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マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
イライザ編「花嫁募集」
20/28

03-F

 テラスのテーブル横に立ち、あたしを待つ、国王シルヴァーノ。

 2ヶ月くらい前に、彼が国王に即位したことを新聞で知った。


 まだ27歳だっけ? 他国と比べたら、随分若い王様だよな。



「どうぞ、お掛け下さい。イライザ・ヴィッカーズさん」

「あ、はい」

 すげぇ緊張する。全身に、鼓動の音が響き渡っているような感覚だ。


 テーブルを挟んだ向かいに座る国王。その綺麗な瞳は、じっとあたしに向けられている。


 改めて見ても、やっぱ綺麗な顔してるわ。

 国民からの人気が高いのも、頷けるってもんだ。


 ……あ~、ヤバイって。

 そんな見つめないでくれ……!


「あ、あの、……さっきはホント、すみませんでした」

 視線に耐え切れず、目を逸らす。


 国王の静かな笑い声が、耳朶をくすぐる。


「そのことは、もうお気になさらないで下さい」

 優しい声色に、あたしはゆっくりと彼へ視線を戻す。


「それより、この場所はどうですか」

 周囲の自然を手で示す国王の横顔も、やっぱり綺麗だ。


「……あ、あの、えっと、……すごくいい場所だと思います」

 胸が苦しい。あまりに鼓動が激しくて、苦しいというか気持ち悪くなってきた。


「そうでしょう。ここは、数ある静養地の中で一番好きな場所なのです」

 景色を眺めるその顔は、とても穏やかだった。


「よく来るんですか? ここに」

「ええ。国王になってからも、何度か。さすがに、以前のように頻繁に外出することはできなくなりましたが」

 そう言って微笑む国王。少しだけ苦笑いも混ざっているように見えた。


「ところで、イライザさんは傭兵として働いておられるのですよね。今年で何年目ですか?」

「えっと、……3年目です。まだDランクの下っ端ですよ」


「ほぉ。どうですか、傭兵の仕事は。やはり大変でしょう」

「ええ、まぁ。南部は結構ファミリアも多いですからね。でも、毎日充実してますよ」


「好きなのですね、傭兵という仕事が」

「は、はい。好きです」

 その優しい微笑みに、顔が熱くなるのを感じる。


 あああ、視線が安定しない。ちゃんと目を見て話さないと……!


 ……よ、よし。こっちからも何か話してみよう。

 えっと、……あ、そうだ。


「あ、あの、質問してもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


「……あたし、今日集められたほかの人たちと比べて、可愛くもないし、綺麗でもない。格好はこんなだし、化粧だってしてない。一体自分は、どこを評価されたのかなって、ずっと気になってたんです」

 言い切ってから国王の顔を見れば、そこにあったのは、わずかも揺るがない穏やかな表情。


「あなたは、ご自身のことをそう思われているようですが、私は違います。今日お越しいただいたのはいずれも、送っていただいた写真を拝見し、強く印象に残った方々なのですから。当然、あなたもその1人です」

「印象に……?」

 っていうか、国王が自分で選んだのか。てっきり、誰かに選ばせていたのかと。


「ええ。うまく言葉で表せないのですが、こう、目が離せなくなると言いますか、ぜひお会いしたいと強く思ってしまうような、不思議な感覚です」


 ……確かに言葉では言い表せてないけど、なんとなく、会いたかったんだなという気持ちは伝わってきた。


 単純に、見た目だけで選んだわけじゃないってことか……。


「こちらからも、お聞きしてよろしいですか?」

「あ、はい」

 なになに? 何を聞かれるんだろう。


「この花嫁募集に応募した動機は、どういったものだったのでしょうか」

「動機、ですか……?」


 動機って言ったら、あれだよなぁ……。


「……あたし、今オラーリャに1人で暮らしてて、その、恥ずかしいんですけど、……男性と付き合ったことが無くて。それで、その、このままずっと1人で生きて行かなくちゃいけないかもって考えたら、怖くなっちゃって……」


