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君の瞳に恋してる  作者: 優流
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ある出勤日の出来事

「それじゃあ、行ってきます」


樹が「行ってきます」という言葉を発したのはいつ以来だろうか。単純に大学生になって一人暮らしを始めてから言う相手がいなかったのだが、どこか新鮮な気持ちがした。

樹は今日もアルバイト。樹がアルバイトに出掛けている間にメデューサがいなくなる可能性は否めない。だから、あえて鍵を掛けてメデューサを部屋に閉じ込めることはしない。いつでもメデューサが出ていけるようにドアは開いている。今後の予定が決まるまでというのは建前であって、樹がメデューサと別れたくないというエゴでしかない。たぶんメデューサ自身現状に居心地の悪さを感じているだろうし、何事も無いように振る舞う樹でさえ居心地の悪さを否めない。


「出ていくときは一言ほしいな……」


樹はメデューサに聞こえないように呟いた。










「いってらっしゃい」


樹が出掛ける時にメデューサが言った。この言葉がこういう場面で使われるということは樹の記憶から知っている。初めて口にする言葉に口がムズムズした。

昨夜、樹から告白され、それを断った。それでも尚、樹は今後の予定が決まるまでの間の居住を許可してくれた。本人はおそらくエゴだと思っているだろうが、その根幹には彼の優しさがある。メデューサにはわかっている。それに鍵を閉めずに出掛けるところも、いつでも出ていけるようにするためなのだろう。


「早く決めないと……」


メデューサは樹に聞こえないように呟いた。
















今日も美術館は大盛況だ。特に『メデューサの石像』は不動の人気を保持している。樹の出勤前から石像を観賞する人もいれば、何度も美術館に来ている人もいる。

日中の警備員は館内の見回りはもちろん、館内の案内をすることもある。

樹が館内の見回りをしていると、一際目を惹く男がいた。長身で黒のスーツを着て、サングラスをかけている。自然な金髪。高い鼻。()けた頬。スーツの上からでもわかるくらい日本人離れした筋肉質な肉体。外国人だ。

外国人がサングラス越しに樹に視線を向けた。樹はサングラス越しに視線が合ってしまったのに気がついた。しかも、樹に用があるらしく、視線を反らさない。立場上、樹には対応しなくてはいけないのだが。


「英語、喋れない……どうしよう……」


樹は聞こえないように呟いて、外国人に歩み寄った。


「は、ハロー。え、えくすきゅーず、みー?」


英会話のレベルは中学生レベル。発音なんて知らない。当然、外国人も眉間にシワを寄せて、睨み付けている。


「ああ、こっちか?め、メイアイヘルプユー?」


こういう場面で使える台詞は樹が知っている限り、この2つしかない。この2つが通じないとなると、いよいよ万事休すだ。そして、精一杯の英語は通じなかったようで、外国人はサングラスの下の怒りを露にして睨み付けている。

外国人はサングラスを外し、青い瞳で睨み付けてきた。樹が万事休すと思った瞬間、外国人の彼は優しく微笑んだ。


「申し訳ない。私は日本語を話せる」


拍子抜けする程、流暢な日本語に樹は全身の筋肉が緩むのを感じた。


「アハハハ……そ、そうでしたか……こちらこそ下手な英語で使ってしまい申し訳ありません」


「日本人は腰が低いのだな」


間違いを素直に謝るのは日本人の特徴のようだ。


「えっと……ご用件は?」


「ああ、そうだ。この石像は作者不明なのか?他の作品のように説明もされていないが……」


「詳しいことは警備員はもちろん、学芸員の方も知らないと聞いております。いつ誰がどうやって作ったか、作品に関する一切が不明です」


「そんなミステリアスな作品だとはね。まるで"本物"をそのまま石化させたみたいだな」


彼の台詞に驚かざるをえなかった。樹だけが、その事実を知っているからだ。


「さ、作者が天才だったのでしょう」


樹は苦笑いして誤魔化した。


「ああ、きっとそうだろうが……そうなんだろうが…………本当に不気味だ」


彼はサングラスを掛けて表情を隠していたが、サングラス越しに瞳に嫌悪感を燃やしていた。

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