世界で一番甘いご褒美を@のがみまいこ
作者:のがみまいこ
ジャンル:恋愛
ここはとある商店街。
いつもは平和な商店街に、今日は魔物が蔓延る。
そんな日です。
「センパーイ、準備できましたかー?」
「おーう。これでバッチリだ」
「って、それ般若のお面じゃないですか! ダメ!」
「なんでだよ、子供ビビるだろ」
「ビビらせてどうするんですか!! 今日はハロウィンですよ!?」
「子供ビビらせて食料ガメるんじゃねーの?」
「何をどうしたらそうなるんですか!!」
今日は10月31日、ハロウィン。
毎年ハロウィンの日には有志で集まり、仮装をして商店街を盛り上げることになってます。
私はこの商店街の洋菓子店でバイトをしてる文月絢、大学生です。ちなみに今年は魔女の格好にしました。
それと、こっちがバイト先の先輩で大江直嗣さん。何故か般若の面を持ってきた変な人です。
「先輩は吸血鬼とかどうですか? 女子からのリクエストも多かったし」
理由は先輩が長身でカッコいいから。確かに先輩なら似合いそうです。
「なんか普通すぎてつまんなくない?」
「先輩はハロウィンに何を求めてるんですか」
「だってハロウィンは化け物が町中を闊歩して人々から食べ物を脅して奪う日だって聞いてたし」
「誰から!?」
「中学のときの先輩から」
なぜそんな間違った知識を今まで信じてきたのだろうか。
「違いますよ。そもそも、ハロウィンっていうのは死者の祭りって言われていたんです。死者が家を訪ねてくると言われてたので、魔女などの格好をして魔除けの火などを炊いていたそうです。それが今のハロウィンの原型とでも言いますか。要は魔除けのための儀式なんですよ。それが色々と時代を経て今や仮装祭りになっちゃってるわけですけど」
「もはやコスプレ祭りだもんな」
「ですね……まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ。ほら、早く着替えてください!」
「えー般若がダメなら仁王の……」
「ダメです!!」
「絢ちゃん厳しいー」
なんでそんなに子供を驚かしたいんだろうか。悪意すら感じるレベルですよ、それ。
とりあえず、先輩には商店街の方で用意してくださった衣装を着てもらった。もちろん、リクエスト通りの吸血鬼のコスプレ。この商店街のイベントは、もやは先輩みたいなイケメンに集まってもらって客引きして盛り上げてもらわないことには意味がない。
こういったイベントで何かしら盛り上げていかないと古い商店街なんて直ぐに廃れてしまう。小さい頃からこの商店街の人達のお世話になってきた身としては、それは避けたい事態だ。
「センパーイ、着替え終わりましたかー」
「うぃーす」
更衣室から先輩が出てきた。
これは想像以上の完成度です。黒マントに鋭い牙、それから普段は見られないオールバックにした髪。
いつもはふんわり穏やかな雰囲気の先輩が、超絶ワイルドな吸血鬼に変身しちゃうなんて。
去年は狼男といいながら犬の着ぐるみを着ただけの仮装だったけど、これは最高に格好いい。
人気投票一位間違いなし。やらないけど。
「先輩、カッコいいです! 最高です!!」
「本当にー? この牙つけてると話しにくいんだけど、取っちゃダメ?」
「ダメです! イベントが終わるまでは我慢してください!」
「えーじゃあ、頑張ったらご褒美ちょーだい」
「ご褒美? イベント終わったら商店街の人達がお菓子くれるって」
「そんな子供じゃないんだからさぁーもっとあるでしょ、頑張れるようなご褒美ー」
「例えばなんですか?」
「それはイベントが終わってからのお楽しみ。絢ちゃん、ちゃんと残っててね」
「え、あ、はい」
先輩はニコッと笑い、お店を出ていった。その瞬間、女の子たちのキャーキャーという黄色い声が聞こえてきた。やっぱり、先輩の吸血鬼姿は断トツでカッコいいもんね。
「あ、先輩。このお菓子を子供たちに配ってくださいね」
「え」
「え?」
「なんであげるの!? ハロウィンでしょ? お菓子くれなきゃ悪戯するぞーって脅すんでしょ!?」
「確かにそうなんですけど、大人が子供からお菓子を取るのはモラル的にどうかと思うので……」
「絢ちゃん! それは子供に間違った知識を植え付けることにならないか!?」
「細かいこと気にしないでさっさと配ってください!!」
いちいち面倒な人だ。
確かに本来のハロウィンとは違うが、うちのハロウィンは「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」ではなく「お菓子を受け取らなきゃ悪戯するぞ」ってことで。
まぁ、子供の参加者は普通にお菓子をもらうんですけどね。
「理不尽だ」
「諦めてください。先輩は大人なんですから」
「俺は少年の心を失っていないよ、絢ちゃん」
「先輩、おいくつですか?」
「24」
「諦めてください」
