乗っているのが風、妖精だよ。それでこの子は……」


「聞こえてたわよ。人間のここあちゃんでしょ? シグネよ、よろしくね」


 シグネは風とここあとの握手を試みた。風は小さな手でちょんちょん、とつつく。しかしここあは呆然とシグネを見つめるばかり。

 ここあがぼそりと呟く。


「まじょ……ハロウィンだから?」


 シグネがくすくすと笑う。廉慈郎が困ったように笑った。


「生憎と本物だよ。シグネは生まれた時から魔女」


「そう。廉やじゅーが生まれた時から吸血鬼なのと同じね」


 シグネがニヤついて、絨憐と廉慈郎を見る。絨憐はにこっと笑ったが、廉慈郎は笑い顔のまま固まった。


「あららぁ? どうして廉は固まっているのかしら。まさかここあちゃんに何も言ってなかったりする?」


「え? 廉慈郎言ってないの!?」


 二人はニヤニヤと笑いながら廉慈郎を見る。


「……あ、えっと……シグネ、ワインが飲みたいんだけど開けてある?」


「「全部無視!?」」


 廉慈郎の視線の先にはワイングラスがあった。

 ここあがぎゅ、と廉慈郎のパーカーの裾を引く。


「みせいねん、おさけだめ……」


「この子も無視!?」


 風が額に手をあてがう。ここあにじーっと見られて、廉慈郎は冷や汗をたらした。

 するとその時、ひょい、とシグネがここあを抱き上げた。


「良いのよ。廉は吸血鬼って言ったでしょ? 見た目の軽く十倍は生きてるからがばがばアルコール入れてあげなさいな。どうせ百杯飲むぐらいしないと酔わないわよ。じゅーは三杯で潰れるけど」


「それを言わないでほしいなあ」


 廉慈郎が笑う。絨憐が笑う。シグネが笑う。風が笑う。戸惑っていたここあも、釣られて笑った。

 しかしその時。


 びゅん、と音を立てて廉慈郎に向かってフォークが飛んできた。


「うわっ!?」


 廉慈郎の肩で風が飛び跳ねる。廉慈郎はフォークを掴んだ。


「あっつい!」


 あろうことかフォークは高温で、慌てて廉慈郎はフォークから手を離した。


「ふふん、なかなか良い反応するね」


「熱伝導率が良いだけです。火傷にはなりませんので安心してください」


 二人の少女が廉慈郎たちに歩み寄って来た。ここあがシグネに掴まる。


透眞(とうま)……(もみじ)。久し振り」


 お互いに同じ位の背格好をした少女は、何故か巫女のような着物を着ていた。


「廉、ハロウィンだから二人で黒猫巫女コスしてみた――! ねえ椛可愛くない? ねえ超可愛くない!? あたし男だったら絶対惚れるんだけど!! この黒猫の尻尾とか長くて綺麗な黒髪とかさ、もう凄くマッチしてるよね!!」


