初戦敗退
(人物紹介)
人以外のモノが見える大学1年生 秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪? ミソカとツゴモリ
視えないが力は強かった祖父 秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女 春野美津子
高校の同級生 大学も同じになる 大川孝之
高校の同級生 海と両思いらしいが… 三沢結花
春野の高校のアルバム、
あの日彼女はこれを探して怪我をした。
それがあの狼みたいなものの出現に繋がった。
ピンバッジが悪いんじゃない、アルバムだ。
「やっぱり…」
春野は俺たちより8つ上だ。
「3-E 狭山誠記」
「彼が三鷹誠記だ」
とカイが指を示した。
俺と春野はアルバムを覗き込んだ。
高校のブレザーを着た。黒髪のごく普通の少年が写っている。
どこにも変な感じはしなかった。
高校を出てから何かあったのか?
写真に写り込まないようにしているのか?
それとも…
これが彼の本当なのだろうか?
「あ…」
と春野。
「これが?」
と孝之。
あの「犬神家」のイメージの三鷹家の現当主。
って感じは全然しなかった。
「あ、じゃあ、母親がスゴイ人だったとかか?」
「孝之、犬神家を引きずるなよ…。普通の人だよ。会った事はないけどね」
「この子、私、告られた事あるわ…」
「え?それで?」
と孝之
「ごめんなさいって、断ったの。だって…」
「好きな人でもいたの?」
「その頃は別に居なかったけど…彼、根暗くんとか、呼ばれていたのよ…だから」
「でも、卒業時にピンバッジは受け取ったんだ?」
「は?え?彼のじゃないわよ。ちゃんと好きな男子のをもらったのよ」
「…自分で目の前で取ってもらったんじゃないだろ?」
「ええ、他の男子に頼んで……あれ、狭山くんのだったの?えーーー…」
と春野はショックを受けていた。
「その彼がどうしてそうしたか知らないけどね…」
「カイ。それ…慰めになってないぞ」
「でも、苗字が狭山なのね」
「三鷹姓には当主とその妻と子しかならないんだ。誠記は前の当主、三鷹幸一の本当の子供だけど、母親が、愛人だったから、養子で入ったんだ」
「…カイくん。そういうの…サラっと言い過ぎ…」
「俺の一族にはありふれている事だし…」
「で、カイ。この男とその狼はどう繋がるんだ?」
「ん?簡単じゃないか。狭山は春野が好きだった。だから、彼女に変な虫がつかないようにしていたんだ」
「変な虫?何それ?」
だから彼氏が出来なかったの?とまたまたショックを受けていた。
「……」
いやそれは、それだけじゃないよ。
と思うカイだったが、春野を無視して話を続ける事にした。
「春野がケガをした事と、俺が傍に居た事で式が反応したんだ」
「じゃあ、狼ってのは、そいつの式神なのか?」
「そうだよ」
「18~26才まで式神を使ってたって事か?」
「そうなるね」
「って、お前。その式神を焼いたんだろ?それって問題にならないか?」
「向こうの式が勝手に俺を敵と見たんだ。こっちは携帯壊して、ツゴモリ使っても逃げられた。初戦惨敗だな」
「違う。本家の当主なんだろ?そんなのに手を出してお前の家は無事で済むのか?」
「もちろん無事じゃないさ。三鷹と問題を起こしたのはこれで2度目だ。2度とも、それなりの処罰は受けた」
「え?」
処罰?そんな事は…聞いてないぞ。
「それって、何なんだ?」
「俺は東京に出て来る時に、勘当されているんだ」
「え?えーーーーー」
これは孝之と春野が一緒に言った。
「だが、お前が東京に来る事になったのは高校1年の時だろ?」
「でも、私と会ったのってこっちに出て来てからじゃない」
これも、2人一緒だった。
「俺のじいちゃんは俺と「三鷹」と俺を遠ざける方法として俺を東京に行かせようとしていたんだ。だから、高1の事件も、式とモメたのも好都合で、勘当したって事。それで、俺に独鈷を送って来た。で、俺が二十歳になったら、あのメゾンの土地も権利も全て俺に移る事になっている」
