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第2章 5 腕相撲大会


   五


 宿に戻ると、先ず、戦利品を自分の部屋に置きに向かう。物珍しさからか、買い物に結構な時間を掛けてしまった。

 食料だけ拾い上げ、女子部屋に向かう。

 いやん、修学旅行でも経験できなかった、女子部屋への訪問。アラサーで青春を取り戻せるというのか……。人生とはわからないものだ。

 ノックし声を掛けると、「遅い!」と不機嫌さを隠さない声が返ってきた。

 ドアを開け「悪かった。お詫びの御飯」と、機嫌を取ろうと試みる。

 ベラは、宿が用意していた部屋着姿だった。髪は少し濡れていて風呂上がり姿だ。

 風呂上がりで頬を軽く上気させた女性と同じ部屋。目のやり場にも、緊張にも少々困ります。

「あ、タケルが戻って来られたのですか?」

 浴室より、ロズィの声が届く。

 見た目が中学生のベラ相手でもドキリとしてしまう自分の純情ハートには、パツキンダイナマイトボデーのギャルは刺激が強すぎるのではないだろうか⁉

 ごくりと、唾を飲む音が、自分の喉を通して、鼓膜を震わせた。

 浴室のドアが開く。地球に居たら、一生観ることが無かったであろう、西洋風美女の部屋着姿という貴重なものをご覧じることが出来た。

「あのさぁ、あたしを見た時と、目の輝きが違いすぎない?」

「ソンナコトナイデスヨ? 二人トモ、ステキ」

 と墓穴を掘る前に、テーブルに食料を並べることで、意識を逸らすことに注力する。

 女性は、男性の視線に敏感だと聞く。変なところを見ないように注意しなければ。でも、顔を見るのも、結構緊張するのよね、どうしよう……。

 二人に対し、自分がしてきた買い物と、これから作成する衣装はベラ用であることを説明する。

「残念ですわ。わたくしも、お洋服を作って頂きたいです」

「ごめん。今回は、盗られた首飾りを盗み返す必要があるかも知れないだろ。それが出来るキャラは、ベラしかできそうにもなくってね」

 するとベラは目を輝かせた。

「なになに、超楽しみなんだけど」

 異世界だから、物珍しく、偏見も無いため、このような反応なんだろう。コスプレ衣装を、本人の了承なく作った上、着てくれといったら、多分、変態扱いされる。

 うん、異世界でも、適正な距離感をとるように努めなければ。

「完成までは待っていてよ。あ、そうだ作るにあたってなんだけど、身体の測定させてくれない?」

 室内の空気が凍る。あんなに輝いていた瞳がどうでしょう。コスプレの匠にかかるとあら不思議。汚物を見るような瞳に早変わり。

「いやいや、待ってよ。服を作るんだから、そりゃ、身体の測定はするよ!」

「つまり、その、スリーサイズとか、測るって事、よね?」

「いや、それだけじゃないよ。腕の長さから、股下とか、全部測るよ。完全に、ベラ専用のジャストフィットの一着を作るんだから」

 考えてみると、自分の仕事は、相手の作って欲しい、から始まる。つまり計測を受け入れる覚悟を持って、依頼に来るのだ。

 が、今回のように、こちらの着てもらう、から始まると女性としてはこのような反応を返してくるのは仕方がないのかも知れない。

「計測はロズィにしてもらえばいいよ。なら、大丈夫だろう?」

 それでも少し躊躇している様子。

「一回測れば、今後はそれを使い回せるしさ。……太ったりしない限りは」

「デリカシー! そういうのが嫌だって言ってんのよ! 今後、太ったりしたら、全部知られるって事でしょう⁉」

 うがー、っと喚きながらこちらの腕を掴んでくるベラ。

 まあ、女の子の力ぐらい振りほどくことは簡単だ。ははは、と笑いながら、ベラの腕を振りほどく。否、振り解こうとしたが、解けない。

 あちらも、全く怒っていないというわけでは無いだろうが、じゃれ合いの範疇だったのだろう。こちらの様子に首を傾げていた。

 その様子を見ていたロズィが、横から口を挟んだ。

「試したいことが出来たのですが、少々よろしいでしょうか?」

 言いながらロズィがテーブルの上に並んだ食べ物を、ベッドの上に移動する。

 そして、対面に座り、腕相撲の構えをとった。

「さ、やりましょう」

「やりましょうって……」

 非モテ男にとって、美女と手を繋ぐのは、いささか覚悟のいることなんですが。

「いいから早く」

 急かされて、こちらも体勢を作る。互いに、がっちりと手を掴み合った。

 顔には出さないように全力で、相手が美女であることを意識しないようにするが、頭の中では、すべすべだなぁ、とか柔らかいなぁ、だの、五感が勝手に情報を脳に放り込んでくる。

