第1話「見知らぬ空、見知らぬ世界」その3
まぶしい光の奔流の中で、翔太は目を閉じた。
次に意識を取り戻したとき、そこには蝉の声も、照りつける太陽もなかった。
草の香りが、鼻をくすぐった。
どこか甘く、涼しげなその匂いは、さっきまでいた真夏の都会とはあまりにも違っていた。
頬に触れるのは、心地よい風。耳に届くのは、小鳥のさえずりと、風が草を撫でる音。
「……う、うぅん……」
まどろみから覚めるように、翔太はうっすらと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも澄み渡る、青い空。雲ひとつないその空は、まるで絵画のように完璧だった。
「……は?」
口から漏れた声に、自分自身が驚く。
身体を起こすと、背中に感じるのはアスファルトの硬さではなく、ふかふかとした草の感触。
見渡す限り、緑の草原が広がっていた。遠くには濃い森が壁のように立ち、その奥には、雪をいただいた山々が静かにそびえている。
「な、なんだここ……」
しばらく茫然としていた翔太は、自分の服装が変わっていることにようやく気づいた。
制服ではない。くすんだ色のチュニックに、ゆったりとした麻のようなズボン。腰には革のベルトが巻かれ、小さな袋がぶら下がっている。
足元には、どこかクラシックな革の靴。
すべてが、現代のものではなかった。まるで……ゲームの中の世界のようだ。
「夢……? いや、違う。だって……」
頬をつねる。強く。痛い。
草の感触、風の音、空の色、肌に触れる空気。すべてが、あまりにもリアルすぎた。
(ここって、本当に現実……なのか?)
混乱が一気に押し寄せてくる。
信じがたい光景に、呼吸さえも浅くなっていく。
そのとき、背後から声がした。
「お前、やっと目が覚めたか」
低くもはっきりとした少女の声。振り向いた翔太の視界に、見知らぬ少女が立っていた。
銀色の長い髪を風になびかせ、涼しげな碧い瞳でこちらを見ている。年の頃は翔太と同じくらいだろうか。
彼女の身にまとうローブは、深い紫に淡い光を宿し、その胸元には星と円環を組み合わせたような複雑な紋章が刺繍されていた。
「……誰?」
ようやく絞り出した声に、少女は小さく頷き、静かに言葉を返す。
「リアーナ。魔導師よ」
「ま、魔導師……?」
「そう。そして、君は……《来訪者》だ」
耳慣れない言葉に、翔太の思考は一瞬止まる。
「らい……ほうしゃ?」
「君は“あちらの世界”からこの地に転移した。理由はまだ分からない。でも……ここに現れたということは、何かの因果がある」
「待って、そんな……意味わかんない……俺、ただ、学校からの帰り道で……」
「混乱しているのは分かる。けれど、まずは落ち着いて。ここは《アルセリア大陸》の東縁部、《深緑の境界地帯》という場所。魔獣が棲む危険な土地でもある」
翔太は完全に取り残された気分だった。
言葉の意味は理解できるのに、内容が現実からあまりにもかけ離れている。だが目の前の景色も、リアーナという少女の存在も、嘘だとは思えなかった。
「……本当に、異世界ってやつなのか……?」
リアーナは、確かにそうだと目で告げていた。