「でもそれって、私の所為よね?」
春野がそう言った。
「私が声を掛けたりしなければ、カイくんに興味を持って近づかなければ…」
「かもしれない」
とカイ。
春野がちょっと傷付いた顔をした。
「でも、こんなに近くに住んでいるんだ。きっと俺が色々背負ってる春野さんを見つけてさ。声を掛けていたと思うよ。そしたら、逆ナンじゃなくて、普通にナンパになるね」
と笑った。
「カイくーーん。君、お婿さんにおいで」
とカイに抱きついた。
「ちょ、わかったから離して。行くこと無かったら考えるから。離して」
とカイは悲鳴を上げた。
「オイ」
と孝之が俺と春野を引き剥がして会話に入ってきた。
「高校1年の時のは何だったんだ?」
「ん…俺の再教育と…」
あからさまにカイは苦い顔になった。
なんでそこを気にするかな?って顔だった。
「…言いたくないんだけど…」
小さい頃から変な経験をしてきていたカイは少々の事で動じない。
そのカイが傍から見てわかる程に、困っていた。
でも、その動じかたが、困難にあってしまったという感じではなくて、妙に恥らっている感じだった。
見ている俺の動悸も上がってきてしまった。
「あ、いや。そ、そんなに言いたくないなら…」
「何2人で照れてるのよ?」
「は、春野さん。だってよ、カイが…」
「……」
「それって言わなくても済む事なら良いけど…。さぁさぁ、孝之は放っておいて、お姉さんになら言えるわよね?」
と迫ってきた。
「あの…だから、い、医学的になんだけど…」
「医学的?」
「そう、医学的に…俺の…子供が人質になってるような…」
「子供!?」
と、これも2人が同時だった。
「こ、子供になる前の…俺のその…だ…だから…、医学的になんだって…」
あれは、事件が起きて5日程過ぎた頃、俺の病室に三鷹から迎えが来たんだ。
まだ動ける状態じゃなかった俺を三鷹の本宅に私設の救急車両で運んだ。
俺の処罰は、一ヶ月の「三鷹」での再教育だった。
表向きは有能な人材を失わない為の再教育だけど、その方法は洗脳だ。
我皇とのダメージがまだ残る内にマインドコントロールみたいな事を
三鷹の下にいないとまた怖い目にあうぞ。的な言葉を延々聞かされた。
俺はかなり捻くれているので、三鷹に守ってもらおうなんて思うような事はなかった。
でも、ある日、
三鷹誠記が俺の前に現れた。
本家に連れてこられて10日程した時…俺は三鷹の医者から言われた。
「体のダメージも無くなりましたね。それでは三鷹の為にあなたの精子を取らして頂きます」
「せ、精子?な、なんでそんな…」
「優秀な子供を残す為ですよ」
「そんな事、勝手にさせるもんか!」
と俺は力一杯抵抗した。
結局は眠らされて採取された。
「秋月 晦」
静かに頭に響いてくるようなその声
その声に俺は起こされた。
さっきまで居た医務室ではなく、別の部屋だった。
細く開けられた障子から夕日が差し込んでくる。
その陽を背にして男が立っていた。
「三鷹誠記さん?」
俺は起き上がって言った。
「よくわかったね」
「俺をその名前で呼ぶのは、本家しかいない…」
語尾も語気も薄れる気がする。
これが人なのか?
「私が怖いですか?」
「…ええ…悔しいけど…怖いです」
「そう。素直だね」
そして、彼は可笑しそうに笑い出した。
「いくら素直でも、私は君が嫌いなんだ。何も知らないのに知ったような顔が嫌いなんだ」
俺の周りの空気がチリチリと音を立てて針のようになった気がした。
実際、少しでも動いたら刺さるような感覚があった。
これを俺は小さい時に、三鷹で感じて泣き出した。
あれは、この男からだったんだ。
これは人の「憎悪」という悪意だ。
俺は何故、こいつに。
「君にさ。素敵な物をあげれると思うから、楽しみに待ってるといいよ」
「…素敵な物?」
「ああ、そして生まれて来た事を後悔させてあげる」
そう言って三鷹は部屋から出て行った。
人ではないような。
人そのもののような。
空気が重過ぎて気持ちが悪い…。
彼を真正面から見てはいけない気がした。
俺は俺の黒い部分を通してみるしかないのだろうか?