 国王は、あたしの話を静かに聞いている。


「別に、王族になりたいとか、優雅な暮らしがしたいとか、そんなのは無くて。ただ、……縋りたかったんだと思います。もしかしたら、そばにいてくれる人ができるかもって」


 そうだ。あたしは寂しかったんだ……。


「お1人でお暮らしになっているとのことですが、ご家族の方は?」

「……両親は、あたしが生まれてすぐに亡くなりました。それからは、祖父母に育ててもらって。その祖父母も、あたしが傭兵を目指す前に……」


 今のあたしは、天涯孤独の身。

 もしかしたら、どこかに親戚がいるかもしれないけど、祖父母からは何も聞かされていない。


「そうだったのですか。すみません」

「ああ、気にしないで下さい」


 しばし、沈黙が流れる。




 やがて、国王が静かに語り出す。


「……私も、将来が不安なのです」

「え?」


「27ともなれば、すでに結婚していてもおかしくない歳です。特に、王族なら」

 言われてみれば、そうだよな。


「これまで、幾度となくお見合いの話をいただきました。周囲の人間が気遣ってくれたようで、実際に何人もの女性とお会いしました。ですが、印象に残る方とは出会えなくて……」


 国王の見合い相手ともなれば、王族や貴族のお嬢さんであることは間違いない。

 それを全部断ってきたってこと……だよな。


「もちろんどの方も、非の打ち所のない素敵な女性でした。しかし、私の心は動かなかった。その後も、いくらお断りしてもそういったお話は無くならず、……それならと、今回こういった募集をしてみることに決めたのです」


 ……つまり、王族や貴族との見合いが嫌で、一般に花嫁募集をかけたってことか。


 変わった王様だな……。


「募集期間も短く、突然のことだったのにもかかわらず、とても多くの女性にご応募いただきました。そのため、全てに目を通すのにひと月ほどかかってしまいましたが」


 一体、どれほどの応募数だったんだ?


「他国に無駄な手間をおかけするわけにはいかないので、オルトリンデのみの募集だったのですが、やってみて良かったと思っています。今日こうして、皆さんとお会いすることができたのですから」


 王族や貴族より、あたしら一般人の方がいいなんて、やっぱ変わってるわ。


「中でも、イライザさん。あなたの写真を拝見した時は、特に印象に残ったのですよ」

「――えっ? なぜですか?」

 突然そんなことを言われ、落ち着きかけていた鼓動が再び暴れ出す。


「それは、すみません。自分でもよくわからないのです。ただ、この方とは必ずお会いしなければならない。そう強く感じました」


 見つめ合う。


「……そして、今日実際にお会いして、こうして向かい合うと、やはりじっと見てしまう。あなたは、ご自身のことを綺麗ではないと仰いましたが、私はそうは思わない。しかし、それだけではない何かに、私は惹きつけられています」


 そしてさらに、見つめ合う。



 ……これって、すでにあたしに惚れてるとか、そういう意味じゃないよな?


 ほかの子たちにも、同じようなことを言うんだろ?

 それでこっちの反応を見てるんだ。

 ……そうだよな? そうと言ってくれ。


 どうすりゃいいんだ。

 あたし、何て言えばいいんだよ。



「陛下。そろそろお時間です」

 気付けば、国王の横に護衛の男性が来ていた。



 時間? ああ、あたしの番が終わりってことか。

 ホッとする反面、これで良かったのかなという不安もある。


 こんな会話で、あたしは気に入られることができたんだろうか。

 っていうか、ほとんど国王が話をしていたような……。



「ああ、わかった」

 そう言ってから、国王はあたしに視線を戻す。


「あなたとはもう少しお話をしていたかったのですが、順番なので仕方ありませんね」


 あたしも、……もうちょっといろんな話をしたかったかも。


「では、ありがとうございました」

「あ、こちらこそ、ありがとうございます」

 そう言い合い、ほぼ同じタイミングで席を立つ。


「それでは、全ての面談が終わるまで、あちらでお待ち下さい」

 護衛の男性が指し示すのは、テラスの外。さっきまでいた場所だ。



 ……まぁ、なんにせよ、これで終わったわけだ。

 あとは、結果を待つだけ。


 ……どうなることやら。




「?」

 テラスの短い階段を下りてすぐに、向こうから護衛が1人走ってくるのが見えた。


「へ、陛下っ! 直ちに避難して下さい! ふぁ、ファミリアが!」

「――!」


 ファミリア……だって?


 その言葉に、場の空気が一変した。

 護衛たちは驚き焦り、花嫁候補たちは怯え出す。


 そして――


「陛下っ!」

 護衛の、ひときわ大きな叫びと同時に、風切り音が聞こえた。


「うぁっ!」

「――!」


 バサッという音。振り返ったあたしは、その光景に目を見開く。


 テーブルの近くにいたはずの国王が、いない。


「陛下ぁぁぁぁっ!」


 彼は、上空にいた。


 大きな翼を持つ鳥人間。国王は、その足によって捕獲されていたんだ。

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