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Trick with Treat  作者: カオス学園文芸部
短編集『Trick with Treat』
22/46

だっく・あっぷる@齊藤さや

作者:齊藤さや

ジャンル:恋愛


 私、秦仲(はたなか)芦子(ろこ)は、いつもより二十分も寝坊してしまった。慌てて布団から飛び起きて、顔を洗って、髪をとかして、ご飯をかきこんで、鞄に授業道具を突っ込んで、靴を引っかけて、「いってきます」と叫んだら、家を文字通り飛び出した。いつも一緒に登校している花怜(かれん)ちゃんとは、十分待っても来なかったら先に行ってるといつも約束していたから、やっぱり待ち合わせの信号前には居なかった。けれど運が良いことに信号は青。

 お陰で朝のチャイムの五分前には、3Bの教室にたどり着くことができた。三年生の教室は一階なので、階段を使わなくていいという上級生の特権のお陰だ。そうそう、私は櫛立四中(くしだてよんちゅう)の三年生。受験生真っ只中なのだ。

 いつもは朝から既に机に向かってカリカリしてるみんなが、今日は楽しそうに口をモグモグさせていた。もうお菓子食べてるのね、早いな。さっき食べ終わったばかりなのに。


 鞄から一時間目の授業の教科書とノートを取り出していると、隣の席の内川(うちかわ)稜徒(いずと)君が話しかけてきた。


「とりっく おあ とりーと」


 開口一番に、まさに平仮名が似合うような発音で呪文めいたものを言われて、まだ醒めきっていない私の頭の中には一瞬で疑問符が浮かんだ。


「トリック……あっ、今日そういえばハロウィンだったっけ」


 顔を上げて見た黒板の日付は10月31日、昨日は覚えてたのにすっかり忘れてた。そっか、だからみんなお菓子を食べてるのか。


「だからさ、お菓子ちょうだいよ、秦仲」


「ちょっと待ってて……」


 鞄の中を探す。男子って食べ物のイベント好きよね。食べられる物ならなんでもいいって感じなのかな? そこまで食い意地張らなくてもなぁ。

 あれ? 無い…あ、しまった今日に限って、お菓子机の上に置いてきちゃった。すると、内川君は私のシマッタ顔を見て、


「菓子無いの? じゃ、とりっく、イタズラだね」


 と小学生の悪戯っ子のような笑みで言ってきた。手を顔の前に持ってきて、指を不規則に動かしている。きっとくすぐる気だ。


「えっ、ちょっと待って本当にするの?」


 慌てて言うと、内川君やいつの間にか集まっていた数人の男子が笑いだした。


「ごめん、いや、秦仲の反応があまりにも面白かったからさ、ほんとごめん」


 言いながらもまだちょっと笑っていた。そんなに笑わなくてもいいじゃん。


『キーンコーンカーンコーン』


 チャイムと共に担任山田先生が教室に入ってきた。


「HR始めるぞ」


「起立、気を付け、礼」


「「「おはようございます」」」


「着席」


「おはよう。全員いるか?いるな。えー今日は特に連絡は無いが、ハロウィンだからってお菓子は校則違反だからな。それと…」


 などと話してはいるが、顔は笑っているから、形だけの注意なんだろう。山田先生は熱血っぽくはあるけれど、結構寛容な所もあって、卒業した時に担任が山田先生で良かったと言えそうな、生徒には人気の先生だ。

 先生の話を右から左へと流して聞いていた時、ふと耳元で囁かれた。


「さっきの驚いた顔、可愛かったぜ」


 驚いて、危うく「ひぃ」とか声を出してしまうところだった。隣をじっと睨みつけると、内川君は澄ました顔をして前を向いていた。


「では、また四時間目の英語の授業で」


 そう言い残すと、さっさと職員室に戻っていった。すると教室はまた幾らか騒がしくなった。文句を言おうとしたけれど、いつの間にか内川君は消えていた。呆然としていると、花怜ちゃんがお菓子を手に持って来た。