彼は…どうして俺を憎むのだろう…。
その訳を俺は……。
「で、何?医学的って…何だよ?」
と、孝之はわからない顔をしている。
俺は現実に引き戻された。
ここは暑い夏の公園だ。
「あ、わかった」
と春野
「何?」
「だからね、カイはこう言いたいのよ」
と、孝之を連れて行って、彼に聞こえるように小声で話した。
「カイの意思に関係なく、子供つまりは精子を取られたって事じゃない?」
「なるほど、そうか。そりゃ言いにくいよな」
と、孝之はニヤニヤと俺を見た。
「うるさい。放っておいてくれないか?」
「だけど、それっておかしくない?それが処罰になるの?」
「うん…。勝手に子供を作られたら困るのは三鷹の方なのに…それでどうしろって言うんだろうな」
「人質ねぇ、確かにその言い方で、あっているのかもしれないわね」
でも、子供を作ると言う部分は言えるのに、「精子」が言えないなんて…。
男の子ってわかんないわね。
と思う春野だった。
後で、この事を孝之に聞いたら、
「そこは男のプライドの問題だ」
と答えた。
そんなの、よけいにわからないわよ。
まぁ、ともかく「三鷹」に変な弱点を握られているのはわかったわ。
でも、自分の所為でこんな事になっているのは事実だし。
高1の時の事件にしても同じような物…。
彼の祖父ではないけど、そこから彼を救い出してやりたい気分になった春野だった。
あの結花と再会した日の帰り、俺とカイはこんな会話をした。
「お前は三沢結花をまだ好きだろ?」
と俺が聞いた。
「好きだけど…俺はそれだけでは動けないんだ」
とカイは答えた。
「どうして?告白する度胸が無いのか?結花もお前の事を悪くは思ってない感じじゃないか。3年も好きだったなら言ってしまえよ。すっきりするぜ」
「そんな軽はずみな真似は出来ないんだよ」
とカイは俺を見た。
「好きな子に好きって言うのは軽はずみじゃ言えないだろ?誰だって真剣なんだぜ」
俺の中であの夏の日が浮かんだ。
「告白する事が、簡単に出来るって思ってはいないよ…」
「じゃあ、どこが軽いって言うんだ?」
「その先だよ…」
「その先?お前、告白する時にそこまで考えてるのか?」
「考えないのか?」
「考えない訳じゃないけど…」
「なら、同じじゃないか?」
「でも、そこまでって考え過ぎじゃないか?そのHするって事だろ?」
「人としての責任だろ」
「せ、責任?それじゃ、お前、いつも持ち歩いてたりするのか?その、避妊の……」
「…持ってるよ」
「……お前って…何なんだよ…どこかの遊び人か?」
と俺はカイをからかった。
「悪かったな。お前とは違うんだよ」
好きだけじゃ動けない事。
簡単に付き合ったり出来ない事。
人としての責任。
ほんの1週間ほど前の、あの日の普通の恋愛話に聞こえる俺との会話の一つ一つの違いを俺は今、知った気がした。
「タカくん。私、ものすごくカイくんを守りたくなってきちゃったわ」
と俺を見て春野が言った。
「春野さん、俺も助けたくなってきたよ」
「春野が俺を守る?タカユキが俺を助ける?それ何でだよ。それ反対じゃ…」
「カイくんを守る会でも作ろうかしら?」
「作ってもいいけど、春野さん、それダジャレ?」
「って、おい。俺の話、聞いてる?」
「カイ。この前、本の山から助けてやったじゃないか」
「あ、あれは一人で動いたら本が傷みそうだったから、上からどけてもらっただけで…」
「照れない照れない、カイくんはね。人を守ろうとするばかりで自分が守られるって事を知らないのよ。だから、思いっきり守られたり助けられたりした方がいいのよ」
「て…照れてない。俺は、あんなドジはもうしないから。いいんだ」
また今年も暑い夏が来た。
あの日を思い出させる嫌な季節だ。
でも、
今年は違う夏になるような気がした。