第2章 6 聖女様の情報収集
六
今度は、彼女たちの成果を教えてもらう番になった。
まず、彼女たちは兄妹と貴族、両者の評判から素行、噂まで情報収集してきたらしい。
とりあえず、貴族の名前がわかった。ブラタ・ポーズリヒ。この街における三大貴族の一人であり、現当主だそうだ。評判は悪いらしく、率直に言って嫌われているとのこと。あだ名はブラタからとって、ブタ貴族。焼き鳥ならぬ、焼きトンが出てきそうな名前だ。
きっと、お話大好きなおばさん辺りから情報収集してきたんだろうなぁ。そんな感じの情報だ。
先代までは評判が良かったらしく、その分、現当主については色々と悪い噂が多いらしい。
対して、兄妹の評判は比較的良い。まあ、聞き取りの対象が、下町のおばさん達ならば、身内びいきなところもあるだろう。
「でもね、それだけじゃラチがあかないから、もう一度、あのお店に行って、兄妹二人に話を訊きに行ったのよ。勿論、タケルに言われたとおり、出来る限り平等に状況を把握することは意識したわよ」
ベラの言葉に、こくりとロズィも相づちを打っている。
じぶんはテーブル上の屋台料理を口に運びながら、話に耳を傾ける。
ベラは人の心に入り込むのが上手いらしく、様々なことを聞き出していた。
兄妹は、自分達に起きたことを、先程よりも詳細に、時系列順に教えてくれたそうだ。
先ず、祖父母の代から兄妹と貴族の家は仲が良かったそうだ。
曾祖父が、貴族の家に勤めており、その子供である互いの祖父が友人関係だったらしい。そして祖父は、旅する冒険者であった祖母と結婚し、それを期に祖母は故郷であるこの街に腰を落ち着け、あの店を始めたそうだ。その開店資金が、あの借金だった。利子なし、催促なしの友達からの借り入れ。
つまり、借金自体は、正当なものだということだ。
そして、両親の代でも、互いの親交は続いており、一切の諍いはなかったそうだ。
貴族側の両親は、両者とも三年前に亡くなったが、借金については、特に取り立ては無かったらしい。その後、兄妹の両親が一年前に亡くなったらしい。買い出しの際に、野生動物に襲われた事故が原因だそうだ。
そして、舞台は当代の貴族と兄妹の関係に移る。
とはいえ、特にその関係に変化は見られなかった。ある事件を経るまでは。
妹さんが、人攫いに襲われたというのだ。そして、それを助けたのは、まさかのブタ貴族様。
「そんなヒロイックな出会いして、こうも拗れた間柄になる? というか、貴族側の仕込みだとか?」
「どうかしらね。そもそも、それ以前は借金の取り立ても無かったでしょ。そんなことしないと思うのよね。人攫いも、その場で処刑されているし」
その日を境に、借金の取り立てが行われ始めたそうだ。同時に、妹さんを借金のカタに差し出せ、と。
「その時に、見初めたのでしょう。わたくしとしては、そのまま、真っ当に口説いていれば、命の恩人ですし、勝算はあったと思いますのに……」
それだけ格好の良い出会い方をしているというのに、なんという選択肢ミス。まあ、本性を知れたと思えば、妹さんとしては助かったのかも知れない。
貴族様と平民という関係性上、妻になることは出来ず、妾としてのキープになるらしい。少なくとも、貴族様が第一夫人を見つけるまでは。身体目当てということか。だからこその、生娘で居ることが、借金のカタの条件というわけだ。
そりゃ、玉の輿と喜べやしないだろう。
そこからは、先程聞いた話とほとんど同じだった。
まず、借金を返すために、首飾りを売ろうとしたこと。その首飾りの存在は、忘れていたというか、兄妹は知らなかったらしい。が、子供の頃から、万が一、借金を返す必要が出た場合、地下の倉庫の菓子箱を見るように、と言われていたそうだ。返済の催促をされ、その事を思い出したらしい。
随分ぞんざいな仕舞い方をされているが、逆に客人や泥棒も興味を示さない、上手い隠し方かも知れない。
祖母が旅していた時代に見つけた、唯一の宝であり、街で買い取りが出来ないくらいには、高価なものだったらしい。国営の美術館に相談に行き、買い取りの話をし、合意となったことから、借金を回収しに来た貴族にその事を伝えてしまったそうだ。
ここまでは聞いた話。
が、不思議なことは、ここからだった。
まず、手紙なのだが、国営美術館の封印がされており、宛名についても、美術館職員の直筆で間違いなかったとのこと。それは、本物の職員に確認したということだ。
が、兄妹の受け取った手紙の中身の手紙は、職員には心当たりのないものだったということ。職員の書いた手紙とは、内容が異なり、別の日付を指定されていたわけである。
が、ここで不思議なのが、封筒は間違いなく、職員が直筆で記載し、更にその封筒に、本来の取引の日付を書いた手紙を封入しているとの供述はとれているとのこと。その後、入れ替えなど出来ないように、封印をしたのは間違いないという。その一連の作業中、目を離すことは無かったのだから、入れ替えられるような隙は無かったということだ。
「配送員による封筒ごとの入れ替えは?」
「それも無いって。犯罪防止のために、入れ替えの防止策については、詳しくは教えてくれなかったらしいけど、封筒自体は、あの日書いたもので、間違いないらしいわ。それは美術館の職員が断言しているって」
むむむ。そうなると、美術館職員が怪しいのではないだろうか? グルとか?
