表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
イライザ編「花嫁募集」
19/28

03-E

 馬車は森の中を抜け、民家すら無い自然の中を進んでいく。



 ……あの男たちから逃げたとして、隠れられそうな場所は山ほどある。

 だけど、来た道を相当戻らないと、助けは望めそうにない。


 あたし1人ならどうとでもなりそうだけど、この2人、いや、前の馬車に何人乗ってるか知らないけど、その子らも一緒に連れて逃げることを考えると、かなり厳しそうだ。


 ……馬車が停まった時が勝負。

 そこでうまく敵の戦力を削がないと、面倒なことになるのは間違いない。


 気合い入れろ、あたし。




 さらに進んだ先で、馬車が停まった。


 来たか……!


 手に持ったバッグを見る。使えそうなのは、これくらいだ。

 こいつで隙を作って、馬車を降りる。武器にできそうな枝でも拾えりゃ上出来だ。


 ドアにくっつき、耳をそばだてる。

 ……男たちの声が聞こえる。何を話しているのかはわからない。


「?」

 なんだ、この音。ガラガラって、何かが動く音が聞こえる。


 次いで、足音。……けど、近付いては来ない。


「!」

 馬車が、再び走り始めた。まだ進むのかよ。


「!」

 ドアの窓から、何かが見えた。あれは、……フェンスか?


 さっきのガラガラって音は、フェンスを開けた音か。

 ってことは、何かの敷地に入ったってことか?

 この先に、奴らのアジトでもあんのかな。


 ……待てよ?


 そこに、こいつらの仲間がいるんじゃないか?

 これ以上人数が増えたら、マズイぞ……。




 そして、少し進んだところで再び馬車が止まり、少し揺れた。御者が降りたようだ。


 とうとう、到着ってわけかい。


 女の子たちに「あたしから離れんなよ」と囁き、近付いてくる足音に神経を集中する。


 バッグを持つ手に、無駄に力が入る。

 ……一体、敵は何人だ?


 ドアが開いたら、いきなり襲ってくる可能性もある。

 大きく息を吐き、ドアを睨んで構える。


「お待たせ致しました」

 ドアが開く。


 ――今だっ!


 完全に開いてなかったドアを蹴り壊し、外へ飛び出す。


「うっ、うあっ」

 目を見開く男に対し、持っていたバッグをぶち当てる。そして、よろめいたところへ回し蹴り。


 手応えあり! 男は倒れて苦鳴を上げる。


「なっ、何事だ!」

 周囲がざわめく。


「おい! 早く降りろっ!」

 客車の中へ叫ぶと、女の子たちが慌てて降りてきた。


「な、何をなさって――」

「走れっ!」

 女の子たちへ叫び、駆け寄ってきた男へ体当たりを食らわせてふっ飛ばす。


「おやめ下さいっ!」

 誰かが叫ぶ。やめろと言われて、やめるわけないだろ!


 すでにドアが開けられている前の馬車へ駆け出す際、後方の女の子たちを確認。


「!」

 なぜか、彼女らは立ち止まっていた。


「おい! 何して――」


 何か見てる?


 何を見てんだ……?


