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Trick with Treat  作者: カオス学園文芸部
短編集『Trick with Treat』
35/46

Charm@ジョシュア

作者:ジョシュア

ジャンル:ファンタジー


 俺が僕だったころ、アメリカに住んでいたことがある。

 向こうのハロウィンはとても楽しい。元が陽気なアメリカ人だ。祭やイベントは派手に、全力でやるのがモットーである。

 そこで俺は、一人の魔女に出会った。誰も信じてくれないけど。

 だからここでちょっと、昔話をしようと思う。信じてくれないなら、お伽話程度で構わない。

 じゃあ、始めるぞ。





 ハロウィンは僕が日本からアメリカに引っ越して三ヶ月、学校に通いはじめて二ヶ月の頃だった。

 両親は嬉々として僕を仮装させた。あるSF映画の主人公の格好だった。

 日本じゃ恥ずかしくてこんな格好はできないだろう。コスプレなんて言われてしまう。

 ……まあ、マンガのキャラクターごっこは毎日して遊んでるんだけど。

 郷に入ったなら郷に従えとは言うが、この派手な文化に慣れるときは来るのだろうか。

 正直、僕はハロウィンに消極的だった。そこまでして楽しむものなのだろうかと。

 日本でのハロウィンはお菓子を持ち寄って食べて遊ぶだけだった。普段遊ぶときよりお菓子が多いだけだった。

 しかしアメリカのハロウィンは違う。グループを作りいろんな家を巡ってお菓子を集めるのだ。

 甘いものが好きではない僕が、このイベントに積極的になれないのは道理だと思う。

 さらに言えば、近所に一緒に共に回るほど仲の良い友達もいなかった。

 アメリカの学校でも日本人の友達はいる。日本人と言うだけで学年を越えた付き合いがあり、英語を教えてもらったり、算数の解き方を見せてもらったりした。

 しかし僕の家の近所に、日本人はいなかった。

 こっちの子と仲良くすれば良いと親は言ったが、そうもいかない。

 二ヶ月も英語に触れていれば、相手が何を言おうとしているかはニュアンスでわかる。

 だが、自分の思ったことを相手に伝えられるかは話が別なのだ。

 現地の友達がいないわけではない。日本のアニメはこちらでも人気であり、それを通じての友達もいる。

 また、ボールさえあれば言語の壁を越えられると言われるみたいに、サッカーやバスケットボールで遊ぶ友達もいる。

 しかし、逆に言えば、彼らとはそれきりの付き合いなのだ。

 そんなわけで僕は家にいた。来客時用の居間の窓からはすでに回っているグループをいくつか見かけた。

 その中には顔を知っている者もいる。

 僕の家に来たグループの相手をするのは両親だ。笑顔で出迎え、お菓子を与える。

 それが何だか、おもしろくなかった。

 両親は楽しそうだよ、行かないの、と聞いてくるが、僕は与えられたおもちゃの武器を振っているだけだった。

 少ししてノックの音がした。少し鈍い音だった。

 振り向けば、つばの広い帽子にマントを身につけた、赤毛の少女がいた。

 玄関の扉ではなく、窓を叩いたようだった。

 両親を見れば、妹の相手をしていた。仕方なく僕はお菓子のカゴを持って玄関を開ける。

 合言葉がある。「Trick or Treat?」と聞かれ「Happy Halloween!」と答えてもらうまでがお菓子をもらうための儀式なのだ。

 僕は覚悟を決めて、扉を開いた。

 しかし少女が発した言葉は、予想外なものだった。


「こんな素敵な夜を楽しめないなんて、可哀相な人」


 その言葉に、僕は少しかちんときた。突然何を言い出すのか。

 だけど何を言い返せば良いのかわからない。適切な表現の言葉は僕の頭には入っていない。


『Trick or Treat?』


 突然、少女の頭から声が聞こえた。帽子には黒猫のアクセサリーがつけられており、そこから音が聞こえたのだとわかる。

 僕は呆気に取られて、もう何も言えなかった。だから少女の行動にも反応ができなかった。

 少女は僕のあごをつかみ、横に動かすと頬にそっとキスした。

 目を白黒させる僕の顔を見て、少女は笑っていた。


「残念!」


 そう言って少女は僕の腕を掴む。


「さあ、行こう!」


 強引に僕を、さらうように連れていく。カゴを床に落とし、僕は家を飛び出させられた。

 まず最初に向かったのは隣の家だった。

 そこにはジャックランタンが飾られていた。

 アメリカに来てから知ったのだが、こちらのジャックランタンは本物のカボチャを使うらしい。