「恥ずかしいです透眞。それに私は黒猫より九尾の方がしっくり来るので……」


「じゃあ浴衣着よう!!」


「ハロウィンなのに和装ですか」


 黒髪でボブにした透眞が、黒猫の尻尾を取って自分の九本の尻尾を出す椛に抱きついた。椛は容赦なく透眞にデコピンをお見舞いする。


「初めまして、人間のここあちゃんと妖精の風ちゃん! 猫又の志賀(しが) 透眞! よろしくね!!」


「初めまして。久島(くじま) 椛と申します。種族は九尾の狐です」


 透眞はここあに敬礼をして見せ、椛は優雅に一礼した。


「廉。早く挨拶しておいでよ。まだ来ないのか、って言ってたよ」


 透眞が半眼で廉慈郎を見る。廉慈郎は苦笑した。


「そうだね、顔出しに行って来ようかな。ここあ、一緒に行こう」


「廉慈郎? シグネが離そうとしないから降りられそうにないよ?」


 風が呆れたように廉慈郎に告げる。


 絨憐と廉慈郎が顔を見合わせて苦笑した。


「仕方ないね、一緒に来てよ、シグネ」


 シグネが笑顔で首肯した。


 夜会はまだ、始まったばかり。


     ◇


「よく来たね。今回の夜会に来た人間は君だけだが……楽しんで行ってくれよ?」


 ここあがコクンと頷いた。


「姿くらい見せても良いと思うんだけど……父さん」


 廉慈郎が溜息を吐く。廉慈郎の目の前で影――否、廉慈郎たちの父、槇親(まきちか)が揺れた。


「何を言っても無駄だ。私は人前に姿を出すのが苦手なのだ」


「旅行好きのヒキニートって新しいよね」


 真顔で廉慈郎が突っ込む。


「それは最早ヒキニートじゃないかな。っていうか、廉慈郎より長く生きてるんだから新しいより珍しいって言うか、変なんじゃないの?」


 風の突っ込みのほうが鋭かった。


「父さんには何を言っても駄目よ。聞かないもの。……あら?」


 影に寄り添うようにして立っている女性――廉慈郎たちの母、貴恵(たかえ)が入り口を見て、声を上げた。


「夜会の会場は、此処で良いんだろうな?」


 低い声。顔に傷跡のある長身の男と、茶髪で長い前髪で片眼が隠れた男が立っていた。


「フランケンにヒズ……いらっしゃい」


 貴恵がにっこり笑ってワイングラスを傾ける。芳醇な香りがふわりと広がった。


「風、大きいのがフランケン・シュタイン。その隣のアレが死神だよ」


「おい廉慈郎モノ扱いすんじゃねぇ。地獄に送ンぞ」


「俺の貸しを全部返したら死んでも良いよ?」


 廉慈郎がにっこり笑う。絨憐が青筋を浮かべた死神を見てブハッ、と吹きだし、声を上げて笑った。


「ちょっと(ひずみ)ぃ――! 壱人堂(いちにんどう)のお饅頭は――!?」


「挨拶するまで待て、透眞」


「あ、いや、壱人堂のジィチャン老衰で天国に連れてった」


「「はああぁ!?」」


「あ――、俺、他に差し入れ買ってきたけど。ミストファームのミニケーキ詰め合わせ。学校で聞き回ってきた」


「「廉慈郎、神!!」」


「お人好しめ」


「ヒズ、貸し一つな」


「るせえ貸し作り魔! 容赦無しかよ!?」


 賑やかな夜会にここあは目を白黒させた。廉慈郎はグラスに赤ワインを注いでちまちまと飲む。

 シグネと透眞に非難の声を浴びせられた死神は、かぶりを振ると、ここあに目線を合わせて悪戯っぽく笑った。


「よし、元気になったな」


 きょとんとここあが首を傾げ、廉慈郎を仰ぎ見る。


「オレは死神の瀬名(せな) 歪っつう奴だ。太田……ここあだったな。お前が死ななかったのは、オレのお陰なんだぜ?」


 ここあはまだよく意味が分からないようだったが、小さな声でありがとう、と礼を言った。


「おう、気にすんな」


 歪がわしゃわしゃとここあの頭を撫でる(かき混ぜるに近かったが)。

 フランケンは、歪の頭を軽く叩くと、器用にその巨体を折り曲げてここあを見た。


「俺はフランケンシュタインだ。クレイド・フランケンシュタイン。……とりあえず人間だ。釘など頭に刺したりしない。あれは俺の先祖だ」


「でも……きずある」


