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マーセナリーガール -彼女たちのその後-  作者: 海野ゆーひ
イライザ編「花嫁募集」
16/28

03-B

 応募条件は、ミドルスクールを卒業していること。……ただそれだけ。

 必要なプロフィールは、名前、年齢、出身地、経歴。

 それ以外に必要なのは、顔写真のみ。



 下着姿でベッドに寝転びながら、募集要項に目を通す。

 読めば読むほど、信じられないという思いが強くなる。


 だけど同時に、この募集に対する興味が膨らみつつあった。


「花嫁か……」

 これに応募して、もし選ばれたりしたら、国王と結婚することになるんだよな。


 結婚……。


 ……男性と付き合ったことも無いあたしには、縁遠い話だと思っていた。

 だけど、いつかはすることになるんだろう。今のところ、運命の出会いみたいなのは全く無いけどな。


 溜め息をつき、寝返りを打つ。持っていた紙を、床に落とす。


 ……馬鹿馬鹿しい。


 本当に国王が花嫁を募集してるとして、あたしなんかが選ばれるわけがない。

 きっと、どこかの超絶美女が選ばれるのさ。現実なんてそんなもん。

 応募して期待するだけ損だ。


 仰向けになり、天井を見上げる。

 ……あたしには、この狭い部屋がお似合いだ。


 いつか、どこかの普通の男性と出会って結婚して、子供を育てて、老いて、そして死ぬ。

 普通の人生。そうさ、普通でいいのさ。


「……」

 でも、待てよ? 問題は、その普通の人生を歩めるかどうかだよな。


 今年で21歳。21年間、異性と付き合ったことは無い。

 まだ若いという自覚はあるけど、言い寄ってくる男性はいない。


 そもそも、ただでさえ若者の少ない南部の街だ。

 そして、数少ない若い男性は、みんな彼女持ち。中には、すでに結婚している人だっている。


 出会いを探そうにも、どこにも転がってないんだ。

 だからと言って、別の街へ行けばすぐに見つかるってわけでもないだろうし。


 ……おいおい。まさかあたし、このまま独りで老いていくことになるんじゃあ……。


 ごろりと転がり、床に落とした紙を拾い上げる。


「……」

 賭けて、みるか?


 身体を起こし、じっと紙を見つめる。ゴクリと喉が鳴る。


 ……そ、そうだな。駄目で元々。何もしないで後悔するより、やってみた方がいいに決まってる。

 もしかしたら、何かいいことあるかもしれないし。


「よし」

 ベッドを下りる。


 ……応募しよう。




 一眠りして体調を万全にした後、身支度をして外出。向かった先は、写真屋だ。


 写真なんて、傭兵採用試験の受験のために顔写真を撮って以来、一度も撮ってない。およそ2年半振りだ。


 店に入ろうとして、躊躇いに足が止まる。

 なぜなら今、素顔だからだ。



 ……大人なんだから、化粧の一つもするべきなんだろうけど、化粧の仕方がわからない。

 一度もしたことがないんだ。今まで必要無かったし。


 でも、今更不慣れなことをするより、思い切って素顔で行った方がいいんじゃねぇか?


 ……どうする? シンシアに教えてもらおうか。



「イライザ?」

「――!」


「何してんの、そんなとこで」

 まさに今考えていた人物の声。顔を向けると、私服姿のシンシアが訝しげにあたしを見ていた。仕事帰りだろう。


「えぇっ……と、その……」

「写真撮るの? なんのために?」

 不思議そうに小首を傾げるシンシア。


 ……正直に、言うべきだろうか。


「あ。もしかして、あんた……」

 シンシアは目を細め、ニヤリとする。


「あれに応募するつもり?」

「う……」


 ……言おう。隠す意味も無いし。




 事情を聞いたシンシアは、始め面白がっていたものの、次第に真面目に取り合ってくれるようになった。


「化粧くらいいくらでも教えてあげられるけど、私はそのままでいいと思うなぁ」


 写真屋の隣にある建物の壁に、並んでもたれるあたしたち。

 通りにはほとんど人影が無く、とても静かだ。


「なんで? 顔写真が必要なのは、綺麗な女性を選びたいからだろ? だったら、化粧をしてできるだけ綺麗にした方がいいだろ」

 するとシンシアは、「綺麗、ねぇ」とあたしを見る。


「あんたさ、化粧しなくても綺麗だよ?」

「えっ? 何言ってんだい」

「いや、ホントだって。あんたは絶対そのままの方がいいよ」


 ……あたし、そんなに綺麗な顔してるか?

