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君の瞳に恋してる  作者: 優流
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出会いは突然に

彼、夏川樹(なつかわいつき)は平凡な大学生だ。両親が共働きで幼少期は祖父母と暮らしていた。両親と過ごす時間の少なさに、特に寂しさを感じることはなく、健やかに育った方だと自分では思っている。そんな樹は幼い頃からアニメや漫画が好きで、よく一人で空想にふけることが多い。それは大学生になった今でも変わらない。変わったとすれば、空想する内容や、子供の頃信じきっていたサンタクロースの現実を知ったことだ。それが現実だと受け入れるようになったのはいつ頃だったか、それともまだ受け入れられないのか、本人にもそれはわからない。

樹は大学の無駄に長い夏休みの利用して美術館の警備の短期アルバイトをしていた。大学の夏休みは長い。時間の有効活用がてら、ちょっとした小遣い稼ぎに働くことにしたのだ。しかし、彼自身芸術には疎く、万が一に必要になるかも知れない格闘技もからっきしだ。本当にただの気紛れ。求人を見たら、ちょうど良く、夏休みの期間中で警備の短期間アルバイトがあったため応募したのだ。人手不足だったのだろうか。いくつか質問を受けて即日採用だった。

現在、樹が勤める美術館ではギリシャ神話展が開催されていた。展示内容はギリシャ神話を題材にした絵画や彫刻など数々の芸術品が展示されていた。

中でも目玉は『メデューサの石像』。作者不明のこの作品は目を見た者を石化させる能力を持つ怪物メデューサの全身の石像だ。作者だけでなく、一体いつ創作された作品なのかも詳細の一切が不明だ。その精巧な造形は頭の蛇の鱗一枚に至るまで神ががり出来映えで、石化の眼を持つ怪物だけあって、見る者を石化させたように虜にした。


「それにしても、見れば見るほど不気味だな」


元々美術館に勤務していた警備員の先輩が閉館後の見回りの最中、メデューサの石像を見て呟いた。


「不気味……ですか?」


「ああ……こんな精巧な石像見たこと無い。リアル過ぎる。それにやっぱり頭の蛇がな~」


懐中電灯の明かりで照らされる石像の表情も、今にも襲い掛かって来そうな鬼気迫るものだ。

先輩の言う通り、確かに不気味にも見えるが、樹には違って見えた。


「僕は可愛いと思います」


「ハァ!?」


先輩の声が美術館に響き渡った。


「可愛い!?これが!?」


「いや、だって、メデューサって元々女神らしいですよ?」


「いや、そうらしいけど……」


先輩は手を伸ばして、指で視界から蛇の髪を隠して見てみた。


「う~ん……百歩譲って確かに美人だけど、やっぱり恐いぜ、この顔にあの髪は……」


先輩は懐中電灯を持って守衛室に向かった。見回りの後は交代で仮眠時間になっている。


「僕、もう少しここで見ていていいですか?」


樹の言葉に驚いて、一瞬歩みが止まる先輩だったが、振り向くことなく歩き始めた。


「交代時間になったら起こしてくれよ」


樹は一人薄暗い常夜灯を頼りに、メデューサの石像を見ていた。通常なら観覧料2000円を支払わなければ見ることが出来ないが、樹はアルバイトの警備員。入館は無料だし、観覧も独り占め出来る。役得である。

あまりの人気に石像を観賞するための椅子もちょうど良く用意されている。樹は椅子に腰掛け、ゆっくりと石像を観賞した。

樹は芸術には疎い。中学の時の美術の授業中はずっとぼんやりして 、内容なんて頭に入ってない。絵画や彫刻を見た所で、その価値がどれくらいのものか全く興味ない。


『こんなのに、何百万何千万って金を出す人の気持ちが理解出来ない』


樹はそう思っていた。いや、今も思っている。気紛れでインターネットで絵画や彫刻のオークションの落札価格を調べたらとんでもない金額に言葉を失った。もちろん、そんな金額だろうと、盗んで売り飛ばそうなんて考えは起きない。樹にとって、絵画は紙切れ。彫刻は形が整ったの石でしかない。

しかし、メデューサの石像は違った。アルバイト初日に館内を案内された時、樹は石化させたようにメデューサの石像に釘付けになった。他のどの美術品にも無反応だったが、メデューサの石像だけは反応せずにはいられなかった。

光沢があり、滑らかな表面をした黒い石で作られた石像。身長は2メートルほどあるが、下半身がとぐろを巻いた大蛇になっているため、伸ばしたらもっと長いだろう。人の姿をしている部分も胸はたわわに実り、引き締まった胴体には綺麗なくびれがある。鬼気迫る表情も怒っている顔が恐いのは当然のことで、笑顔はきっと可愛いという確信がある。


「残念だな……笑顔は絶対可愛いのに……」


懐中電灯の明かりメデューサの顔に向けた。

その時、何かにヒビが入るような音がした。耳が痛くなる程静かな館内に響き渡る嫌な音に身震いした。しかも、音は樹の近くから聞こえた。樹は懐中電灯の明かりを頼りに、周囲を見渡した。しかし、音源は見付からない。

再び音がした。音は館内に広がり、何度も反響して消えていくが、消えると同時に再び音が鳴る。音の感覚が短くなり、音の出所がはっきりした。すぐ近くのメドゥーサの石像からだ。

懐中電灯で石像を照らすと、ついさっきまで滑らかだった表面が亀裂ばかりになっていた。突然の出来事に何が起きているのか、どう対応すればいいのかわからないまま、亀裂だけが広がっていく。

そして、遂に石像が砕け散った。激しい轟音と共に石像の石が四散した。それだけでも緊急事態なのに、石像が四散する以上の出来事が樹に文字通り"襲い掛かった"。


「ペルセウスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


四散した石像の中から本物のメデューサが現れたのだ。

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