02-G
ファミリアの襲撃で孤児院を追われた私たちを保護し、戦い方まで教えてくれた傭兵、ルイス・キルマイヤー。
彼と過ごした家が、この辺りにあるかもしれない。
クエスタの北に、ぽつんと一軒家が無いかと協会員に聞いてみたところ、帰ってきた答えは「あるよ」だった。
名前までは記録に残っていないけど、そこはかつて、どこかの傭兵が所有する家だったようだ。
しかし、いつの間にか無人となり、今は完全に放置されているらしい。
もしかしたら、とっくにファミリアによって破壊された後かもしれないとも言われた。
そして今、協会員から借りた地図を頼りに、クエスタの北へ向かって歩いている。
その家までは、直線距離で10キロほど。すでに半分は来ているはずだから、そろそろ見えてくる頃だろう。
「お。あれじゃねぇか?」
リュシーが指差すのは、私たちが立つなだらかな丘の下。その先に広がる草原の中に、ぽつりと小さく家のような物が見える。
「遠くてわかんねぇけど、壊れてるようには見えねぇよな」
「そうだね。とにかく、行ってみよう」
周囲を見渡す。
そこには、木々や草花、手付かずの自然が広がっている。
そういえば、あの頃もこんな感じだったような気がするな。
「おい、マリサ。さっさと来いよ」
「そうだよ。クエスタにはできるだけ早く戻らないといけないんだからさ」
見れば、少し先でこちらを振り向いている2人の姿があった。
そうだ。早くしないと日が暮れる。
それに、こうしている間にも、またクエスタがファミリアの群れに襲われているかもしれないんだ。
私は、走って2人のもとへ向かった。
赤く染まり始めた空。その下で、私たちは目の前にある家を見上げていた。
「……間違いねぇな。ここだ」
「うん。周りの景色も、あんまり変わってないね」
草原の中に佇む、小さな一軒家。一階建てのその建物は、あの時とさほど変わらない姿のまま、そこにあった。
汚れた壁や窓ガラスにはところどころにヒビが入り、建物そのものは、周囲を背の高い雑草に覆われ、自然の中に埋もれつつある。
それ以外は、あの時のままだ。大きく破損している部分は見当たらない。
「しっかし、よく思い出したな、マリサ。この家がどこにあったかなんて、あたしはすっかり忘れてたよ」
ちらりと目を向けてくるリュシーに、私はどんな顔をしたらいいのかわからず、曖昧に頷いておいた。
「とりあえず、中に入ってみるか」
歩き出すリュシー。私の身体は、なぜかその動きに激しく反応した。
「うぉっ」
気付けば、リュシーを追い越して玄関のドアノブに手をかけていた。
ノブを動かすと、ガチャリとドアが開く。鍵はかけられていないようだ。
「そんなに楽しみにしてたのかよ」
リュシーの言葉を無視して、ドアをいっぱいまで開ける。途端に、ホコリっぽい臭いが漂ってきた。
「まぁ、何年も放ったらかしにしてたら、こうなるよね」
いつの間にか近くに来ていたテッサが、後ろから顔を出す。
「おら。一番に入りてぇんだろ? さっさと入れよ」
リュシーに押され、家の中へ。
家の中はかなりホコリっぽく、床は砂でじゃりじゃりしていた。
残されていた家具は、全てホコリで真っ白。空気もどこかひんやりとしていて、妙な臭いが漂っているように感じる。
「やっぱり、家って人が住んでないと駄目なんだねぇ」
テッサの呟きに、リュシーが「だな」と同意。
「これって、木の臭い? どこか腐り始めてるのかな」
妙な臭いは、それか。
「だろうな。……ああ、ここ、床がちょっとぐにゃっとしてるぞ」
「ホントだ~。だいぶ傷んでるね~」
2人に踏まれた床が、ギシギシと悲鳴を上げている。
それを視界の隅に捉えつつ、家の中を見て回る。
リビングに、キッチン。短い廊下を進めば、私たちが使っていた部屋と、ルイスの部屋がある。
狭いな。今住んでいるクエスタの家といい勝負だ。
一部屋見るごとに、あの頃の記憶が少しずつ蘇ってくる。
全部は思い出せないけど、ルイスやあの2人と過ごした日々は充実していたな。
……途中であんなことになっちゃったけど、それを含めても、良い思い出として私の中に残っていくことだろう。
そう思えるのはきっと、リュシーたちとの再会を果たし、リュシーと仲直りできたからだ。
それが無ければ、ここに戻ってこようと思えたかどうか……。
「おー、懐かしいね。ここ、私たちが使ってた部屋だよ」
