自殺とキスと君のハロウィン@上阪まひる
作者:上阪まひる
ジャンル:恋愛
「ねえ」
ショートカットの髪がよく似合う、小柄で可愛い女の子――――藤原夏子が僕を見上げてそう言った。
僕は少し気恥ずかしくなりながら「何?」と聞く。
夏子は視線を下に向けて、口を開いた。
「もう一年なんだね」
「一年? ああ、そうか」
一瞬、何のことかわからなかったが、しばらく思案して思い出した。
できれば忘れたい、もう二度と思いだしたくない、そんな馬鹿だった一年前の僕――――。
ほぼすべての店で行われているオレンジ色のハロウィンの仮装や飾りも、僕を憂鬱にさせるだけだ。
「……ごめんね、思い出したくないことでしょう?」
夏子は慌てたようにそう言った。
「…………ううん、そんなことないよ」
とげとげしい言い方になってしまったかもしれない。
賑やかな通りが少し静かになったような気がした。
「亜美さん……本当に、一年経ったなんて信じられないよ」
僕はとりなすようにそう言った。
「……そうだね」
「あのとき僕は、どうすればよかったのかな?」
僕は自嘲気味に言い放った。
そんな僕の服の裾をぎゅっと握って、夏子は口を開いた。
「ねえ」
―――――――――――――
二年前の春、僕は高校生になった。
そこそこ有名な進学校だ。
新しい校舎。大きな体育館。みっちりとつまった時間割。少しだぼっとした制服。
期待なんて、感じない。
死にたかった、僕は。少なくとも小学生高学年ぐらいごろからはそう思っていただろう。
生きていることに価値なんてない、そんな典型的な理由で。
だけど死ぬのも怖くて、それもまたどこにでもある話で。
「ふぅ……」
僕は息を吐いて、校舎を見上げた。
僕のクラスは一年二組だそうだ。一応特進クラスで入学をしている。
中学校時代の数少ない友人とはみんな高校は離れてしまった。周りの楽しそうな笑い声が少し恨めしくなってくる。
僕は死にたい、だけど別に一人で生きて行けるなんてことは言わない。
支え合ってこその人生。まあそれは別に否定しないし、もっともな意見だろう。
そんなことを思いながら、自分の教室まで向かう。
少し早かっただろうか。教室には五人しかいない。
四人組のグループが教室の前の方で雑談していて、もう一人、小柄な女の子が後ろの方の席に座って本を読んでいる。
「可愛い……」
その女の子を見て思わず声が出てしまった。大丈夫、本人には聞こえていないはずだ。
肩より少し上で切りそろえられた、少し茶色がかった髪の毛。クリっとした大きな瞳。薄い唇は少し口角が上がっている。
生まれて初めての、一目惚れだった。
そんなこと僕がするわけないって、そう思っていた。
話しかけたい、だけどそんな度胸が僕にあるわけなんてない。
僕はその女の子に見とれていた。
「……あのっ」
「えっ!?」
ずっと見つめていたせいか、女の子に話しかけられてしまった。
僕は慌ててしまい、目をそらす。
「あのっ、何か用ですか……?」
女の子は僕を見上げてそう聞く。
少し高いけど、聞き取りやすくかわいい声だ。
「え、いや、名前……なんていうの?」
僕は言ってからしまった、と思った。何の本読んでるの? とか本好きなの? とかいくらでも聞きようはあったのに、変な質問をしてしまった。
しかし女の子はホッとしたような顔をして答えてくれる。
「夏子です。藤原、夏子」
「ふ、藤原さん。あ、よろしくね」
本当は夏子さん、と呼びたいけど、馴れ馴れしすぎるだろう。夏子、か。古風だが可愛い名前だ。
「あの、あなた様はなんていうお名前ですか……?」
あなた様、か。そんな丁寧に呼んでもらわなくてもいいのだが。
「下山湊って言います。女みたいな名前でしょ」
親が占い師に頼んでつけてもらったらしい。湊、まあ嫌いではない。
「下山君、ですか。よろしくお願いしますね」
「あ、はい、よろしく」
よろしくお願いしますね、といったときの藤原さんの笑顔は眩しすぎて、目をそらしてしまった。
その日は入学式とホームルームがあったが、藤原さんの事を考えていて何も頭に入ってこなかった。
死にたい、意外のことを考えられ続けたのは初めてかもしれない。
「それじゃあ任せたよ、下山君」
「……あ、はい」
僕は先生からプリントを渡され、それをクラスメイトの机の上に置いて行く。
入学してから一週間経った。
起こったことはいい事が一つとよくないことが一つ。いい事は藤原さんと毎日話せたこと、悪いことは今日のホームルームで学級委員長を押し付けられたこと。