「……あ」


 その視線の先、私が向かおうとしていた先に、1人の男性の姿があった。

 見覚えがあるなんてもんじゃない。


 そして、その姿を見た瞬間、自分たちが騙されていなかったことを確信する。


「陛下!」

 スーツ姿の男性たちは、一斉に姿勢を正す。


 あたしを戸惑いの表情で見つめる、その男性。

 それは紛れも無く、あの人だった。



 オルトリンデ王国国王、シルヴァーノ・オルトリンデ。



 ……やっちまった。



 その姿を見ながら、あたしは、全身から血の気が引いていくのを感じていた。




「ほんっとーに、ごめんなさいっ!」

 何度も謝りながら、怪我をさせてしまった護衛の男性の顔に絆創膏を貼っていく。


「い、いえ、出発時にお伝えするのを忘れていたこちらに落ち度があります。どうかお気になさらずに」

 気にしないでいられるわけがない。


 あたしと同じ馬車に乗っていた2人の女の子も、「ごめんなさい」と謝り続けている。


「でも、当たりどころが悪かったら、もっと大怪我を負わせてたかもしれない。ホントにごめんなさい。すみませんでした!」

 言い放ち、俯く。


 ……なんてことしちまったんだ。自分がこんなに馬鹿だとは思わなかった。


「顔をお上げ下さい」

「!」

 優しい声。


 ……国王の声だ。


「突然のことで私も驚きましたが、事情を聞けば、やはりこれはこちらの落ち度です。それに、あのような形で募集をかけてしまった私にも責任があります」

「そんなこと……!」

 思わず顔を上げると、国王の穏やかな表情が視界に入る。思わず、ドキッとした。


 ……なんて綺麗な顔なんだ。


 見惚れそうになったところで、ハッと我に返る。

 そしてバッグを持ち、立ち上がる。


「帰ります。えっと、その、……壊してしまった馬車は、ちゃんと弁償しますから」

 踵を返し、ドアへ向かう。


「お待ち下さい」

 国王の声に、足が止まる。


「弁償など必要ありません。それに、まだあなたを帰すわけには参りません」

「……?」

 振り返ると、国王だけでなく、怪我をさせてしまった2人の護衛も立ち上がり、あたしを見つめていた。


「あなたは、私が選んだ花嫁候補だ。どうかお話だけでもさせて下さい」

「で、でも……」

 あんなところ、見られちまったら……。


「お願いします」

 じっと、あたしを見つめる国王。護衛2人も、頷いている。


 帰りづらくなっちまったな……。


「……わかりました。じゃあ、話だけ……」

 こう言うしかない。


 国王は、「ありがとう」と微笑んだ。




 花嫁候補は、あたしを含めて6人。


 ほかの女性はみんな、あたしよりも断然可愛く、断然綺麗だ。髪型も服装も、女性らしさで溢れている。

 それに、もしかしたら、全員あたしより年下かもしれない。


 ……ますます、自分が選ばれた理由がわからなくなったよ。

 どうしてあたし、こんなところにいるんだろ。絶対場違いだよなぁ……。



 あたしたちが連れてこられたのは、カランカから北西へ少し行ったところにある、一面緑豊かな行楽地だった。


 きれいな草花が風にそよぐ草原。その中を流れる川の水はキラキラと輝いている。

 遠くには、青々とした緑を湛える森林。その向こうには、なだらかな山の稜線が見える。

 蝶が舞い、鳥たちがさえずるその場所は、立っているだけで心が洗われるような、そんな場所だった。


 その景色を眺めるのに最適な丘の上には、ずらりと木造の家が並んでいる。

 こういうのって確か、ログハウスって言うんだよな。初めて見た。


 ちなみに、さっきまで護衛を手当てしていた場所も、その内の一軒だ。



 そして今、あたしたち花嫁候補は、建ち並ぶログハウスの中でもひときわ大きな一軒の前にいる。

 あたしたちより一足早くにここを訪れた国王は、このログハウスのテラスで待っていたらしい。


 そのテラスでは、花嫁候補の1人と国王が、テーブルを挟んで座っている。


 順番に国王と1対1で話をするという内容で、最終選考は始まった。


 くじ引きの結果、あたしの順番は2番目。

 今話をしている子が終われば、次はあたしだ。


 ……でも、まだ心の動揺が収まってない。

 こんな精神状態で、まともに会話なんてできるだろうか。



「あの……」

「!」

 突然の声に驚き、振り返る。そこには、あの女の子たちがいた。


「なんだい?」

 聞くと、2人は目を合わせ、茶髪の子が口を開く。


「えっと、さっきはごめんなさい。私が変なこと口走っちゃったから、あんなことに……」

「ああ。もういいよ、そのことは」

 思い出したくないから、触れないでほしい。


「でも、まだちゃんと謝ってなかったし……」

 茶髪の子だけでなく、金髪の子もすまなそうにしている。


「だから、もういいんだって。結局、行動に移しちまったのはあたしなんだからさ」

 正直、今は誰とも話をしたくない。場所を変えるか……。


「あ、あの、……カッコよかったです」

「は?」

 歩き出そうと踏み出しかけた足が、止まる。止めざるを得なかった。


「あんな強そうな男の人を蹴り倒しちゃうんだもん。びっくりしちゃった」

「ね。すごかったよね」

 顔を見合わせ、盛り上がる2人。


 ……そりゃあ、あの時は必死だったしな。

 それに、完全に不意打ちだったし。決まって当然だ。


 でも、まぁ、そう言われて悪い気はしない。


「強い女の人って憧れちゃいます!」

「えっ……」

 キラキラとした二つの眼差しを浴びせられ、戸惑う。


「次、2番の方! イライザ・ヴィッカーズさん!」

「!」

 いいタイミングで名前を呼ばれた。


「はーい!」

 返事をし、ささっと2人の前から離れる。


「頑張って下さーい!」

 ところが、背中に2人の声が当たる。振り返れば、笑顔で手を振ってる2人の姿。


 仕方なく、「おう」と返事をしてやる。

 たぶん、あたしの顔は酷く引きつっていたことだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