「ろこちゃんおはよー。ハッピーハロウィン! はい、カボチャクッキー」


「花怜ちゃんおはよう。うわぁ、美味しそう、ありがと。それとさ、朝一緒に行けなくてごめんね」


「いいよ、そんなの。じゃあ私Cの友達にクッキーあげに行くね」


「うん」


 この時私は、あんなことになるなんて微塵も想像していなかった。


○●○●○●○●


四時間目


 チャイムの鳴る二分前に、先生が教室に入ってきた。けれども持ち物がおかしい。

 普通なら教科書とノート、たまにリスニング用にCDプレイヤーを持ってたりするはずだ。

 でも今は教科書すら持っていなくて、ちっちゃなバックと配布用のプリントと新品の金だらいを持っていた。しかもタライに水を入れて、教卓の上に置いている。一体何をする気なんだろう?


 チャイムと同時にみんなは各々の席へと散っていき、鳴り終わるとすぐに号令がかかった。


「起立、気を付け、礼」


「「「お願いします」」」


「着席」


 ギギーとイスを引く音がしなくなってから、山田先生はプリントを数えながら話し出した。


「えー、今日はハロウィンということで特別授業です。みんなも受験勉強だけじゃ辛いだろうから、たまにはこういうのもいいだろう?」


 配られた3枚のプリントの内、1枚半は英語の長文で埋まっていた。あちこちから「えぇー」と不満気な声が上がった。それもそのはずだ、今私の手にある紙は、『History of Halloween』

と書かれた長文読解のプリントだったのだ。


「このくらいできるだろ。辞書は使っていいぞ。では、今から二十分間で解いてくれ」


 まだ「期待してたのに」等不満の声はちらほら聞こえていたけれど、一分程すると教室内は静かになっていた。


「よし、じゃあそこまで。ちゃんと読んだか?答え合わせするぞ」


 私は一問ミスで答え合わせは終わり、解説もして授業は残り十五分くらいになった。


「今度こそお楽しみだ。さっきの文に“ダックアップル”をやるってあったよな」


 そう言って先生は黒板に『Duck Apple』と綴った。


「ハロウィンの余興の一つなんだけどな、このように水を張ったタライにリンゴを浮かべて」


 ここで先生は少し小さめのリンゴを何処からか取り出して、水に浮かべた。リンゴはプカプカと浮いたり沈んだりを繰り返している。


「そして手を使わずにかじるか取ったら、リンゴを貰えるんだ。楽しそうだろ?」


 この寒い中、顔を水に浸けろと言うことか…しかもみんなが見てる前で。山田先生の授業にしては珍しく、クラス中がシーンとしてしまった。


「えーー、じゃあやりたい人は挙手」


 周りをきょろきょろしてみたけれど誰も挙手していない。遠慮とかではなく、明らかに誰もやりたくない雰囲気だ。


「いないなら先生が当てるぞ。……今日は31日だから……」


 おっと…私出席番号31番じゃない?


「3+1で……止めた、出席番号31番の」


 なぜ一度フェイントをかけたの?先生は出席簿を確認している。言われなくてもわかりますよーだ。渋々前に出る。


「秦仲か、挑戦権ゲットだ。……そんな浮かない顔しないで、先生泣いちゃう。じゃあ時間は今から三十秒」


「えっ、ちょっと待ってください」


「今待ったぞ、よし始め!」


 よく分からないまま始まってしまった。取り合えずタライに浮かんでいるリンゴをかじろうと何度か噛み付いてみたけれど、口を閉じる度にリンゴは沈んで、口の中に水が入ってくるだけだった。花怜ちゃん達が「頑張れ」と言ってくれているのが余計に恥ずかしかった。

