03-E
馬車は森の中を抜け、民家すら無い自然の中を進んでいく。
……あの男たちから逃げたとして、隠れられそうな場所は山ほどある。
だけど、来た道を相当戻らないと、助けは望めそうにない。
あたし1人ならどうとでもなりそうだけど、この2人、いや、前の馬車に何人乗ってるか知らないけど、その子らも一緒に連れて逃げることを考えると、かなり厳しそうだ。
……馬車が停まった時が勝負。
そこでうまく敵の戦力を削がないと、面倒なことになるのは間違いない。
気合い入れろ、あたし。
さらに進んだ先で、馬車が停まった。
来たか……!
手に持ったバッグを見る。使えそうなのは、これくらいだ。
こいつで隙を作って、馬車を降りる。武器にできそうな枝でも拾えりゃ上出来だ。
ドアにくっつき、耳をそばだてる。
……男たちの声が聞こえる。何を話しているのかはわからない。
「?」
なんだ、この音。ガラガラって、何かが動く音が聞こえる。
次いで、足音。……けど、近付いては来ない。
「!」
馬車が、再び走り始めた。まだ進むのかよ。
「!」
ドアの窓から、何かが見えた。あれは、……フェンスか?
さっきのガラガラって音は、フェンスを開けた音か。
ってことは、何かの敷地に入ったってことか?
この先に、奴らのアジトでもあんのかな。
……待てよ?
そこに、こいつらの仲間がいるんじゃないか?
これ以上人数が増えたら、マズイぞ……。
そして、少し進んだところで再び馬車が止まり、少し揺れた。御者が降りたようだ。
とうとう、到着ってわけかい。
女の子たちに「あたしから離れんなよ」と囁き、近付いてくる足音に神経を集中する。
バッグを持つ手に、無駄に力が入る。
……一体、敵は何人だ?
ドアが開いたら、いきなり襲ってくる可能性もある。
大きく息を吐き、ドアを睨んで構える。
「お待たせ致しました」
ドアが開く。
――今だっ!
完全に開いてなかったドアを蹴り壊し、外へ飛び出す。
「うっ、うあっ」
目を見開く男に対し、持っていたバッグをぶち当てる。そして、よろめいたところへ回し蹴り。
手応えあり! 男は倒れて苦鳴を上げる。
「なっ、何事だ!」
周囲がざわめく。
「おい! 早く降りろっ!」
客車の中へ叫ぶと、女の子たちが慌てて降りてきた。
「な、何をなさって――」
「走れっ!」
女の子たちへ叫び、駆け寄ってきた男へ体当たりを食らわせてふっ飛ばす。
「おやめ下さいっ!」
誰かが叫ぶ。やめろと言われて、やめるわけないだろ!
すでにドアが開けられている前の馬車へ駆け出す際、後方の女の子たちを確認。
「!」
なぜか、彼女らは立ち止まっていた。
「おい! 何して――」
何か見てる?
何を見てんだ……?
「……あ」
その視線の先、私が向かおうとしていた先に、1人の男性の姿があった。
見覚えがあるなんてもんじゃない。
そして、その姿を見た瞬間、自分たちが騙されていなかったことを確信する。
「陛下!」
スーツ姿の男性たちは、一斉に姿勢を正す。
あたしを戸惑いの表情で見つめる、その男性。
それは紛れも無く、あの人だった。
オルトリンデ王国国王、シルヴァーノ・オルトリンデ。
……やっちまった。
その姿を見ながら、あたしは、全身から血の気が引いていくのを感じていた。
「ほんっとーに、ごめんなさいっ!」
何度も謝りながら、怪我をさせてしまった護衛の男性の顔に絆創膏を貼っていく。
「い、いえ、出発時にお伝えするのを忘れていたこちらに落ち度があります。どうかお気になさらずに」
気にしないでいられるわけがない。
あたしと同じ馬車に乗っていた2人の女の子も、「ごめんなさい」と謝り続けている。
「でも、当たりどころが悪かったら、もっと大怪我を負わせてたかもしれない。ホントにごめんなさい。すみませんでした!」
言い放ち、俯く。
……なんてことしちまったんだ。自分がこんなに馬鹿だとは思わなかった。
「顔をお上げ下さい」
「!」
優しい声。
……国王の声だ。
「突然のことで私も驚きましたが、事情を聞けば、やはりこれはこちらの落ち度です。それに、あのような形で募集をかけてしまった私にも責任があります」
「そんなこと……!」