割といろいろな人に愛想良くしていたので責任感がありそうだと勘違いされたらしい。
あー、面倒だ。死にたい。
それだけあったらまだいいのだが、女子の学級委員長がまた……。
「おい、学級代表君よー」
千野亜美。茶髪というよりは赤みがかった髪は胸元より少し長い。スカートは膝上二十センチぐらいあるだろうか。身長は僕と同じぐらいだ。
周りにはいつも取り巻きの女子生徒が数人。品のない笑い声を立てている。
藤原さんとは真逆のタイプ。つまり僕にとっては苦手なタイプ。
なんでこんな人を学級代表に推薦したんだろう。僕の仕事が増えるだけなのに……。
「……何ですか?」
仕事を終わらせてから、僕はつっけどんにこたえる。
今は放課後、教室の中にいるのは僕と千野さんだけだ。
一緒に帰ろう、と藤原さんが外で待ってくれているので、できれば早く行きたい。
「つれないなぁ。ところであんた、名前なんて言うの?」
「下山湊です」
出来るだけ感情をこめないようにしてそう言った。
「湊か。よろしくなっ! あたしのことは亜美でいいから」
そんな千野さんのテンションに押されそうになる。
「分かりました、千野さん」
「ったく、お前、何もわかってねーだろ」
僕は一度溜息をつく。
「分かりました、亜美さん」
「……まあ、そっちの方がお前らしいかもな」
じゃあな、と言って亜美さんはスカートを翻して帰って行った。
……思ったより、悪い人でもないかもしれない。
「ごめんね、待たせた?」
僕は藤原さんのもとに走った。
藤原さんは小さく首を横に振る。
僕から一緒に帰ろう、と誘うことはあったが、藤原さんから誘われたのは初めてだ。
「どうしても、藤原君に話しておきたいことがあって」
「……そ、そうなんだ」
僕はもう藤原さんのために生きてるといっても過言ではない。藤原さんのためならなんだってできる気がしてきた。
そう思って、藤原さんの言葉を受け止める覚悟をする。
「あのね、私、……消えたいんだ」
「……えっ?」
予想外の一言だった。
消えたい、ってことは、僕と一緒で……?
「藤原さんって、自殺志願者なの?」
僕がそう言うと、藤原さんは首を横に振る。
「死ぬなんて、嫌よ。痛いし、苦しいし。それに家族とかに迷惑かけるし。私は消えたい。私っていう存在を消して、誰にも思い出せないようにして、跡形もないように」
藤原さんは足を止めて、言葉を吐き出した。
……僕とは、少し考え方が違うみたいだ。
僕は死んで、それで僕と関わった人たちの記憶に僕を残したい。そんな迷惑な考えが僕だ。
「……なんで、藤原さんは消えたいの?」
僕はそう訊いた。
すると藤原さんは顔をゆがめる。
「だって、みんなが、私の事、どう思ってるかって、考えたらもう嫌になるの。みんな私のことを裏で悪く言ってるって、みんな私の事、馬鹿にしてるって、そんなことないのに、そう思えてきて……っ!」
……ああ、なんとなく言いたいことはわかる。僕がそう言う気持ちになったことはないが。
苦しそうな藤原さんの表情を見て、僕は衝動的に口を開いた。
「ねえ藤原さん、付き合おうか」
「……えっ?」
藤原さんはさっきの僕と同じことを言った。
そりゃあ、まあ、いきなりすぎるもんな。
「理由なんかないんだけどね、ただ僕は藤原さんと付き合いたい。っていうか一目惚れだった。ダメかな?」
無理やりすぎる。だけど藤原さんは頷いてくれた。
「……いいよ」
「本当!? じゃあ夏子って呼んでいい?」
嬉しくて、このときばかりは死にたい、という感情も吹き飛んで大きな声を出していた。
「うん。私も湊君って呼ぶね」
藤原さん…………夏子も、笑顔だ。
幸せだった。僕は、とても。
六か月後、不幸のどん底に落とされるなんて知らずに、僕と夏子は笑っていた。
なんだかんだしているうちに、夏休み前になっていた。
夏子とはうまくやっている、と思う。
死にたい、と独り言を零す回数も減っていた。
「なあ湊」
放課後の教室で、亜美さんと二人で学級委員長の仕事をしていると、急に話しかけられた。
「何ですか?」
亜美さんには最初ほどの苦手意識はない。むしろ仕事はちゃんとやってくれるし、クラスをまとめる能力もあるし、信頼している。
女子のどろどろとか、先生が介入できない部分も上手くやっているらしい。
「あのさ、言いにくいんだが……その……」
亜美さんにしては歯切れが悪い。どうしたんだろうか。
「あたしと、付き合ってくれないか!?」
「……え?」
付き合う。お付き合い、交際の事だろう。
……なんで、亜美さんが僕に?
