03-B
応募条件は、ミドルスクールを卒業していること。……ただそれだけ。
必要なプロフィールは、名前、年齢、出身地、経歴。
それ以外に必要なのは、顔写真のみ。
下着姿でベッドに寝転びながら、募集要項に目を通す。
読めば読むほど、信じられないという思いが強くなる。
だけど同時に、この募集に対する興味が膨らみつつあった。
「花嫁か……」
これに応募して、もし選ばれたりしたら、国王と結婚することになるんだよな。
結婚……。
……男性と付き合ったことも無いあたしには、縁遠い話だと思っていた。
だけど、いつかはすることになるんだろう。今のところ、運命の出会いみたいなのは全く無いけどな。
溜め息をつき、寝返りを打つ。持っていた紙を、床に落とす。
……馬鹿馬鹿しい。
本当に国王が花嫁を募集してるとして、あたしなんかが選ばれるわけがない。
きっと、どこかの超絶美女が選ばれるのさ。現実なんてそんなもん。
応募して期待するだけ損だ。
仰向けになり、天井を見上げる。
……あたしには、この狭い部屋がお似合いだ。
いつか、どこかの普通の男性と出会って結婚して、子供を育てて、老いて、そして死ぬ。
普通の人生。そうさ、普通でいいのさ。
「……」
でも、待てよ? 問題は、その普通の人生を歩めるかどうかだよな。
今年で21歳。21年間、異性と付き合ったことは無い。
まだ若いという自覚はあるけど、言い寄ってくる男性はいない。
そもそも、ただでさえ若者の少ない南部の街だ。
そして、数少ない若い男性は、みんな彼女持ち。中には、すでに結婚している人だっている。
出会いを探そうにも、どこにも転がってないんだ。
だからと言って、別の街へ行けばすぐに見つかるってわけでもないだろうし。
……おいおい。まさかあたし、このまま独りで老いていくことになるんじゃあ……。
ごろりと転がり、床に落とした紙を拾い上げる。
「……」
賭けて、みるか?
身体を起こし、じっと紙を見つめる。ゴクリと喉が鳴る。
……そ、そうだな。駄目で元々。何もしないで後悔するより、やってみた方がいいに決まってる。
もしかしたら、何かいいことあるかもしれないし。
「よし」
ベッドを下りる。
……応募しよう。
一眠りして体調を万全にした後、身支度をして外出。向かった先は、写真屋だ。
写真なんて、傭兵採用試験の受験のために顔写真を撮って以来、一度も撮ってない。およそ2年半振りだ。
店に入ろうとして、躊躇いに足が止まる。
なぜなら今、素顔だからだ。
……大人なんだから、化粧の一つもするべきなんだろうけど、化粧の仕方がわからない。
一度もしたことがないんだ。今まで必要無かったし。
でも、今更不慣れなことをするより、思い切って素顔で行った方がいいんじゃねぇか?
……どうする? シンシアに教えてもらおうか。
「イライザ?」
「――!」
「何してんの、そんなとこで」
まさに今考えていた人物の声。顔を向けると、私服姿のシンシアが訝しげにあたしを見ていた。仕事帰りだろう。
「えぇっ……と、その……」
「写真撮るの? なんのために?」
不思議そうに小首を傾げるシンシア。
……正直に、言うべきだろうか。
「あ。もしかして、あんた……」
シンシアは目を細め、ニヤリとする。
「あれに応募するつもり?」
「う……」
……言おう。隠す意味も無いし。
事情を聞いたシンシアは、始め面白がっていたものの、次第に真面目に取り合ってくれるようになった。
「化粧くらいいくらでも教えてあげられるけど、私はそのままでいいと思うなぁ」
写真屋の隣にある建物の壁に、並んでもたれるあたしたち。
通りにはほとんど人影が無く、とても静かだ。
「なんで? 顔写真が必要なのは、綺麗な女性を選びたいからだろ? だったら、化粧をしてできるだけ綺麗にした方がいいだろ」
するとシンシアは、「綺麗、ねぇ」とあたしを見る。
「あんたさ、化粧しなくても綺麗だよ?」
「えっ? 何言ってんだい」
「いや、ホントだって。あんたは絶対そのままの方がいいよ」
……あたし、そんなに綺麗な顔してるか?
もしかして、からかわれてる?
「素顔のままで大丈夫。私の勘を信じて。ね?」
必死な顔だ。ふざけてるようには見えないか。
う~ん……。
「……わかったよ。じゃあ、このままで写真撮ってもらってくる」
信じよう。シンシアの勘を。
「あ、でも、もし駄目でも怒らないでね?」
ニコッと笑うシンシアに「わかってるよ」と言い残し、写真屋のドアを開けた。
多めに10枚も撮ってもらった中から、応募用紙と一緒に送る1枚を選ぶ。
ここはあたしの部屋。隣にはシンシアもいる。
「……やっぱり、これが一番いいんじゃない?」
「そうかぁ? あたしは、こっちのがいいと思うけど」
さっきから、なかなか決まらない。
「ううん、こっちの方がいいって。私を信じて、イライザ」
「……やっぱあんた、ちょっとふざけてない?」
「そんなことないよぉ。私の勘が、これがいいって言ってるの」
また勘か……。
まぁいいや。
「わかったわかった。それにするよ」
シンシアから写真を受け取る。
正直、10枚全部同じに見えてたし。
違いがわかるってんなら、その言葉を信じようじゃないか。
「応募用紙はちゃんと書いたの?」
「ああ。ほれ」
必要事項は全て記入し、何度も見直したそれをシンシアに見せる。
「ふむふむ。……うん。書けてるね」
応募用紙を見るシンシアに、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「ところでさ、あんたは応募しないの?」
「え?」
何、そのきょとんとした顔。
それは、すぐに苦笑いへと変わる。
「出さないよぉ。何言ってんの?」
「え? でも、あたしが出すなら付き合うって、今朝言ってなかった?」
「言ったけど、あれは、こんなふうにあんたを手伝ってあげるって意味だよ」
そういうことかよ。
「それにほら、私、彼氏いるし」
「うっ……」
そういや、そうだった。
くっそ~。なんだこいつの余裕っぷりは。
何も言い返せないのが、あまりにも悔しい……!
片や自然に彼氏を見つけ、片や真偽不明の花嫁募集に縋る。
何、この差……。
「何怖い顔してんの? ほら、早く封筒に入れて」
「……うん」
怒っても仕方ない。ただの八つ当たりにしかならないもんな。
シンシアの言葉に従い、応募用紙と写真を封筒に入れる。
「今日はもう遅いし、明日出すことにするよ」
「そっか。じゃあ、私行くね」
シンシアに続いて、あたしも立ち上がる。
「ありがとね、いろいろ」
「いえいえ」
玄関でシンシアを見送り、ドアを閉める。小さく溜め息。
リビングに戻り、ソファに身を預ける。手には封筒。
それをじっと見つめ、今度は深く溜め息をつく。
……あたし、いつの間にかすごく期待してるな。これに。
もし選ばれたらどうしようとか、そんなことばっかり考えてる。
相手は国王だぞ?
あたしみたいな女が、選ばれるわけないじゃないか。
頑張って、身の丈に合った相手を探す方がよっぽど現実的だ。
……んなことね、わかってんの。
何度目だ? 頭ん中でごちゃごちゃおんなじこと考えるの。
首をぶんぶん横に振る。
「……走ってこよ」
部屋で1人じっとしてたら、余計なことばっか考えちまう。
思いっきり走って疲れて、飯食って風呂入ってさっさと寝よ!