「それもないと思うわ。美術館職員って言っても、一人で、こんな大きい買い物できないし。国営だから、買うためのお金も、国が認可するわけでしょ? 全部、一人でやるならまだしも、大勢で、不正が起きないようにしているはずよ」
その辺りは、公務員的な決裁文化なのだろうか。デジタル決裁なんて、ないだろうし、印鑑ぽんぽんなんだろう。自営業しか経験の無い自分には、想像しか出来ない話だけど。
「謎だね」
「謎なのよ。でも、さっきの話でわかるとおり、首飾りの存在を知っていたのは、あの貴族だけなのよ。そして、あの首飾りがあると、愛しの妹さんを自分のモノに出来ないのも、御貴族様。ま、第一容疑者よね」
「あの御兄妹も、最近まで知らなかった言うなら、なおさらだね」
ベラは、こちらの顔を覗き込みながら問いかけた。
「ここまでは調べたわ。タケルとしては、この後、どうすべきだと思う?」
「首飾りの在処を調べるべきだと思う。もう売られていたら、それこそ真実の眼で、貴族を問いただすしかない。でも、そんなこと、出来る?」
「難しいと思う。ここの教会は、それ程権力ないし、強引に貴族にそんなことすれば、下手したら、捕まるわ」
「なら、どちらにしろ、先ずは首飾りの在処を調べるべきだ。そういえば、首飾りが盗られたのって、いつ頃?」
「五日ほど前らしいわ」
最近の話だ。なら、まだ手元にあるかも知れない。
相当な値打ち物らしいのだから、軽々に金に換えることは出来ないだろう。そもそも、この貴族は金に困っていない。懐に仕舞い込んでしまうのが、一番安全なのではないだろうか?
「まだ持っている可能性は高そうだ」
「あたしもそう思う。貴族の欲しいものは、首飾りじゃ無くて、ジュリさんなんだから」
「となると、当然、こっそりと家捜しだね」
「あたしが貴方の作った衣装を着て、侵入すればいいってわけね!」
めっちゃわくわく顔だ。
聖女様、わんぱく、お転婆。
一つ気になることがある。人助けの旅だと言っていたが、直情的な彼女は、今までは如何に人助けを為してきたのだろうか? 参考に聞いてみるとしよう。
「ん~、今ままで? 覚えている範囲の話だと……。えっと、盗賊に食いものにされている村があったのよ。食料を奪われ続け、脅されているって言うね」
彼女らの職業だと、それを攻め崩すのは厳しいのではないだろうか?
「水関係は、アジトとして使っている廃村の井戸を使っていたのよ。だから、こっそりと、毒を井戸に入れまして~」
「み、皆殺し?」
「そこまでしないわよ。そんな強力な毒なんて流し入れたら、一人死んだ時点で気付かれるし、他の水源に混ざったらまずいでしょ」
人をなんだと思っているの、と憤っているが、出来ることには変わらないし、強弱の問題でしかない。
「あとは、村人を奮い立たせ、一気に襲いかかって、壊滅させるって感じね」
他の話も似たようなものだった。食事に麻痺毒を混ぜ込んで、村人を煽って襲うというチャートが完成していた。
というか、この聖女様、先導者ならぬ扇動者としての才能がおありだ。
性根が真っ直ぐな、見た目幼めの美少女。そんな女性が旗頭になって、相手を弱らせてくれたのなれば、村人としては奮い立たずには居られないだろう。
見た目、性格、聖女の肩書き、あらゆる意味で、彼女は扇動者として優れている。いや、その才能があったからこそ、聖女の聖痕をもらったのかもしれない。
「でも、今回はその方法じゃ、どうにか出来ないもの。やっぱり、権力ってのは相手にすると面倒ね」
ごり押し大好き聖女様。
「でも、根無し草だからこそ、権力と後腐れ無くやり合えるってのはあるよ。自分達以外は、狙われないからね」
と、外を見ると、既に街灯の光が無ければ、街を出歩くのが危ない時間になっていた。
「じゃ、第二陣行ってくるわ」
「タケルは、こちらで制作物の準備を」
二人が、折角着替えた部屋着から、再び外出着を用意し始める。
「何処行くの?」
「悪い奴らが集まっている酒場」
そう不敵に笑う聖女様。野蛮な笑みが似合うところが、相も変わらず面白聖女様である。
「俺も行くよ。女性だけで」
と言いかけたところで、二人が自らの腕をぽんぽんと叩いた。
思わず、シュンとしてしまう。弱いですもんね、邪魔ですよね……。
「……行ってらっしゃい」
「お土産買ってくるから、良い子にしてなさいね」
聖女様はウインク、騎士様は優しい微笑みを浮かべて、部屋を出て行った。