第2章 2 レベルが上がらぬ、残念職業(暫定)
二
ほとんど夜通し起きていた自分と、大半の時間を解体に費やしていたスモルさんは荷台で睡眠をとらせてもらう。
次に目を覚ましたときは、街の入口に着いた時だった。
街は壁に囲まれており、いわゆるファンタジー世界の城塞都市という感じだった。野生生物が付近に多いため、必要な措置なのだろう。
街への入口には、番兵が立っており、一応身分確認があるらしい。
といっても、手配書の顔がいないかを目で見て確認するという、アナログ中のアナログな方法だった。加えて、中に入るのには税金がかかるという。ただこれについては、安全な街に居るというサービスを得るための対価だと思えば、理不尽だとも思えなかった。
問題があるとすれば、年下の女性二人にお金を支払ってもらうアラサー男子が居ると言うことくらいだ。
街に入ると、スモルさんとエッジさんは、熊と狼を売ってくると、合流場所を指定して行ってしまった。後に売上金の分配をするという事だった。
「これで、二人にお金返せるかな」
「別にいいのに。そもそも、あたしとロズィ、お金は共有してるし。それとも、一人でお小遣いが必要なの?」
「ベラ、男の人は色々あるのです。色街に行くのに、わたくし達にお金をせびれないでしょう?」
ベラから軽蔑するような視線が、俺に向けられた。
「いや、行かないよ⁉」
と、そこで一つ疑問が浮かんだ。話を逸らすためではない、断じて。
「ベラの正体って、出入りの時に気付かれないんだね」
「え、ああ、そうね。というか、スモルさん達も、別にどこまで信じているのか、って感じよ。子供二人を助けたから、ああやって、聖女って呼んでくれているけどね」
聖女の認識って、どうなっているんだろう?
「聖痕見せれば、信じてもらえるの?」
「ん~、聖痕自体、目視できるのは教会の高位神官だから、普通の人には聖痕を見るることも出来ないわ。基本的には名乗らないし、名乗っても信じてもらうのが大変よ。ま、どうしても必要なら、その街の教会に行って、証言してもらうって方法もあるけどね」
最後に、そもそも面倒、と付け加えた。
折角なので、待ち合わせの時間まで、街中を観光することにする。屋台で、適当に買い食いしたり、適当に店を覗いたりする。
女性は買い物が好きというイメージだったが、彼女らは無駄な買い物は好きではないようだ。加えて選考基準は、軽さが命という考え方らしい。可愛いよりも何よりも、コンパクト、軽さ、利便性に重点を置いて、商品を見ていた。
なので当然、食事も味より軽さや日持ち重視。それは、個人的には厳しい。
「調理器具と調味料とか買って良い?」
「え、いる?」
二人は、キョトンとした顔でこちらの顔を見つめてきた。美女と美少女のそういう顔は眼福だが、それ以上に日々の糧の方が優先順位が高い。
「旅の最中も、多少は良い物が食べられればな、って思って。二人は料理の腕は?」
「修道院に居たときに、持ち回りでやってはいたけど」
「ええ。ですが、マッシュポテトと豆のスープくらいしか出来ません。修道院では、ほとんどそんな食事しか出ませんでしたし」
彼女らの食事に対する興味の無さのルーツが判明する。そりゃ、味覚が我慢強くなるはずだ。対してこちらは、甘やかされた日本人。とてもじゃないが、耐えられない、耐えたくない。
二人は、調理器具など邪魔じゃ無い? とイマイチ乗り気では無い。あのスープとパンで満足できるのならば、確かに不要なのだろうけど。
「わ、わかった。なら、今度俺が飯を作る。その味で判断してくれ」
「そこまで言うのなら、やってもらおうじゃない」
が、調理器具を買う前に、約束の時間が来てしまった。俺たちは、約束の場所へと戻る。
既にスモルさん達は待っていた。
二人はホクホク顔だ。良い値で売れたのだろう。
そして報酬分配。二人は、メインで狩ったのは俺なのだからと、大半をくれようとした。解体はスモルさんがしてくれたので、そちらはもっと貰うべきだと、俺が主張。
多分、この国の文化としては、俺が変なことを言っているのだろう。ベラ達も、スモルさんよりの発言をしている。
最終的に、人数一人当たりで分配の、俺たちが六割、スモルさん達が四割で納得してもらった。最後の、村へのお土産に使って下さい、が効いたようだ。
スモルさん達は、最後にはお礼を言って本来の目的である野菜の販売と買い出しに行くため、俺たちとは別れた。
因みに、三人分として手に入ったのは金貨が四十枚。一般人の生活水準を確認すると、金貨一枚が、大体一万円くらいのようだ。
そう考えると、四十万円。熊の肉が駄目でなければ、もう少し多めに手に入ったのだろうが、こればかりは仕方が無い。
「お~、凄い。あたし達だと、基本的に大物は倒せないから、今後のタケルに期待しちゃう」
「そうですわね。とはいえ、これはタケルだけで稼いだお金です。調理器具など、自由に買って頂いて構いませんよ」
そうは言ってくれるが、流石に自分だけの懐に入れるつもりは無い。男より、女性の方がお金は入り用だろう。夜のお店にでも行かない限りは!
