04-G
そして広場には、私たち3人だけが残った。
ひゅ~っと吹き抜ける冷たい風は、私の前にいる2人の心情を表しているかのようだ。
……声を、かけてあげるべきかな。
「あ、あのさ、元気出しなよ」
すると、リディアはコートの袖で涙を拭き、「うるさい」と呟きながら振り返った。
「お兄様……」
俯き加減でこちらに背中を向けたままだったロランは、リディアの声に反応して彼女の顔を見る。
「大丈夫だ」
優しくそう言って、私へ振り返るロラン。
その目が、真っ直ぐ私に向けられる。
「改めて、よろしくな。ティナ」
差し出される手。
……今度は、無視する気にはなれなかった。
「こちらこそ、よろしく」
そう返し、彼の手を握る。大きな手だ。
そして私は、ロランの隣にいるリディアに向けて手を差し出す。
「あなたも、よろしくね。リディア」
リディアは私の手のひらをじっと見てから、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「言葉遣いがなってない使用人ね。よろしくお願いしますお嬢様、でしょ」
こいつ……。
「!」
引っ込めようとした手が、ぎゅっと握られ引っ張られた。
私の手を握るのは、リディアの細くて柔らかい手。ちょっと冷たい。
……素直じゃないなぁ。
キリチェンコ家の自家用馬車。それに繋がれた馬の身体を撫でながら、ロランは口を開く。
「……俺たちに残されたのは、この馬車1台と、わずかな衣服と、300ディースだけだ」
そう言って馬から手を離し、懐から100ディース札3枚を取り出すロラン。
「当面は、この金で生活することになるな。泊まる宿も厳選する必要がある」
……金に困ってるなら、ある程度は助けてやらんでもない。
だけど、まぁ、こっちからは言わないけどね。
助けてほしけりゃそう言いなさい。
「それで? 300ディースなんてすぐ無くなっちゃうと思うんだけど、どうするの?」
一応聞いてみると、「馬鹿ね。そんなの決まってるじゃない」とリディアが口を挟んできた。
その手は、私を指差している。
「あんたが稼ぐのよ」
「はあ?」
「はあ? じゃないでしょ。あんた傭兵なんだから、仕事して稼いできなさいよ」
「何言ってんの?」
私の自由だけじゃ飽きたらず、稼いだ金まで奪い取ろうって言うのか。
……こいつ、やっぱイヤな奴だわ。
「もちろん、俺も傭兵として働くさ。お前は、稼いだ額の半分を入れてくれればいい」
「ばっ、馬鹿言わないでよ! 私はね、毎月決まった額のお金を生活費として実家に送ってるの。あなたたちに渡す金なんてあるわけないでしょ?」
すると、ロランは不思議そうな顔になる。
「ん? クレイグさんの稼ぎがあるんじゃないのか? まさか、傭兵を辞めてから働いてないってことはないよな?」
……辞めて3年くらいはそうだったけど、今はちゃんと稼ぎがある。
たぶん、父の稼ぎだけでも生活はできるはずだ。
「働いてるよ。でも、弟たちの学費のこともあるし、ほかにもいろいろ入り用なの。だから、私のお金も必要ってこと。あなたたち貴族にはわかんないだろうけどね!」
言い放ってから、ハッとする。
リディアが、私を睨みつけていた。
「……ごめん」
「気にするな。こちらこそ、無理を言って悪かった」
……気にするよ。
だって、この2人は全てを失ってるんだから。
「使用人としてタダ働きをしてもらう上に、稼いだ金も寄越せだなんて、あまりに無神経だったな」
「いや、まぁ、別に……いいけど」
甘いなぁ、私。
「半分は無理だけど、少しくらいなら。それでいい?」
「いいのか?」
驚いたように目を丸くするロランに、「うん」と頷く。
「ありがとう」
綺麗な顔が、綺麗な笑みを浮かべる。
そんな顔されると、弱いんだよなぁ。
「まったく。お兄様は甘いんだから」
などとぶつぶつ言っていたリディアだけど、ロランに「いいんだ」と言われると、大人しくなった。
「さてと。それじゃとりあえず、俺たちもこの街を出るか」
いよいよ、この2人との旅が始まるわけか。
「あ、そうだ」
そこで、リディアが何かを思い出したかのように声を発した。
そして、客車のドアを開け、自分のバッグの中をごそごそと探り始める。
「あったあった。はい」
私の前に差し出されたのは、きれいに折り畳まれた服だった。
「? 何これ」
「何って制服よ。あんた、今日からうちの使用人なんだから、これ着なさい」
「制服?」
受け取ったそれは、……どうやらメイド服のようだ。
渋々「わかった」と答え、バッグに入れようとしたら、「何しまおうとしてんの」という声が飛んできた。
「……え? ちょっとまさか、今ここで着ろって言うの?」
「そのつもりで渡したんだけど?」
嘘だろ?
こんな寒いところで、……っていうか、こんな街なかで着替えろっての?
