過去からの来訪者
(人物紹介)
東京の大学に無事合格。人以外のモノが見える大学生 秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪? ミソカとツゴモリ
視えないが力は強かった祖父 秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女 春野美津子
俺はこの春から東京の大学へと進学した。
地元の進学校から社会人チームへの話もあったが、それを蹴って
スポーツ特待生で入学した。
そう、俺は体育会系の男なのだ。
その俺がデカイ身体を小さくしてある男を尾けていた。
俺の名は、「大川孝之」
俺が尾けているのは、「秋月海」俺と同じ高校出身の同級生だ。
その男は、何故かその前を行く女を尾けている。
雨の中、俺は自転車を押しながら合羽の帽子を深く被り後を尾けた。
俺と秋月は、先月、同じ高校を卒業して、俺は秋月が東京に越してくるのを待っていたのだった。
同じ高校を出た同級生とは言っても、ほとんど口を聞いた事はない。
1年の1学期はクラスが同じで話す事もあったが、それきりだった。
「俺はあいつに言わなきゃならない事がある」
わざわざ無理して進学した意味がない。
その日、俺は、秋月の引越の日は調べてあったので、引越翌日訪ねてみようと駅に着いた。
あいつと友人と言うには無理がある。
ここは偶然を装うしかない。
偶然…となると、学校に通いだしてからが偶然っぽいかもしれない…。
いきなり家に行っておいて、
「やあ、偶然だなぁー」とは言いにくい。
俺は駅で1~2時間考えていた。
今日は帰って学校帰りを狙おう。
だが、その時間がわからない。
ここはJRと私鉄の間に挟まれている。秋月の家はJRに近い、だが、学校の最寄駅は私鉄の方が近い。
駅の間は高台になっていた。
どっちの駅を使うのだろう?
そんな事を考えて私鉄の駅の待合室を占拠していた。
その時、当の本人が現れた。
駅前を横切り、裏手にある不動産屋に入っていった。
そしてしばらくすると出てきて、家に向かう坂を上っていった。
俺は慌てて追いかけた。
このまま、ここであいつを追い越して偶然を作ろうと思った。
その時、
「春野さん」
と、秋月の声。
あいつは前を歩いて行く女性を呼んでいた。
あいつの声は良くとおる声をしている。
この距離なら女にも声は聞こえているはずなのに、女は無視してそのまま歩いてゆく。
ケンカでもしたのか?
年上っぽいその女性は秋月の彼女か?
高校2年と3年の夏休みと冬休みを東京で過ごしている秋月。
彼女くらい東京に出来ていてもおかしくないかもしれない…。
そんな素振りや噂は一つも無かったが…、
けれど、最近かっこよくなったと女子が騒いでいたのは知っている。
卒業時に何人かの女子が告白したと聞いた。
だが、あいつは、そんなのは一つも理解しようとしないヤツなんだ。
彼女がどれだけ傷ついたかを全くわかろうとしないヤツなんだ。
「よし」
もうここで会った事が天の恵み。
あの女性が傷つく前に救ってやろう。
と俺は決めた。
これが声をかける口実だ。
秋月は公園に入ってゆく、俺も公園へ行こうと思った時、
急に風が強くなった。
その風に煽られて、公園手前の家から出ようとしたおばちゃんの傘が転がってくる、俺は思わず自転車を置いてそれを追った。
拾って戻る頃には雨はもう上がりそうだったが、おばちゃんに傘を渡して俺は公園に戻った。
公園前に秋月が女といるのに気付いた俺は、電柱に身を隠した。
2人は抱き合っていた。
やはり彼女か。
だが、俺には言わなくてはならない事がある。
けれど、彼女と一緒では、話しにくかった。
「ま、まずい。
こっちに戻ってくる」
俺はあわててさっきのおばちゃんの家の横の路地に入った。
2人はさっきまで俺がいた所を通って駅の方に戻って行った。
あいつは勘がいい。
隙が無いような所がある。
気が付かれたかもしれないと思いながら俺は2人をまた尾けた。
2人が彼女のマンションだと思う…に、入ってゆく。
すぐ出てくるかと見張っていたが、全然出てこなかった。
朝にまたここに来てから家に行ってみようと思い俺は自転車に乗った。
俺は「秋月海」
東京の大学に合格して、越してきた春の事、どうやら俺は知り合ったばかりの女性の家に泊まったようだ。
朝、見慣れないピンクのクッションが目の前にあった。
身体には毛布がかかっていた。
「あれ…?」
春野さんの家?
