十五夜
サブタイトル、拝借しました!
あれから森木さんをたまに観察するけど、なんら変わったことはなかった。それどころか、入学当初(といっても5月からだけど)はあっちをウロウロこっちをウロウロが最近は落ち着いてきている。
森木さんもそうなんだけど、この学校は美形率が高すぎる。前世では女子高だったから詳しくはないけど、こんな学校聞いたことない。
まるで乙女ゲームのようだと思うのは夢見すぎかな?
わたしもよく乙女ゲー転生とかの話は読むし、自分も前世の記憶があるから、一概には言えないけど、もしこの世界が乙女ゲーだとしても、もうすでにバグってると思う。だって、攻略対象だと思われる人たちには好きな人がいたり、形だけではない婚約者がいたりするのだ。
それに、なにより『ここ』は現実だ。まさかゲーム通りにことが進むはずはない。そんなの信じられるのはそれこそ夢見る乙女ちゃん(イタイ)子ぐらいだ。わたしは森木さんがそんな子じゃないって信じてるよ!うん。
閑話休題
というか現実逃避に近い…。
あれから幾日も過ぎ(さっき聞いたって?気のせい)、実行委員の準備も死に物狂いでやって、部活もやって、勉強もやって…つまりはヘロヘロな訳です。
実行委員の方は主に問題作りを任された。これはわりかし楽しかった。(何度か榊太一に邪魔されたが。あのやろう。)数学の応用のような問題だ。
例えば、5㍑の容器と3㍑の容器で4㍑を最短で作りなさいとか、ある速さで進む人が一度引き返し、それをある速さで追う人がどのぐらいで追い付くかとか。
数的判断と判断推理を使った問題作りは楽しかったけど、だからと言って大変じゃないかと言えばそれは違う。いろんな本を見て、問題作ってOKもらってと、休日を潰してやったぐらいだ。
しかも勉強はしなくちゃいけないし、部活も出たいしで、とにかく大変だった。
でも!それも試験1週間前で全部停止になったからとりあえずは勉強に集中出来る!はずなのに……
「勉強する場所がない!」
思わず叫んでしまった。
大丈夫。人いない。
いつも通り図書室で、と思ったら、席が全く空いてない。だからって自分の部屋だと誘惑が多すぎる。
しかも壊滅的な英語が本気でわからない。リスニングも。先生にはあまり聞きたくないし…。(イヤミったらしくて有名)先輩方も自分の勉強があるから、迷惑はかけられないし。友達とわいわいやるには危機感が半端ない。他は結構平気なのに、英語だけはねぇ、ってみんなに言われるぐらいヒドイ。
うちの学校は、成績順でクラスを決めたりはしたないけど、ここらでは有名な進学校なため、順位は全部貼り出される。だからみんなに自分がどの辺りにいるかわかってしまうのだ。これは気合いを入れねばならん。
でもでも、英語とリスニング…ほんとどうしよう。あと3日しかないのに。
ウンウンと悩む時間ももったいないけど、どこなら落ち着いて勉強出来るか考えてたら、突然神が降りてきた!
そうだ!弓道場へ行こう!
なんていいアイデアなんだ!
この期間は部活も禁止だが、弓道場のカギだけ借りればいい。道具は道具庫で別のカギだからたぶん先生も説得出来るだろう。
そう思ってカギを取りに行ったときにたまたまいた先生に頼み込んだら、『2時間だけ』という条件付きで貸してくれた。
弓道場へ着いてすぐに教科書を広げてみるが、……チン・プン・カン・プン!なにこの呪文。とにかく出そうなところにヤマはって、暗記しよう!
そう決意をした瞬間、今度こそ神がやってきた。
「こんなところで勉強ですか?」
そう!神様仏様杏望先生様だ!
カギを貸してくれた先生から聞いて来たらしい。
「わざわざここまで来なくても、保健室に来てくれれば教えますよ?」
「……だってなんかずるい気がして。」
みんなはちゃんと自力で勉強してるのに、わたし1人だけ先生に教えてもらうなんてずるいと思ったのだ。
「保健委員なんて、活動休止になる直前まで聞いてきましたよ。私が仕事してても気にせずね。だから、あなたが気にする必要はありません。
しかも、あなたの英語の酷さは棗先生から聞いてますし。」
うおいっ!そんなことわざわざ杏望先生に言わなくていいじゃないか!でも、話題になるぐらいヒドイってこと?