……いや、それは今わりとどうでもよくて、僕には夏子がいるんだ。
でも、夏子は僕のことをどう思っているんだろうか? 好きとか、愛してるとか、そんな類の言葉を夏子から聞いたことはない。
そんなことを思いながら、僕は適当にあぁ、うん、と言った気がする。僕も正確には覚えていない。
すると亜美さんが僕の肩を大きく揺らした。
「本当か!? 付き合ってくれるんだな? それじゃあこれがあたしのメアド、電話番号。じゃあよろしくな、湊!」
「えっと、はい……」
ダメだ、違う、亜美さんとは付き合えない、そう言わないといけないのに、口が固まったように動かない。
なんでだろう。僕はもしかしたら、僕のことを好きと言ってくれない夏子に苛立っていたのかもしれない。
浮気、二股、と僕の頭の中でそんな声が囁かれる。
が、亜美さんは鞄を振りかざし、じゃあな、というと教室を出て行った。
「……あーあ」
僕はそうため息をついた。
さて、これからどうしようか。
夏休みに入った。
亜美さんにも夏子にも本当のことは言えていない。
どっちを選べ、なんて無理だ。どっちも大切。
……いや、それは綺麗ごとかな。僕にとっては、僕好みの夏子と僕のことを好いてくれる亜美さんが天秤でつりあう。
うん、我ながら最低だ。でも人間ってそんなものだろう?
僕はそう思いながら夏子に向かって笑いかける。
「おはよう、毎日君の事しか考えてなかったよ」
……うん、なんでこんなセリフが言えるんだろう。恥ずかしい。
「……ありがと」
夏子ははにかみながらそう言った。
嘘ついてごめんね。悪いとは思っているんだ。
「今日はどこに行こうか?」
「……動物園、行きたいな!」
僕はそんなふうに言う夏子の手を左手で握る。
そして右手でポケットからスマートフォンを取り出し、動物園を調べた。
「えっと、三駅先のところが近いかな。近くにカフェとか本屋さんもあるみたいだし、ゆっくり見て回ろうか」
「うん、連れてってっ」
夏子の手をもう一度ぎゅっとすると、僕は歩き出した。
すると夏子も強く握り返し、口を開いた。
「……あのね、私、湊君のこと……好きだよ」
僕の心臓あたりで何かがストン、と落ちた音がした。
そうだ、その言葉をずっと待っていたんだ。
「……夏、子」
「……え」
亜美さんと視線が合った。
僕たちから少し離れたところで、女子グループと一緒に歩いている。
少し沈んだような顔をしている気がした。が、夏子と手をつないでいる僕を見ると真っ青になった。
「湊……?」
「あ、千野さん」
状況を飲み込めていない夏子が軽く、挨拶をした。
僕は茫然としていた。
そしてただ、悪いことをしたら自分に戻って来るんだな、と思った。
「……今日は、帰ろうか」
「どうしたの?」
「……嘘つき」
僕たちは同時に口を開いた。
亜美さんの言葉がぐさりと刺さる。
新学期が始まり、時は流れ十月の末、三十一日になった。
僕はあの後夏子を置いたまま家に帰り、スマートフォンから亜美さんの連絡先を消した。
そして夏子に電話して事情を説明しようとしたが、亜美さんに全部聞いたらしい。
夏子はそれから目を合わせてくれなくなった。
「……はぁ」
ちょっと欲を出したなら、人生だいなしだよ。
いっそのことこのまま死んでやろうか。そう思って僕は屋上の扉を開けた。
「……あ」
すると見覚えのある後姿が。
前は茶色く染めていた髪も今は黒くなっている。憂鬱そうに柵にもたれている亜美さんの顔は不思議ととても魅力的に見えた。
「……久しぶり」
僕は恐る恐る声をかける。
亜美さんは軽く手をあげた。
