冬のある日
「寒い……」
寒さが厳しくなるこの時期。彼女はそれしか話さない。十二単のように重ね着をした防寒着。大蛇が巻き付いたように首に巻き付けたマフラー。頭にはニット帽を深々と被って目を隠している。お腹には湯タンポを抱え、下半身を炬燵になんとか収納し、灯油ストーブの温風をダイレクトに浴びて、ようやく体温を保っている。
「あの……なんかごめんね」
あまりの暑さに同室している彼は半袖短パンの夏仕様の部屋着を着ている。
「惚れた弱みです。貴方が気にすることはありません」
彼女は夏仕様の彼に"ぞっこん"なのだ。だから、現状に不満を抱こうと彼から離れるという選択肢は無い。
「惚れた弱みって……僕も君が好きなんだから、遠慮はいらないよ?」
彼女はニット帽で隠した目を彼に向けた。彼からは彼女の目は見えないが、彼女からはニット帽の縫い目から彼の姿が見えた。
「本当に……いいんですか?」
「もちろん」
「本当に?」
「本当に本当。大丈夫だよ」
彼女は嬉しそうに口角を吊り上げた。彼は彼女が何を求めているか熟知していて、何も言わず彼女の傍に歩み寄った。彼女は彼女で抱えていた湯タンポを退かして、彼のためのスペースを作った。
彼はそのスペースに入り、ちょうど人間の両腿に跨がるような体制を取った。彼女は十二単の防寒着の袖から腕を抜き、自分の腕で直接彼を抱き締め、彼も彼女を抱き締めた。
「人間は暖かいな……」
「君はひんやりして気持ちいいね」
ニット帽越しに二人は見つめ合い、燃えるようなキスをした。互いに身を捩り、腕を絡みつけ、舌を巻き付けた。互いに互いを求め、それに応え、互いに体温が上がった。
しかし、あまりに激しいキスをしていたせいで彼女が被っていたニット帽が脱げてしまった。その瞬間、彼女は彼の目を手で覆い、片手でニット帽を直した。
「こんなことしなくても大丈夫だよ……」
「で、でも……」
「大丈夫」
彼はそっと彼女の手を退かして、ニット帽を脱がした。
「ほら、ちゃんと目を開けて……」
彼女は恐る恐る目を開けた。真っ昼間にも関わらず窓は遮光性の強いカーテンで閉ざされ、部屋は暗い。その暗い部屋の中でも彼の顔をしっかり視認出来る。
「ほら、なんともないでしょ?」
彼は微笑む。そして、ニット帽をすっかり脱がして彼女の頭を撫でた。だが、その感触は艶のある無数の糸を撫でる感触とは違い、一本一本が少しざらつき、汗とは違う湿り気を帯びている。
「恐くないの?」
怯える子猫のような声で彼女が問い掛ける。
「全然♪大好きだよ、メデューサ」
彼女の髪は無数の蛇。
彼の恋人は神話に登場する目を見た者を石化させる元女神、メドゥーサでした。