 スイカ割り用のスイカがあるように、ジャックランタン用のカボチャがスーパーで売られているのを見た。かなりの衝撃だ。

 車で少し行った場所では、カボチャのサイズや重量を競う大会が毎年行われているらしい。父さんが行こうと言ったが僕や母さんは乗り気じゃなかったために断念した。

 少女は扉をノックする。


「Trick or Treat?」


 出てきた老夫婦に少女は言った。老夫婦は「Happy Halloween」と言って笑顔でお菓子を少女の袋に入れる。

 僕はそこで気づいた。お菓子を入れるための袋を忘れてしまったのである。

 焦る僕に、老夫婦はさらに言葉をかける。


「友達ができたのかい? よかったじゃないか」


 違う、さっき会ったばかりだ。そう言おうとした瞬間、またあの声が聞こえた。


『Trick or Treat?』


 あの黒猫のアクセサリーだ。僕はもう何も言えなくなった。

 次の瞬間、再び僕の頬へ柔らかい衝撃が走る。


「残念!」


 少女は恥ずかしがる様子もなく笑い、老夫婦も笑顔を浮かべるだけだった。

 気づけば僕の手には袋が握られていた。老夫婦はそれに砂糖のかかったクッキーを入れた。

 少女は僕の手を握って、引っ張るように次の家へと向かった。

 そこは僕の、ちょっと仲の良い友達の家だった。スポーツをして一緒に遊ぶ仲である。

 その家の前には大人の身長ほどある死神の置物が置かれていた。こうした趣味が悪いあたり、その友達らしさが出ている。家族共通のものかもしれない。

 少女はその家の扉をノックした。


「Trick or Treat?」


 出てきたのはずっと年上のお姉さんだった。めんどくさそうに「Happy Halloween」と言ってお菓子を少女の袋に入れた。

 次いでお姉さんは僕を見る。


「あれ、弟が言ってた日本人? 可愛い女の子と一緒なんて、やるね」


 少し明るい声でお姉さんは言った。僕は少しムッとしてしまったが、再びあの声が響いた。


『Trick or Treat?』


 何を言おうとしたのか忘れてしまう。捻り出そうとした文章は霧のように消えた。

 そしてまた、頬に唇が落とされる。


「残念!」


 お姉さんはそれを見て口笛を鳴らした。

 僕は無言で袋を差し出した。入れられたのはチュッパチャップスのコーラ味だった。

 少女が先に歩き、僕はその後ろをついていった。

 次に向かったのは、僕の先生の家である。

 その先生は英語が不慣れな生徒のために、国語の時間に別枠でいろいろ教えてくれる人だった。僕は未だにお世話になっている。

 少女が扉をノックする。

 出てきた先生の頭には、銀色のナイフが刺さっていた。

 驚いた僕は少し飛び上がる。少女と先生は、それを見て大笑いをしていた。

 先生はナイフを取ってみせる。それはナイフの柄と切っ先が繋がれたカチューシャだった。

 安心した僕を他所に、少女は袋を差し出す。


「Trick or Treat?」


 先生は「Happy Halloween」と陽気に言ってお菓子を少女の袋に入れた。

 そして先生は僕を見ると、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。この笑顔は万国共通のようだ。


「仲良いね」


「さっき会ったばかりですよ」


 それにはハッキリと答えられた。僕は鼻息を鳴らし、どうだと少し威張る。

 しかし次には、再び頬に唇が当てられた。


「残念」


 少し拗ねたような口調で少女はそう言った。

 先生は豪快に笑って僕の袋に少し高級なチョコレートを入れた。

 僕と少女は隣に並んで次の家へと向かった。

 その家はお化け屋敷、アメリカ風に言うならホラーハウスだった。

 車を入れるガレージにバーベキュー用のテントを接続し、周りには垂れ幕がかかっている。

 個人の家でお化け屋敷を作っているのだ。その規模には驚かされた。

 出てくる子供たちの中には泣いている子もいた。


『Trick or Treat?』


 また声が聞こえた。今度は何なんだ、と少女の様子を伺った。しばらくして少女は頬を膨らます。

 少女は手を握ってきた。さっきから触れられていたはずなのに、意識すると恥ずかしくなった。

 その隙を突いて少女は僕の頬に唇を触れさせた。


「残念!」


 見上げると打って変わって、少女はしてやったりと言う顔をした。

 僕と少女は手を繋いだままホラーハウスの中に入る。

 中は所狭しとホラーグッズが置かれていた。魔女の人形、骸骨の首、音が出るジャックランタン、光る猫。

