03-F
テラスのテーブル横に立ち、あたしを待つ、国王シルヴァーノ。
2ヶ月くらい前に、彼が国王に即位したことを新聞で知った。
まだ27歳だっけ? 他国と比べたら、随分若い王様だよな。
「どうぞ、お掛け下さい。イライザ・ヴィッカーズさん」
「あ、はい」
すげぇ緊張する。全身に、鼓動の音が響き渡っているような感覚だ。
テーブルを挟んだ向かいに座る国王。その綺麗な瞳は、じっとあたしに向けられている。
改めて見ても、やっぱ綺麗な顔してるわ。
国民からの人気が高いのも、頷けるってもんだ。
……あ~、ヤバイって。
そんな見つめないでくれ……!
「あ、あの、……さっきはホント、すみませんでした」
視線に耐え切れず、目を逸らす。
国王の静かな笑い声が、耳朶をくすぐる。
「そのことは、もうお気になさらないで下さい」
優しい声色に、あたしはゆっくりと彼へ視線を戻す。
「それより、この場所はどうですか」
周囲の自然を手で示す国王の横顔も、やっぱり綺麗だ。
「……あ、あの、えっと、……すごくいい場所だと思います」
胸が苦しい。あまりに鼓動が激しくて、苦しいというか気持ち悪くなってきた。
「そうでしょう。ここは、数ある静養地の中で一番好きな場所なのです」
景色を眺めるその顔は、とても穏やかだった。
「よく来るんですか? ここに」
「ええ。国王になってからも、何度か。さすがに、以前のように頻繁に外出することはできなくなりましたが」
そう言って微笑む国王。少しだけ苦笑いも混ざっているように見えた。
「ところで、イライザさんは傭兵として働いておられるのですよね。今年で何年目ですか?」
「えっと、……3年目です。まだDランクの下っ端ですよ」
「ほぉ。どうですか、傭兵の仕事は。やはり大変でしょう」
「ええ、まぁ。南部は結構ファミリアも多いですからね。でも、毎日充実してますよ」
「好きなのですね、傭兵という仕事が」
「は、はい。好きです」
その優しい微笑みに、顔が熱くなるのを感じる。
あああ、視線が安定しない。ちゃんと目を見て話さないと……!
……よ、よし。こっちからも何か話してみよう。
えっと、……あ、そうだ。
「あ、あの、質問してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「……あたし、今日集められたほかの人たちと比べて、可愛くもないし、綺麗でもない。格好はこんなだし、化粧だってしてない。一体自分は、どこを評価されたのかなって、ずっと気になってたんです」
言い切ってから国王の顔を見れば、そこにあったのは、わずかも揺るがない穏やかな表情。
「あなたは、ご自身のことをそう思われているようですが、私は違います。今日お越しいただいたのはいずれも、送っていただいた写真を拝見し、強く印象に残った方々なのですから。当然、あなたもその1人です」
「印象に……?」
っていうか、国王が自分で選んだのか。てっきり、誰かに選ばせていたのかと。
「ええ。うまく言葉で表せないのですが、こう、目が離せなくなると言いますか、ぜひお会いしたいと強く思ってしまうような、不思議な感覚です」
……確かに言葉では言い表せてないけど、なんとなく、会いたかったんだなという気持ちは伝わってきた。
単純に、見た目だけで選んだわけじゃないってことか……。
「こちらからも、お聞きしてよろしいですか?」
「あ、はい」
なになに? 何を聞かれるんだろう。
「この花嫁募集に応募した動機は、どういったものだったのでしょうか」
「動機、ですか……?」
動機って言ったら、あれだよなぁ……。
「……あたし、今オラーリャに1人で暮らしてて、その、恥ずかしいんですけど、……男性と付き合ったことが無くて。それで、その、このままずっと1人で生きて行かなくちゃいけないかもって考えたら、怖くなっちゃって……」
国王は、あたしの話を静かに聞いている。
「別に、王族になりたいとか、優雅な暮らしがしたいとか、そんなのは無くて。ただ、……縋りたかったんだと思います。もしかしたら、そばにいてくれる人ができるかもって」
そうだ。あたしは寂しかったんだ……。
「お1人でお暮らしになっているとのことですが、ご家族の方は?」
「……両親は、あたしが生まれてすぐに亡くなりました。それからは、祖父母に育ててもらって。その祖父母も、あたしが傭兵を目指す前に……」