 もしかして、からかわれてる?


「素顔のままで大丈夫。私の勘を信じて。ね?」

 必死な顔だ。ふざけてるようには見えないか。


 う~ん……。


「……わかったよ。じゃあ、このままで写真撮ってもらってくる」

 信じよう。シンシアの勘を。


「あ、でも、もし駄目でも怒らないでね?」

 ニコッと笑うシンシアに「わかってるよ」と言い残し、写真屋のドアを開けた。




 多めに10枚も撮ってもらった中から、応募用紙と一緒に送る1枚を選ぶ。

 ここはあたしの部屋。隣にはシンシアもいる。


「……やっぱり、これが一番いいんじゃない?」

「そうかぁ? あたしは、こっちのがいいと思うけど」

 さっきから、なかなか決まらない。


「ううん、こっちの方がいいって。私を信じて、イライザ」

「……やっぱあんた、ちょっとふざけてない?」

「そんなことないよぉ。私の勘が、これがいいって言ってるの」


 また勘か……。


 まぁいいや。


「わかったわかった。それにするよ」

 シンシアから写真を受け取る。


 正直、10枚全部同じに見えてたし。

 違いがわかるってんなら、その言葉を信じようじゃないか。


「応募用紙はちゃんと書いたの?」

「ああ。ほれ」

 必要事項は全て記入し、何度も見直したそれをシンシアに見せる。


「ふむふむ。……うん。書けてるね」

 応募用紙を見るシンシアに、ふと気になったことを聞いてみることにした。


「ところでさ、あんたは応募しないの?」

「え?」

 何、そのきょとんとした顔。


 それは、すぐに苦笑いへと変わる。


「出さないよぉ。何言ってんの?」

「え? でも、あたしが出すなら付き合うって、今朝言ってなかった?」

「言ったけど、あれは、こんなふうにあんたを手伝ってあげるって意味だよ」


 そういうことかよ。


「それにほら、私、彼氏いるし」

「うっ……」

 そういや、そうだった。


 くっそ~。なんだこいつの余裕っぷりは。

 何も言い返せないのが、あまりにも悔しい……!


 片や自然に彼氏を見つけ、片や真偽不明の花嫁募集に縋る。


 何、この差……。


「何怖い顔してんの? ほら、早く封筒に入れて」

「……うん」

 怒っても仕方ない。ただの八つ当たりにしかならないもんな。


 シンシアの言葉に従い、応募用紙と写真を封筒に入れる。


「今日はもう遅いし、明日出すことにするよ」

「そっか。じゃあ、私行くね」

 シンシアに続いて、あたしも立ち上がる。




「ありがとね、いろいろ」

「いえいえ」

 玄関でシンシアを見送り、ドアを閉める。小さく溜め息。




 リビングに戻り、ソファに身を預ける。手には封筒。

 それをじっと見つめ、今度は深く溜め息をつく。


 ……あたし、いつの間にかすごく期待してるな。これに。

 もし選ばれたらどうしようとか、そんなことばっかり考えてる。


 相手は国王だぞ?

 あたしみたいな女が、選ばれるわけないじゃないか。

 頑張って、身の丈に合った相手を探す方がよっぽど現実的だ。


 ……んなことね、わかってんの。

 何度目だ? 頭ん中でごちゃごちゃおんなじこと考えるの。


 首をぶんぶん横に振る。


「……走ってこよ」

 部屋で1人じっとしてたら、余計なことばっか考えちまう。


 思いっきり走って疲れて、飯食って風呂入ってさっさと寝よ!

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