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第3話「新たな空の下で」その1

 窓の外では、空が赤く染まり始めていた。

 ミスト村の一日は、都会とはまるで違う静けさをまとっていて、夕暮れの訪れがそのまま「一日が終わる」ことを告げているようだった。


 翔太は、リアーナの部屋の椅子に座ったまま、少しずつ呼吸を整えていた。

 昼間からの出来事があまりにも濃密すぎて、頭と心の処理が追いついていない。つい数時間前までは、いつもの通学路を歩いていたはずなのに、今は異世界で魔導師と名乗る少女と向かい合っているのだから、混乱して当然だ。


「……こんなこと、誰に説明すれば納得するんだろうな」


 思わず口から漏れた言葉に、リアーナが顔を上げる。


「元の世界の誰かに、という意味?」


「ああ。たとえば友達とか、家族とか……いや、そもそも戻れるのかすら分かってないか」


 リアーナは少しだけ視線を伏せてから、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。


「来訪者の中には、元の世界に戻れた例もある。けれど、それが“本人の意思”でだったか、“偶然”だったかは定かじゃない。……そして、戻れなかった者の方が多いわ」


 その現実を、翔太は黙って受け止めた。

 今はまだ「戻る」「戻らない」という実感すら曖昧だ。けれど、そういう選択がいつか現実のものとして目の前に現れる――そんな予感だけは、どこかで感じていた。


「なあ、リアーナ」


「なに?」


「君は……その、俺が来たこと、歓迎してるのか? それとも、迷惑?」


 翔太の問いに、リアーナは目を丸くした。

 少し驚いたような表情から、やがて唇の端をわずかに上げる。


「歓迎、というより……“興味がある”って言った方が正しいかも」


「興味?」


「来訪者は、この世界に“変化”をもたらす存在だと、私は思ってる。良くも悪くもね。そして……私は変化を嫌いじゃない」


 その目は真っ直ぐで、嘘がない。

 翔太は、ようやく胸の中にこびりついていた緊張が少し和らいでいくのを感じた。


「それに、あなたが何者かを知りたい。ここに来た意味を、私自身も見届けたいのよ」


 リアーナの声には、どこか信念のようなものが宿っていた。

 ただのおせっかいではない。何かを知ろうとする強い意志。翔太はその姿に、なぜか少し安心した。


 部屋の中に、夕日が差し込む。橙色の光が、壁に並ぶ本の背表紙を照らしている。


「この村の生活は不便なことも多いけど、慣れれば居心地は悪くないわ。私も、もうしばらくここにいるつもり」


「じゃあ……俺もしばらくは、ここでお世話になるしかないか」


「そうね。まずは、あなたの身体を魔素に慣らすこと。次に、この世界の基本的な常識を学ぶこと。そして、最後に――」


 リアーナは一拍置いて、翔太をじっと見た。


「自分の“武器”を見つけることね」


「武器って……物理的な?」


「物理でも魔法でも、それは人それぞれ。だけど、この世界では、何も持たずに生きるのは難しいわ」


 翔太は頷いた。

 ここは現代日本とは違う。理屈や制度では守られない、原理原則が剥き出しの世界。そこに立っている以上、何かを掴まなければ、ただ流されるだけになる。


「なあ、リアーナ。魔法って、誰でも使えるのか?」


 彼女は少し目を細めて、いたずらっぽく笑った。


「適性があればね。でも、それを確かめるのは、明日にしましょう。今日はもう日が暮れるし、転移直後の疲労は思っているより重いはずよ」


 その言葉に、翔太は初めて自分の身体の重さを意識した。

 確かに、座ったままでも足がだるいし、まぶたがじんわりと熱い。緊張でごまかしていた疲労が、少しずつ表面に出てきていた。


「……じゃあ、今日は休ませてもらうよ」


「奥のベッドを使って。朝まで誰も入らないから、安心していいわ」


 言われるままにベッドへ向かい、毛布をめくって腰を下ろす。

 身体が沈み込む感触に、思わず息が漏れた。


 (……本当に、異世界なんだな)


 思い返せば、今日の朝まではただの高校生だった。

 冴えない日々の繰り返しに嫌気がさしながらも、そこから抜け出す勇気もなかった。だけど今――


 (もし、ここで何かを掴めるなら……)


 世界の片隅で始まったばかりの物語。

 その第一夜が、静かに幕を下ろそうとしていた。


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