02-A
瓦礫まみれの道を走る。周囲から迫る音を聞きながら。
人の姿は無い。だからこそ、安心して戦える。
「!」
前方の十字路、その左右の曲がり角から、大きな身体の猪型ファミリア、ビッグボアの群れが飛び出してきた。後ろからも、複数の足音が重なって届く。
「……」
敵の配置、動きを一瞥で把握し、左手で腰のナイフを抜く。その動きに反応し、襲いくる猪たち。
一番最初に正面に来た奴めがけ、ナイフを投擲。ナイフは真っ直ぐに、そいつの眉間を貫き、脳を破壊した。
グラつくそいつの身体に衝突し、動揺する猪たち。それが後方にまで伝わっていく隙に、私は飛び出す。
右手に持った剣を構えつつ。
私の接近にいち早く気付いた奴へ、下方から一閃。頭部を破壊する。
それを見て、怒りだかなんだかわからない大声を奴らが張り上げるまでに、さらに4体のビッグボアが刀身に撫でられて崩れ落ちた。
耳障りな声が、私の全身をびりびりと震わせる。
その内の一つを頭部への刺突で黙らせつつ、足元に転がる大きめの石を蹴り飛ばす。それは正面の猪に激突し、周囲の奴らも悲鳴のような声を上げて動揺。
……こいつら、動揺してばっかりだな。
次から次へと集まってくるビッグボアたちは、そのせいでうまく身動きできなくなっていた。
そして、その群れの先頭、私と対峙する20体近くのビッグボアたちは、退くこともできず、というか逃げることは頭に無いようで、私に突進しては斬られて死んでいく。
積み上がっていく死体。それらから流れ出る血で、私の足元には赤黒い水溜りが広がっている。
……このままだと、こっちも身動きが取れなくなるな。
そう判断した私は、周囲を確認。一番ビッグボアが少ない箇所を見つけ、そちらへ駆ける。
当然、私を殺すために、向かう先に集まっていた猪たちも動き出す。
私は体勢低く剣を構えつつ、走る速度を上げる。
立ち止まることなく、速度を落とすことなく、剣を振っていく。
一振りするたびに上がる、潰れたような声。猪たちの断末魔だ。
奴らは真っ直ぐに突っ込んでくるから、非常に斬りやすい。動きに小細工を加える必要もなく、直進するだけでスパスパと斬れる。
そうして、容易く包囲網から抜け出た私は、すぐそばの路地へ。
……よし。ついてきてるな。
ちらっと振り返れば、私の後ろに土煙の帯ができていた。
本当に、馬鹿な奴らだ。
……えっと、こっちか。
右へ左へ曲がり、路地を駆ける私。もちろん、明確な理由があってここを走っている。
「おっ、来た来た!」
「マリサー!」
その理由が、あれだ。路地に並ぶ、背の低い廃墟。向かう先の左右の廃墟の上に1人ずつ、2人の女傭兵が立っている。
「全部誘導してきたのかー?」
「こりゃまたすごい数だねぇ」
胡桃色の短い髪を揺らす、双子の女傭兵、リュシーとテッサ。彼女らは、私のすぐ後ろを走るビッグボアの列を楽しげに眺めながら、それぞれ武器を握る。
リュシーは伸縮自在の槍、テッサは弓だ。同時に構え、攻撃開始。
「おぉらぁっ!」
リュシーが投擲した槍は、回転しつつかなりのスピードで飛んでいき、列の後ろの方へ落下。直後、ビッグボアたちの悲鳴と廃墟の破砕音が轟いた。
その音の中、テッサは慣れた手つきで次々に矢を射ち出し、ほぼ全てをビッグボアの身体に命中させていた。
そうして、ビッグボアたちの足は完全に止まる。
「よぉ~し、あたしは一番ケツからぶっ殺してくるから、あんたは前からよろしくな」
そう言い残し、ひょいひょいと廃墟の屋上から屋上へと跳び移って駆けていくリュシー。
「マリサ。援護は任せて」
同じく別の廃墟へ移動したテッサの言葉に、私は頷いて地を蹴った。
……私に、当てないでよね。
切っ先を埋め込めば、足元で生にしがみついていた猪は痙攣し、絶命する。
辺りを見渡し、息をしている敵がいないことを確認した私は、濃い血臭漂う真っ赤な路地を歩いていく。
「おう、マリサ。こっちもOKだ。1匹たりとも生きちゃいねぇ」
血と脂でギトギトになった槍が、てらてらと輝いている。それを血溜まりから拾い上げたリュシーは、ニッと口角を上げた。
