第2章 7 酒場通いの不良シスターズ
七
あたし、ガーベラは、仲間のロズィと共に、噂の酒場に来ていた。
ガラの悪い男が店内には多い。が、身なりのきちんとした、兵士のような男達もそれなりの数が居た。
壁を見ると、街の警備兵達には割引サービスがあるらしい。トラブル防止のために、警備兵を優遇し、店内の治安維持に役立てているようだ。
案内もされないため、勝手に空いているテーブルに向かう。立ち飲みの店らしく、椅子は無い。
店内は、騒がしく、他者の会話は聞こえない。
とりあえず、露出の多い服を着たウエイトレスのお姉さんに声を掛けた。
適当にワインを二人分頼む。そう言えば、さっきタケルにワインを勧めたが、ワインは飲めないと断られてしまった。
だが、酒は飲めないわけじゃ無いらしい。後で、お土産に、別の酒でも買っていってあげるとしよう。
「「乾杯」」
ロズィと木製のジョッキを重ねた。こういう安酒場なので、割れにくく、安い木製ジョッキの方が良いのだろう。硝子は高いし、割れやすいので、この客層には不向きだろう。
適当なつまみも注文し、周囲を見回す。
すると、男が二人、こちらのテーブルに勝手に着いた。
「こんばんは、お嬢さん達」
「おいおい、子供は酒なんか飲んじゃ駄目だぜ?」
大抵の酒場で行われるやりとり。
「小人族のクォーターだから、見た目がこうだけど、お酒は呑める年齢よ」
飲酒は十六歳から可能。見た目のことについては、誤解されるのは了解済み。いちいち腹を立ててなどいられない。
「お仕事終わりですか?」
ロズィも穏やかな笑みで対応する。
修道院育ちであろうと、二年も旅すれば、こういう場も経験するし、慣れもする。なんなら、ロズィはかなり酒が好きだ。
男達は安物の布の服を着ていが、筋肉質なことから、肉体労働をしていることがわかる。
とりあえず、二人はこのテーブルで飲むことを勝手に決めたらしく、ここで注文を始めた。
麦酒が届くと、こちらに対しても乾杯を要求してきた。酒場では無礼講だと納得し、ジョッキを合わせた。
「初めて見る顔だな」
「ええ。旅の最中に寄っただけだからね。二人は、この街の人よね?」
「ああ」
男達は、酒を一気に呷る。
「仕事上がりはやっぱりこれだな」
こちらはワインなので、そのような飲み方はせずに、チビチビと口にする。
「大変なお仕事なんですね」
労るように、優しくロズィが微笑む。
「貴族に仕えてるんだぜ、これでも」
ちらりとロズィと視線を交える。貴族なんてのは、この街にも、それなりの数がいる。
「有名な方なんですか?」
「一応、この街の中では、三大貴族なんて呼ばれてるぜ? つまり、俺たちゃ、良いとこに勤めているってわけだ」
おっと、これは当たりを引いたかしら?
「どんな方なんです、お仕えされている方は?」
「あ~、そう、だなぁ。評判は、良くねぇなぁ。というか、悪いな」
確信を得たいと思い、もう一歩踏み込んで質問する。
「もしかして、ポーズリヒ家?」
「まあ、評判が悪いと言ったら、わかっちまうか」
「というか、実際に、素行の悪さを見ちゃったからね。お店に、借金を取りに来てたところ」
「……そうか」
男達は、肩をすくめて、嘆息した。雇い主の愚行に、呆れているのだろうか。
「貴方たちも大変ね、主様があんなんじゃ」
「はは、そうだな。おっと、別のテーブルが空いたみたいだ。邪魔したな」
そういうと男達は、別のテーブルに移っていった。一瞬、男達の瞳が鋭くなったように感じた。
思わず、ロズィと顔を合わせる。ロズィも、呆気にとられていた。
正直、酒場で口説かれたことは多い。今回も、多少は覚悟していた。なのに、あのようにあちらから離れていくとは思わなかった。
「えっと、なにかやっちゃったかしら?」
「ん~、わかりませんね。元から、テーブルが空くまでの繋ぎだったのかも知れませんし」
探っているのことに気付かれたのだろうか?
