『飯はまだか!?』と認知症で火を噴く古龍、最強ポジティブ介護士のケアに心酔し完落ちする
ポジティブ介護士・鈴木の異世界ケア無双、前作魔王編は短編小説『「重力魔法か!?」いえボディメカニクスです!――勇者に敗れ要介護になった魔王がポジティブ介護士の笑顔のケアに完落ちする』にてお楽しみください。
魔王城の裏山が、三千度の業火に包まれていた。
「飯だぁ! 飯を寄こせぇ! 余を餓死させる気かぁぁぁ!!」
咆哮一閃。伝説の古龍グロリアスが吐き出した火炎が、山肌をドロドロの溶岩へと変える。かつて神々との大戦を生き抜いた魔界の守護神は今、空腹という名の衝動に突き動かされる破壊の化身と化していた。
「た、食べたでしょう! さっき最高級のバッファローを十頭も平らげたでしょうに!」
煤まみれになった魔王軍四天王の一人、大魔導師が涙目で叫ぶ。だが、その「正論」こそが、今の古龍にとっては最大の逆鱗だった。
「嘘をつけ! 食べてなどいないわ! 余の腹は空きすぎて背中とくっつきそうだ! 貴様ら、老いぼれた余を虐待する気だな!?」
「ひいいっ! 違う、そうではないのですグロリアス様!」
四天王たちが絶望に打ちひしがれる中、背後から場違いなほどハキハキとした声が響いた。
「あちゃー。これは典型的な『見当識障害』、それに伴う『周辺症状(BPSD)』ですね。皆さん、正論で返すと火に油ですよ!」
軽やかな足取りで現れたのは、半袖ポロシャツ姿の男、鈴木(33歳)。
彼は以前、寝たきりで要介護状態だった魔王を最強の笑顔と最高の介護技術で完落ちさせた異世界召喚者である。その正体は、入居者百人を一人で回す地獄のブラック施設で戦い抜いた、伝説のポジティブ介護福祉士だ。
鈴木にとって、古龍の放つ絶望的な破壊魔法は「元気なご高齢者のレクリエーション」に過ぎず、その殺気は「ちょっとした虫の居所の悪さ」にしか見えていなかった。
「ス、スズキ殿! 来てくれたか! 相手はボケてしまった古龍だ。全くもって話が通じぬ!」
「大丈夫です! 記憶が混濁しているだけですから。俺がちょっと『アセスメント(現状分析)』してきますね!」
「ア……、アセ……?」
鈴木は初対面のドラゴンに向かって、一切の躊躇なく歩み寄る。
古龍がぎろりと巨大な眼球を鈴木に向け、口内に新たな火炎を溜めた。
「何だ貴様は! 飯か!? 飯を持ってきたのか!?」
「おはようございます、グロリアス様! 今日も素晴らしい肺活量ですね!」
鈴木は100点の笑顔を崩さない。介護のプロとしての彼の目は、ドラゴンの瞳の濁りや、落ち着きのない尾の動きから、現在の不穏な精神状態を瞬時に分析していた。
「グロリアス様、お腹が空いてお辛いんですよね。わかりますよ、そのお気持ち!」
鈴木は介護技術の基本中の基本にして最強の防御魔法とも言える、『受容と共感』を発動した。
「むうっ……? 貴様、余の言葉を……、否定せぬのか?」
「もちろんです! お腹が空いたと感じるのは生きている証拠ですからね! 素晴らしいことです!」
四天王たちは皆、「さっき食べた」「もう在庫がない」と、己の正義を押し付けてきた。だが、この目の前の小男は、ドラゴンの「空腹」という主観を、絶対的な真実として丸ごと受け入れたのだ。
(……信じ難い。誰もが余の言葉を虚偽と断じたのに、この男、余の存在を肯定しただと!? なんという強固な精神防壁……、いや、これは慈愛による絶対守護か!?)
