告白と異変
メデューサ曰く「記憶と心は密接に繋がっている」ということで、厳密には樹の心というよりも、記憶を読み取ったと言うのが正確だ。樹が持つ記憶や知識を読み取ったためにメデューサはエアコンの使い方や樹の状態が熱中症だということがわかったのだと彼女は樹に説明した。
「そんな便利な方法があるなら、わざわざ展望台に行かないで、その記憶を読み取る方法を使って現代のことを知れば良かったんじゃないですか?」
「も、問題はその"方法"です!!」
メデューサ本人は樹から顔を背け、頭の蛇達が威嚇するように唸った。その様子を見て、樹には一つ心当たりがあった。
口移しだ。
樹の眠っている間にメデューサがあれこれ弄ぶような真似をするとは考えにくかった。だとすれば、既に樹とメデューサの間で取り交わされた接点に"方法"が隠されているだろう。しかも、それは樹が熱中症で倒れた後になる。
内心、期待とそんな訳が無いという否定的な感情が半分ずつ渦巻いていた。
「ま、まあ、その方法は何であれ、それで僕は助かったんです。ありがとうございました。それに読み取ったのは記憶なんですよね?見られたって僕はなんとも無いですよ」
樹にはメデューサに見られて恥ずかしい記憶は無い。いや、無い訳では無いのだが、メデューサは顔を背けたままな理由にはならない。
「貴方がなぜ私のことを気に掛けてくれるのか"今"ならわかります。確かに私がいた時代と現代は違いすぎます。貴方がいなければ、今頃どうなっていたかわかりません。だから、助けていただいた貴方には本当に感謝しています。ただ…………」
メデューサはそこで沈黙した。その様子を見た樹はメデューサが樹から顔を反らす理由をなんとなく理解した。メデューサが本当に問題としているのは、記憶を読み取った方法ではなく、読み取った記憶、樹の心にこそ問題があるのだ。
「メデューサさん…………もう"知っている"ようですけど、改めて言わせてください」
樹はメデューサに歩みより、彼女の閉じた目を真っ直ぐ見つめた。メデューサは少し悲しそうな表情で目を閉じたまま、樹と向き合った。
「メデューサさんと出会ったのは昨日の夜で、出会ってからまだ一日も経っていなくて、僕はまだメデューサさんのことを何も知りません。
でも、僕は……………
メデューサさんのことが好きです」
一目惚れというものだ。樹は既に石像だったメデューサに心を奪われていた。石像であるなら、おそらく冷静でいられていただろう。しかし、今、目の前に触れる程近くにメデューサがいる。走ってきたように胸が高鳴り、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「貴方の気持ちは嬉しい。本当に嬉しいです。でも……」
メデューサは口ごもった。当然の反応である。いくら樹の口から出た言葉が真実だとしても、両者にはあまりにも"違い"がありすぎる。
「貴方の気持ちに今は応えられません」
メデューサは悲しそうな口調で言った。込み上げる悲しみを堪えるような口調だ。当然の返答に樹は思った程傷付かなかった。
「そう……ですよね。すみません、困らせて…………あ、でも、もし良ければ、今後どうするか決まるまで、ここに住みませんか?」
苦し紛れの提案だった。このままメデューサとサヨウナラするには不安が多すぎるということもあるが、せめて、こんな運命的な出会いの別れをする心の準備が必要だった。行く場所の無いメデューサにとっても悪い話ではないはずだ。
「…………よろしいんですか?」
メデューサの口調は躊躇いがちだった。だが、それに対する樹の返答に躊躇いは無い。
「もちろん!!」
そこは光さえ飲み込む程暗い海の底。まだ人間が見たことが無い奇妙な生き物が闊歩する領域で、世界中に等しく広がる巨大な闇の塊だ。
その闇の中で異変が起きた。硬い岩盤に突如亀裂が走り、異変に気付いた生き物は一斉にその場から離れた。亀裂は急速に広範囲に広がった。そして、亀裂の拡大が止まった瞬間、海底の土を巻き上げて、巨大な爆発が起きた。