「何してるの?」
「……決まってんじゃん」
僕がそう聞くと、亜美さんはにやっと口角を釣り上げた。
「こんなとこ、告白と自殺以外に来る物好きはいないよ」
「……そっか」
僕はため息をついた。
なんていえばいいんだろう、自分が死ぬところははっきり想像できるのに、他人が死ぬところなんて想像できない。
でも、止めなきゃ、それだけはわかった。
「亜美さんっ!」
「……あんたのせいじゃ、ないから」
僕が亜美さんの腕をつかむのと、亜美さんが口を開くのが同時だった。
亜美さんは視線を下に落とす。
「あんたのせいじゃないから。あんたのことでショックは確かに受けたよ。でも、それ以外、友達に裏切られたこととか家のことで色々あって、あたし、いない方がいいから……」
僕は少し前、亜美さんが言っていたことを思いだした。
死にたくない、と。亜美さんはそう言っていた。
自殺するやつなんて人間のクズだ、せめてもらった命ぐらい生きぬけ、と。
「じゃあな」
亜美さんは僕の手を振り払い、柵の向こうへ降り立った。
もう少しで落ちてしまいそうな、そんなぎりぎりの場所に亜美さんは立っている。
「あっ……」
「そうだ知ってるか、今日はハロウィンなんだぞ、湊」
いきなり亜美さんはそんな話を始めた。
「トリックオアトリート、ってな。何かくれよ、くれたら自殺は止めるから」
どうしてそんなことを急に言い始めたんだろう。
……亜美さんが望んでいる物。思い浮かばない。
でも僕は、一歩、亜美さんに向けて足を踏み出していた。
「亜美さん、本当にごめん」
亜美さんの肩をつかみ、僕はそっと亜美さんの唇に口づけた。
「あっ……」
それが最後の言葉だった。
僕のキスの勢いで、亜美さんは宙を舞った。
僕は屋上で、一人、久しぶりに泣いた。
我に返ったとき、そっと僕の肩を抱いていたのは夏子だった。
僕が亜美さんを殺した、ということは誰も知らない。
みんな、亜美さんが自殺しようとしたのを僕は止めたが、結局死んだと、そう思っている。
葬式には出た。夏子がずっと手を握ってくれていた。
葬式の終わった後、亜美さんと仲の良かった女子数人の会話が耳に入った。
「アイツマジでウザかったよねー」
「彼氏に振られたんだって」
「うわ、ださっ。死んで良かったよねー」
僕はそっとその場を離れた。
あとで聞いた話だが、亜美さんは家でも両親の離婚で苦しんでいたらしい。
人が死んだ。それも自分と親しい人が。しかも自分が殺したようなもので。
それなのに、ニュースで毎日伝えられている死亡事故と同じぐらいにしか感じない。
僕が死んでも、きっとみんなこんな感じだろうな、とそう思った。
……とりあえず、生きてみよう。
なぜか、そう思えた。
「湊君」
夏子が声を僕に声をかけた。
「……何?」
「私、消えたくない。生きたい。ずっと湊君の隣にいたい。ねえ、私、湊君のこと好き!」
僕は黙っていた。
何も言えなかった。
ただ、小さく頷くことしかできなかった。
―――――――――――――――
「……何?」
一年前のことを思いだしてくらくらした。
本当に、何をしていたんだろう、あの時の僕は……。
すると夏子は、悪戯を思いついた子供の顔で僕にこう言った。
「トリック、オア、トリート!」
……はぁ。
ということは、そういうことだろう?
「目を閉じて」
僕がそう言うと、夏子は素直に目を閉じる。
亜美さんの事を思い出すと、少し怖い。
僕は一つ深呼吸をする。
そしてそっと、夏子の唇に口づけた。
大好き、夏子。
消えないで、死なないで、ずっと一緒にいて。