 よくこれだけ集められたな、と思いながら奥に進む。

 そこには水晶を見つめる老人がいた。帽子で顔が見えない。


「Trick or Treat?」


 少女が言うと、いきなり老人の首が落下した。服の真ん中をすとんと真下に落ちたのだ。

 ビックリしてその姿をずっと見ていると、首のあった場所から新しい首が出てきた。

 少し困った顔をしているのはこの家の主人だろう。僕らが思った通りの反応をしなくて悔しいらしい。

 少女が嬉しそうに袋を差し出し、主人は「Happy Halloween」と言ってそれにお菓子を入れた。

 次に主人は、ずっと僕が少女の手を握っているのを見て笑顔になった。


「恋人をきちんと守れて、偉いじゃないか」


「違います」


 僕はきっぱりと否定した。

 主人はそれを聞いて笑っていたが、少女は違った。

 僕の肩を掴むと、強引に僕の頬に接吻(キス)した。


「……残念っ!」


 少し怒ったように少女は言った。やれやれ、と僕は首を捻った。女の子の気持ちはわからない。

 主人は僕の袋に、暴力的な甘味を持つカラフルなカップケーキを入れた。

 少女と一緒にホラーハウスを出る。彼女はもう笑顔に戻っていた。

 それから二人で帰ることにした。たくさんのお菓子が手に入り少女はホクホクだったが、僕は果たしてこれを消費できるか不安だった。

 家に着いたときには、僕は長い旅を終えた気分になった。さながら『オズの魔法使い』のドロシーの気分だった。

 家の前に着くと、少女は僕の顔を見た。何か言いたそうで、口をパクパクとさせていた。


『Trick or Treat?』


 また声が聞こえる。それにどう答えたら良いかだなんて、わかりきったことだ。


「Happy Halloween!」


 少女は笑顔になる。次いで、僕も笑顔になった。

 そして、僕の肩に手をかけて、ぐいっと引き寄せた。

 僕の唇に、少女の唇が重ねられた。

 一瞬だったはずなのに、長く感じられた。

 そして離れると、少女は言った。


「正解!」


 茫然とする僕に、さらに少女は僕の唇に指を当てて、数回叩いた。


「You are under my charm」


 僕にはそれは「あなたは私の魔法にかかりました」と聞こえた。たぶん、正しいだろう。

 少女は走って去っていく。

 僕はその背中から視線を外せなかった。

 帰ると両親は心配していなかったようだった。僕のことだから我慢できずに飛び出したのではないかと思ったらしい。

 それから僕は少女に会うことはなかった。隣の老夫婦にも、友人にも、先生にも、少女のことを聞かれることはなかった。





 あれから数年が経つ。一年半で日本に帰ってきた俺は、もう一度経験したハロウィンでも少女には会えなかった。

 その日もまたハロウィンだった。俺は新しくできた友達のハロウィンパーティーの手伝いをさせられた。

 アメリカほど大規模じゃないが、子供達が巡ってくる。それに俺の経験を活かしてほしいそうだ。

 八時には終わらせるという約束で、俺は仕事を全部終わらせた。

 俺や友達だけでなく、友達の妹やその友達まで集まり、終わったあとも大盛り上がりだ。

 そんな中、一人だけ外れている女の子がいた。庭で一人だけマンガを読んでいる。テニスに熱中する学生を描いた少年マンガだった。ある意味で女子の間では大流行しているらしい。

 その子は友達の妹の友達、すなわち他人だった。俺はもう躊躇わなかった。


「こんな素敵な夜を楽しめないなんて、可哀相だな」


 女の子は案の定、しかめっつらをした。だが俺はめげなかった。あの少女にもらった勇気があるのだから。


「Trick or Treat?」


 俺が手を差し出すと、女の子は嫌な顔をした。


「……関わらないでよ。ここにはマンガ読みにきただけなんだから」


 冷たく言う女の子。俺は笑った。


「そんな薄着だと、風邪ひくぞ?」


 それが言いたかっただけなのだ。少女ははあ、とため息をつく。年上に何て態度だと思ったが堪えた。


「……心配してくれてありがと。じゃ」


 女の子は俺が差し出した手に何かを置いて、家の中に入った。

 俺は苦笑いをして、手の中のものを見る。


「……ビターチョコかよ」


 あの日から、俺はすっかり甘党になっていた。





 ――どうやら魔女の悪戯(まほう)は解けないらしい。

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