ワンピースとプールセット
埼玉県某アパート
アパートの周りには背の高い塀で囲まれており、塀の内側には木々が茂っている
高級感溢れる、とは言わないがそう悪くは無い居心地
3階建てで、部屋の個数もある
住人は、何人くらいいるのだろうか、管理人くらいしか知らないだろう
それくらい、このアパートの人付き合いが悪いといえる
そんなアパートの2階――上り下りできる階段はひとつだけである
階段を上り、すぐ横を見る
唄城太一
珍しい名字に、よくある名前。
この太一という人物が、この物語りにとって重要人物になる
特に特徴のないカジュアルショートの大学生
染めたわけでもない茶髪の髪が特徴と言えば特徴だ
――タッタッタッ
鉄製の階段はこの前新しく買い換えられた
全体が錆びていて危険だと、アパートの住人が忠告でもしたのだろうが……
錆びるのも無理ない、なぜなら階段は剥き出しの状態となっていて雨風から凌ぐ事が出来ないからだ
そんな真新しい階段を軽快に駆け上る少女が一人
白をベースとしたロングワンピースを着ている少女が一歩、また一歩と進む度に
白とは間反対の長い腰の辺りまで伸びた黒髪が揺れている
毛先にはシャギが無数に入れてあり、揺れる髪が気持ちよさそうに重なり合ったりしている
「たーいちっ」
無防備に開いていて、然程広くない玄関から叫ぶ
持っている浮輪を高々と上げ、足踏みをしながら`太一`を待つ
少しすると玄関から真っ直ぐに伸びた廊下の一番奥――つまりリビングに繋がるドアが開いた
顔だけ出して、手招きをしながらこう言った
「ちの! 玄関閉めないでいいですから、こっち来て下さい」
「うん!!」
サンダルをポイポイッと脱ぎ捨てて、器用に広くない玄関に浮輪を通し
太一が開けたドアを同じように器用に抜けると
「涼しい~!!」
「それならよかったです、今日からクーラー付けたんで」
「そっかー。って太一! 市民プールに行くんじゃないの!?」
ドアの近くに置いてあるソファーにピョコンと蛙のように跳ねて座り込む
リビングとキッチンはのれんで区切ってあるだけで座っているソファーから、太一が
ガラス製のコップに氷を入れ、何か飲み物を入れている音が聞こえる
「はい、どうぞ。近所とはいえ、暑かったでしょう?」
「わーありがとー!」
「麦茶でいいですよね。炭酸は飲めなかったとか……」
手渡しながらいう太一の顔に汗がひとつ
のれんだけでも室内温度というのは変わるらしい、とちのは思った
「たーいーち」
「なんですか、もう……」
クーラーの温度調整をしている太一の腰に引っ付きながら愚痴をこぼす
「プールの話、逸らしてない?」
「そ、そんなわけないですよ! 嫌だなあ、もう」
冷や汗をかいてるモンだから、ちのだって分かる
何か理由があるな、と
「たいち~たいち~」
「あーもう……面倒くさい人ですね」
ついに本音を漏らしたか、と顔をしかめる
しまったと思っているのか口元を隠す太一にさらにちのは顔をしかめた
「なんでなんでなんでー!」
「暴れないで下さい!!」
顔を上げて手足をジタバタさせる
子供らしい対応に苦笑いが出て、笑ってしまう
「た、たいち?」
「ああ、すいません。つい……」
普段はあまり笑ってはくれない太一が笑うもんだから驚いて眉が下がる
なぜか謝ってしまう太一は最早癖と言えようか
「今日は、太一の家で過ごすー」
「いつもと変わらないでしょう……」
どちらも落ち着いたところで(太一は元から落ち着いているようなもんだが)ちのが
さっきまで座っていたソファーに戻って、あれを持ってきた
「あ、そういえばプールセット持ってきたんだよね! お風呂かりるからね」
返事も聞かないでトテトテと小さな裸足独特の音を立てながらお風呂に向かうのであった
(たいちたいちー!)
(なんですか……タオル巻いて出てくるなら服着てくださいって)
(シャワーぶっ壊れた!)
(ええ!?)