03-D
翌朝。
オラーリャの駅前。
「忘れ物は無い?」
「大丈夫。何度も確認したし」
見送りに来てくれたシンシアと、目を合わせる。
すると、シンシアはなぜか噴き出した。
「な、なんだよ」
「ごめんごめん。だってさ、こんなに緊張してるあんた見るの初めてだったから」
そりゃ緊張するだろ。あたしが今から誰に会いに行くと思ってんだよ。
口を尖らせるあたしの肩に、シンシアの手がぽんと置かれる。
「平常心。平常心だよ、イライザ。ほら、深呼吸して」
彼女の言葉に、素直に従う。1回、2回と深呼吸。
「落ち着いた?」
……こんなもんで落ち着けたら、苦労は無いな。
「まぁ、そこそこ」
だけど、本音は口にしない。シンシアは「よし」と信じた様子。
「イライザ。自信を持って。あんたならきっと、国王様のハートをゲットできるよ!」
「……何を根拠にそんなこと言うんだい」
するとシンシアは、少し後ずさりしてあたしを見る。上から下まで、ゆっくりと。
そして親指を立てた右手を、ビシッと前に出した。
「綺麗だよ、イライザ。今日は一段と輝いてる!」
何言ってんだ、こいつ。答えになってないぞ。
「そんな顔しちゃ駄目駄目。ほら、笑って笑って。第一印象は重要だぞ!」
ニッと白い歯を見せる無邪気さに、思わず笑みが浮かんでしまう。
「そう! その顔だよ、イライザ」
「……ありがとね、シンシア」
気付けば、少し緊張が解れていた。心の中でもう一つ、彼女に礼を言う。
「じゃ、そろそろ行くよ」
汽車が来る時間が迫っている。
「行ってらっしゃい、イライザ。うまくいくことを願ってるからね!」
「ありがと」
踵を返し、駅舎の中へ。
昼頃、首都カランカに到着。人の流れに沿って、駅舎を出る。
「……相変わらずだな」
久しぶりに訪れたそこは、傭兵採用試験を受けに来た時や、新しいライセンスを取りに来た時と全く変わらず、人で溢れ返っていた。
見るだけで息苦しくなる光景だ。
「さてと」
立ち止まっていても仕方ない。とりあえず、駅前で待ってるっていう馬車を探すか。
人混みを掻き分けながら、通りの方へ視線を巡らせる。
すると、すぐに立派な馬車を2台見つけた。近くを行き来するほかの馬車とは、明らかに異なる外見。
近付くにつれ、周囲にスーツ姿の男性が何人か立っているのが見えてきた。
ガタイのいい、すごく強そうな男性たちだ。護衛という言葉がよく似合う。
たぶん、城の人たちだろう。
「あのぉ」
声をかけると、男性たちは一斉に私に視線を向ける。鋭い眼光だ。怖ぁ……。
「……国王様の花嫁募集で、その、……書類選考を通ったって手紙をもらったんですけど、この馬車で会ってますか?」
あたしの言葉を聞いた男性らは、顔を見合わせる。
その中の1人が、あたしの前までやってきた。
「お送りした手紙はお持ちですか?」
「あ、はい」
持ってこいって書いてあったからね。
バッグから手紙を出して渡すと、男性は中身を確認した後、表情を緩めた。
そして、2台停まってる内の後ろにある馬車を手で示す。
「お待ちしておりました。どうぞ、あちらの馬車にお乗り下さい」
「はい」
歩き出すあたしの後ろで、「これで揃ったな」と話し合う声が聞こえた。
……もしかして、あたしが最後だったのか?
ほかの花嫁候補は、もう乗ってるってこと?
……ちょっと待てよ? なんで2台だけなんだ?
いくら立派な馬車だからって、1台に6人くらいが限界だろ?
疑問を抱きつつ、後ろの馬車へ。向かう先で、別の男性が客車のドアを開けてくれた。
「!」
客車の中には、2人の女性の姿が。……2人?