などと思索を巡らせていると、再び、別の二人組がテーブルにやってきた。今度の男達は、最初からジョッキを手に持っている。
先程と似たやりとりを経て、再び、乾杯の挨拶。
「お二人は何をされている方で?」
「俺たちは、街の警備隊所属だよ。ここは、警備隊割引があるからな、結構来るんだよ」
この二人も、かなり鍛えられている。
「職業は、二人ともナイトだ」
そういうと、自慢げに、袖から見える腕を自慢げに曲げて見せた。
筋肉には、あんまり興味ないのよねぇ。ロズィも、同じように苦笑いを浮かべていた。
ただ、話を聞き出すために、ご機嫌は取っておいた方が良いだろう。
「あら、ステキ。やっぱり、筋肉って男の子って感じ」
そう言って微笑んでみせると、酒の所為で紅い頬が、更に少しだけ紅潮した。
「そう言えば、ロズィ、昼のアレは酷かったわよね」
突然の振りに、キョトンとするロズィ。
「ほら、あれよ。お店で、いきなり借金取りが来たの見たでしょ」
「ああ、あれですか。確かに酷かったですわね」
なになに、と男達が興味を引かれたらしく、こちらに訊ねてくる。
詳細な状況を話すと「ああ、そりゃ、ブタ貴族様だな」と馬鹿にするように笑った。
「有名な方なのですか?」
「ああ、この街の住人なら、みんな知ってるよ。あれだけ大げさに借金の催促する貴族なんて、居ないしな。それも借金のカタに女を寄越せって、貴族様の世界じゃ、なかなか無い話だぜ? 普通は、何もしなくても、女が寄ってくる身分なんだからな」
男達は、貴族の悪口を酒の肴に、ジョッキの角度を傾けた。
「それに、偶にこの酒場にも来るぜ。貴族の癖に、悪さでもしているんだろうさ。前も、人攫いと話なんかしていたって噂もあるんだ。ご執心の女を攫おうとでもしているんかね」
おお~っと、中々クリティカルな情報だ。ふふん、どんどん黒くなっていくわね。特に、人攫いの話は、かなり核心を突いている気がする。
そこから先は、悪口ばかりで、特に目新しい情報は無かった。
今日は、もうこんなもんで良いだろうと思い、ロズィに、帰ろうと、アイコンタクトを送る。ロズィも軽く頷く。
「あたし達、もう帰るわね」
「お、次の店に行くかい?」
酔いすぎて、話が通じていないのかな?
「こんな店に女性二人で来るんだ。当然、次も考えているんだろ?」
こういう男を相手すると、タケルは随分と紳士だと感じる。ロズィは、既に軽蔑に満ちた視線を男達に向けている。
これでも修道院育ち。こういう男は、軽蔑するように教育を受けているのだ。
ま、喧嘩をしても良いのだけれど、あまり目立つのは得策ではない。
じゃ、いつも通りの脅しでいきましょうかね。
「あたし、状態異常付与術士なんだけど、大丈夫?」
「大丈夫って、どういうことだい?」
「あたしのスキルって、汗が毒になったり、唾液が麻痺毒になったりするのよ? あたしを抱いている最中に、死んじゃうと思うけど、最後の女にするだけの根性があるの?」
勿論の話だが、意識しなければ、汗が毒になることは無い。そうでなければ、あたしは大衆浴場を使うことが出来なくなってしまう。
それどころか、人混みすら危険である。
が、そこは稀少職業。そんなことは、周知されていないので、ハッタリは言い放題だ。
というか、汗なのだ、あれは。タケルに毒として渡している粘液は。最初は、ロズィの危機のためだったので、意識せず、渡した。その後は、惰性で渡している。でも汗なのだ!
改めて意識すると、顔から火が出そうになる。今更、渡さないとは言えない。あれは、タケルに必要なものだ。絶対に、汗だと悟られないようにしないとだ!
「そ、そっちのお姉さんはどうだい?」
「あら~、わたくしはガーディアンですので、身持ちが堅いのですわよ」
「その言い方止めてくんない? あたしは、尻軽みたいじゃない!」
うふふ、とロズィは微笑んでいる。
「ガ、ガーディアン……」
ナイトにとっては、格上の職業だ。言葉を失っている。ナイトの彼らにとって、憧れの職業と言っても良い。逆に言えば、コンプレックスを刺激されてしまうことだろう。
「じゃ、失礼しますわ」
ロズィがそのように言い残し、会計をして、酒場を後にした。一応、タケルへのお土産に、火酒を買っていくことにした。
兄妹の店兼家の前の道をあえて選んで、宿への帰路につく。
すると、店を見張っているような男が二人、これ見よがしに立っていた。多分だが、貴族の差し金だろう。
流石に、やり過ぎじゃないだろうか?
本気で、成敗の必要がありそうだ。
あたしが、男達に向かおうとしたところ、ロズィが首を横に振った。
「目立つのは止めましょう。明日、忍び込むのなら、尚のことです。昨日、今日からの見張りではないと思いますし、追い返すのは無意味です」
「……そうね。おねーちゃんの言うことに従うわ」
「ベラ、機嫌が悪いときに、お姉ちゃんって呼ぶの止めませんか。それ、嫌いです」
「……ゴメン。ロズィに、当たることじゃないわよね」
謝罪の後、あたし達は宿へと戻った。