 しゅんとした顔でここあがフランケンを見た。フランケンはああ、と頷いて、


「これはバイクで事故った傷だ」


 と言った。するとここあはほっとした顔でペコリとお辞儀する。


「今宵の客はこれで全部だ。皆、思い思いに楽しもう!」


 槇親が宣言すると、拍手喝采響き渡った。遅れてここあが拍手する。


「さ、ここあちゃん。あっちであたしと美味しいもの食べましょうね」


 上機嫌でここあを抱き上げ料理の並んだテーブルに歩み寄るシグネ。それを見て廉慈郎は苦笑した。


「誘拐した……」


 風が呟く。絨憐はくすくす笑う。


「絨憐、廉慈郎、ちょっと良いか?」


 フランケンが小声で二人を呼ぶ。その隣では腕組みをして真剣な顔をした歪が壁に寄りかかっていた。


「……どうかしたの?」


 絨憐の問いに歪が頷く。


「此処に来る途中で優凜を見つけた。……こんな夜中にだ。もしかしたら、此処を探ってるんじゃない……かっ……?」


 突如、ドン! と音がして扉が開く。全員がそちらを向く。果たしてそこに立っていたのは優凜だった。

 シィンとした室内を優凜は見回し、いない、と呟いた。そのまま奥に踏み込んでくる。


 廉慈郎がちらりとフランケンを見た。


「どうなってる?」


「……ソラネンの魔女が幻術をかけたらしい。だが、所詮は幻術。物に触れられれば気付かれるぞ」


 絨憐がふむ、と唸った。その時。

 何かを引き摺り倒した音と、優凜の悲鳴が重なった。


 気付かれた。そんな言葉が思考をよぎる。

 ただ一人だけが動いていた。


「な……っ、父さん」


 廉慈郎が小さく叫ぶ。絨憐が息を呑んだ。影が霧散し、人影に変わる。


「おと……さん?」


 優凜が呟く。槇親だけが見えているのだろう。優凜が次の言葉を紡ぐ前に槇親は人差し指を優凜の額に置いた。


「忘れろ。眠れ」


「暗示ですね……」


 椛が独り頷いた。シグネはここあに見せないように自分で視界を遮る。

 優凜はゆっくり目を瞑ると、そのまま眠った。すうすう、と寝息が聞こえる。


 徐々に夜会の明るさが戻ってくる。貴恵が優凜を家へ帰しに離脱した。


「びっくり、した……」


 風が胸を撫で下ろす。フランケンが全くだ、と同意の声を漏らした。


 明るさを取り戻した夜会は、他愛のない話や、ゲームなどで盛り上がっていく。


「ていうか、廉慈郎のお父さん凄い女顔! ゆーりんとそっくり!」


「優凛が私に似ただけだ」


「じゃあ何でそこまで女顔になってンだ?」


「私が母に似たからだ」


 夜会(ハロウィン)はまだまだ終わりそうにない。

 星空に見守られながら、怪物と人間のどんちゃん騒ぎは続いていく……。


     ◇


 深夜三時を過ぎた頃。


 ここあは病室で星空を眺めていた――。


     ◇


 同じ頃。廉慈郎と風は丘の上で街を眺めていた。廉慈郎のすぐ傍には一本の桜の木がある。


 お花の墓だ。


「ねえ、本当にこの街を出て行くの?」


 風が訊ねる。うん、と廉慈郎は頷いた。


「本当の本当に?」


「本当の本当に」


 その口調から、もう曲げない、という様な感じを読み取って、風は寂しくなった。


「……()だな……。もう決めちゃった事なんだね……」


 廉慈郎はふと違和感を感じて振り向く。


「そこまできっぱり言われると、止められなくなっちゃうじゃん……廉ちゃんの馬鹿……」


 二つに結わえた黒髪、紺色の和服。


「やっぱり、お花だったんだ……」


 少しだけ驚いた廉慈郎にふふん、と風――お花は笑った。


「正体をバラしたら、お別れなんだよ?」


 いつか自分で話した事を、お花は自嘲の笑みを浮かべながら言う。


「……そうだね」


「ねえ……何であたしが廉ちゃんについて来たか知ってる? 窮屈だったからだよ? 廉ちゃんたちはいつでもいろんなものを見れたりできているのが、羨ましかったからだよ!? ……誰かを悲しませたかったわけじゃない……」


(全部、お見通しだったのか……)


