誕生日@新谷 鈴
作者:新谷 鈴
ジャンル:日常
朝、学校に来るといつもより教室が騒がしかった。
「来たか、栗原」
「うっす、瀧川」
声を掛けてきた親友に片手を挙げて返事をする。
「今日がなんの日か分かってるな?」
「おう、ハロウィンだろ? 今朝妹に『私に寄越すお菓子を買ってこい!』って言われたからな」
家の妹は中学二年生の生意気な口の悪い奴で、いつも命令口調だ。
どこで育て方を間違ったのか……。
「いや、妹さんの話はいいから。もう一つ、重要な事があっただろ?」
「大丈夫、覚えてるって」
そう、十月三十一日はハロウィンの日でもあるが、もう一つ――
「うちの担任の誕生日、だろ?」
うちのクラス担任である、郷間七海先生は、普段は面倒臭がりだが、授業の時はちゃんとするし、分からない所があれば丁寧に教えてくれる。
進路指導も親身になって考えてくれる、かなりいい先生だ。
本人は否定しているが、教えるのが上手くて優しい先生なのでかなり人気だ。
そんな先生に何か恩返しが出来ないか、という話になったのが今から一ヶ月前のこと。先生が学校に居ない日、HRの時間にクラスで話し合って『誕生日にプレゼントを渡そう』ということになったが、問題は渡し方だ。
「普通に渡すだけじゃ面白くないよな」
「そうだなぁ」
瀧川の意見に頷くが、これといって案は浮かんでこない。
「何か良い方法ねぇかな〜」
俺は一応学級委員長になっているので、司会をしている。
『そういえばさ、先生の誕生日っていつなん?』
クラスの奴が唐突に言う。どうやら知らなかったらしい。
言われてみれば確認してない。
「誰かわかる奴居るか?」
『え、六月三日やろ?』
『いや、それもう過ぎとるがな』
「先生はまだ誕生日来てないって言ってたぞ?」
そもそも誕生日過ぎてたら計画一から練り直しだろ。
『十月の三十一日だった気がする』
「それ本当かよ」
『確か去年先生が言ってた』
『あ、アタシもそれ聞いたー』
どうやら今度は合っているらしい。
「ったく、こういうのは事前に確認しとけよな〜」
瀧川が机に足を組んで、ちょっと偉そうに言った。
「お前が言うなよ」
「え? いや、俺知ってたし」
『『『『じゃあ先に言えよ!!』』』』
クラスの全員が瀧川に突っ込む。皆の心が、今一つになった。
「良いじゃねぇか、最終的に分かったんだから」
『どうせ知らなかったんだろ?』
『知ったかか』
「知ったかぶりじゃねぇよ!?」
と、皆が瀧川を問い詰めてる時、ふと思い出した。
「あれ? そういえば十月三十一日って、ハロウィンじゃないか?」
その一言にクラスがシーンとなる。
「あ、あれ? 俺何か変なこと言ったか?」
『『『『……そ、それだー!!』』』』
「うぉ! びっくりしたー」
皆がいきなり大声を出す。そして、司会である俺を置いて話が進んでいく。
『ハロウィンか。そうだ、ハロウィンだよ!』
「これに便乗してプレゼントを渡せれば……」
瀧川や、他の皆もテンションが、上がっているのか声が大きくなってきた。
(あ、これはヤバイな)
そして、案の定そこに隣のクラスの担任が入ってきた。
「貴様らはもう少し静かに出来んのか!!」
『『『『す、すみません』』』』
このあとは、静かに話し合いを続け、計画を練った。
「んで、今日が実行日な訳だが、プレゼントの確認は?」
「大丈夫、全員持ってきてるよ」
もしも忘れた奴が居た時の場合に備えて予備のプレゼントとか持ってきたんだが、必要無かったな。
「そうか、じゃあ後は昼休みに段取りを確認して放課後を待つだけか……」
そして昼休みの打ち合わせも終わり、ついに放課後がやって来た。
「よーし、お前ら席につけー」
先生が面倒臭そうな声で言う。
(手筈通りな)
(おう、任せとけ。そっちもしくるなよ)
そう言って先生の方に行く瀧川。
「先生ー」
「ん? 瀧川か、どうした?」
「いえ、大した事じゃ無いんですけど、実は――」
「大した事じゃ無いなら席につけ」
「――って酷くないですかね!?」
と、瀧川が先生と話している間に俺は先生の隣に置いてある大きめのバッグを、先生に気付かれないように取って、クラスの奴に回す。
(大丈夫、バレてない)
不安になりながら先生のバッグに皆のプレゼントを詰め込んでいく。
瀧川は先生の気を逸らす囮。
俺は先生のバッグに《イタズラ》をする実働班。
そして、皆のプレゼントを詰め終わったので、瀧川に合図をだす。
「おーい瀧川、席に着いてないのお前だけだぞー」
「お、悪い悪い」
「瀧川、また何かあったら言うんだぞ」
「ありがとうございます、先生」
瀧川は、何か相談にのってもらったらしい。
あんなのの心配もしてくれるとは、やはり良い先生だ。
「おい、お前今失礼な事考えただろ」
「いや、全く」
「おいそこ、終礼始めるから静かにしろ」
「「はい」」
「よし、じゃあ始めるぞ。明日の連絡事項は特に無い、配るようなプリントも無い、以上だ」
『『『早っ!!』』』
終礼のあまりの早さにクラス全員でツッコミを入れるが、先生はそれを無視して続ける。
「栗原、号令」
「は、はい。起立!」
さて、ここからがサプライズだ。
「せーの!」
『『『『トリックウィズトリート!!』』』』
「……そういえば今日はハロウィンか、だが私はお菓子なんて持ってないぞ?」
先生のその言葉を聞き、皆が一斉にニヤニヤしだす。
皆を代表して瀧川が言う。
「先生、甘いですね。俺達はトリック『ウィズ』トリートって言ったんですよ?」
「トリックウィズトリート?」
「はい。つまり、イタズラ『で』おもてなしって意味です」
瀧川が言い終わった瞬間、皆の視線が俺に集まる。
俺はその視線に一つ頷いて、皆のプレゼントが詰まったバッグを持って先生の所に進む。
「おい、それ私のバッグ――」
戸惑ってる先生を無視してバッグを教卓に置く。
「先生、クラス全員からの誕生日プレゼントです」
『『『先生、誕生日おめでとうございます!』』』
その時の先生の表情はまさに『開いた口が塞がらない』という言葉のそれだった。
「イタズラ、大成功みたいですね?」
『俺達から日頃の感謝の気持ちです!』
『いつもお世話になってます!』
『先生の授業楽しいですよー!』
『担任が七海先生で良かったです!』
俺が言ったのを皮切りに、他の奴等も次々と言い始める。
「お前等静まれ!」
先生の一言で教室がシーンとなる。
「一つだけ言っておく、もうこんな事をするな」
その言葉に皆不安になる。しかし、次の
「卒業式の前に泣くとこだっただろ」
という一言でまた皆騒ぎだした。
結局、この騒ぎは後から教頭先生が教室に来るまで続いたのだった。
ちなみに、家に帰った後妹に「兄、お菓子は?」と聞かれて忘れていた俺が平謝りするのだが、それはまた別の話。