第2章 3 聖女猛る
三
野営道具の販売店に行くと、日本のアウトドアショップに似た品揃えが並んでいた。
店員は、若い男女。顔付きが似ていることから、兄妹のようだ。
因みに、どちらも結構な美形だ。
つまり、この店内に居る美形じゃ無い存在は自分だけということだ。
悲しい現実。
二人と相談しながら、まずはテントを選ぶ。軽くて、更に防水機能を有するテントというのが、最低条件だった。軽さと防水性能の二択の場合は、防水性能を優先。
水に濡れ続けることによる、体力低下や低体温症は、かなりの危険をはらんでいると言うことだ。
条件にそって選ぶと、自然と選択肢は減っていく。結局、三つの中から選ぶことになった。
防水性の高い物。だが、値段は一番高い。
次は安いが、そこそこ軽く、そこそこ防水性が高い。
最後は、軽くて、値段は二番目に高い物。防水性も、それなりに良い。
二人の意見は一番最初の物だったが、俺は最後のテントを支持した。その理由は、軽さもあるが、広さも一番なのだ。その理由は、布が違うのだ。防水性が一番の布は、防水性の高い代わりに重い布なのだ。
「多分だけど、錬金術で防水の為の塗り薬が作れると思う」
この意見が決定打となり、こちらの意見が最終的に採用された。
寝袋に関しては、これでいいでしょ、と簡単に決定した。話を聞くと、現在買うべきは春から秋用で、冬が来たら、現在のものは処分なり売りに出し、新たに冬用を買い直すということだった。
本当に、合理的だ。
最後に、野営用の調理器具を確認しようとしたところ、新たな客が現れた。
屈強な男が二人と、小太りな男が一人。旅人にしては、小太りな男の服は、高価そうな物だった。
男達は、レジに居る店主の男に近寄り、怒声にも似た荒げた声で、紙を取り出し、突きつけた。
「借金の支払日は、四日後だぞ!」
おおう、漫画の世界でしか見たことの無いシーンが目の前で披露される。
「す、すみません。今は、払えなくて……」
店主は、悔しそうに顔を下に向けって、拳を震るわせていた。
小太りの男が一歩前に出て「もし、払えないようなら、借金のカタとして妹を貰っていくからな!」と怒鳴りつけた。
すると、隣から「どうどう」と馬をあやすような声がした。そちらを見ると、険しい顔した聖女様が、今にも襲いかかりそうな怒気をはらんでいた。
あ、こんなに喧嘩っ早いんだ、この聖女様。
既に顔が真っ赤で、肩で息をしている。
小太りの男は、妹さんを一瞥すると、特に暴れることもなく、そのまま立ち去っていった。
当然だが、店内の空気は最悪だ。
「話を聞かせなさい!」
腕を組み、威風堂々と言った感じで、聖女様は店主達に言い放ったのだった。
最初、店主さんは躊躇していたが、ベラの堂々とした態度と譲らないという怒気を含んだ気配に、結局のところ折れて、話をすることにしたようだ。
借金があるのですみません、お茶が出ないことを謝罪された。勿論、そんな必要は無いと、ベラは首を横に振った。
すると、兄妹は自分たちの境遇を話し始めた。
兄の名前は、ベルク。
妹の名前はジュリ。
兄妹で、祖母の代から続く、旅人用の道具屋、日本風に言うのならば、キャンプ用品の販売をしているとのことだ。
先刻の借金については、祖母、両親がした借金とのことで、借金自体は、不正ではなく、正式な借金であるとのこと。
かの借金取りは、この街の貴族階級の人物であり、金貸しではないらしい。祖母の代、及び両親の代の時から、貴族と平民でありながらも、交流があり、仲が良かったため善意で利子なし、催促なし、有るとき払いで良いという話だった。しかし現在の当主に代替わりしてから、催促が行われることになって困っているとのことだ。
ここまでの話では、相手方に、特段の犯罪性があるとは思えなかった。
が、問題があるとすれば、妹さんが借金のカタとして連れて行かれるということだろう。
美人の生娘と言うことで、借金をチャラにする交換条件として嫁によこせ交渉しているとのことだ。
