さんま
タイトルに意味はありません。
2人の姿がはっきり見えるところまで来てわたしは物陰に隠れた。
いや、だってわたしの前社会人スキルが今は出てっちゃいけない!危険だ!と信号をならしてるんだもん。こういう時は従っとくに限る。
2人は立ち止まってるけど、わたしには半分くらい背を向けた形になってるので気づいてないっぽい。ここからだと声も聞こえないから出歯亀にもならないはず。うん。
しかしちらっとしか見えなかったけど、森木さんの顔は凄まじく可愛らしかった。いつもの5割増し。嬉しそうな様子が全身で表れてる。その様が一段とわたしに苦手意識を植えつけるのだ。
敏い女の子なら気づくと思うんだけど、森木さんは人によって対応を少し変えている。それ自体は世の中をスムーズに生きていくには必要なことだし、誰しもがやってることだから気にならないと思ってたんだけど、彼女のはちょっと違うんだよね。なんというかまぁ、女が決して好きじゃないやつ。所謂ぶりっ子。あれ?これもしかして死語?でも端的に言えばそんな感じ。本当に少しの違いなんだけど。前世にもいたんだよねぇ。自分はそんなつもりじゃありませんっていって周りの人を振り回してる人。大概アホな男が引っ掛かってて、本当にイイ男は引っ掛からないの。もうあんなゴタゴタには巻き込まれたくない。だからわたしは森木さんに人一倍敏感になってるのかも。ちゃんと話したことないから偏見かもだけど。
おっと、話は終わったみたいだ。めっちゃいい笑顔で森木さんがパタパタと音を立てながらわたしの横を走り去っていく。パタパタってまるでヒロインみたいだな。さて、あとはあの人がどっかに行ってくれれば……
「こんなとこで覗きかい?」
見つかっちゃったみたい。別にいいけど。
「覗きじゃありません。ジャマしたら悪いかと思っての気遣いです。副会長。」
森木さんと話をしていたのはこの学校の生徒会副会長サマだ。これまたイケメン。美少女とイケメンのツーショットはとても絵になりましたよ。副会長、守杏透流先輩はまだ大人の色気は出てないけど、杏望先生よりのイケメンさんだ。キレイといえる顔立ちにいつも笑みを湛えてるが、切れ長の目が酷薄さを出してるようで、中身を知らない人から見れば冷たい人と思われがちだ。全然違うけど。そしてわたしの敬愛する静流先輩の双子の弟さんだ。
弓道部に入部する条件はこの副会長に興味を持ってない人。守杏なんて名字も珍しいし、顔立ちも似てるから2人が双子なのはすぐわかるんだけど、この副会長は前述した通り冷たそうな人。だから姉の静流先輩に取り入りたいっていう女の子が弓道部に入部届けを出しに来たそうな。でもそこは流石の静流先輩!そんな女の子たちはお断りだーって一刀両断し、本当に弓道をやりたい人だけを選別したんだって。だから試験って言っても静流先輩の前で受け答えだけで終わったし。わたしには別の下心はあったけどね。
「ジャマってなんで?彼女には道を聞かれただけだよ?この学校広いからまだ迷うよね。かくいう舞も迷ってたしねぇ。今はもう迷わず弓道場行ける?」
そうなのだ。わたしは弓道場に入部届けを出しに行こうかと思ったんだけど、広いうえに分かりづらい場所にあるため迷いに迷いまくった。わたしのような方向音痴に簡素に書かれた地図なんて無意味!むしろ余計迷った!そこをこの副会長サマに助けてもらったのだ。そのころには自分が何処を歩いてるかわかんないし、下校時刻も迫っていて半泣きだったらしい。(わたしにはそんな意識なかったけど!)
それからこうやって話しかけてくれるようになったけど、事あるごとにあの時の話をされるのは頂けない。仕方ないじゃないか!死んでも治んなかったんだから!
「お気遣いアリガトウゴザイマス。もう流石に迷ったりしてませんのでご安心下さい。じゃぁわたしはこれで。さようなら。」
と棒読みで立ち去ろうとしたが、ついてきた。予想はしてたけど。
「どうしたんですか?」
「ジュースの買い出しでしょ?手伝うよ。」
「……ありがとうございます。」
別にそこまで重くないし、筋トレにもなるから大丈夫だったんだけど、お言葉に甘えといた。だって、
「本当にどうしたんですか?なんか様子が変ですけど…。」
いや、先輩に向かって変って言うのは失礼なのはわかるんだけど、それ以外言葉が出なかったのだ。いつも笑ってる顔が少し困ってるっていうか……
「わかる?……実はさっきの女の子にね、私の前では無理して笑わなくてもいいですよって言われたんだ。作り笑いなんて気持ち悪いから止めて下さいって。僕の顔ってそんなに気持ち悪く見えるかい?一応誰にも言われたことなかったんだけど……ちょっとヘコむなって。」
おいおい。初対面の人間に笑顔が気持ち悪いって言うか?しかも作り笑いって、この歳なら普通に出来てないと逆に社会に出ていけるか不安になっちゃうぞ?ってかリアルにそんなこと言う人初めて見た。漫画か乙女ゲームの世界だけだと思ったぜぃ。
「えーっと、結論から言えば副会長の笑顔というか、顔は気持ち悪くないです。むしろ整いすぎてうらやまです。わけてほしいです。そしてわたしはその顔静流先輩に似てて大好きです。双子なので当たり前かもですが。だから気にしなくていいと言うか、失礼な事言われたって怒っていいと思います。」
「……ありがとう。やっぱり舞だね。」
何がやっぱりなのかはさっぱりだが、憂い事はなくなったみたいだ。憂う姿を見せた日には女子生徒が鼻血を出して倒れるに違いない。
この副会長は見た目に反して天然だ。今だったら、森木さんは『作り笑顔』が気持ち悪いと言ったのに対して、副会長は『顔』が気持ち悪いと受け取っていた。話をちゃんと聞いてたのにどーしてそーなる。しかも自分が女の子にキャーキャー言われてるのも気づいてないそうだ。(静流先輩情報)だからみんなが遠巻きに見るのは自分の目付きが悪いせいだと思ってるらしい。それに人見知りも入ってるから初対面の人には顔がひきつってしまうという悪循環。まぁ、そう思い込んでるのは自分だけで、周りは恍惚の表情で副会長の顔を眺めているがな。この人は一度自分というものを知ったほうがいいと思いますよ。
森木さんが何を思って『気持ち悪い』発言をしたのかは知らないが、そこから好意は湧かないと断定出来る。今だって副会長は気にする様子もなくジュースを選んでくれてるし。あっ、
「1本足りません。今日は杏望先生がいらっしゃってるので。」
「杏望先生また来てるの……?」
何故かあまり杏望先生と仲良くない副会長。頼むからこれ以上面倒を増やさないで下さいね。
人見知りの副会長が何故舞を助けたかというと、正義感よりかはこのまま放置したらますますヤバそうになるという予感のため。ちなみに私も方向音痴。真っ直ぐを曲がってしまうやつです。