第2話「境界の村と銀の導き手」その1
翔太の頭の中は、言葉にならないほど混乱していた。
目の前の少女――リアーナは、自らを「魔導師」と名乗り、この場所が“アルセリア大陸”と呼ばれる異世界であることを告げた。突然の情報の波に、脳がついていけない。だが、辺りに漂う空気の匂いも、草の感触も、見たことのない風景も、すべてが“現実”として存在していることは、否応なく理解させられていた。
「ここは深緑の境界地帯。エルダリア王国の東端に位置する辺境よ」
リアーナは、風に揺れる銀髪を抑えながら言った。
その表情は落ち着いていて、どこか見慣れた光景に出会ったような安堵の色すら浮かんでいた。
「君は《来訪者》。私の仮説が正しければ、異世界からこの地に転移してきた存在。あるいは……何者かに召喚された可能性もある」
「召喚……? 俺が?」
戸惑いながらも翔太は問い返す。だがリアーナは首を横に振る。
「ただの推測よ。だけど君の“気配”は、この世界のものとは明らかに異なる。気の流れ、魔素の共鳴――どれも異質。まるで別の位相から切り取られてきたような感じ。普通の人間にはあり得ない特徴なの」
翔太はその言葉に返す言葉を持たなかった。
さっきまで日本の道路を歩いていた自分が、今は得体の知れない世界の草原に立っている。混乱して当然だ。けれど、リアーナの話は、突拍子もないはずなのに妙に理屈が通っているように思えた。
彼女はふっと笑みを浮かべ、翔太の肩に軽く触れた。
「まずは、ここを離れましょう。森が近いし、夜になれば魔獣も出るわ」
「魔獣……?」
「ええ。この大陸には人間以外の存在も数多くいるの。特にこの辺りは、まだ人の手が行き届いていない危険地帯よ」
言いながらリアーナはローブの裾を整え、くるりと踵を返した。
翔太も何とか気持ちを切り替え、彼女の後を追って歩き出す。草を踏みしめる足音が、やけに現実味を帯びて聞こえる。
「なあ……リアーナ。君は何で俺を知ってるんだ? さっきから、まるで待ってたみたいに話してるけど」
問いかけに、リアーナは少しだけ歩みを緩めた。
「……この地域に“異質な魔力の揺らぎ”が生じているという報告を受けて、調査に来ていたの。ちょうど今朝、その中心点が出現したのが、君が落ちてきた場所だった」
翔太は息をのんだ。
つまりリアーナは、偶然ではなく、ある程度予測してここに来ていたということだ。
「君の存在は、偶然の産物じゃないかもしれない。少なくとも、この世界と君との間には、何らかの因果がある。私はそう考えてる」
「……そんなの、俺にはわかんないよ」
呟くように言うと、リアーナはふっと微笑んだ。
「わからなくて当然よ。私だってすべてを理解してるわけじゃない。ただ――」
彼女は立ち止まり、翔太の方を振り返った。
「ただ、君はもう、この世界の空気を吸い、この大地に足をつけている。それだけで、君はもう“ここにいる存在”なのよ」
その言葉は不思議と、翔太の心にすっと染み込んでいった。