一章二話:「良いことをしたのだ!」
目覚めると、そこは暗闇の中。
どこだろう、ここは。
目を凝らすと、少しずつ何かが見えてくる。目が慣れてきているのだろうか。
あれは、壁か。ゴツゴツとしている、石の壁? 家の中には見えない、まるで、洞窟のような。
ああ、そうだ、思い出した。僕は死んで、神さまに会ったんだった。
悪に支配された世界の人間、執行者、救い、天へ送る技能。
意味がわからない、まるでファンタジーのようだ。ということはここは日本じゃなくて異世界なのか。は、何を馬鹿なことを。
そういえば、ずっと僕の目の周りを覆っているモヤはなんだろう。
目線を下にやり、自分の体を見渡す。
あれ、ない。ないぞ。手がない。足も、胴体もだ、どうなってる。
あるのはモヤだけ。いや、そのモヤの濃い部分が、まるで、僕の手、足、身体のような形をしている。モヤの濃い部分の周りは薄いモヤで覆われていて、元の僕の体で言う、心臓の位置に他のモヤよりも一際濃いモヤが、まるで核かのように存在していた。
なんだよこれ、もしかして僕、幽霊になっちゃったのか。
モヤは不定形で、意志を持ってるかのように揺れていた。
右腕の濃い部分に力を入れるような意識を込めると、モヤが強く揺れだし、刀身のように、形作られた。
そのモヤに、イメージを込めた。すると、モヤは形を変え、触手のように、細長く伸び始めた。
自由自在だ。僕がイメージするだけで、どんな形にもなる。
触手をさらに伸ばし、岩壁に触れる。岩の冷たい感触が記憶から呼び起こされるが、実際に感じることは無い。不思議な感覚。
その時、声が聞こえた。誰かの話し声のように聞こえるが、意味は理解できない。声はあそこの通路の先からだろう。少し、様子を確かめに行こう。
歩くのが少し難しい。体の動きを全てイメージしないといけない。思うように足が出ない。
ぎこちない歩き方になりながらも、ゆっくりと通路へ足を進める。
進むうちに、話し声はやがて、責めるかのような怒号と、嘲るような笑い声に変わっていった。その声は止むことなく、やがて、鈍い音が洞窟に響く。
通路を進み、角を曲がると、笑っているかのように体を小刻みに震わせた人影が二つと、蹲る人影が一つ、その人影に暴力を振るう大きな人影が一つ見えた。
さらに進むと、その光景が実際に目に飛び込んでくる。
何を言っているのかはわからないが、確かに奴らは暴力を振るって、笑って、罵っている。もう一つの人影は確かに、許しを乞いている。
核が強い熱を纏った気がした。
やめろ、いくら頭の中で叫んでも、声は出ない。
変わりに、僕の右腕は意識せずとも形を変えていった。
気付けば、僕の足は奴らの方へ進んで行った。
少しぎこちなくはあるが、さっきよりは早い。走っている。僕の足は今、止まることを知らないだろう。
奴らは僕に気づいたようだ。大男が暴力を振るう手を止め、大剣を構える。
長く、剣のように変化させた右腕を、高く振り上げる。
僕の右腕が、奴の大剣に阻まれ飛んでゆく。斬られた。
飛ばされた右腕は、地面に転がり、弾けるように空気中に霧散した。
続けて奴は、追撃を加えようと構えた。
まずい。
直感的に僕の脳は、核を守るために、しゃがみこもうとする。
何も見えなくなった。おそらく、頭が飛ばされた。
どうする、どうする。
今はない頭をフル回転させて、考える。
そうだ、神さまが言っていた、天に送る技能。
『キミに与えるのは、この力。罰を受ける者を、一時的に天へ送る技能。殺すのではない。ただ、学び、悔い、変わるために』『大丈夫、力の使い方は、もう脳に刻み込まれている』
これしかない、これを使おう。
左手を構え、直感的に敵の位置を感じ、向ける。
そして、天に送る技能を使った。
本当に使えたのか。敵からの追撃はない。何も見えないし、何も聞こえない。
何も聞こえない、はずだが、僕の耳に、機械的な声が届く。
"レベルアップ。ステータスを確認してください"
レベルアップ、ステータス。なんだよ、ゲームの世界にでも送られたのか。僕は。
いや、それよりも、このままずっと何も見えないままなのか。それは嫌だ。
腕を変化させた時みたいに、イメージすれば治せるんじゃないか。
頭が生えてくるイメージを浮かべ、少し待つと、目が見えるようになった。音も聞こえる。
目の前に広がる光景は、先程までいた人間が誰一人居ないこと以外は、何も変わらない。
蹲っていた人間も送ってしまったのか。
もしかして、彼らは全員死んでしまったのか。僕が殺したのか。天に送るってのは、殺すということなのか。
僕の心を、大きな罪悪感と、少しの高揚感が包み込んだ。
いや、神さまは言っていた。一時的に天へ送る技能だと。一時的。やがて戻ってこれるのだろう。おそらく、学んで、悔いて、更生した時に。
蹲っていた人間にも、悪いところがあったのだ。つまり、僕がしたことは良い事だ。僕は彼らのために、世界のために、良いことをしたのだ!
その考えは、僕の心の大きな罪悪感を、達成感、満足感、いや、全能感に変えてしまった。その快感は、少しずつ、僕の心を蝕んでゆく。