鈴木の介護のプロとしての『アセスメント』は、既に終わっていた。
ドラゴンが暴れているのは空腹のせいではない。記憶が断片化し、自分が「何者で、何をしていたか」が分からない不安が、飢餓感という代替感情に変換されているだけだ。
「さあグロリアス様、すぐに美味しいものを用意させます。その間に、ちょっと昔の『武勇伝』を聞かせてくれませんか? 貴方のような偉大な方の記録、俺、とっても興味があるんです!」
鈴木の目が、「介護のプロの鋭さ」を帯びて光る。
それは失われた記憶を呼び起こし、認知機能を安定させる禁忌の魔術――古代記憶修復、いわゆる『回想法』の開始合図だった。
「魔王様から聞きましたよ。二千年前の神魔大戦で、攻めてきた天界軍五万を、グロリアス様がお一人で押し戻したんですって? 凄かったんでしょうねぇ、その時のブレスは!」
「……む。そ、その話を知っておるのか? あの時は北の平原で、余が翼を広げただけで空が隠れたものよ」
鈴木は相槌を打つ。適度な驚きと、介護のプロの『傾聴』スキル。
(……記憶の霧が晴れていく。霞んでいた戦場の景色が、この男の言葉と共に鮮明に再構築されていくぞ……! こやつ、失われた時間干渉魔法で余の記憶に直接アクセスし、損壊した回路を修復しているのか!?)
ドラゴンの瞳から濁りが消え、黄金の輝きが戻り始める。
だが、認知症特有の『見当識障害』は一筋縄ではいかない。ふとした瞬間に、ドラゴンは再び周囲を見渡し、パニックを起こした。
「……待て。ここはどこだ!? 余の巣ではない! 罠か、勇者の罠だな!? 帰る、余は帰るぞ!」
巨躯が浮き上がり、翼が山を削り取る。典型的な『帰宅願望に伴う徘徊(飛行)』だ。並の兵士なら武力で抑え込もうとするだろう。だが、鈴木は違う。
「お家に帰りたいんですね! わかりました。じゃあ、あっちの綺麗な庭園を通って帰りましょうか。あそこは景色も良いし、足腰の運動にもぴったりですから!」
鈴木はドラゴンの巨体にそっと手を添える。それは単なる接触ではない。相手の進みたい方向を尊重しつつ、安全な場所へと導く『誘導の妙技』。
(……誘導されている!? いや、これは全知の導きか。抗えぬ……。この男の指し示す方向に、余の魂が、帰るべき真理があるというのか!)
空へ飛び立とうとしていた伝説の古龍が、鈴木の誘導に従って大人しく地上を歩き始めた。
その姿は、恐ろしい天災などではなく、孫に連れられて散歩を楽しむ穏やかな隠居老人のようであった。
鈴木の『回想法』によって、混乱していた過去の記憶が一本の筋道へと整えられた。古龍グロリアスの荒れ狂う魔力は、凪いだ海のように静まり返っている。
そこへ、鈴木が魔法の鞄(仕事用ウエストポーチ)から、特製のタッパーを取り出した。
「お待たせしました、グロリアス様! お散歩でお腹も空いたでしょう。おやつのお時間ですよ!」
差し出されたのは魔界の高級牛をすり潰し、つなぎに魔力を帯びた薬草を混ぜ込んで蒸し上げた、ふわふわの特製肉団子だ。鈴木が調理場に指示を出して作らせた、ドラゴン専用の『完全嚥下対応食』である。
「ぬ……? これを食せというのか。この余が、このような丸まった塊を……」
「はい、あーんしてください。喉を詰まらせないように、ゆっくり噛んで飲み込んでくださいね!」
伝説の古龍を相手に、鈴木は一切の気後れなくスプーンを口元へ運ぶ。
ドラゴンは毒気を抜かれたように大きな口を開け、その肉団子を咀嚼した。
(……っ!? なんという、慈愛の味だ。歯を立てずとも解け、喉を滑り落ちる。かつての余なら食い千切るだけの肉を、今は……、慈しみながら味わっている……!)
肉団子に含まれた水分と栄養が、ドラゴンの乾いた細胞を潤していく。それは単なる食事ではない。
鈴木がアセスメントで見抜いた「今のドラゴンに最適な栄養バランス」という名の治療食であった。
(美味い……。体中の魔力が、あるべき場所へと整っていく。そうだ、余は飢えていたのではない。己を見失い、乾いていたのだ……。この男に身を委ねていれば、余は余でいられる……!)
