ジョブアプリケーション
[早く死ねよって感じの街並み]コンクリート建築だけでどこまで高く積めるかってそこら中で競争している。そろそろ空まで制圧しちゃいそう。
オレの油粘土みたいな発色の作業服。最初はこんなじゃなかった。でも今やなだらかに描かれた背筋の前傾カーブに沿ってこの上なくフィットしてくれている。鏡に映さないでも分かる、オレの顔つきや髪の具合、両肩の角度と適当に投げだされた目線の高さ。ある程度予測のつく生活習慣。それら全部が煩わしいが、特段直す気力も湧かない。気力さえ湧けばオレは何だってできるってのに。
オレは店のカウンターに座っていた。店内の群衆に紛れていてもなお隠せない絶大な生活感。オレの席から3つ隣でスコッチを飲んでいる、ヴァンパイアハンター風の初老のジャケットに付着した血の跡、それと背負ってあるショットガンの湾曲。いずれにせよ他の客の観察は気づかれないくらいに留めなければいけない。ウェイターが向こうのテーブルに運んでいる2つのコーラとチーズのかかったポテト。不味そうなのが美味そう。嫌いだ、好きだ。そんなやり取りが聞こえる。オレは何杯か焼酎を飲んで会計とサヨナラした。
オレはこの梅雨の時期にのみ増す重力に従い、店の外の階段を駆け下りていく。階段の途中で知らない人とぶつかったら、その人、落ちてっちゃった! セーフティの柵を乗り越えて、まるでだらしない物理エンジンのゲームみたいに、真っ逆さま。まあでもこの街じゃよくあることだから……少し上の辺りを車くらいデカい鳥が飛んでいた……その黄色い背中でヤンチャな子供たちが昼寝したり、カードゲームやったりしている。愛すべき日常の景色、ただしオレは階段を駆け下りていく。
クソみたいな階段は、下方向にどこまでも終わりがないところがクソだ。合間にちょっとした雑貨屋とか市役所とか魚市場とかの入り口は開いているけど、このままじゃマントルを突き抜けていつか核に身体を溶かされてしまう。それも悪くない。本当にこの階段は限度というものを知らない。まだ空は明るかったし、ショップウィンドウに飾られた服はそれを着てカルト映画に出たくなるくらいカッコよかった。オレの作業服は嫉妬で泣きじゃくっていた。
クソ階段も程ほどに、一番下にはイルカショップが入っていた。水温管理の問題で最下層を選ぶイルカショップが多いらしいが、ここはその中でも一番の老舗だった。オレは小さな頃から通っていて、そのせいかイルカの鳴き声の周波数を認知できる耳にされてしまった。だからイルカショップに入ると耳がやられる。そうだ、今日は耳をやられに来たんだ。耳をやられて、気絶する寸前がオレにとって一番よく眠れる、不眠の時期にはこうしてよくお世話になりにくる。中学生の時に覚えた睡眠法だ。おかげで志望校にも受かった。とにかくだ、重要なことは、すでにこのイルカショップにはオレ専用のベッドが置かれているということだった。イルカたちの甲高い声に紛れて、微かに店長の声が聞こえる。『~~~!』 いいんだ。店長の言うことなんてどうでもいい。何を言っていようが構わない。今日はもう焼酎を飲んで、一日を終えるにふさわしい時間に達していた。辺りはどこまでもイルカイルカイルカ。コンクリートの街の最下層。一番静かだった。