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マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
フランカ編「第二王女の真実」
2/28

01-B

 あれから2日して、お兄様が城から戻ってきた。

 もう少し長く向こうにいると思っていたけど、どうやら、お父様の容態はそこまで深刻なものではなかったようだ。


 よかった……。



「今は比較的落ち着いていらっしゃるが、いつ何が起きてもおかしくない状態には変わりない。……どうする、フランチェスカ」

 窓辺に立つ私の背に、問いが投げかけられる。


 答えは決まっているけれど、それをはっきりと口にできない問いだ。

 行きたくない。けれど、行かなくてはならない。……苦しくて、歯を噛みしめる。


「……少し、時間をいただけませんか」

 ようやく絞り出せたのは、これだけだ。


「わかった。気持ちが固まったら言いなさい」

「はい……」

 背後で、お兄様が踵を返す気配。


 足音は、すぐに止んだ。


「だが、もしお父様のご容態が急変したら、無理矢理にでも連れて行く。いいね」

 その時が来たらさすがに、私の心もすぐに切り替わるだろう。


「承知しています」


 呟きは、お兄様に届いただろうか。

 ドアが開き、すぐに閉まる。振り返れば、そこにお兄様の姿は無かった。




 お父様の容態は、その後も安定し続けた。


 一時はベッドから下りられないほどに悪化していたのが嘘のように、杖をつきながらではあるけれど、城内を歩けるようになったのだという。




 しかし、新しい年を迎えて間もなく3ヶ月が過ぎようという頃、その少し前からじょじょに身体の調子を崩していたお父様は、再び寝たきりの生活に。

 医者も、もう良くなることは無いだろうとお兄様に告げたそうだ。


 お父様を心配する気持ちより、ついに来たか、という思いの方が大きかった。

 今度こそ、覚悟を決めなくてはならない。


 私の扱いについて、お父様に聞く。

 どのような答えであろうと、受け止める自信はある。



 城を出るまでは、オルトリンデ城が私の世界の全てだった。

 だけど、今はそうではない。私の世界は大きく広がったんだ。

 だから、お父様が何を言おうと、それでまた傷つくことになったとしても、再び城を出てしまえば問題は無い。


 今は、この外の世界こそが私の居場所なのだから。

 もう、お父様の言葉に苛まれる必要など無いんだ。


 ……少し。ほんの少しの辛抱だ。

 会って、聞いて、そして帰る。それだけだ。たったそれだけのことなんだ。


 なのに……。




「怖い……」

 暗い部屋の中、自分で自分を抱き締める。月明かりの優しさも、私の心を癒してはくれない。



 お父様のことを考えると、同時に恐怖の記憶が蘇る。

 16年間、よくも耐えられたものだ。


 ……耐えられたのは、心の支えがあったからだろう。

 お兄様が私の味方でいてくれたからこそ、耐え抜いてこられたんだ。

 もしそれが無かったらと考えると、恐ろしくてたまらない。



「!」

 ドアがノックされる音に、肩が跳ねた。


「姫様。お食事の準備ができました」

 ジゼルの声だ。椅子から立ち上がり、ゆっくりとドアへ向かう。




「あら、姫様。お休みになられていたのですか?」

「え?」

 部屋から出てきた私を一瞥してすぐに、室内へ視線を移すジゼル。


 ……ああ、そういえば、明かりをつけるのを忘れてたな。


「ええ、少し横になっていただけ」

 ドアを閉める。


「お疲れでしたら、もう少しお休みになられていては……」

 私を気遣うジゼルの言葉を、「いいの」と遮る。


「1人だけ別に食べたら、片付けが面倒でしょう? それに、温め直してもらうのも申し訳ないし」

 そう言うと、「そのようなお気遣いは無用ですのに」と私の横に並ぶジゼル。


「本当に姫様は、お優しい方ですわね。でも、もう少しワガママを仰ってもよろしいんですのよ?」

 その言葉に彼女を見れば、見慣れた穏やかな笑みと出会う。


「……私、結構ワガママを言っていると思っていたのだけど」


「いえいえ。姫様はこんな頃から、素直でお優しい方でしたわ」

 ジゼルは、手のひらで自分の腰の高さを示す。


 そして、一階に下りてダイニングに入るまで、ジゼルの昔話は続くのだった。




 つい3ヶ月ほど前までは、シルヴァーノお兄様のこの別荘には、多くの人がいた。

 皆、傭兵候補生制度を広めたいというお兄様の考えに賛同してくれた人たちで、そのほとんどが、他国の傭兵支援協会の若手幹部。


 彼らが各国政府とのパイプ役を担ってくれたからこそ、お兄様の交渉はスムーズに進んだとも言える。言わば、影の功労者だ。


 そんな彼らも、もうここにはいない。

 全ての国から承認を得られたことで、ここでの活動はすでに終了しているからだ。

 今頃、それぞれの国の協会本部で、傭兵候補生制度導入のための準備に追われていることだろう。


 だから今、こうしてダイニングのテーブルを囲むのは、お兄様と私の二人きり。

 ちなみに、ジゼルら使用人は、別室で食事をとっている。




「……お兄様」

 食事も終わりに近付く頃、私は意を決して口を開いた。


 一足早くに食事を終えていた、テーブルの向かいにいるお兄様は、「ん?」とこちらに顔を向ける。


 その瞳をじっと見ながら、私は自分の思いを口にする。


「私、お父様にお会いしに行きます」

 するとお兄様は、少し目を大きくした後、「そうか」と静かに一言。


「だが、城は今バタバタとしていてな。もちろん、お父様のことでだが。……だから、今すぐにというわけにはいかないよ」

「では、いつなら……」


 お兄様は考えるように視線を下げた後、「1週間後、だな」と答えた。


「その頃には、訪問客の数も落ち着いているだろう」

 ……1週間後か。


「あ、あの、……お兄様も一緒に来て下さいますか?」

 するとお兄様は、「当たり前だろう」と笑う。


「今のお前は傭兵。王族ではないのだ。私がいなければ、城内には入れないぞ」

「あ……」

 言われてみればそうだ。私は今、ただの傭兵なんだ。


「それとも、王族として戻るか?」

「えっ……」

 試すようなお兄様の口調に、私は戸惑う。


「前にも言ったように、お前は、ブリュンヒルデ王国に留学していることになっている。世間はそろそろ新生活の時期だ。留学を終えて戻ってきたことにしても、何ら不自然ではないだろう」

「わっ、私は――」


 待って。今、私は何を言おうとした?


「……私は、傭兵として伺うつもりでいます」

 咄嗟に、そう言い直す。


「そうか。まぁ、今はそれでいい」

 今は?


「だが、そろそろお父様が亡くなった後のことを考えておきなさい。その日は、おそらくそう遠くはない……」

 俯き加減のまま立ち上がったお兄様は、私に一瞥を残してダイニングを出て行った。



 ……お父様が、亡くなった後のこと?

 それって、王族に戻るかどうかということ?


 王族に、城に、……戻る。

 私は……。

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