 あっという間に三十秒は過ぎ去って、結局リンゴは貰えず、口の中のカルキ臭と先が濡れた髪が残った。


「秦仲、健闘をありがとう。他にやってみたい人はいるか?」


 席に着いて、私がやった後だしいないでしょと心の中で突っ込んでいたら


「お、内川やってくれるのか? よし、じゃああと十秒で始めるぞ、5,4,3,2,1,スタート」


 いかにも英語の先生らしく、流暢な英語でのカウントの後、内川君はさっき私がやったようにリンゴにかじりつこうとしていた。こっちから見ていると物凄く滑稽に見えた。うわぁ、最悪。


 さっきよりも周りがざわついている。聞き取ってみるとこんな事を言っている人達がいた。


「あれ間接キスじゃない?」

「自分から挙手したってことはまさか」

「いやー、さすがにそれは無いでしょ」


 そんなバカな。本当だとしたら恐ろしく気持ち悪い。あいつそんな変態だとは思わなかった。目を背けていると、突如拍手が起こった。


「内川おめでとう、これでリンゴは君のものだ。授業中は食べるなよ」


 先生はあいつが着席するのを待ってから、生徒全体を見渡して言った。


「全員分のお菓子もちゃんとあるからな」


 とたんにクラス中が沸いた。あまりに騒がしいので先生は


「はい、静かに。他のクラスや先生には内緒にするんだぞ?」


と注意した。

 そしてお菓子を配り始めた。回ってきたお菓子は、ハロウィンの絵柄がプリントされた、一口サイズのチョコのお菓子だ。口に入れると甘過ぎるチョコの味でいっぱいになった。それでも思い出したくないカルキ臭よりはよっぽどましだったけれど。


『キーンコーンカーンコーン』


 私にとっては気まずかったお喋りタイムの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「起立、気を付け、礼」


「「「ありがとうございました」」」


○●○●○●○●


昼休み


 花怜ちゃん達とお弁当を食べるため、鞄を持って立ち上がったちょうどその時だった。今一番聞きたくない、男子にしてはちょっと高めの声が私を呼び止めた。


「秦仲、リンゴいる? これ美味しいよ」


 内川君(あいつ)だ。私はリンゴが欲しくてやったわけじゃないし、第一かじりかけのリンゴなんて、断固お断りである。振り返らず、無視してイスをしまう。しかし向こうは懲りずにまた喋る。


「俺こんなに食べられないんだよね。半分でもいいからさ」


 なんでそこまで私にリンゴを食べさせたいんだろ? イライラするな。仕方無く出来るだけ短く返事をした。


「要らない」


「じゃあせめて一口だけでも」


 あのリンゴ、もしかしたら毒でも入っているのかもしれない。


「リンゴはいいから話だけでも」


 そこまで執拗に言われると何でかちょっとあいつが可哀想に思えてしまった。後から考えるとこれが間違いだったのだけれど。


「何? すぐ終わらせてよ」


 すると、腕を掴まれ廊下まで連れていかれた。まさかこうなるとは思ってなくて、振りほどくことは考えられなかった。昼休みが始まったばかりなので、他に廊下に人はいなかった。立ち止まると、あいつはリンゴを一口かじり、ゆっくり飲み込んでから話した。


「お菓子くれなかったからイタズラするとか言って、秦仲が嫌がるようなことして悪かった。ごめん」


 今の言葉で「大丈夫」とか笑って返せるほど私の心は広くは無くて。でも態度には出しても、謝られてなお誹謗するほどには嫌ってなくて。


「……」


 この複雑な気持ちを表現する言葉は持ち合わせていなかったので、無言のまま俯くしかできなかった。


「それにさ、まあリンゴは、食べて欲しかったんじゃなくて、話がしたくてなんとか自然な口実を作れないかって思ってたからなんだけど、無理矢理引っ張ってきたのに話聞いてくれてありがと。……ちょっと長くなっちゃうかもだけどまだいい?」