「上から見たけど、街に入り込んできた群れはこれで全部みたい」
そんな声が上から降ってくると同時に、着地音。振り返れば、弓を担いだテッサがいた。
「そんじゃ、さっさと燃やして帰るか」
血で染まった槍を縮めてそう言ったリュシーは、ジャケットの内ポケットからマッチ箱を取り出した。
殺したファミリアをそのままにしておけば、衛生的に良くない。
だから私たちは、いつも死体を燃やして片付けている。
「こいつら脂乗ってるからな、よく燃えそうだ」
リュシーはマッチを1本擦り、そばに横たわる死体に火を近付けた。死体の表面を濡らしていた脂に着火。火はみるみる広がっていく。
街の東側に位置するこの辺りには、誰も住んでいない。あるのは廃墟ばかりだ。
だからこそ、こんな狭い路地で火をつけてしまおうという判断ができる。
火事になっても人的被害は出ないし、そもそも、石造りの建物には火が移りにくいから。
街にファミリアが現れた時は、いつもこうして東側へ誘導して殺し、火葬している。
東は風下だから、煙や臭いが街の中に流れ込まないし。
いつもは大体1ヶ所にまとめてから燃やすんだけど、ビッグボアの体重は100kgを優に超えている。3人で力を合わせれば運べないことはないけど、そんなことをしてたら日が暮れてしまう。
「おら、あんたらもさっさとやれよ。数が多いんだから、手分けしねぇと終わんねぇぞ」
私とテッサにマッチ箱を放って渡したリュシーは、路地を歩き始める。歩きながらマッチを擦り、次々に火をつけていく。
「じゃあ、私は向こうからやるね」
そう言い残し、テッサは曲がり角に消える。
肉の焼ける臭いを不快に感じつつ、私もマッチを取り出し、火をつけた。
100体以上のビッグボアたちが横たわる路地が、燃えている。
その光景を、少し西側で眺める私たち。
風のおかげで抑えられてはいるものの、少し離れたくらいでは、煙や臭いはわずかに届く。
「火は半日くらいで消えるだろ。あまり燃えすぎるようなら、後で消しに来りゃいい」
踵を返すリュシーに、テッサが続く。
赤い路地からもうもうと立ち上る煙から視線を外し、2人の後を追う。
……ああ、お腹空いた。
仕事の後は、協会支部へ報告へ向かうのが傭兵の義務。
ほとんど人のいないこのアマビスカでも、そこに傭兵がいる限り支部は機能している。
「え、マジかよ」
ところが、とうとうこの街の支部もその役目を終える時が来てしまった。
「マジだよ。突然の話に驚いてるのは、こっちも同じさ」
協会員の男性は、苦笑いをしながら肩をすくめた。
仕事の報告を終えた私たちに、協会員は一通の手紙を差し出した。
それは、この国の傭兵支援協会本部からの手紙だった。
それによると、この街よりも数十キロ中央寄りのエリアで、傭兵が不足しているらしい。
そこで、そのエリアより西にある街から傭兵を集めようという話になったようだ。
ここアマビスカも、その一つに指定されたということだろう。
「これ、あたしらもそこに行けってことだよな? そしたらこの街には傭兵いなくなっちまうけど、いいのか?」
リュシーの言う通り、この街には私たち3人以外に傭兵はいない。
以前は私たちのほかにも何人かいたんだけど、1人、また1人と街を出て行ってしまい、私たちだけが残ったんだ。
「本部の指示だ。そうするしかないんだよ。彼らにとってここは、いつ打ち捨ててもいいような街だったってことだろう」
協会員の言葉に、不満げに口を歪めるリュシー。見ればテッサも、残念そうな顔をしている。
「我々の転任先も決まってる。ここの職員や、残っている住民たちを西へ運ぶための馬車も、明日アマビスカへ来るそうだ。もちろん、君たち用の馬車もね」
私たち用の馬車。つまり、傭兵が不足しているエリア行きの馬車ってことだろう。
「君たちとは結構長い付き合いだったから、別れるのは寂しいけれど、まぁ、仕方ないね」
小さな支部。たった4人の協会員たち。
彼らと簡単な別れの言葉を交わした私たち3人は、街を出る準備に取り掛かるため、帰路についた。