「ほら、その辺の物陰で着替えなさいよ。私が見張っておいてあげるから」
こいつ、本気だ。
周囲を見回す。
確かに、隠れられそうな隙間はたくさんある。
……仕方ない。
「じゃあ着替えるけど、ちゃんと見張っててよ?」
「わかってるって。お兄様はここで待っててね」
「はいはい」
そして私は、近くの物陰へ入り、このクソ寒い中、服を着替え始めた。
素肌に直接冷気が触れ、熱が一気に奪われる感覚。歯がガチガチと鳴る。
できるだけ手早くメイド服を着て、エプロンとヘッドドレスを着ける。
……まさかこんなところで、またこの服を着ることになるとはね。
前着たのとは、少しだけデザインが違うけど。
……あと、なんかちょっとこれ、小さいぞ。
「できたよ」
周囲を注意深く警戒していたリディアに声をかけると、彼女はこちらを振り向き、「ふぅ~ん」と私の姿を目に入れる。
「一番大きいサイズのヤツでも、少し丈が足りないし窮屈そうね。まぁ、それはお金ができてから作り直すとして、あんた背が高いし足が長いから、スラッとしててなかなか似合うじゃない」
おぉ? なんか褒められたぞ?
それはまぁ、嬉しかったんだけど、……寒いわ!
「ね、ねぇ。コートくらい着てもいいでしょ?」
「え~? 仕方ないなぁ。いいよ。着れば?」
彼女の答えを聞き終わる前に、急いでコートを着る。
……よし。だいぶマシになった。
「お兄様。お待たせ」
ロランのもとまで戻ると、彼は私を見て、「随分印象変わるな」と言った。
「ほら、ちゃんと見せなさいよ」
後でいいだろと思いつつも、リディアの視線に負けて、コートの前を開ける。
……恥ずかしいっ!
「似合ってるじゃないか。まぁ、使用人の服が似合ってても、嬉しくはないだろうけどな」
そうなのか? 褒められたら嬉しいけどな。
……しかしこの服、生地が薄いな。
動きやすさ重視なんだろうけど、雪国でこれは地獄だぞ。
コートを着てても、下が寒い。丈も短いし。
スカートの下に何か穿きたい。
「それじゃ、行くか」
そう言って、ロランは御者台に乗る。
「馬車の運転、できるんだ」
「できないなら、とっくに売り払ってるよ」
そう返し、フードを被るロラン。
すでに客車に乗り込んでいたリディアに続き、中へ入ってドアを閉める。
そこでようやく、リディアがずっと被り続けていたフードを取った。
内側にくるんと巻いた、ショートカットの金髪がふわりと露わになる。
前髪は横に真っ直ぐ揃えられており、綺麗な緑の瞳と白い肌も相まって、お人形さんのように見えた。
「何見てんのよ。気色悪いわね」
「あ、ごめん」
こんなに可愛らしい見た目だとは思わなかったんだ。
「出発するぞ」
ロランの声が聞こえるのと同時に、馬車が動き出す。
リディアは腕を組み、窓の外へ視線を固定した。
私と話をするつもりは無いらしい。
それでも、何か話題は無いかなと考えたけど、結局見つからず、俯くしかなかった。
……まただ。またこの感覚だ。
地に足がついていない、ふわふわとした感じ。
そして、視線の先、真っ暗な中に白光を放つ女性の影もまた、そこにあった。
その女性は、今度は始めからこちらを向いているようだ。口らしき部分が見える。
あなたは、誰? どうしてここにいるの?
ここで、何をしているの?
……?
まただ。口は動いているけど、その言葉は届かない。
聞こえな――
(……て。こっちに来て。……ティナ!)
――えっ? 何、この声。
もしかして、あなたの声、なの……?
ゆっくりと、目が開く。
穏やかな振動。ぼやけた意識。
……ああ。私、寝てたんだ。
ぐーっと腕を動かしてから、客車の中を見渡す。
「!」
そして、向かいに座るリディアが、変な顔をして私を見ていることに気付いた。
「……どしたの?」
問いかけると、リディアはその顔のまま口を開く。
「あんた、寝言言ってたわよ。何を喋ってるのかはわかんなかったけど」
「寝言……?」
「変な夢でも見たの?」
「夢? ……う~ん、全然覚えてない」
首を傾げてみせると、リディアは興味を失ったかのように、「ふ~ん」と窓の外へ視線を移した。
……夢か。
そう。時々、夢を全く覚えてないことがあるんだ。
たぶん見ていたはずなのに、目が覚めた時には忘れてる。
思い出そうとしても、無駄なんだよね……。
「私、どのくらい寝てた?」
聞くと、リディアは窓の外を見たまま、「知らないわよ」と鬱陶しそうに返してくる。
……外は、雪が降っているようだ。
後ろへ流れていく白い風を見ながら、思う。
これからどうなるんだろうっていう、不安と期待を。
――1から3へ END――
これで「マーセナリーガール -彼女たちのその後-」は終わりです。
お読みいただきありがとうございました。