子供心を忘れないのも先輩の良いところかもしれませんが、今は投げ捨てちゃってください。それか目の届かないところに隠してください。
私は先輩の背中を押し、イベントに来てくれた子供たちの前へと連れた。小さい子達は私たちを見るなり、トリックオアトリートと言ってお菓子をねだってくる。
小さい子って可愛いなぁ。お菓子をあげると笑顔になるところとか、ふにふにのほっぺたとか。
「はーい、お菓子あげるよー」
「わーい!」
「ありがとー、おねえちゃん!」
手を差し出す子供たちに順番にお菓子をあげていく。
ちっちゃな手の中に一つだけ大きくてゴツい手があったので、それはスルーさせていただきましたけど。
「お姉さーん、僕にもお菓子ー」
「先輩はあげる側! 子供たちに混ざらないでください!」
「不公平だー!」
「そんなこと言ってたら約束のご褒美はなしですからね」
「絢ちゃん、冷たーい」
先輩は渋々といった表情で子供たちにお菓子を渡しにいった。
全く。そんなにお菓子が欲しいのかな。確かに先輩は呆れるくらい甘いもの大好きで、お店のケーキつまみ食いとかしてたし。
一応、イベント用のお菓子は余ったらみんなで分けていいって言われてるし、私の分も先輩にあげよう。余ればの話だけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「終わったー……」
「お疲れさまでーす」
ようやく終わったイベント。先輩は店のテーブルに突っ伏したまま身動きひとつしない。
それも仕方ない。先輩、ファンの人達に取り囲まれて写真撮ったり撮られたりして忙しかったし。子供にもマント引っ張られてたし。買い物途中の奥様方にも囲まれちゃったし。
これじゃあ、人一倍疲れて当然よね。
「先輩、みんな帰っちゃいましたよ。鍵閉めるから早く着替えてください」
「……みんな帰ったの? テンチョーも?」
「はい、あとは私たちだけです」
そういうと、先輩はガバッと体を起こして私の方を見た。
なに、なになに。
先輩が私の手を掴んで、ゆっくり引き寄せた。
突っ伏したときに乱れた髪が、なんか色っぽい。どうしよう、なんかドキドキしてきた。
「絢ちゃん、ご褒美は?」
「……え、あ。ごめんなさい、実はお菓子余らなくて……明日、お店のケーキ奢るので」
「ヤーダ。いま欲しいなぁー」
先輩の指が、袖の中に入ってきた。撫でるような仕草に、私の心臓が跳ね上がって、なんか泣きそう。
少し伏せた目で私を見ないでください。
そんな優しい手つきで私に触れないでください。
「……あーやちゃん」
「……はい」
腕を引っ張られ、先輩に抱き締められた。
近距離で先輩の息遣いが聞こえる。腰に手を回されて、逃げられない。
どうしよう。吸血鬼に捕まった。
逃げ場もない。金縛りにあったみたいに身体が動かない。
耳元で、先輩の零れるような笑い声がした。
「トリックオアトリート」
「……っ!」
「……お菓子、くれなきゃ悪戯しちゃうよ?」
今までに聞いたことがない、低い声。吐息が、耳をくすぐって、背中がゾクッとした。
やだ、心臓が変になりそう。思わず、目をギュッて閉じちゃった。そうでもしないと泣いちゃいそうで、痛いくらい高鳴る鼓動に堪えられない。
「絢ちゃん、ご褒美……くれるんでしょう?」
「……だ、だから明日っ……」
「……待てない。今、ここでちょうだい?」
先輩の顔が、首筋に触れた。先輩が喋る度に、首に息が掛かって熱い。焼けちゃいそう。
どうしよう。いま、なにも持ってない。どうしたら、いいの?
「大丈夫、ここにあるでしょ?」
「……え?」
「……とびっきり甘いご褒美」
そういって、先輩は私の頬に手を添えて、
キス、した。
「……ぇ」
「ほら、甘い」
「……え、えええ!?」
「どうしたの?」
「い、いま……キ、キキキキキス!?」
「うん。したよ」
「な、なななんで……」
「ご褒美でしょ? 絢ちゃん、俺のこと嫌い? イヤだった?」
「……そういう、わけじゃ……」
ないです。むしろ、ずっと憧れてた先輩なので嬉しいんですけど、いきなりすぎて気持ちが追い付きません!
「せ、先輩は……」
「ん?」
「わ、私のこと……」
「好きだよ。だから、ご褒美には絢ちゃんが欲しいなって思ってた」
「へっ!? そ、そそそそんな……わたし!?」
「うん。ね、絢ちゃんは?」
「……えっと」
声が震えちゃう。
私も、好きって言いたいのに。胸が苦しくて、息がうまくできない。
「……いいよ、無理して言わなくても。絢ちゃんの気持ち、わかったから」
そう言って、先輩はもう一度私にキスした。
先輩、とんでもない人です。
とんでもない吸血鬼です。
私、血を吸われたみたいに頭がクラクラしてます。
誰もいないお店の中でこんなことするなんて、とんでもない悪戯っ子です。
「……先輩、好きです……」
「……うん、俺も」
お菓子より甘いもの、貰っちゃった。




