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第1話「見知らぬ空、見知らぬ世界」その2

 駅へ向かう帰り道。

 じりじりと焼けるアスファルトの上を、翔太はアイスコーヒーを手に歩いていた。買ったばかりのそれはすでにぬるくなり、手に伝わる冷たさも心地よさも、もはや感じられない。


 通りを歩く人々の姿は、どこか遠くの世界のもののようだった。

 談笑しながら歩く学生、スマホを見つめながら歩く会社員、子供の手を引く母親。皆がそれぞれの時間を進めていて、翔太だけが立ち止まっているように感じられる。


 (何してんだろ、俺)


 今年も何も変わらない。誰かと遊びに行くでもなく、バイトを始めるわけでもない。

 クラスのLINEグループでは、海だの花火だのといった話題が飛び交っていたが、翔太はそこに反応することもできず、既読をつけることすらためらっていた。


「……来年の夏こそは、って思ってたのにな」


 口に出してみると、その言葉の軽さがかえって胸に刺さった。

 何度そう思ってきたことか。新学期、誕生日、年越し。何度も「変わろう」と決意しては、何も変わらず終わる日々を繰り返してきた。


 歩道橋の下の日陰に腰を下ろし、ぬるくなったコーヒーを一口飲む。

 苦味が口に広がると同時に、また一つ、ため息が漏れた。


 (本当は誰かと話したいし、笑いたいし、一緒にバカみたいなことで騒いでみたい。なのに……)


 心の奥底に、ぽつんと穴が空いているような感覚。

 日常はある。でも、自分はその日常から少しだけずれている。気づかれないように、波風を立てないように、ただその場にいるだけ――そんな居心地の悪さを抱えていた。


 蝉の声が、一層うるさく耳にこびりついてくる。

 音が重なりすぎて、もはや何を鳴いているのかもわからない。ただ、暑さと共に不快さを増していく。


 (……ちょっと涼しいとこ、行きたいな)


 そんなことを思った、まさにその瞬間だった。


 視界が、ぐにゃりと歪んだ。

 地面が傾き、体がふわりと宙に浮いたような感覚に襲われる。呼吸がうまくできず、耳が詰まり、世界の音が急速に遠のいていった。


「な、に……?」


 思わず手を伸ばすが、指先は空を掴むだけで、何もない。

 手にしていたカップが滑り落ち、氷の塊がアスファルトに跳ねる。だが、その音さえ聞こえなかった。


 空が崩れる。世界の輪郭が溶けて、視界の端が白に侵食されていく。

 まるで夢の中に引きずり込まれるような、抗えない力に身体が引っ張られていく。


 (これ……夢? いや、違う。感覚が……ありすぎる)


 地に足がついていない。重力が、ない。

 頭はぐらぐらと揺れ、思考も曖昧になる。全身がバラバラに分解されていくような、不気味で恐ろしい浮遊感。


 音も匂いもなくなった。ただ、吸い込まれるように落ちていく。

 自分の意識が、何か大きな“穴”に飲み込まれていく感覚。冷たい汗が背中をつたった気がした。


 (俺……どこに行くんだよ……)


 そして――光が弾けた。


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