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マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
イライザ編「花嫁募集」
18/28

03-D

 翌朝。

 オラーリャの駅前。



「忘れ物は無い?」

「大丈夫。何度も確認したし」

 見送りに来てくれたシンシアと、目を合わせる。


 すると、シンシアはなぜか噴き出した。


「な、なんだよ」

「ごめんごめん。だってさ、こんなに緊張してるあんた見るの初めてだったから」


 そりゃ緊張するだろ。あたしが今から誰に会いに行くと思ってんだよ。


 口を尖らせるあたしの肩に、シンシアの手がぽんと置かれる。


「平常心。平常心だよ、イライザ。ほら、深呼吸して」

 彼女の言葉に、素直に従う。1回、2回と深呼吸。


「落ち着いた?」


 ……こんなもんで落ち着けたら、苦労は無いな。


「まぁ、そこそこ」

 だけど、本音は口にしない。シンシアは「よし」と信じた様子。


「イライザ。自信を持って。あんたならきっと、国王様のハートをゲットできるよ!」

「……何を根拠にそんなこと言うんだい」


 するとシンシアは、少し後ずさりしてあたしを見る。上から下まで、ゆっくりと。

 そして親指を立てた右手を、ビシッと前に出した。


「綺麗だよ、イライザ。今日は一段と輝いてる!」


 何言ってんだ、こいつ。答えになってないぞ。


「そんな顔しちゃ駄目駄目。ほら、笑って笑って。第一印象は重要だぞ!」

 ニッと白い歯を見せる無邪気さに、思わず笑みが浮かんでしまう。


「そう! その顔だよ、イライザ」

「……ありがとね、シンシア」

 気付けば、少し緊張が解れていた。心の中でもう一つ、彼女に礼を言う。


「じゃ、そろそろ行くよ」

 汽車が来る時間が迫っている。


「行ってらっしゃい、イライザ。うまくいくことを願ってるからね!」

「ありがと」

 踵を返し、駅舎の中へ。




 昼頃、首都カランカに到着。人の流れに沿って、駅舎を出る。


「……相変わらずだな」


 久しぶりに訪れたそこは、傭兵採用試験を受けに来た時や、新しいライセンスを取りに来た時と全く変わらず、人で溢れ返っていた。


 見るだけで息苦しくなる光景だ。


「さてと」

 立ち止まっていても仕方ない。とりあえず、駅前で待ってるっていう馬車を探すか。




 人混みを掻き分けながら、通りの方へ視線を巡らせる。

 すると、すぐに立派な馬車を2台見つけた。近くを行き来するほかの馬車とは、明らかに異なる外見。


 近付くにつれ、周囲にスーツ姿の男性が何人か立っているのが見えてきた。

 ガタイのいい、すごく強そうな男性たちだ。護衛という言葉がよく似合う。

 たぶん、城の人たちだろう。


「あのぉ」

 声をかけると、男性たちは一斉に私に視線を向ける。鋭い眼光だ。怖ぁ……。


「……国王様の花嫁募集で、その、……書類選考を通ったって手紙をもらったんですけど、この馬車で会ってますか?」


 あたしの言葉を聞いた男性らは、顔を見合わせる。

 その中の1人が、あたしの前までやってきた。


「お送りした手紙はお持ちですか?」

「あ、はい」

 持ってこいって書いてあったからね。


 バッグから手紙を出して渡すと、男性は中身を確認した後、表情を緩めた。

 そして、2台停まってる内の後ろにある馬車を手で示す。


「お待ちしておりました。どうぞ、あちらの馬車にお乗り下さい」

「はい」

 歩き出すあたしの後ろで、「これで揃ったな」と話し合う声が聞こえた。


 ……もしかして、あたしが最後だったのか?

 ほかの花嫁候補は、もう乗ってるってこと?


 ……ちょっと待てよ? なんで2台だけなんだ?

 いくら立派な馬車だからって、1台に6人くらいが限界だろ?


 疑問を抱きつつ、後ろの馬車へ。向かう先で、別の男性が客車のドアを開けてくれた。


「!」

 客車の中には、2人の女性の姿が。……2人?