思わず顔を上げると、国王の穏やかな表情が視界に入る。思わず、ドキッとした。
……なんて綺麗な顔なんだ。
見惚れそうになったところで、ハッと我に返る。
そしてバッグを持ち、立ち上がる。
「帰ります。えっと、その、……壊してしまった馬車は、ちゃんと弁償しますから」
踵を返し、ドアへ向かう。
「お待ち下さい」
国王の声に、足が止まる。
「弁償など必要ありません。それに、まだあなたを帰すわけには参りません」
「……?」
振り返ると、国王だけでなく、怪我をさせてしまった2人の護衛も立ち上がり、あたしを見つめていた。
「あなたは、私が選んだ花嫁候補だ。どうかお話だけでもさせて下さい」
「で、でも……」
あんなところ、見られちまったら……。
「お願いします」
じっと、あたしを見つめる国王。護衛2人も、頷いている。
帰りづらくなっちまったな……。
「……わかりました。じゃあ、話だけ……」
こう言うしかない。
国王は、「ありがとう」と微笑んだ。
花嫁候補は、あたしを含めて6人。
ほかの女性はみんな、あたしよりも断然可愛く、断然綺麗だ。髪型も服装も、女性らしさで溢れている。
それに、もしかしたら、全員あたしより年下かもしれない。
……ますます、自分が選ばれた理由がわからなくなったよ。
どうしてあたし、こんなところにいるんだろ。絶対場違いだよなぁ……。
あたしたちが連れてこられたのは、カランカから北西へ少し行ったところにある、一面緑豊かな行楽地だった。
きれいな草花が風にそよぐ草原。その中を流れる川の水はキラキラと輝いている。
遠くには、青々とした緑を湛える森林。その向こうには、なだらかな山の稜線が見える。
蝶が舞い、鳥たちがさえずるその場所は、立っているだけで心が洗われるような、そんな場所だった。
その景色を眺めるのに最適な丘の上には、ずらりと木造の家が並んでいる。
こういうのって確か、ログハウスって言うんだよな。初めて見た。
ちなみに、さっきまで護衛を手当てしていた場所も、その内の一軒だ。
そして今、あたしたち花嫁候補は、建ち並ぶログハウスの中でもひときわ大きな一軒の前にいる。
あたしたちより一足早くにここを訪れた国王は、このログハウスのテラスで待っていたらしい。
そのテラスでは、花嫁候補の1人と国王が、テーブルを挟んで座っている。
順番に国王と1対1で話をするという内容で、最終選考は始まった。
くじ引きの結果、あたしの順番は2番目。
今話をしている子が終われば、次はあたしだ。
……でも、まだ心の動揺が収まってない。
こんな精神状態で、まともに会話なんてできるだろうか。
「あの……」
「!」
突然の声に驚き、振り返る。そこには、あの女の子たちがいた。
「なんだい?」
聞くと、2人は目を合わせ、茶髪の子が口を開く。
「えっと、さっきはごめんなさい。私が変なこと口走っちゃったから、あんなことに……」
「ああ。もういいよ、そのことは」
思い出したくないから、触れないでほしい。
「でも、まだちゃんと謝ってなかったし……」
茶髪の子だけでなく、金髪の子もすまなそうにしている。
「だから、もういいんだって。結局、行動に移しちまったのはあたしなんだからさ」
正直、今は誰とも話をしたくない。場所を変えるか……。
「あ、あの、……カッコよかったです」
「は?」
歩き出そうと踏み出しかけた足が、止まる。止めざるを得なかった。
「あんな強そうな男の人を蹴り倒しちゃうんだもん。びっくりしちゃった」
「ね。すごかったよね」
顔を見合わせ、盛り上がる2人。
……そりゃあ、あの時は必死だったしな。
それに、完全に不意打ちだったし。決まって当然だ。
でも、まぁ、そう言われて悪い気はしない。
「強い女の人って憧れちゃいます!」
「えっ……」
キラキラとした二つの眼差しを浴びせられ、戸惑う。
「次、2番の方! イライザ・ヴィッカーズさん!」
「!」
いいタイミングで名前を呼ばれた。
「はーい!」
返事をし、ささっと2人の前から離れる。
「頑張って下さーい!」
ところが、背中に2人の声が当たる。振り返れば、笑顔で手を振ってる2人の姿。
仕方なく、「おう」と返事をしてやる。
たぶん、あたしの顔は酷く引きつっていたことだろう。