 嫌とは思わなかったけれど、また黙ったままになってしまった。内川君は再びシャクっとリンゴをかじり、飲み込んでから話し出した。話したいなら食べないでさっさと話してよ。


「リンゴ? ……あ、ごめん。そっか、俺が、授業の時秦仲の後にやったから気まずいのもあったんだよな。なんかクラスのやつらは、間接キスだとか言ってたけど勿論わざとじゃない。というかそんな事意識してなかったんだ。男子同士だと、いつもやってることだったから。でも嫌だったよな、ほんとにごめん。俺、どうも気が回らないな」


「そうね、リンゴ食べながらだし」


「確かに。半分無意識で食べてたわ。俺やっぱ最悪だな」


 リンゴを窓枠の所に置いてからまた話し出した。目を合わせるのは避けたくて、顔のすぐとなりに置いてあるリンゴの赤を見つめながら続きを聞いた。


「こんな事を言おうとしてた訳じゃないんだ。今さ、席隣じゃん? そうするとさ、授業中とか何だかこう、落ち着いていられないんだ。まるで宝石…違うな、花…」


 そろそろ廊下に数人が出てきた。目の前の内川君は必死で考えている。


「そうだ、リンゴの花。小さくて優しくて愛しくて。隣で咲いてるそんな花をつい触りそうになるんだけど、触れたら散ってしまいそうで怖かったんだ。でもやっぱり触りたくて、つっついちゃうんだ。そしたら一枚、また一枚と散っていっちゃって。ところがその散り方にまた、惚れちゃって」


 先生の話のように、さらさらと言葉が並べられるけれど、内川君のは心に響いてくる。


「このままじゃいけない、崩れていくだけだ、と思った。だから今言うよ、芦子(ろこ)


 名前を呼ばれてハッと内川君を見ると、真摯な眼差しに捕らわれてしまった。


「こんなダメな俺だけど、付き合ってくれないか? ……じゃなくて、付き合ってください。芦子は何が好きで何が嫌いでとかまだ分からないから、また嫌な思いをさせちゃうかもしれない。でも、俺はいつも芦子を笑顔に出来るように頑張るから」


 私の事を、こんなに本気で好きになってくれた人なんて、多分今までいなかった。付き合ったことはあったけど、何となく付き合い始めて、気づいたら別れていたという風に。だから内川君の告白は単純に嬉しかった。

 まだ私自身は内川君を好きになれるかは、正直五分五分ではあるけれど、告白を受けてみようかな。

 私はとびきりの笑顔で答える。


「お願いします」


 内川君はホッとした顔をした。


「あ~良かった。振られたら、俺そうとう落ち込んでたわ」


「そういえば、何で今日にこだわっていたの?」


 内川君は照れながら頭を掻いた。


「特に深い意味は無いんだけど。自分で10月までに決着つけるって勝手に決めてて…。また俺の勝手だな」


 なんだ、そんな理由か。内川君のそういうところ、本人は気にしてるみたいだけど私は面白いと思うし、そんなに謝らなくても良いのに。ま、これは追々かな。


「そうだ、芦子、ちょっとこっちに寄ってよ」


 手招きされて一歩前に出た。内川君も前に出て、互いの顔がぶつかりそうな程近づく。


 一瞬だけ、唇が柔らかいものに包まれた。


 いつの間にか集まっていた男子達の「おぉ」とか「ひゅー」とか歓声が聞こえた。私の顔が熱くなっていくのが分かる。


「や、やめてよ」


 内川君は舌を出して、また頭を掻いた。


「嫌だった?ごめん」


「今のは絶対確信犯でしょ」


「だってキスならさっきもしちゃったし、ハロウィンだから、“甘い”物欲しいだろ?」


「何よ、その理由」



 当然のごとく、その日の内に私達の事は学年中に知れ渡ってしまった。


 あの甘酸っぱいリンゴの香りのキスからどんな日々が始まるのだろうか。


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