俺は昨日彼女が出してくれたコーヒーカップを使って水を飲んだ。
テーブルにメモがあった。
「昨日はありがとう。それと、怪我させちゃってごめんね。また話をきかせてね。朝、起こしても起きなかったから、会社に行きます。ご飯を用意したから良かったら食べて行って、それと、ここはオートロックだから、気にしないで出てね。」
とあった。
小さなテーブルには、厚切り食パンがあり、トーストしてね。とのメモ。
皿には目玉焼きとレタスとポテトサラダが用意してあった。
食欲はいまいちだったが、昨日の昼から食べていない。
春野さんが作ってくれた朝食を食べて、食器を洗い終えると、俺は用心深く奥の部屋に入った。
相変わらずのごちゃごちゃした部屋だった。
「おい」
と、ツゴモリの声。
ポケットの鈴が鳴った。
「ツゴモリ、何があった?俺は帰らなかったのか?」
「疲れたから寝るって寝て、何しても起きなかったぞ」
「アレはどうした?この部屋に何かあっただろう」
「何かって、バッジを潰せって指示したじゃん?」
「…ここで潰せって?…」
「そう」
「春野さんは?」
「俺、風呂場で潰したし」
「…えっと、春野さんは見えてたの?」
「さぁ、でも、お前、俺をツゴモリって紹介してたぜ」
「え、マジで?」
ツゴモリを紹介した?
昨日の多分あのバッジから出たモノは春野さんの事を「俺のだ」と言った。
ならまだ狙ってくる可能性は高い。
ツゴモリを紹介しておいた方が手っ取り早いけど、俺が側にいる方が危ない事になる可能性もある。
「とにかく、あいつの正体を調べないと」
と俺は、春野さんのメモに伝言を書いて部屋を出た。
マンションを出てから俺はまっすぐに家に向かおうと思っていた。
そう思っていたが、出た所で俺は友人と会った。
正確には俺が出てくるのを待っていたのだと言う。
「東京だとずいぶんのびのびしてるんだな」
「…そんな事はお前には関係がない」
彼の名は大川孝之、高校の同級生だ。
「おい。俺が何故、東京に居ると思う?」
「そんな事は知らないな」
「俺はな。お前と同じ大学なんだぜ」
「ふーん」
確か担任がもう一人行くのがいると言っていたが、それがこいつだったのか、と思った。
「驚かないのか?」
「別に。ん、まぁ、合格おめでとう。んじゃ、俺急ぐから」
と行こうとすると、腕を掴まれた。
こいつのバカ力は半端ない。
「痛いな。離せよ」
「俺はな。お前を待ってたんだぜ」
「だから、何だって言うんだよ。大学に入った事なら、今、言っただろ」
「そうじゃない!」
大川の声はだんだん大きくなっていた。
まだ時間は9時を過ぎたあたりだ。
大声で騒いでいいような時間でもなかった。
「話があると言っているんだ。お前の家へ行こう」
うん、それがいい。と大川は勝手に納得をしていた。
「なんで、連れて行かなきゃならない?」
「ここじゃマズイだろ?」
「お前が怒鳴らなきゃいいんじゃないか?」
「家に行くくらい気にするなよ」
確かにこいつにだけは知られたくないと思う程のものじゃなかった。
家に帰って調べたいし、まだ部屋も片付けが終わっていなかった。
「わかった。行こう」
「そか?良かった。ここじゃ話しにくいからな。ちょっと待ってろ」
と言って大川は近くの自販機で缶コーヒーを2つ買った。
そして、1本を俺に渡し
「入学、引越、おめでとう」
と言った。そして、
「これからよろしく」
と続けた。
俺は缶コーヒーを受け取り、後のマンションを指さして聞いた。
「しかし、俺はここから出て来たのに、何でここが俺の家じゃないと思ったんだ?」
大川はコーヒーを飲みながら
「あ、住所?向こうで聞いた」
都会じゃ家族ですら何処へ行ったのかわからなくなるのに…こんな高校生に教えちゃうんだもんな。だけど、同じ高校で友人だと言われたら仕方ないか…とも思った。
そして、俺はコーヒーを大川に返して
「無糖がいい」
と言って買いなおした。
カイは歩きながらコーヒーを飲んだ。
大川は別に嫌なヤツじゃない。
1年の入学したての頃は仲が良かった方だった。
2年、3年はクラスが分かれたので会う事もなかったが、部活で活躍している話は俺の耳にも入ってきていた。
と思いながら歩いた。
大川は自転車を押しながら考えていた。
秋月は身長こそ俺より低いが、細身で少し茶色がかった髪と色素が薄い瞳。
田舎だったからか、人目を惹く容姿とあまり人と深く関わろうとしない態度が女子に人気だったのは俺にもわかる。
その女にもてているのが、別に俺は、そこが気に入らないんじゃない。
俺は、伝えたい事があるだけだ。
やがて2人はメゾンに着いた。
部屋はメゾネットタイプで2階があった。
一応の物は揃っていたが、まだあちこちにダンボールがある。
フローリングの床の真ん中に小さいテーブルがあった。
朝食を食べていないと言う大川に買ってあったパンや菓子、ジュースを適当に渡すと俺は2階に上がってノートパソコンを取ってきた。
壊れてしまった携帯からデータを取り込み。
そのデータと照合をかけるが何も出てこない。
仕方なく俺は実家へとメールを送った。
そこまで済んだ時、大川が声をかけてきた。
「何をしてるんだ」
と大川
「実家にメール」
「そうじゃない。俺は見たんだ」
「何を?」
「その携帯壊れてるじゃないか、またお前、何かしてるんじゃないだろうな。怪我だってしてるし…」
「また何かって、どういう意味だよ?」
「お前、彼女いるんだろ?だったら。もう巻き込むなよ」
「彼女?」
巻き込む?春野と一緒の所を見られている?
