②三途の川
後ろから抱き付いてきたのは榊太一だった。
うん。帰ろう。『探しちゃった』なんて言われても知らん。わたしに用事はない。会いたくもない。よし!そうと決まれば!
「そうですか。見つかって良かったですね。じゃぁわたしはこれで失礼します。」
ひっぺがすのはさすがに無理だから、そのまま歩こうとする。
「あ~そんな冷たいこと言わないでぇ~!ちょっとボクとお話しよう?大事な話があるんだ!ナイショナイショのお話~。」
結構です。ほんとに。帰りたいのわたしは。一応病み上がりなんだから!そんなようなことを言っても聞く耳を持つ気がヤツにはないらしい。勝手にペラペラ喋りだした。
「ボクねぇ、こんな見た目じゃん?だからよくかわいいって言われるんだけどね?本当はボクだってかっこいいって言って欲しいんだよね。でもある日『かっこいい』って言われたんだ!しかもたくさんの子に!だからその日からボクは『10歳未満の子』としか恋愛しないことにしたんだ!あの子たちから見ればボクは『大人の男』でしょ?だったらずっとかっこいいって言われ続ける。同年代がダメだったら年下に目を向ければいいんだよね!んなか簡単なことに気付かないなんて、ボクはバカだよね~。」
「…………」
びっくりしすぎて声が出なかった。
えっ、こいつなんつーことカミングアウトしてくれてんの?
堂々と言っちゃってくれてるけど、それって幼女趣味ってことでしょ?
なんでそんなことわたしに言う!!やめて!(自分のために)聞きたくなかった!!
「でもさすがにそれは公言出来ないじゃん?だから密かに悩んでたんだよね。そしたら!リンリンが『ありのままでいいんですよ。』って言ってくれたんだ!こんなボクでも大丈夫だって!なんかその言葉聞いたら安心しちゃって。そっから不思議なことにリンリンしか目に入らなくなっちゃって。……ボク、リンリンに恋しちゃったみたいなんだ。16歳なのに。おかしいよね。」
いやまともだと思う。それ以前の榊太一の方がおかしいよ。
まぁよかった。この世から犯罪者予備軍が消えたわけだ。その『リンリン』とやらに感謝せねばな。
というか誰?
「だからね!リンリンの親友であるマイマイに協力してほしいんだ!リンリンはあの通りライバルも多いからね。しんちゃんとか龍ちゃんとかほんと邪魔なんだよ!お願い!ボクの味方になって?」
しししししんゆうーーー!!??
誰が!?誰と!?
わたしに親友なんてものはいない!
これまでの人生で(前世含む)、女が言う親友ほど信用できないものはない!もちろんわたしの持論だけど。
なのでわたしに親友はいません。美晴も友達だ。ただし『大切な』友達だけど。
こいつ(遂にこいつ呼ばわり)誰と間違えてんの?わたしに『リン』が付く知り合いなんていないけど。ってかマイマイもやめて。気持ち悪い。
「リンリンって誰です?わたしにそんな知り合いいませんけど。」
「んも~!もうボケちゃったの?リンリンはリンリンだよ!いっつも一緒にいるじゃん!森木華鈴だよぉ!」
こいつにだけはボケてるって言われたくない!
ん?森木華鈴?だからリンリンね……。
いやいやいや、一緒にいないから。ただのクラスメイトだから。ほんとに誰と勘違いしてんの。
「いや、わたしと森木さんは親友と呼ばれるような関係じゃ……」
「なに言ってるの?リンリンとケンカでもしたの?あっ!だから1人でいるんだね!2人はいつもべったりなのに珍しいって思ったんだぁ。ボクたちが嫉妬するぐらい。でも早く仲直りしなよ?リンリンがかわいそうじゃん。」
話が通じない……。しかもなんでこんな妄想をこいつは信じこんでるんだろう。
得体の知れない何かと対峙してるような気になって怖くなった。
なのでとりあえず逃げることにしてみた。
回れ右してそのままダッシュ!
挨拶?んなもん知るか!!
「あっ!なんで逃げるのぉ~!待ってよぉ!まだ話は終わって…」
逃げるわたしを追いかける榊太一。
来んな!わたしは足が遅いんだ!
案の定腕を掴まれ止まらざるを得なかったので、腕を振り払ってまた逃げようとした瞬間!
「あっ……」
階段のそばにいたのに足を踏み外してしまった。
落ちたら絶対痛い!と思ったのに、一瞬後に何かに包まれる感じがして、ぐるぐる(多分)回りながら落ちた。でもやっぱりあんまり痛くない。
あれ?って思いながら目を開けてみれば、見えるのは白いモノ。ナニコレ?ペタペタ触ってみると、『うぅっ…』うめく声が聞こえた。
ヤバイ!榊太一が下敷きになってるんだ!