食後、鈴木はさらに踏み込む。
巨大なドラゴンの首元、喉仏にあたる鱗の隙間に、プロの絶妙な圧で指を滑り込ませた。
「はい、ごっくん。上手に飲み込めましたねー。良かったですね、グロリアス様!」
喉の筋肉を刺激し、誤嚥を防ぐ『嚥下マッサージ』。
だが、ドラゴンの感覚は違った。
(おおおっ!? 喉の奥に停滞していた古い魔力が、この男の指先から流れる波動によって強制的に循環させられていく……! なんという神の愛撫……。あぁ……、抗えん……、心地よすぎる……)
三千年前、戦場の覇者として恐れられた古龍が、恍惚とした表情で「ぐるるる……」と喉を鳴らす。巨体が鈴木に擦り寄り、甘えるように鼻先を預けていた。
その光景を、遠巻きに見守っていた四天王たちは、あまりの衝撃に膝を折った。
「……夢か。我らは、最悪の幻術に嵌まったのか?」
「あの、勇者の聖剣さえ跳ね返したグロリアス様が……、人間に喉元を撫で回され、犬のように甘えているだと……?」
「しかも見ろ、あの顔……。あんなに幸せそうなグロリアス様、魔王軍が結成される前から見たことがないぞ……!」
四天王の驚愕をよそに、鈴木はタオルのようなものでドラゴンの口元を拭きながら、ハキハキと笑った。
「グロリアス様、 明日はもっと楽しいレクリエーションを用意しますから、楽しみにしててくださいね!」
最強の介護福祉士による完璧な『制圧』。
それは武力でも魔力でもなく、ただひたすらに相手に寄り添い、その「不快」を取り除くという介護のプロの献身によって成し遂げられたのである。
――数日後。魔王城の正門横には、世にも奇妙な、しかし平和な光景が広がっていた。
かつて世界を焼き尽くすと恐れられた伝説の古龍グロリアスが、巨大な腹を空に向けて横たわり、鈴木による特大ブラシのブラッシングを受けていたのだ。
「はい、グロリアス様、右側失礼しますねー。痒いところありませんか?」
「くぅぅ……、そこだ、スズキよ。そこが……、古代魔術の共鳴(痒い所)に、ピタリと……、くる……」
うっとりと目を細め、喉を鳴らす古龍。その姿は「魔界の守護神」というよりは、散歩終わりの「巨大な老犬」そのものだった。
そこへ、背後から殺気を押し殺した一人の男が忍び寄った。魔王の首を狙い、隣国から派遣された超一流の暗殺者だ。
彼は門の影から伝説の古龍を発見し戦慄する。
(……ば、馬鹿な。伝説の古龍が、なぜあんな無防備に人間に身を委ねている!? いや、これは罠か? もしやあの男が、古龍を屈服させるほどの魔王以上の怪物……!)
暗殺者が足を踏み出した瞬間、ドラゴンの巨大な黄金の眼球が、ギロリと彼を捉えた。
空気が凍り、絶対的な死の威圧感が暗殺者を襲う。
「ひっ……!?」
(し、死ぬ! やはり伝説の古龍、目が合っただけで存在を消される……!)
暗殺者がガチガチと歯を鳴らして震え上がった、その時だった。
「お主……、スズキの知り合いか?」
地鳴りのような声で、ドラゴンが問いかけてきた。
「は、はい……!? いや、あの、自分は……」
「そうかそうか。消毒と検温は済ませたのか? さあ、手を出すがよい」
ドラゴンが巨大な前足で器用に差し出したのは最新式の非接触型体温計と、アルコール噴射器だった。
「……えっ?」
「スズキが言うておった。城に来る者は皆、目に見えぬ穢れ(ウイルス)を払わねばならんと。さあ、シュッ、シュッだ」
暗殺者は伝説の古龍に詰め寄られ、涙目でアルコールを手に吹き付け、熱を測られた。
あまりにも完璧に鈴木の教育が行き届いた「門衛兼、受付犬」の姿に、暗殺者は「……もう、帰っていいですか」と戦意を完全に喪失して去っていった。
その様子をニコニコと眺めながら、鈴木はブラシを片付けて腰を叩いた。
「いやぁ、グロリアス様もすっかり習慣が身につきましたね。素晴らしいです!」
魔王城の四天王たちが、遠くから「伝説の古龍が、完全に受付のパート職員みたいになってる……」と困惑する中、鈴木は夕焼け空を見上げて、ふと真面目な顔で呟いた。
「――認知症のケアって、失われた機能を嘆くことじゃないんですよね。今この瞬間、その方が何を感じ、何を望んでいるのか。心に寄り添うことが一番大切なんです。……まあ、ドラゴンさんの場合は、それが『火を吹くこと』から『ブラッシングされること』に変わっただけなんですよ!」
地獄の現場で培った彼の「真心」は、最強の古龍に、三千年目にして初めての「穏やかな安らぎ」を与えていた。
「さて! 運動のあとは美味しい夕食にしましょう!」
「うむ。スズキ、今日も楽しみにしておるぞ」
夕闇が迫る魔王城に、優しい足音が響いていく。
最強のポジティブ介護福祉士による「ケア無双」は、今日もこの世界のどこかで、絶望を笑顔へと書き換えていくのであった。
(完)
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