01-E
私は、お父様の本当の娘ではない。
しかも、お母様が不貞をはたらいてできた子供。オルトリンデの王族ですらない。
お父様が私を愛さなかった理由は、この上なく理解できた。
城から出て行った私を探させなかった理由も。
私の家出は、私だけでなく、お父様にとっても良いことだったわけだ。
邪魔者が消えた。それはそれは、清々しい気持ちだったことだろう。
……断ち切れない縁など、始めから無かった。
お父様、……いや、国王とは、他人同士だったのだから。
でも、なんにせよ、真実を知ることができたのだから、来て良かったのだと思う。
……そう思わなくてはいけないのだろうけど、来なければよかったと後悔している自分もいる。
自分が国王の娘でなかったことは、確かに驚きはしたけれど、ショックはそれほどでも無い。
問題は、お母様が不貞をはたらいたということだ。
そのことが悲しくて情けなくて、自分の存在意義すらも疑ってしまう。
私がいなければ、きっと、国王とお母様は今のような関係にはなっていなかっただろうに。
いや、そもそも、お母様はなぜ国王を裏切ったの?
どんな理由があって、ほかの男性と関係を持ったの?
なぜ、私を産んだの……?
「お父……いえ、国王陛下」
「なんだ」
その返事に、胸がチクッと痛んだ。
「私の本当のお父様のことは、何もわからないのですよね?」
「ああ。何を聞いても、ステファニアは一切答えようとしなかったからな」
ある思いが、膨らんでいく。
「そんなに知りたいのなら、本人に聞きに行けばよかろう。別に、監禁しているわけではないのだからな」
……監禁ではない? 離れからこちらへ来られないのだから、似たようなものではないか。
「ただし、お前は留学していることになっているからな。何を聞かれても答えられるように、土産話をいくつか作っておくことだ」
そう言うと、国王はゆっくりとベッドに身体を倒していった。
「これ以上話すことは無い。さっさと出て行ってくれ」
私も、これ以上聞きたいことは無い。と言うより、国王からこれ以上の情報を得られそうにない。
「わかりました。……お時間を頂き、ありがとうございました」
胸ポケットからメガネを取り出し、かける。
「お大事になさって下さい。失礼します」
踵を返す。
「待て」
「!」
背中に、国王の声が当たる。
「……なんでしょうか」
顔だけ振り返ると、国王は目をつぶったままだった。
「お前、今どこで何をやっている。シルヴァーノのもとにいるのか」
……どうして、そんなことを聞くのだろう。
私に一切興味を示さなかった、この人が。
……まぁいい。答えよう。
「傭兵です」
「傭兵?」
「はい。少し前まで、お兄様の旅の護衛をさせていただいておりました。今日も、傭兵としてここへ」
「……そうか。傭兵か」
そう呟いたきり、国王は黙り込んだ。
私が傭兵であると知って、国王は何を思うのだろう。
「……では、私はこれで」
歩き出す。
もうこれで、国王と会うことは二度と無いだろう。きっと、国王もそう思っているはずだ。
……それでいい。
何しろ私たちは、本当の家族ではないのだから。
「もういいのか?」
部屋の外へ出た私に、ドアの横に背を預けて待っていたお兄様が聞いてくる。
「はい。お待たせ致しました」
「いや、まだだいぶ時間は残っていたのだが……」
あれ以上、話すことなんて無い。
「いいのです。それよりお兄様、お願いがあるのですが」
「ん、なんだ?」
……確かめなくては。
「お母様にお会いしたいのですが、よろしいですか?」
「お母様に? 別に構わないが、しかし……」
お兄様の躊躇の理由は、国王にも言われた通りのことだろう。
「留学の件でしたら、ご心配には及びません。なんとかします」
「……そうか? わかった。だが、離れへ向かうのは、もう少し後にしよう」
「なぜですか?」
「離れへ続く通路には、遮る物が何も無い。私ならともかく、傭兵として来ているお前では、離れへ向かうのを誰かに見られれば面倒なことになりかねん」
なるほど、確かに。
「離れへ向かうのは、もう少し暗くなってからだな。通路には明かりが灯されるが、夜闇に紛れて遠回りに離れへ向かうことはできるだろう」
「わかりました」
そうして私たちは一旦お兄様の部屋へ戻り、すぐにお兄様は、休憩を命じた衛兵たちを呼び戻しに向かった。
私の本当のお父様は、どこの誰なのだろう。
暗くなるまで、私はずっとそのことを考えていた。
お母様は、国王に危害を加えられないように、ずっと明かさずにいたという。
その男性に対し、相当な想いを抱いていたのは間違いない。
お母様がそこまで愛する男性とは、一体何者なのだろうか。
そして、お母様はなぜ、その男性と関係を持ってしまったのか。
……聞かなければならない。
私には、それを聞く権利があるはずだ。
失いかけた存在意義を取り戻すという意味でも。
使用人たちの目を盗みながら、私とお兄様は一階へと下り立った。
昼間より影が多いため、隠れて進むのは簡単だ。すぐに離れへと続く通路に辿り着く。
通路には、天井はあるものの影は無い。等間隔に立つ柱にはそれぞれ明かりが設置されており、城内よりも明るいくらいだ。
「ん?」
通路の脇から離れの塔を見上げたお兄様は、眉をひそめた。何事かと見れば、塔の窓に移動する明かりがある。
「……誰かが、下りてきていますね」
「侍女だろう。片付けた食器を持って下りてきているんだ」
私たちも、さっき夕食を終えたところだ。お兄様がこっそり多めに持ってきた食事を、2人で分けて食べた。
「このままでは鉢合わせしてしまう。すぐにそっちから回り込め。私はこのまま進む」
「わかりました」
頷き、通路から夜闇に染められた中庭へ出る。
できるだけ音を立てぬよう、植木のそばを駆け抜ける。
そして塔の出入口横に着いた時、ちょうどそこから、少し大きめのカゴをよたよたと重そうに持つ2人のメイドが現れた。
「あ、これはシルヴァーノ様! あ、あの、ステファニア様に何か御用でしょうか」
現れたのは、どちらも私とそう歳の変わらない若いメイドだ。
「ああ。少しお話したいことがあってね。今、いいかな」
「もちろんでございます!」
そう言って、慌てて横へよけるメイドたち。
「いつもご苦労様。あ、話が終わるまでは、誰もここに近付けないでもらえるかな」
「は、はい!」
裏返ったような声で返事をしたメイドたちは、いそいそと通路を渡っていった。
それを見送ってから、お兄様は「いいよ」と私に声をかける。
「あの子たち、とても緊張していたようですね」
横に並ぶ私に、お兄様は「そうかい?」と笑う。
「まだ入って数ヶ月の子たちだからね。いろいろと慣れないこともあるのだろう」
そしてお兄様は、私の肩を優しく叩き、「行こう」と歩き出す。
私もその後に続き、塔へと足を踏み入れる。
……お母様。全部話してもらうからね。