助け合い
「………樹?どうしたのですか?」
呼んでも返事は無い。
メデューサは樹の側に近付いて肩を揺らした。しかし、反応が無い。その代わり、体が燃えるように暑いにもかかわらず、汗を一切かいていない。
何が起きているのかわからないが、メデューサは本能的に異常事態だと理解した。
「い、樹!?しっかりしてください!!樹!!」
メデューサは樹を軽々と抱き抱え、部屋の隅のベッドに寝かせた。樹は息苦しそうに呼吸しながら、薄く目を開いた。
「樹!!」
「み………みず………し、しろい……はこ………なか………」
「水ですね!!白い箱の中にあるんですね!?待っていてください。今持ってきます!!」
メデューサは樹が口にした単語を頼りに部屋を探した。しかし、部屋にはそれらしい箱がいくつかあった。白い本棚と服の収納ケースだ。メデューサはその中身を片っ端から床にぶちまけて水を探した。しかし、本棚と収納ケースには水があるわけがない。
メデューサは探す場所を部屋からドアに向かう通路に変更した。通路に一つ白い箱があった。冷蔵庫だ。メデューサは取っ手らしき部分を引いて、冷蔵庫を開けた。
「ヒャッ!?」
冷蔵庫からの冷気が通路に流れた。得体の知れない事態に驚くメデューサだが、透明な容器、ペットボトルに入った水を見つけた。メデューサはペットボトルを持って、樹の元に戻った。
「樹!!水ですよ!!」
樹はメデューサが持ってきたペットボトルを掴もうとするが、手が震えて思うようにペットボトルを掴めない。
メデューサは早く樹に水を飲んでほしいのだが、樹の状態が自力で飲める状態ではないことは理解していた。しかし、だからといってメデューサにはペットボトルの水を飲ませる方法がわからない。
自分の無知に苛立つメデューサはペットボトルの先端を噛み千切った。
「樹、水です!!」
メデューサは樹の頭を持ち上げて樹の口に水を流し込んだ。しかし、口に水を含むだけで思うように飲めない。口の端から漏れてしまうのだ。噛み千切ったペットボトルの口も水を飲みにくくしている。
メデューサは石化から目覚めてからの樹の行動に感謝していた。不器用で合理的ではない所もあったかも知れない。だが、メデューサには樹の必死さが伝わっていた。
メデューサは意を決して、ペットボトルの水を自分の口に含んだ。そして、そのまま樹の唇に自分の唇を押し付け、水を口移しした。口の端から少し水が漏れたが、噛み千切ったペットボトルの口から飲ませるより、しっかり飲ませることができた。
しかし、メデューサは樹に次の一口を飲ませるのを躊躇った。樹の意識はまだ戻らない。加えて樹はまだ苦しそうにしている。メデューサは躊躇いつつも再び口移しで樹に水を飲ませた。
樹が目を覚ました頃には、既に外が暗くなっていた。頭が重くて、まだめまいがする。周囲を見渡すと散乱した本と服に囲まれてメデューサが座っていた。樹は脈打つ度に締め付けるような頭痛を感じながら、メデューサに助けられたことを思い出す。その方法も、朦朧とした意識ではあったが、覚えている。
「き、気がついたんですね」
「え、ええ……おかげで助かりました。ありがとうございます」
樹は顔が暑くなるのを感じた。しかし、それとは裏腹に部屋が心地よい涼しさに包まれ、部屋の隅に設置されたエアコンが動いていたことに気がついた。
「メデューサさんが付けてくれたんですか?」
「え、ええ……そうです」
樹はメデューサの声が震えていることに気がついた。部屋に差し込む光は街灯のわずかな灯りのみ。樹はその灯りを頼りに部屋の灯りを点けて、メデューサの様子を確かめた。彼女は寒そうに体を小刻みに震わせ、下半身を上半身に巻き付けてエアコンの冷房から自分を守っていた。
「メ、メデューサさん!?」
樹は慌ててエアコンの電源を切った。
「ダ、ダメです!!貴方は熱中症なんですから、へ、部屋は涼しく……!!」
しかし、樹はメデューサの言葉を無視してタオルケットをメデューサに被せた。
「今、温かい飲み物を用意します。少し待っていてください」
樹は微笑み、台所に立った。
「洒落た紅茶でもあればいいんでしょうけど、僕、紅茶とか好きじゃないんですよね」
樹は冷蔵庫から牛乳を取りだし、マグカップに注ぐと電子レンジで温め始めた。
「それにあまり料理も得意じゃないんです」
そう言いながら樹は苦笑いした。メデューサはそんな樹をタオルケットを被りながら心配そうに見つめた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「少しめまいがしますけど、大丈夫です」
電子レンジから温め終了のアラームが鳴り、季節外れのホットミルクをメデューサに差し出した。
「熱いので気をつけてください」
「は、はい」
メデューサは樹から温まったマグカップを受け取り、その温もりを手で感じていた。しかし、手から伝わる温もりでは体の奥までは届かない。メデューサはホットミルクを一口飲んだ。程よい甘さと火傷しない程度の温かさがメデューサを体の奥から温めた。
樹は散らかった本の山を退かして、床に座った。メデューサと出会ってから樹は張り積めた糸のように緊張していた。しかし、アパートに到着したことで、その糸が切れてしまい熱中症で倒れてしまったのだ。彼は移動の最中に一度も冷房と水分補給をしていなかった。おそらく原因はそれだろう。
メデューサはホットミルクを気に入ったようで蕩けるような表情をしていた。
「それにしても、どうしてエアコンの使い方を知ってたんですか?それに僕が熱中症ということも……」
メデューサが樹の問いかけに我に帰ったように表情を引き締めた。頭の蛇達は様々な動きをしている。じっと樹を見つめる蛇もいれば、主人であるメデューサと樹の両方に忙しなく視線を向けている蛇もいる。
「その…………不可抗力だったんです」
「不可抗力?」
「私……その…………貴方の心を見てしまいました」