「さ、落ち込んでる暇はありませんよ。2時間しかないんですから、みっちり教えてあげます。」
「よ、ろしくお願いします。」
笑顔が怖かったのはキノセイ。
もうすぐ約束の2時間という頃。
わたしは感動していた。
それはもう、ちょっと涙ぐむほど。
だって!あの、チンプンカンプンだった英語が理解出来る!
単語の意味とかはまだまだ覚えなきゃいけないけど、どの接続詞をどこで使うとか、長文のときに見るポイントとか、わかってしまう!
理解不能だったノートがキラキラ輝いてみえる!
「舞は頭のなかがこんがらがってるだけで、理解力に乏しい訳じゃないです。だから、ちゃんと紐解いていけば、あっという間に得意科目になりますよ。」
「杏望先生!ほんとにありがとうございます!」
杏望先生は学生のときに短期留学もしてたらしいから、発音もすごく流暢だ。これならリスニングもいける!
わたしが感謝しっきりなのを見て、笑った先生は、
目線を少し上にずらし、わたしの髪についたヘアピンに触れた。
「このピン、とても似合ってますね。舞の髪によく映えてる。」
「あ、ありがとうございます。この間の映画のあと、副会長に貰ったんです。」
「守杏くんに…。ふ~ん。」
時間だから立ち上がろうとしたんだと思う。
でも、足が滑ったのか、
「あ…」
「へぁっ!?」
わたしを巻き込んで倒れてきた。
先生が咄嗟に頭に手を置いてくれたおかげで、床にごっつんこはしなかったけど、
ひひひひひ額に……!!
「すみません。転んでしまいましたね。」
そう言ってすぐにどいてくれたけど、わたしは衝撃で起き上がれなかった。
「?舞?どこか打ちました?大丈夫ですか?」
「だだだだだ大丈夫です!わたし、戸締まりしてから帰るので、先生は先に行ってください!」
「そうですか?じゃぁ私は保健室に戻ります。舞も気を付けて帰るんですよ。」
ガバリと音を立てそうな勢いで起き上がったわたしは杏望先生にそう告げた。先生は何も気にしていないらしく、すぐに弓道場から去っていった。
……助かった。まだ腰が抜けて立ち上がれそうにない。
先生が転んだ瞬間、頭は無事だったが、先生の口とわたしの額がごっつんこしてしまったのだ。
一瞬だったけど、唇の柔らかい感触とか、目の前に迫った先生の顎から首にかけてのラインとか、柑橘系の爽やかな匂いとかが頭から離れない。しかも、最後、「チュッ…」って音がしたような!いや!気のせいだ!わたしの頭がピンキーだからそんな幻聴が聞こえたんだ!
わたしの顔は今や真っ赤っかだ。
だってだってしょうがないじゃないかっ!
今世では恋人どころか、初恋だってまだだし、前世でも、元ゲイ婚約者とは清い関係のままだったのだ。
こんな、エロゲーみたいな(やったことないけど)、ラッキースケベ的なものは1度たりともなかったんだ!
うお~~!耳元で話されるよりよっぽど恥ずかしい!しかも不可抗力だから先生は気づいてないみたいだし。今度からどんな顔して会えばいいのやら……。
そのあと20分ぐらいは身悶えて、カギを返しに行ったとき『遅い』とお小言をもらったわたしなのでした。
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弓道場を一足先に出た杏望秀征はとてもイイ笑顔だった。
愛しいあの子と甘い時間を過ごし(そう思ってるのは自分だけだが)、最後にはちょっとしたイタズラを仕掛けてみた。出来は上々といえる。
「ふふっ。あんなに真っ赤になっちゃって。本当に可愛いんだから。とても甘くておいしかったですよ?今度は全部食べさせてくださいね?」
早く自分にオチテほしいと思いつつ、次の算段に思いを馳せる杏望秀征は危ないオーラが全開だった。
副会長があげたヘアピンを喜ぶ舞の姿をみて、イタズラ決行。最後のセリフに私は鳥肌が立ちました。すんません。