 廉慈郎の目の前からお花が消えた時、悲し過ぎて傀儡が手につかなかったことがある。全部知られてたというわけだ。


「ね? あたしはもう大丈夫だから。満足したから。廉ちゃんはあたしを忘れて? 廉ちゃんはもっと長い間生きるんでしょ? あたしなんか覚えてたら、何にもできなくなっちゃう」


 呆然と立ち尽くす廉慈郎の手を、冷たい手で握った。


「廉ちゃん、ありがとう。あたしはもう大丈夫だから。ちょっと疲れちゃっただけだから――」


「お花……」


 お互いに涙を流しながら手に力を込める。離さないように、離れるために。


「廉ちゃん」


「「大好き」」


 次の瞬間、桜の花が狂い咲き、大量の流れ星が流れ、お花の姿が消えた。


 廉慈郎は泣き笑いの表情で桜の木を見上げる。自分のパーカーのポケットに手を突っ込んで、飴を幾つか取り出して桜の木の根元に置いた。

 徐々に流れ星は数が減り、桜の花びらも枚数が減って、やがて空にはただ星が散らばり、桜の木は花びらが一枚残らず散った。

 廉慈郎はパーカーの裾で涙を拭うと、言った。


「さぁて、と。次は何処へ行こうかな」


     ◇


「おばあちゃん、すごーい!」


「きゅうけつきにあったことあるの、すごーい!」


 私は二人の孫に囲まれていた。私が今話したのは、私が幼い頃に短い間お世話になった吸血鬼の話。私の実家は、江戸時代にも吸血鬼と何か関わった事があったらしい。最もよく関わったのが、九つで亡くなったお花、という少女だという。その少女が亡くなった報せを書いたのは私の憶測だと、あの吸血鬼だと思う。昔見せてもらった、一昨年亡くなった叔母の手紙の中のあの吸血鬼の青年の字が、それによく似ていたから。


(ゆかり)咲花(そうか)も、もしかしたら会えるかもしれないね」


 私が付けた名前を呼び、にっこりと笑ってみせる。孫たちもにっこりと笑った。あの吸血鬼たちに出会えた『縁』。先祖の名前を一字貰った『花』。そういえばあの吸血鬼の青年は何処にいるだろう。あの夜会の面々は何をしているだろう。そう思うと、無性に逢いたくなった。


「「あいたい――!!」」


 孫たちが両手を(そら)へと突き上げる。きっと会えるだろう。この子たちなら。

そんな風に微笑ましく思って見ていると、入り口の方から、ざく、と足音が聞こえた。チャイムが鳴る。


「はいはい、少し待っていてくださいね」


 少し腰が曲がった背で玄関へと向かう。ドアを開けた。


 私は目を丸くしてその場に固まった。


 そこに立っていたのは、かつて私がお兄ちゃんと呼び、慕っていたあの吸血鬼の青年だった。驚いたことに外見はほとんど変わっていない。すると、その後ろからあの夜会の面々が顔を出した。


「あら……まあ!」


 驚きの声が上がる。透眞さんが、いっせーのーで、と声をかけた。


「トリック・オア・トリート!!」


 嗚呼、何という事でしょう。

 嬉しすぎて、明日間違えてポックリ死神さんに連れて行かれても不思議ではないくらい。



 私は久し振りに、ワクワクしてしまいました。

「カボチャ少女と吸血鬼」どうでしたか?←

吸血鬼が血を吸ってないしお人好しって何なんだとか思う人もいるでしょうが、楽しんで貰えたなら幸いです。


ご覧になった通り、まだまだ未熟で伏線回収もちゃんとできていません。極端にキャラクター消えたりも多いです。日本語おかしいのも許して……。


書き残したい事は山ほどありますが、これ以上やると止まらないので自重します。


最後に、読んでくださった方々と、素晴らしい企画に参加させて頂いた真坂さんに、最大級の感謝!


ありがとうございました!!


 水無月 羽音

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