「どうぞ」
「あ、はい」
戸惑いながら、客車の中へ。
席に座るとドアが閉まり、少しして馬車が走り出す。
「……」
ちらりと、ほかの2人を見やる。
……よかった。2人共普通の服装だ。
みんなドレスだったらどうしようって思ってたんだよ。
しかし、会話が無い。
馬車が走り出してしばらく経っても、客車の中は沈黙に包まれていた。
ほかの2人は、あたしが客車に入った時こそ一瞥を送ってきたものの、それだけだ。
1人は下を向き、1人は足を組んで窓の外を眺めている。
息苦しいなぁ。なんか話してみようかな。
……いや、そんな空気でもねぇか。やめとこ。
ドアの窓から、外を見る。
さすが首都って感じの街並みが、そこにある。景色はどんどん後ろへ流れていくけど、街並みは全く途切れない。
人も多いし、馬車も多い。どこまで行っても賑やかだ。
オラーリャとは大違いだな。比べるまでも無いんだけどさ。
走り続けて、もう1時間は経っただろうか。
馬車は線路を渡り、どんどん郊外へと向かっていた。
相変わらず建物は多いけど、その中にちらほらと緑が混ざり始め、人の姿もまばらになっていく。
……どこに向かってんだ? これ。
「騙されたのかも」
「!」
隣に座る、ヒラヒラしたワンピースを着た茶髪の女の子が、ぼそりと呟いた。
……騙された?
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
向かいに座る、もこもことした金髪が印象的な女の子が、不快げに眉をひそめた。
「だって、どんどん人気の無い方へ向かってる」
「国王様がこの先で待ってるんでしょ」
「でも、あの男の人たち、どこへ行くのか言わなかった」
「それは、あんたが聞かなかったからでしょう?」
「じゃあ、あなた聞いたの?」
「え? 聞いてない、けど、……考えすぎよ、あんた」
そう言ったものの、金髪の女の子は、顔に不安げな色を滲ませ始める。
この子らも、少なからずあの募集に疑問を抱いてたってことか。
特に、茶髪の子は。
……でも、確かに妙だな。
どうして男性たちは、あたしらに行き先を告げなかったのか。
聞くべきだったのか? どこへ行くのかって。
いや、そういうのは聞かなくても教えてくれるもんだろ?
……おいおい。マジでこれ、騙されたのか?
じゃああたしら、どこへ連れてかれるんだ?
……騙されたとなると、彼らがあの花嫁募集の紙を用意したってことだよな。
それで、応募してきた中からあたしを含む何人かを選び、今日呼び寄せた。
何のためにって考えたら、そりゃあ……。
「ねぇ、あんた」
「! ん?」
気付けば、2人の視線があたしに向けられていた。
「あんた、さっきから随分落ち着いてるけど、何か聞いてるの? どこへ行くのかとか」
不安そうな顔もそのままに、金髪の女の子が聞いてくる。
「いや? あたしも、何も聞いちゃいないけど」
「じゃあ、なんでそんなに落ち着いてんのよ。……あ! さては、あんたもあの男たちの仲間ね!」
「えっ? ちょ……」
「うそっ。そうなの?」
茶髪の子まで、怯えた目をあたしに向けてくる。待て待て。
「落ち着きなって。あたしだって、どこへ連れてかれるかわかんなくて不安さ。でも、もうちょっと様子を見ようぜ。逃げるにしたって、今は無理だろ」
あたしの放った「逃げる」という単語に、女の子たちは敏感に反応する。
「逃げるなんて、無理だよ。絶対追いつかれる!」
「私だって自信無い。どうしよう……」
どうにかして落ち着かせないと、いざって時に足手まといになりそうだな。
「……あたしは傭兵だ。あんな男共くらい、簡単に倒せる。もし本当に変なところに連れて行かれたら、あたしが守ってやるから安心しな」
信じてくれればいいけど……。
「……ホント? あんた、強いの?」
金髪の女の子に、「まぁな」と頷いてみせる。
「1人で勝てるの?」
茶髪の女の子に、「心配すんな」と笑ってみせる。
すると、2人は顔を見合わせ、大人しくなった。
……よし。とりあえず信じてもらえたかな。
……さてと。問題は、武器が無ぇってことだ。
国王と会うのに剣は必要無いって、家に置いてきちまったからなぁ。
どうするか。
……まぁ、どうにかするしかないんだが。