出てくるのを待っていたと言うのなら…入った所を見られていると言う事だ。
「大川。お前は俺とあの女がいるのを見たのか?」
「だから、彼女なんだろ?泊まったんじゃないのか?」
「昨日の…俺達を見たのか?」
「ああ、公園からマンションに入って出て来なかったから帰った」
公園…。
側には誰も居なかったはずだが、後を尾けられていたとは……。
「ふーん…」
「だから、彼女なんだろ?」
「お前はそこを確認したいのか?」
「女のとこに泊まるっていったら、そうなんだろ?」
「どうしてそこが知りたい?」
「お、俺はお前がしている事にどうこう言うつもりはない。言いたい事があるだけだ。だけど…その前にだな。一応知っておいた方がいいと思うだけだ」
「ふーん。まぁ、いいか。春野さんについては、ただの知り合いだ。彼女じゃない」
「と、泊まったのに!?」
「泊めてもらっただけだ」
「そんな事よくあるのか?」
「ん、いや。初めてだ」
「初めて?」
「あのな、大川。お前がどう思ってるかは知らないが、そんな事は些細な事だ。色々事情があるんだ」
俺は、秋月に彼女が居ても伝えたい事があった、だが、今、秋月が幸せなら…。
そこを壊す気はなかった。
彼女の事などただの俺の好奇心なだけだ。
しかし、こうして、顔を見ると、後悔しか浮かばない…。
認めたくないが、体育会系の俺はどうもこいつに弱いようだ。
そういえば、秋月は女子にモテていたが、一定の彼女は作らなかった。
奥手と言うより、問題なくあの高校を卒業して進学をするのが目的みたいだった。
だから、家の用事で休んでも課題はしっかり仕上げていたし、あの長期間休んだ時も…。
「俺はだな…、お前にあや…」
「……」
「謝りたい。イヤ、謝らなきゃいけないと思っているんだ…、それでだな…」
と、大川の声が段々小さくなっていって、ここで深呼吸をすると
「まずは、だな。あの時…の事をだな。悪かったと思っている。すまん」
と、立ち上がりデカイ図体を曲げて大川は謝った。
カイには、あの時、と指定した事が何なのかはわかっていた。
「それを言う為に、俺と春野を尾けたのか?」
大川は顔を上げて、大きく手を振って否定した。
「いや、それは、お前を駅前で見つけて、声を掛けようとしたんだが、お前はあの女性を追ってただろ?何事かと思って、俺も後を尾けて、それで、おばちゃんの傘が飛んで、それから、お前達が公園から出てきて、マンションに入っていって……」
と、大川の説明は続いている。
どうやら、公園内での事は見られてはいないようだ。
「それで、カイ」
と、俺は久しぶりに名前で呼ばれた。
「なんだ、タカユキ」
思わず、そう返してしまった。
それを聞いた大川は笑顔になった。
大川は座りなおして
「それで、俺を許してくれるのか?」
と聞いてきた。
「お前達がバカな事をしたせいで、俺は東京に出てくる事になった」
「だから、それを謝っているんだ。俺は2年も謝ろうとずっと考えていた。俺はあの時、何も言えなくて、お前に何も出来なかった。俺らしくなかったとずっと悔やんでいたんだ。お前は俺を恨んでいるんだろう?」
2年間も謝ろうとしていたその気持ちを俺に量れと言うのか?それはそれで自分勝手な言い草じゃないか?と俺は思った。
だが、もうそんな事はどっちでもよかった。
「…別に恨んじゃいない。家を出る口実が出来たくらいにしか思っていない」
「そうか、お前が変わってなくて良かったよ」
「……」
大川はほっとした表情になった。
「カイ。俺から伝えたい事がもう一つある。あの結花がこっちに出て来たぞ。あれは絶対お前を追って進学したんだと俺は見ている。急に進路を変えたから家や学校でいろいろモメたらしい、お前は知らないだろうと思って、教えに来たんだ」
「三沢結花が…」
東京に大川と結花が揃う。
俺にとっては有り難くない「過去」からの手招きだった。
だが、この大川が加わった事で俺達のメンバーが揃った事になる。
俺、秋月海とミソカ、ツゴモリ、春野と大川、そして、じいちゃんの6人だ。
この6人で奇怪な事件を追う事になるのだが、それはまだ少し先の話だった。
おわり