万が一、生娘でなければ、この話はなしだ、と相手方は拘っているそうだ。この話には、ベラもロズィも嫌悪感をあらわにしていた。自分としては、とても気まずい。なのに、空気の読めない、お兄さんは「だから、こいつは未だに生娘です」と、言わないでも良いことを言葉にする。
妹さんの顔は湯気がでそうなほどに真っ赤だ。自分としても、この場に居ることが、とても気まずい。
「ただ、本当なら、借金を返すことが出来たんです」
意外な言葉が、お兄さんの口から紡がれた。
祖母が旅人だったらしく、その冒険の最中、価値のある首飾りを手に入れ、それは家宝として受け継がれてきたとのこと。が、借金の催促に応じるべく、国営の美術館に売ることにしたそうだ。
が、そこで問題が生じた。
美術館の人間と連絡を取り、取引の日付を決めた。そして、当日、安全な場所ということで、銀行において首飾りの受け渡しは行われた。金は銀行で払うが、首飾りは共に来た護衛に預けるという話になったらしい。
が、その後、銀行に美術館職員は現れず、盗まれたことに気付いたそうだ。迂闊な話だったが、美術館職員がそんなことをするとは思っていなかったそうだ。
が、その次の日、本物の美術館職員が現れ、首飾りの件を訊ねてきたそうだ。
事情を説明し、その方には帰ってもらったそうだが、理解不能な点が、幾つかあったらしい。
まず、本物の職員が言うには、取引の日は、彼が訪れた日であり、それは手紙として出していると言うことだった。が、兄妹の受け取った手紙には、騙された日が記載されていたらしい。
因みに、首飾りの存在を知っている者はほとんど居ないとのことだが、借金の催促をされた際に、不用意な言葉を漏らした。間もなく美術館に首飾りを売って、借金を返せると、かの貴族に。
故に、かの貴族が、盗んだのではないかと、疑っているそうだ。妹に対する執着を思えば、嫌疑はかなり濃いと思えるとのこと。
また、この街の素行の良くない人間が集まる酒場に、かの貴族が現れているという目撃情報もあり、その時に人を雇ったのではないのかと疑っているとのころだ。
「許せないわね」
腕を組んだベラが、険しい顔でそう呟いた。
「あたしに任せ」
「もし何か出来ることがあったら、協力しますよ」
ベラが言い切る前に、言葉を遮った。
キッ、とベラに睨まれたが、首を横に振る。
「ベラ、ロズィ、行こう。お願いだから!」
有無を言わせない、こちらの口調に、何かがあるということは伝わったのか、不承不承ながら、二人は後をついてきた。
「なんで!」
「先ずは宿を探そう。そこで話す」
むう、とベラは頬を膨らませた。
「まあまあ」とロズィがベラを窘める。
宿は、基本的に教会を使っているらしいが、その際に、聖女と名乗る必要があるそうだ。教会は、聖女に協力する義務があるらしい。旅の路銀も、教会は提供する義務があるそうだ。
それが嫌で、二人は宿を使うことも多いらしい。今日も、一般の宿を使うことを提案され、適当な宿を選んで泊まることにした。
部屋は勿論二つ。男性用と女性用。こればっかりは、彼女らも同じ部屋にしようとは、提案してくることは無かった。
二人用の部屋である、女性部屋に集まり、先程の件について話し合う。
「さ、話して頂戴。あの困った兄妹を見捨てた理由を!」
怒ってる怒ってる。だが、仮にも大人として、少し引いた目で見る必要があったのだ。
「いや、人助けに反対はしないよ。むしろ、正義の味方をしようという君を、僕は尊敬している」
「ならなんで!」
落ち着くように、と手の平を下に向け、落ち着くようにと身振りする。
「まず考えて欲しいのは、彼らが正しいのかって言うこと」
「嘘を吐いているようには見えませんでしたけれど……」
おっとりとした様子で、ロズィが首を傾げる。
「うん、僕もそう思う。でも、彼らは最初から、借金取りが盗んだって言う、思い込みで話していただろう? 他に容疑者がいないという点は事実だけど、間違っていたら困るでしょ」
こちらの冷静な意見が正論だと思ったのか、ベラは少しバツが悪そうに、身体を小さくした。
「それに、嘘を吐いている可能性も、ゼロじゃ無い。そもそも、借金自体は正式なものだしね。正直、疑いの段階でどうするつもりなんだい?」