慌てて体をどかすと、小汚なくなった榊太一が……。
えっ、意識ない?うそでしょ?
ヤバイヤバイと焦りながら『保健室…、杏望先生のとこに…』それだけが頭を駆け巡る。
とにかく保健室!そう思って榊太一の体を起こして肩に引っかけて引っ張っていく。
幸い、他の先生が通りがかったから運んでもらい、杏望先生に診てもらうことができた。
後から思うと、よく運べたな自分。火事場の馬鹿力か。って思うけど、あのときは必死だったのだ。わかってほしい。
「杏望先生、榊先輩は……」
「問題ありません。頭にたんこぶぐらいです。意識がないのは軽い脳震盪でしょう。一応本人が起きたら痛いところを聞いてみます。」
あぁ良かった。階段からわたしを庇って落ちたのだ。いくら原因は榊太一とはいえ、それで怪我をされたらわたしも後味悪いし。
「それにしても…あなた1人で男子を運ぼうなんて無謀にも程がありますよ。たまたま他の先生が通りがかったからいいようなものを。下手をすればあなたも怪我をしていたかもしれないんです。今度からは電話してきなさい。」
おっしゃる通りで…。普通に携帯から学校に電話して助けを呼べば良かったよね。
でもあのときはとにかく必死だったんだよ~!
心なしか杏望先生の言葉も冷たい気が…
「……つっ!」
あ、起きた。
やっぱり体を起こすのは辛そうで、起きるのを手伝った。
「あの…先輩大丈夫ですか?すいませんわたしのせいで……」
「あれぇ?キミは確か……宝探しの実行委員だった子だよね?ってかボクなんで保健室?」
榊太一は頭を打ったせいか、さっきまでわたしといたことや、階段から落ちたことを忘れてしまったみたいだ。なんと嘆かわしい…。
とにかく、庇ってくれたことにお礼を言って謝ったんだけど、『覚えてないから別にいいよ~』と言ってくれた。意外と優しいな。
「というか、なんでボクはキミと一緒にいたの?たまたま?なんか最近のことよく覚えてないんだよね。」
「えっと、先輩が好きな子がいるからって、わたしに協力を求めてきたんですけど…。あ、でも、わたしとその子、別に仲良くないんで先輩の勘違いなんですけどね!?」
一応デリケートな話の筈だから、小声で言ったんだけど、それにびっくりしたのは他でもない榊太一だった。
「ボクに好きな子!?えっ?ええっ!?まさか、話しちゃったの?ボクが?自分の口で!?」
なにこの慌てよう。別に後輩を好きになるのにそんなに慌てなくても…あぁっ!
「いえ、相手はわたしと同じクラスの子ですよ?」
そういえばロリコンだったね。この人。
「あ、そう……。ん?キミと同じクラスの子って誰だっけ?」
「森木さんのことですけど。」
「あぁ。カリンちゃんね。ん~でも別に好きってわけじゃぁ……多分寝ぼけてたんだと思うから忘れてくれる?」
それは別にいいんだけど、あの時間で寝ぼけてるって。しかも、あの必死さがなくなって普通になってる。呼び方も変わってるし。頭打って逆に良くなった?
多少痛みはあるらしいが、特段病院に行くようなものでもないので、榊太一はそのまま帰ることにしたらしい。
『なんか久々に頭がスッキリした~』と言う榊太一に、
「さっき身を呈して庇ってくれたとき、"かっこよかった"です。ありがとうございました。」
そう声をかけた。
今は『可愛らしさ』が際立っているかもしれないけど、彼は十分"男"だ。そのうち『かわいい』など言われなくなるだろう。イケメンだし。だからロリコンから足を洗ってくれるといいな。
そんな願いを込めれば、びっくりしたような顔をして、『……ありがとう。』とお礼を言って帰っていった。
お礼にお礼で返さないでほしい。
「なんの話です?」
おっと。杏望先生がいたのをすっかり忘れてた。
「なんでもありません。」
「……そうですか。」
?なんか先生の様子が変な気が。気のせい?
「いつまでいるんですか。用が済んだなら帰りなさい。」
「あっ、はい。失礼しました~…」
いつもはなんだかんだで入り浸ることが多いのに、今日は追い出された気がする。なんだろ?
そういえば、まともに顔も合わせなかったなぁ。
そのまま何事もなく帰ったわたしは気付かなかったのだ。
杏望先生の伏せた顔の苦しそうな表情に。




