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第2話「境界の村と銀の導き手」その3

 それから数分も歩かないうちに、丘の向こうに建物の影が見えてきた。

 石と木で組まれた小さな家々がいくつか、低い柵で囲まれるように並んでいる。空には煙突から昇る細い煙が漂い、畑では数人の男女が作業をしていた。


「……ここが、“ミスト村”?」


「ええ。規模は小さいけど、生活に必要なものはだいたい揃ってるわ」


 翔太は思わず見とれていた。

 人々の衣装、家の造り、道の石畳――どれを取っても異世界感に満ちていて、まるで絵本の中に足を踏み入れたようだった。


 村の入口に近づくと、門のそばにいた中年の男性がリアーナに気づき、手を挙げた。


「おお、リアーナ殿。戻られましたか。そちらの少年は?」


「《来訪者》よ。森の外れで保護したの。しばらく私の部屋に泊めるつもり」


「ほう……それは珍しい」


 男性は好奇心と少しの驚きを混ぜた表情で翔太を見ると、何も言わずにうなずいて、門の脇へ身を引いた。


「歓迎はするけど、村人たちの目は少し厳しいかも。来訪者ってだけで、良くも悪くも注目されるから」


「そりゃ、まあ……突然変な服着た異国の奴が来たら、俺でも警戒するかもな」


 ふっと自嘲気味に笑うと、リアーナも少し笑った。


 村の中に入ると、通りを行き交う人々がちらちらと翔太に視線を向けてくる。

 目を伏せる者、じっと見つめてくる子ども、警戒心を隠そうとしない男。反応はさまざまだが、どれも「異物」を見る目だった。


「……まあ、覚悟はしてたけど、実際に刺さる視線ってのは慣れないな……」


「すぐ慣れるわ。ある意味、私も似たようなものだったから」


「君も?」


「昔、王都からここに来たとき、最初は“変わり者”って言われてたわ。今はだいぶ馴染んだけどね」


 翔太は意外そうに彼女を見た。

 この落ち着き払った少女が「変わり者」と呼ばれていたというのは、想像しづらい。


「ここよ」


 リアーナが立ち止まったのは、村の中央にある石造りの二階建ての建物だった。表札には古代文字のようなものが刻まれている。


「私の借りてる部屋。簡素だけど、しばらく身を置くには十分な場所よ」


 扉を開け、中に入ると、ほのかにハーブの香りがした。

 室内は整然としていて、木製の机や棚、本が並び、窓からはやわらかな光が差し込んでいた。


「ここ……君の部屋なのか?」


「ええ。私は今、村の研究所に身を置いているの。正式な所属じゃないけど、調査員という立場でね」


 翔太は少し緊張しながら、部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろした。


「なんか……ちょっと落ち着いたかも」


「体調は? 転移の直後は、魔素に順応していない身体が負荷を受けやすいの」


「うーん……まだちょっとフワフワするけど、立って歩けるぐらいにはなった」


 リアーナは頷きながら、小さな瓶を棚から取り出した。

 中には澄んだ青い液体が入っている。それをコップに注いで差し出す。


「魔素安定薬。簡易なものだけど、少しは楽になるはずよ」


「サンキュ……いや、ありがとう」


 翔太は一口飲んで、目を丸くした。

 味は想像していたような薬草っぽい苦さではなく、ほんのり甘いミントのような風味だった。


「うまい……いや、マジで飲みやすいな、これ」


「よかった。自分で調合した甲斐があったわ」


 リアーナは珍しく満足そうに微笑んだ。


 しばらくして、翔太は深く息を吐いた。

 現実感のないまま始まったこの一日は、ようやく一つの区切りを迎えつつあるように思えた。


「……ねえ、リアーナ」


「なに?」


「もし俺が、ここで生きていくとして……何をすればいいんだろうな」


 問いかけは、自分でも意外なほど自然に口をついて出た。

 リアーナは少しだけ目を細めて、翔太の顔をじっと見た。


「まずは、あなた自身の力を知ること。そして、何のためにここに来たのか――それを探ることから始めましょう」


 それはまるで、運命の始まりを告げる言葉のようだった。


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