第57話 鏡湖と、湖畔のひと休み
森の街道をさらに進んでいくと、ふいに視界が開けた。
木々の向こうで、きらりと光が揺れる。
「見えてきたわね」
リナが前を指差す。
森を抜けた先に広がっていたのは、巨大な湖だった。
空の青をそのまま閉じ込めたみたいな透明な水。
風が吹くたび、水面がゆらゆらと揺れている。
湖畔には白い石畳の遊歩道が整備され、小さな露店まで並んでいた。
旅人たちが休憩したり、景色を眺めたり、湖の水で顔を洗ったりしている。
「わぁ……」
ティアが目を輝かせる。
フォルも「キュルゥ〜♪」と嬉しそうに羽をぱたぱたさせた。
「ここが鏡湖。王都へ向かう旅人の休憩地として有名なのよ」
リナが説明する。
「晴れた日は水面が鏡みたいになるから、“鏡湖”って呼ばれてるの」
カイは静かに湖を見つめた。
灰色の瞳に、水面の光が映る。
「……綺麗だね」
素直な感想だった。
ティアは少し嬉しくなる。
カイがこういう景色を気に入るのは珍しい。
一行は湖畔の道をゆっくり歩き始めた。
近くまで来ると、湖の透明度がよく分かる。
底の白い石まで見えていた。
小魚が群れで泳いでいる。
風も心地いい。
「なんか、空気まで静かですね……」
ティアがぽつりと言う。
「湖が広いからね。風の流れが安定してる」
カイが答えた。
「湿度もちょうどいいし、水の匂いも綺麗」
「相変わらず感想が独特ね……」
リナが苦笑する。
その時だった。
「おっ、旅人さんかい?」
湖畔の露店から、気さくな声が飛んできた。
振り向くと、中年くらいの女性が手を振っている。
焼き魚の屋台だった。
香ばしい匂いが漂っている。
フォルの耳がぴくっと動いた。
「キュルッ!」
「あら可愛い。小さい竜ちゃんまでいるのねぇ」
店のおばさんが笑う。
フォルは完全に匂いに釣られていた。
カイも立ち止まる。
「……いい匂い」
「焼きたてだよ。鏡湖名物の塩焼き!」
ジュウ、と音を立てながら魚が焼かれている。
表面はパリッとしていて、脂がきらきら光っていた。
リナが笑う。
「はいはい。どうせ食べるんでしょ?」
「うん」
即答だった。
数分後。
湖畔のベンチに並んで座る。
焼き魚の香ばしい匂い。
穏やかな風。
静かな湖。
旅の途中とは思えないくらい、のんびりした時間だった。
「美味しいです……!」
ティアが嬉しそうに魚を食べる。
フォルも小さく切ってもらった身を「キュルキュル♪」と頬張っていた。
カイは一口食べて、静かに頷く。
「焼き加減が完璧」
「そこ?」
「火の通りが均一。皮も焦げすぎてない。かなり上手」
料理への評価だけやたら細かい。
すると、近くの席にいた旅人の男性が話しかけてきた。
「兄ちゃん、珍しい格好してるな。冒険者か?」
「一応」
「王都に行く途中?」
「うん」
男性はフォルを見て目を丸くする。
「その子、使い魔か何かか?」
「フォルはフォルだよ」
「キュル♪」
フォルが得意げに胸を張る。
男性は笑った。
「ははっ、懐いてるなぁ」
そのまま自然と会話が続く。
王都の話。
最近流行っているお菓子の話。
街道沿いで見られる景色の話。
ティアは少し驚いていた。
こうして穏やかに誰かと話しながら旅をする時間が、自分にも来るなんて思っていなかったからだ。
「王都へ行くなら、もう少し先にある“白花街道”も綺麗だぞ」
旅人が湖の向こうを指差した。
「春になると、街道沿いに白い花がずーっと咲くんだ」
「へぇ」
カイが少し興味を示す。
「景色、綺麗?」
「おう。王都周辺じゃかなり有名だ」
するとカイは小さく頷いた。
「なら行く価値あるかも」
「基準そこなのね……」
リナが苦笑する。
湖から吹く風が、髪を揺らした。
旅人たちの笑い声。
水の音。
焼き魚の匂い。
カイは静かに湖を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……こういう場所、嫌いじゃない」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。