今のあたしは、天涯孤独の身。
もしかしたら、どこかに親戚がいるかもしれないけど、祖父母からは何も聞かされていない。
「そうだったのですか。すみません」
「ああ、気にしないで下さい」
しばし、沈黙が流れる。
やがて、国王が静かに語り出す。
「……私も、将来が不安なのです」
「え?」
「27ともなれば、すでに結婚していてもおかしくない歳です。特に、王族なら」
言われてみれば、そうだよな。
「これまで、幾度となくお見合いの話をいただきました。周囲の人間が気遣ってくれたようで、実際に何人もの女性とお会いしました。ですが、印象に残る方とは出会えなくて……」
国王の見合い相手ともなれば、王族や貴族のお嬢さんであることは間違いない。
それを全部断ってきたってこと……だよな。
「もちろんどの方も、非の打ち所のない素敵な女性でした。しかし、私の心は動かなかった。その後も、いくらお断りしてもそういったお話は無くならず、……それならと、今回こういった募集をしてみることに決めたのです」
……つまり、王族や貴族との見合いが嫌で、一般に花嫁募集をかけたってことか。
変わった王様だな……。
「募集期間も短く、突然のことだったのにもかかわらず、とても多くの女性にご応募いただきました。そのため、全てに目を通すのにひと月ほどかかってしまいましたが」
一体、どれほどの応募数だったんだ?
「他国に無駄な手間をおかけするわけにはいかないので、オルトリンデのみの募集だったのですが、やってみて良かったと思っています。今日こうして、皆さんとお会いすることができたのですから」
王族や貴族より、あたしら一般人の方がいいなんて、やっぱ変わってるわ。
「中でも、イライザさん。あなたの写真を拝見した時は、特に印象に残ったのですよ」
「――えっ? なぜですか?」
突然そんなことを言われ、落ち着きかけていた鼓動が再び暴れ出す。
「それは、すみません。自分でもよくわからないのです。ただ、この方とは必ずお会いしなければならない。そう強く感じました」
見つめ合う。
「……そして、今日実際にお会いして、こうして向かい合うと、やはりじっと見てしまう。あなたは、ご自身のことを綺麗ではないと仰いましたが、私はそうは思わない。しかし、それだけではない何かに、私は惹きつけられています」
そしてさらに、見つめ合う。
……これって、すでにあたしに惚れてるとか、そういう意味じゃないよな?
ほかの子たちにも、同じようなことを言うんだろ?
それでこっちの反応を見てるんだ。
……そうだよな? そうと言ってくれ。
どうすりゃいいんだ。
あたし、何て言えばいいんだよ。
「陛下。そろそろお時間です」
気付けば、国王の横に護衛の男性が来ていた。
時間? ああ、あたしの番が終わりってことか。
ホッとする反面、これで良かったのかなという不安もある。
こんな会話で、あたしは気に入られることができたんだろうか。
っていうか、ほとんど国王が話をしていたような……。
「ああ、わかった」
そう言ってから、国王はあたしに視線を戻す。
「あなたとはもう少しお話をしていたかったのですが、順番なので仕方ありませんね」
あたしも、……もうちょっといろんな話をしたかったかも。
「では、ありがとうございました」
「あ、こちらこそ、ありがとうございます」
そう言い合い、ほぼ同じタイミングで席を立つ。
「それでは、全ての面談が終わるまで、あちらでお待ち下さい」
護衛の男性が指し示すのは、テラスの外。さっきまでいた場所だ。
……まぁ、なんにせよ、これで終わったわけだ。
あとは、結果を待つだけ。
……どうなることやら。
「?」
テラスの短い階段を下りてすぐに、向こうから護衛が1人走ってくるのが見えた。
「へ、陛下っ! 直ちに避難して下さい! ふぁ、ファミリアが!」
「――!」
ファミリア……だって?
その言葉に、場の空気が一変した。
護衛たちは驚き焦り、花嫁候補たちは怯え出す。
そして――
「陛下っ!」
護衛の、ひときわ大きな叫びと同時に、風切り音が聞こえた。
「うぁっ!」
「――!」
バサッという音。振り返ったあたしは、その光景に目を見開く。
テーブルの近くにいたはずの国王が、いない。
「陛下ぁぁぁぁっ!」
彼は、上空にいた。
大きな翼を持つ鳥人間。国王は、その足によって捕獲されていたんだ。




