これを恋と言うのならば今までのは何
おませさん。
きゃぴきゃぴ。
おしゃま。
早熟。
どれもこれも子供に向けて「貴方ちょっと大人びてるわ」を表す言葉。あれもそれも、難しい漢字も、年の割には大人びてる、という意味。
中学生に使う言葉なんだろうか。
中学校に入学してからの琴音はそれらの言葉をたくさん言われるようになった。小学生の時と話題の内容は変わってないはず。変わっていないよ。同じ言葉を言われ過ぎて段々苛立ちを覚えてくる。そう言えば次には反抗期、思春期だと喜ばれる。
この感情の発露をも個の表現ではなく、予め予想されたもののように。そしてそれは成長の目安として見られる。
ようは微笑ましがられるのだ、家族に。
幼稚園の頃からそれはもう恋多き女だと言う自覚はあった。優しくされればその子が好き。一緒に遊べば好きになる。名前を呼ばれてときめいて、気になる男子が助けにくればその瞬間から王子様。終いには先生にまで惚れてしまって帰宅をぐずり困らせる。なんて感情的に生きているのだ。だが、積極的に見えて初である。好き好き言う割には告白はしない。ドキドキを胸一杯に閉じ込めて家に帰って発散する。
恋するおしゃまなレディの喜劇はほぼ毎日行われた。観客はパパ、ママ、兄、犬。勝手に始まり勝手に幕引き。演目は月毎に変わった。だが、小学高学年にもなればその舞台も終わりを迎える。クラスメイトのよく遊ぶ男の子を最後に彼女は舞台から降りたのだ。なんてことはない。初めての告白、そして失恋である。往々にして起こる、価値観の違いと言うものか。小学6年の女子と男子では心の成長のスピードが違いすぎる。男子はまだ虫取で遊ぶが女子はもう自分磨きがスタートしていた。琴音の失恋の原因は相手がまだ幼すぎたのだ。
中学に上がった彼女から恋の話をしなくなった。その代わり、騒がしい男子を見て「男ってそういうものよね」と達観したような事を言うようになる。急激な心の成長。失恋を知った彼女は、テレビを見ても、母からの「クラスでかっこいい子いた?」なんて聞いてくる時も、まるで男をもう知り尽くしたようなニュアンスで答える。
これも大人からしたらませている内に入る。琴音はもう大人だと思っているのに両親ときたらこの扱い。しっかり反抗期を迎えた。それでも容姿を気にする年頃なわけで毎朝の髪の手入れは怠らない。1学期、友人にも恵まれまずまずなスタートを走り出した琴音。
2学期、転機を迎える。夏休みも終わり、新学期に久しぶりに見るクラスメイト達はひと夏のアバンチュールという言葉を駆使しながら、やれ旅行だ、祭りだ、海だなんだのと盛り上がっていた。クラスで人気の男子は小麦色に焼けて一部の女子は色めきだっていた。琴音はそれを見て「若いんだから、みんな」なんて思う。琴音は変わらない。ちょっと髪がのびたくらいか。友人と夏休みの思い出に花を咲かせていれば今日のビックニュースを先生が持ってきた。
知らない男子が入ってきた。
転校生。マンネリしそうだったこのクラスに新たな風が吹いた。まだこの学校の制服を持っていないのか見慣れない学ランだ。教室内は瞬く間に喧々囂々たる有り様へ変容した。新学期始まって最初の叱咤を先生からいただいた。賑やかなクラスなのだ。落ち着きを取り戻したクラスに、転校生は簡単な自己紹介をした。
八幡 悠。それが、新しいクラスメイトの名前。割りと高身長でセンター分けの重めな前髪。目元は切れ長で眉毛の形が綺麗だ。眉目秀麗。この言葉を代名詞として使ってもいい人材がこんな田舎の学校にくるとは。琴音も他の女子同様に彼を注視した。
ばちりと目があった気がした。咄嗟に反らして窓の方へ顔ごと向いてしまう。とんでもない冷たい女になってしまったではないか。こうなってしまっては仕方ない。仮に恋心を抱いても、彼からの好感度は低い状態でスタート。他の女子とはスタートラインが違ってしまった。自らハンデを背負ってしまったのだ。
いや、もう恋なんてしないんだ。彼女は新しいクラスメイトの自己紹介も上の空で聞いて、自分が過去に恋した面々を思い出し甘酸っぱかった過去に浸っていく。
「よろしゅうお願いします」
ガタッと、右隣の席に誰かがきた。
誰か。
そちらを向けば転校生がこちらを見て挨拶してきてるじゃないか。確かに、琴音の隣の席は空席だった。まさか、そんな…。
動揺しつつ挨拶をし返すと、良かった~なんて言ってへらりと笑う転校生。
「目、反らされたからもしかして怖がらせてしもたんかと心配しててん。自分、あんまり目付きえぇ方やないから」
「あ、いや、こちらこそ感じ悪かったよね、ごめん」
先生は朝のホームルームを始めていたため小声でやりとりをする。先生の話を聞く生徒と転校生を気にする生徒で空間は浮き足だっているが今日くらい仕方ない。先生は気にせず連絡事項を伝える。
「八幡言います、よろしく。えと、お名前聞いてもえぇ?」
「お、奥寺 琴音です。よろしく」
「奥寺さん、よろしゅうね。早速でごめんけど、今日は教科書ないねん。見せてもらってもえぇ?」
困ったように笑い控えめに聞いてくる彼に、間違いなく心臓は撃ち抜かれた。
自己紹介、初対面の人への配慮。そして、この顔。
知性だ。彼には間違いなく知性がある。琴音は気付いてしまった。彼は、クラスメイトの幼稚なメンツと格が違う、と。とどめの関西弁。最早忘れていたあの頃のときめき、胸に宿る熱い何か。幼稚園の時とは比べ物にならないくらいの心臓の高鳴り。
あれ、…。でも待って。あの時こんなに息苦しかったっけ。もっとキャーキャー騒ぐようなウキウキするような感じじゃなかったっけ。呼吸が浅くなる。呼吸の仕方を忘れて変に唾を飲み込む。呼吸音、うるさくないかな。これは、もしかして、これが?恋?本当の恋と言うものなんでしょうか。母に聞くべきか。いや、もう恋なんてしないって言った矢先の6ヶ月。早いんじゃないだろうか。舌の根も乾かぬうちにとはこの事か。いや、まだ恋と決めるには早すぎる。学んだでしょう、琴音。見極めなさい。この恋は本能的か、理性的かを。
「いいよ、見せてあげるね」
「ありがとー。机、ちょっと近付けてえぇ?」
「あ、そうだよね。いいよ」
さりげなく彼との距離を縮める。机の間の距離、僅か3センチ。攻めすぎたか?否、教科書を見せねばならないのだから合法だ。椅子をずらして座り直した拍子に彼と肩がぶつかった。とんっと触れる程度。
「ごめ、痛くなかった?」
「へーきやで。すまんな、肩幅広くて」
さっきまで好青年だったかと思えば、悪戯っ子のように笑う彼。
無理です、神様。
恋しないなんて、無理です。
白状します。
私は、彼に本気で恋しました。