「どうぞ」

「あ、はい」

 戸惑いながら、客車の中へ。


 席に座るとドアが閉まり、少しして馬車が走り出す。


「……」

 ちらりと、ほかの2人を見やる。


 ……よかった。2人共普通の服装だ。

 みんなドレスだったらどうしようって思ってたんだよ。




 しかし、会話が無い。


 馬車が走り出してしばらく経っても、客車の中は沈黙に包まれていた。

 ほかの2人は、あたしが客車に入った時こそ一瞥を送ってきたものの、それだけだ。

 1人は下を向き、1人は足を組んで窓の外を眺めている。


 息苦しいなぁ。なんか話してみようかな。

 ……いや、そんな空気でもねぇか。やめとこ。


 ドアの窓から、外を見る。

 さすが首都って感じの街並みが、そこにある。景色はどんどん後ろへ流れていくけど、街並みは全く途切れない。

 人も多いし、馬車も多い。どこまで行っても賑やかだ。


 オラーリャとは大違いだな。比べるまでも無いんだけどさ。




 走り続けて、もう1時間は経っただろうか。


 馬車は線路を渡り、どんどん郊外へと向かっていた。

 相変わらず建物は多いけど、その中にちらほらと緑が混ざり始め、人の姿もまばらになっていく。


 ……どこに向かってんだ? これ。


「騙されたのかも」

「!」

 隣に座る、ヒラヒラしたワンピースを着た茶髪の女の子が、ぼそりと呟いた。


 ……騙された?


「ちょっと、変なこと言わないでよ」

 向かいに座る、もこもことした金髪が印象的な女の子が、不快げに眉をひそめた。


「だって、どんどん人気の無い方へ向かってる」

「国王様がこの先で待ってるんでしょ」


「でも、あの男の人たち、どこへ行くのか言わなかった」

「それは、あんたが聞かなかったからでしょう?」


「じゃあ、あなた聞いたの?」

「え? 聞いてない、けど、……考えすぎよ、あんた」

 そう言ったものの、金髪の女の子は、顔に不安げな色を滲ませ始める。


 この子らも、少なからずあの募集に疑問を抱いてたってことか。

 特に、茶髪の子は。



 ……でも、確かに妙だな。

 どうして男性たちは、あたしらに行き先を告げなかったのか。

 聞くべきだったのか? どこへ行くのかって。


 いや、そういうのは聞かなくても教えてくれるもんだろ?


 ……おいおい。マジでこれ、騙されたのか?

 じゃああたしら、どこへ連れてかれるんだ?


 ……騙されたとなると、彼らがあの花嫁募集の紙を用意したってことだよな。

 それで、応募してきた中からあたしを含む何人かを選び、今日呼び寄せた。


 何のためにって考えたら、そりゃあ……。



「ねぇ、あんた」

「! ん?」

 気付けば、2人の視線があたしに向けられていた。


「あんた、さっきから随分落ち着いてるけど、何か聞いてるの? どこへ行くのかとか」

 不安そうな顔もそのままに、金髪の女の子が聞いてくる。


「いや? あたしも、何も聞いちゃいないけど」

「じゃあ、なんでそんなに落ち着いてんのよ。……あ! さては、あんたもあの男たちの仲間ね!」

「えっ? ちょ……」

「うそっ。そうなの?」

 茶髪の子まで、怯えた目をあたしに向けてくる。待て待て。


「落ち着きなって。あたしだって、どこへ連れてかれるかわかんなくて不安さ。でも、もうちょっと様子を見ようぜ。逃げるにしたって、今は無理だろ」


 あたしの放った「逃げる」という単語に、女の子たちは敏感に反応する。


「逃げるなんて、無理だよ。絶対追いつかれる!」

「私だって自信無い。どうしよう……」


 どうにかして落ち着かせないと、いざって時に足手まといになりそうだな。


「……あたしは傭兵だ。あんな男共くらい、簡単に倒せる。もし本当に変なところに連れて行かれたら、あたしが守ってやるから安心しな」

 信じてくれればいいけど……。


「……ホント? あんた、強いの?」

 金髪の女の子に、「まぁな」と頷いてみせる。


「1人で勝てるの?」

 茶髪の女の子に、「心配すんな」と笑ってみせる。


 すると、2人は顔を見合わせ、大人しくなった。

 ……よし。とりあえず信じてもらえたかな。


 ……さてと。問題は、武器が無ぇってことだ。

 国王と会うのに剣は必要無いって、家に置いてきちまったからなぁ。


 どうするか。

 ……まぁ、どうにかするしかないんだが。

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