「!」
気付けば、テッサとリュシーがすぐ横に来ていた。
「改めて見ると、かなり狭いな。うぉ、シーツの色がやべぇな」
部屋の隅に並べられた二つのベッド。そのままになっていたシーツは、黄色っぽく変色している。
「あのベッドって、あの人が買ってきてくれたんだよね」
「ああ。二つしか用意できなかったっていうから、くっつけて3人で使ってたんだよな」
楽しげに話し合う2人をよそに、私はその向かいにあるルイスの部屋を覗く。
……ここも、家具はそのままだ。
窓際にある椅子に座って、外を眺めていた彼の姿を思い出す。
「なんかあったか?」
「!」
真横に、リュシーの顔。驚く私に、彼女は「なんだよ」と眉を寄せる。
「……何も、無いよ。ここを出る時にも、何度も確認したし」
「そっか。残ってたのは、その剣だけだったんだよな」
リュシーは、私の腰にある剣を見る。私は「うん」と頷き、ドアを閉める。
「もういいのか?」
そう聞いてくるリュシーの横を通り抜けざま、もう一つ「うん」と頷く。
「そうかい。んじゃ、そろそろ帰るか。これ以上ここにいても、どうしようもねぇしな」
背後でリュシーの声。その声に、テッサが「そだね」と答えている。
そうだ。ここにいたって、あの頃の生活が戻ってくるわけではない。
それに、別にあの頃に戻りたいわけではないんだ。ただ、もう一度だけ、この家を見たかった。それだけだ。
……この家のことを、思い出すことができて良かった。
これで、余計なことは何も考えずに、新しい街で生活していける。
胸のどこかに刺さっていたトゲが抜けたような、すっきりとした気持ち。
外に出れば、もう二度とここへ戻ってくることはないだろう。
ドアノブを動かし、ドアを押し開ける。
その時――
「うっ」
突如吹き荒ぶ風。あまりの強風に、ドアごと押し戻されそうになる。
「お、おい! なんだこの風!」
「げほっ、げほっ、ホコリが……」
後ろで、リュシーとテッサが声を上げる。
荒れ狂う風はしつこく、なかなか収まらない。
なんなの、この風は……!
無理矢理、外に出る。
「――!」
そして、私たちはそれを見た。
「お、おい。なんだよ、ありゃあ……」
声を出せたのは、リュシーだけだった。私は、見開いた目をそれに固定して、立ち尽くすことしかできなかった。
上空を、夕日に向かって飛んで行く、巨大な影。
「ドラゴン……?」
テッサの呟きに、リュシーはすぐさま「はぁ?」と反応。
「馬鹿言うなよ。そんなもん、いるわけ……」
「でも、あの形は……」
それきり、黙り込む2人。
ドラゴン。それは、作り話の中だけに登場する、架空のモンスター。
でも確かに、空を飛んで行くそれは、巨大な翼を広げたそれは、まさにドラゴンという姿をしている。
……だけど、本当にあれはドラゴンなんだろうか。
いや、あんなに巨大な種類は見たことが無いけど、普通に考えれば、あれはファミリアだ。
……まさか、新種? それとも、すでに発見されている種類なのか?
わからない。
巨大な生物は、私たちには気付かずに、ただひたすら真っ直ぐに飛んで行く。
あっという間に離れていく巨大な影。風も収まってきた。
そこに至ってようやく、まるで今まで金縛りにでも遭っていたかのように固まっていた、身体の自由が戻る。
そして最初にした行動は、3人で顔を見合わせるというものだった。
テッサもリュシーも、困惑一色の顔をしている。私も、同じような表情でいるのだろう。
やがて、リュシーが口を開く。
「……帰るか」
それに対し、テッサは「うん」と一言、私は首肯で答えた。
「どうする? あのデカい奴のこと、報告するか?」
「した方がいいんじゃない? ここからクエスタまでは、結構近いし」
「でもよ、あんなデカいのに襲われたら、どうしようもねぇぞ?」
「クエスタに来るとは限らないよ。でも、もし来たら、……逃げようね」
頷き合う姉妹から視線を外し、遠くの空を見る。
けれど、すでにあの生物の姿は無かった。もう、風も吹いていない。
まるで、幻でも見たかのようだ。
「マリサ。帰るぞ」
その声に振り返ると、すでに2人は歩き始めていた。
「うん」
私も、その後を追う。
ルイスとの思い出の地に来たことへの感慨はすでに消え、頭の中は、あの巨大生物のことでいっぱいになっていた。
――新天地 END――
マリサ編は、これで終わりです。