 やめてよぅ、惚れちゃうよぅ。

 男って、単純なのよ。

 そんなこちらの内心を知ってか知らずか「では、開始!」とこちらの覚悟を待たずに、合図が放たれた。

 慌ててこちらも力を込める。

 が、腕が動かない。全く、ビクともしない。鉄製の地面から生えたポールを腕で動かそうとでもしているような感覚。

 これでも空手をやっているので、筋トレも欠かしていない。なんなら、腕相撲は仲間内では強い方だ。

「ん~」とロズィは困ったような表情を浮かべ、徐々に手に力が込められていった。そして、こちらの手の甲は、テーブルに近づいていく。格上だからこそ出来たであろう、腕相撲とは思えぬほどの優しいフォール。

「こ、これがガーディアン」

 口にしながら、とても嫌な予感がした。

「ベラ、次は貴女が」

 ロズィの言葉が、こちらの考えが正しいのだと予感させた。

「え、あたし? 術士だから、弱いわよ」

 最早、緊張などしていられなかった。生じた不安を払拭するために必死だった。

「ベラ、全力を出しちゃ駄目ですよ。最初は様子見です」

「え、負けちゃうってば!」

 もう答え合わせは終わったようなものだ。開始の合図で、全力で力を込めた。中学女子の体格の相手に、全力全開。

 でも、動かない。

 ベラは、怪訝そうに眉をひそめて、俺の顔を見つめている。そして、その顔は徐々に慈悲の表情に変わっていった。

 ゆっくりと、俺の手は、テーブルに着地した。

「そっか、あんたレベル一だから」

 もしかして、俺の筋力弱すぎ? 別に、異世界に来たからと言って、弱ったという感覚は無い。多分、他の皆が強いのだ。職業レベルと補正の所為だろうか。

「早めに判明して良かったですわ。命に関わることですし」

 しかも、成長しないことが判明している自分。この世界において、生涯最下層生物生物で居続けることが決定。

 こちらの顔色が悪いことに気付いたのか、ロズィが励ますように声を掛けてくれた。

「よ、良かったでは無いですか。これでタケルが心配していた、男女が同衾したら危険なんて事が起こりえないとわかりましたし」

「ソウデスネ。オソッテモ、マケチャウモンネ」

「そ、そうですわ! ベラの身体の測定って、どの部分を測ればよろしいのでしょうか。今日中に、全部してしまった方がよろしいですわよね?」

 こちらの様子から、本当に傷付いていることに気付いたのだろう。話題を変えようと、オロオロしている。

 年下の二人に、気を使わせるのも申し訳ない。そもそも、二人が悪いわけではないのだ。むしろ、気付かせてもらえて良かった。気付く場面によっては、死んでいたかも知れない。

「えっと、測って欲しいのは」

 その時、頭の中におやっさんの声が響いた。

『スーツを着用し、身体を立体スキャンするといいだろう。そうすれば、全身のサイズが記録できるぞ。なんなら、とりあえずでも型紙を作れば、その立体サイズに合わせて、補正もしてやろう。そうすれば、楽だろう?』

 文明の、じゃなくオーバーテクノロジーの利器ってば、超便利。日本に居たときに欲しかった。

「とりあえず、スーツを着れば、なんとかなるみたいだ」

 そのように説明した後、スーツを着用し、早速二人分の測定を終わらせた。ただ、身体のサイズを知られた二人は、少し照れくさそうではあった。

「それにしても、スーツ着ていないと、俺はそんなに弱っちいのか、この世界じゃ」

 深々と重い息を漏らしてしまう。格闘技を習い続けてきたわけで、それなりに強さには自信があったのだ。それが最弱生物と思い知らされれば、愕然ともしますわ。

 同情した二人が、別行動中に購入していたらしい酒を勧めてくる。

 悲しみは、酒で洗い流す。異世界でも、それは同じらしい。

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