03-C
募集要項によると、書類選考を通ったら、カランカで国王と対面できるらしい。
そこで何をやるのかはわかんないけど、国のトップと会えるってのは、それだけですげぇことだと思う。
書類選考を通った人には、集合日時と場所が書かれた手紙が届くらしい。
つまり、それが届かなかったら終わりってことだ。
……応募用紙を出してから、もうすぐひと月が経つ。
始めの1週間は、結構期待に胸を膨らませたりしてたんだけど、だんだん熱が冷めて、最近では何も届かないでくれと思うようになっていた。
やっぱり、そんなあるのか無いのかわかんねぇモンに賭けるより、自分で地道に出会いを探した方がいいもんな。
だからあたしは、この頃中央の方まで仕事に出るようになった。
都会に近けりゃ、若い男もたくさんいるだろうと考えてのことだ。実際、たくさんいたし。
でも、まだ出会いは無し。
まぁ、始めたばかりだし、これからこれから。
とかなんとか、自分に言い聞かせてたある日のことだった。
「ん?」
仕事帰り、ドアの郵便受けを開けたあたしは、一通の手紙を発見する。
妙に洒落た封筒だな。そう思いつつ送り主を見た瞬間、心臓が大きく揺れた。
「え……?」
封筒の裏に記されていたのは、「オルトリンデ城」の文字。
まさか……!
慌ててリビングへ駆け込み、荷物を放ってソファへ飛び乗る。
そして震える手で封を開け、中に入っていた紙を取り出し、開く。
「……」
そこに書かれている文字に、目を走らせていく。
「……嘘だろ」
――書類選考を通過したことをお知らせ致します。つきましては、下記の日時、場所にて最終選考を行いますので、ご確認の上、お越し下さい――
確かに、そう書いてある。間違いない。
「マジ……なのか?」
その内容を、なかなか受け止められずにいる。理解が追いつかないというか、頭がぼーっとしてる感じだ。
書類選考を、通った? あたしが?
再び、その文章に目を通す。
……見間違いじゃない。
あの写真で、選考通っちゃったよ。すっぴんだぞ、あれ。あんなんでいいのかよ。
一体何が、どこが評価されたんだ?
……気を取り直して、もう一度紙を見る。
書類選考を通過したことを伝える内容の下に、明後日の日付と午後2時までという時間指定、カランカの駅前という集合場所が書かれていた。
そこに、馬車が待っているらしい。
「……」
紙を封筒へ戻し、テーブルへ放る。そして、ソファに背を預け、天井を見つめる。
……いや、まだわかんねぇぞ。まだ、騙されてるって可能性はある。
だって、やっぱおかしいもんな。国王が、一般から花嫁を募集するなんてさ。
どう考えても、冗談としか思えない。それも、悪い冗談だ。
でも、だからこそ、あたしは行かなくちゃならない。
行って、この目で確かめてこないと。
嘘なら、それでいい。今ならまだ、騙されたこっちが悪いんだと思えるからな。
それで済むなら安いもんだ。むしろ、そんなオチの方が、逆にホッとできるかもしれない。
……あんまり、期待しないでおこう。
落ち着け落ち着け。期待するな期待するな……。
翌朝、協会支部へ向かったあたしは、仕事を探すついでに例の件についてシンシアに報告した。
「えっ! 通ったの? マジ?」
「あ、ああ。どうやらそうらしい」
目を見開くシンシアに、昨日届いた手紙を見せる。
「……ホントだ。えぇ? 嘘、信じらんない」
「あたしだって、信じられないよ」
目を合わせる。シンシアの顔は、動揺のあまり引きつっている。
「……い、行くの?」
「そりゃな。行かなきゃ、ホントかどうかわかんねぇだろ?」
シンシアから返してもらった手紙を、ジャケットの内ポケットにしまう。
「それで、相談なんだけどさ。……何着てけばいいと思う?」
昨日から、そのことをずっと悩んでいた。
すると、シンシアは「う~ん」と腕を組む。
「就職の面接じゃないんだから、スーツはちょっと固すぎるかな」
それは考えた。結論も同じだ。
「ドレスとかで着飾って行くのも、なんか違う気がする」
あたしは貴族でも金持ちでもないんだから、それにも同意だ。
「……となると、やっぱいつもの格好で行くのが一番いいんじゃない?」
「いつものって、……今着てるこういうのとか?」
自分の服を見下ろすと、シンシアは「そうそう」と言った。
「いやいや、さすがにこれは無いだろ」
ジャケットにシャツにショートパンツ。あたしは、大体いつもこんな服装だ。動きやすさ重視。
仕事ならこれでいいけど、国王の花嫁候補ってことを考えると、ちょっといただけないんじゃないか?
足なんかほとんど全部出てるし、はしたない、とか言われるよきっと。
だけど、シンシアは首を振る。
「さすがに着古したヤツは駄目だと思うけど、服装としてはそれでいいと思う」
……一応、聞いてみるか。
「もしかして、それも勘?」
シンシアは、微笑んで「うん」と頷いた。やっぱりな。
「私の勘に従って、書類選考通ったでしょ? 次も従ってみなよぉ」
それも言うと思ってたよ。
……だけど、事実ではあるか。
短く溜め息をつく。
「わかった。同じようなヤツを新しく買うよ」
今回も、シンシアの勘を信じてやるか。
「今日の仕事は、すぐ終わるでしょ? 夕方頃、服見に行くの付き合ってあげる」
楽しそうだな、おい。
まぁ、でも、そう言ってもらえるのはありがたい。
「うん。頼むよ」
シンシアに手を振り、協会支部を出る。
さて、仕事頑張りますか。
「着れた~?」
「うん」
返事をすると、すぐに試着室のカーテンが開いた。
「おー、いいねいいね。やっぱイライザは、この格好じゃないと」
「……ホントに、これでいいのかぁ?」
いつもこの服装でいるから慣れているはずなのに、今は妙に恥ずかしい。
「大丈夫だって。ありのままのあんたを見せればいいんだよ」
「ありのまま、ねぇ……」
すごく不安だ。
「よし。あとは、色違いでもう1セット予備として買っておこうか」
「予備? 要るかぁ?」
「もしものことがあったら困るでしょ? 備えはしとくに越したことはないんだよ」
もしものことって、なんだよ。
……まぁいいや。
「? あれ? シンシア?」
ハッと気付いた時には、目の前にいたはずのシンシアの姿が無かった。
店内を見渡すと、女性店員を引き連れて戻ってくる彼女を見つけた。
……やれやれ。自分のことのように楽しそうだな。
日はすっかり暮れ、オラーリャは夜闇に包まれた。
通りの街灯の明かりも、頼りない。
「送ってくれて、ありがとね」
「ああ。今日は付き合ってくれてありがと。シンシア」
シンシアが暮らす集合住宅の前で、あたしたちは向かい合う。
「……明日、国王様に会えるかもしれないんだよね?」
「まぁな」
「もし本当に会えたら、……頑張ってね。私、応援してるから」
「ん? ああ。ありがと」
笑い合う。
「じゃあ、明日。駅で」
「ああ」
手を振りながら集合住宅に入っていくシンシアを見送った後、手に持っている紙袋を見下ろす。
……頑張ってね、か。
何を頑張ればいいのかは、向こうに行ってからじゃなきゃわかんないんだよな……。
その後、自分の部屋に帰るまで、そして帰った後も、国王に会った時のことを想像して、イメージトレーニングを続けた。