「……真実の眼で、あの貴族を問い詰めれば良いんじゃない?」
短絡的な聖女様。確かに、犯人であればそれで解決だ。
「もし、犯人じゃ無かった場合、どうするのさ?」
「う……」
当然の疑問に、ベラは口籠もる。
「俺は、この世界に来て間もないから、聖女と貴族の力関係については詳しくない。それはどんなものなんだい?」
「その街の教会の力次第といった感じですわ。ただ、この街は教会も小さいです」
つまり、大した力は無いということ。
「権力って言うのは、怖いよ? 俺はそれを知っている。例えば、君が、あの貴族に、聖女を名乗って真実の眼を使うと宣言したとしよう。それは実現するのかな? もし、実現せず、それどころか、教会に対して、圧力や嫌がらせが行われ、間接的に人質をとられる可能性がある。そういう可能性は考えているのかい?」
説教臭いのは、自分でも理解している。だが、これは言っておく必要がある。正義の味方を気取って、権力に負け、涙を飲んだ、自分としては。
ベラは、ふて腐れたように、腕を組んで、そっぽを向いている。だが、それでは駄目だ。
「ベラ、聞いて欲しい」
返事は無い。子供みたいに、へそを曲げてしまったようだ。
「聞いて欲しい。俺は、権力に負けた経験がある」
高校一年生の時だ。カツアゲされていた顔見知り程度の同級生を助けた。
空手をしていたこと、正義の味方が好きだったこと。それが原動力となり、臆することなく動くことが出来た。
こちらは止めるように声を掛けただけ。相手が先に手を出してきた。正当防衛だったはずだ。
だが、相手の親は弁護士だった。所謂、上級国民様。
相手は、俺が先に手を出したと供述。運の悪いことに、相手は、喧嘩は弱いくせに、ただ素行が悪いだけの奴らだった。そのため、俺は無傷で、相手を倒してしまっていた。
俺は、不処分という判決になったとはいえ、裁判までの間、逮捕されてしまった。無罪放免という扱いではあったが、逮捕されたという事実は、学校という狭いコミュニティにおいては、犯罪者であることと同意だった。
犯罪者と陰口を叩かれ、更にはゴミを見るような視線。俺は、それに耐えられずに、学校を止めた。
「そんな風に、俺は権力に負けているんだよ」
知らない単語について説明しながら、俺の過去を語った。
まあ、そのおかげで、コスプレに出会い、服飾関係の専門学校に行くことになったのだから、人生とはわからないものだ。
情けない過去を語らせてもらったからか、それとも俺の経験が、先程までの言葉を言わせていたことに感じ入ったのか、ベラは姿勢を正して、俺を見据えた。
「御免なさい、ちゃんと話を聞くわ」
「誤解しないで欲しいけど、俺は君の生き方に尊敬している。それは誤解しないで欲しい。でもね……」
俺は大事なことを言うとばかりに、深く息を吐いた。
「正義の味方はね、負けちゃいけないんだ。特に、弱点があると知られてはいけない。君の場合は、教会だ。教会に嫌がらせをされて、君は放っておけるかい? 相手も馬鹿じゃ無い。教会に嫌がらせをしても、自分がやったとは気付かれないようにするだろう。もしくは、適当な理由を付けて、真っ向から教会を撤去なんかするかもしれない。だからね、君は聖女だと知られるべきではないと、俺は思う」
正義の味方は、根無し草の、天涯孤独が良いと思う。正に、今の自分みたいな。
それならば、誰かを巻き込むことは無い。自分だけが、負けたとしても、負債を払えば良いのだから。
「じゃあ、見捨てろって、言うの?」
「違うよ。証拠を掴もう。先ずは、あの兄妹について聞き込みをしよう。流石に、一方だけの言い分を聞くのはどうかと思うし。とはいえ、あの貴族に直接話を訊きにも行けないからね」
うん、と二人は頷いた。
あと、作るべき衣装についても思いついた。今夜作成するために、材料を買いに行くことにしよう。
その事を告げると、二人は聞き込みに出かけ、俺は買い出しに行くようにと、適材適所で行動しようと言うことになった。
作るべき衣装、それは〈怪盗ツインテ〉。少女漫画の怪盗キャラ。小柄で、貧乳な少女のキャラクター。すなわち、ベラに着て貰うべき衣装である。