「俺のために、野営用品買い換えるんだから、これを使えば良いよ。折角だから良い物買おう」
だが、その前に昼食だ。屋台は回ったが、本格的な食事はまだしていない。
街での本格的な食事、飯レベルに関して、この世界での試金石だ。
とりあえず二人に店選びを任せると、適当な大衆食堂を選択した。夜には酒場を営業している、兼業の定食屋だ。
席も半分は埋まっており、それなりの味は期待できそうだ。
メニューは、壁にぶら下げられた木の板に書かれている。文字が読めるのか、という不安はあったが、文字の内容が自分の目には理解できた。
『この世界では、言葉や文字は、生まれながにして、魂に刻まれる。お主にも、同じ事が起きている。職業というシステムがそもそも、魂に文字として刻まれているのだからな。その際に、文字という概念も刻まれる』
便利。異世界便利。でも、怖い。過干渉怖い。
メニューを眺めていると、米はなく、主なものはパスタとパンだ。おかず自体は、肉がメインだ。川魚らしいメニューはあるが、それは種類が少ない。
「米ってないのかな?」
日本人、お米大好き。日本人の身体は米で出来ています。比喩じゃなく、大抵の日本人の身体は、米の栄養で出来ている。
「米? 北の方が、小麦じゃなく、米文化のはずよ」
「あるんだ。良かった。俺の国は、米が主食だったから、全く食べられないのは悲しかったから」
「そうなのね。じゃ、北の方にでもゆっくり向かいましょっか。ロズィはそれでいい?」
「ええ、そうですわね。特に、目的地があるわけじゃありませんしね」
とりあえず、自分は猪のステーキとパンを注文した。二人は、がっつりとトマトのパスタの大盛りと鹿肉の塊を注文していた。
流石に、肉を受け付けないという年齢ではないが、十代と違い、加減して食わないと太ってしまう。仮にも、妙齢の女性二人と旅する以上、みっともない姿を見せたくない程度の見栄はあった。
自分の注文した物は、保存食の黒パンよりも食べやすかったが、やはり日本の物よりは味が落ちる。肉は、香草をかなり使用されいて癖は消されており、こちらは普通に美味しかった。しかしながらジビエ的な美味さで、日常的に食べるには、少し疲れる味ではあった。
量は二人の方が多かったはずなのに、食べ終わるのに掛かる時間はほとんど同じだった。早食いだなぁ。
食事は、三人分で、銀貨二枚と銅貨五枚。銀貨が金貨の十分の一の価値。銅貨が銀貨の十分の一の価値と言うことなので、大体二千五百円くらいか。
食事を終えたので、買い出し作業に入る。
「とりあえず、金縁眼鏡を買いたい」
これは必須だ。そうでなければ、錬金術師のコスプレが使えない。あと化粧品も必要だ。
眼鏡はすぐに購入できた。買おうと思っていたデザインが先行しているので、迷うことは無かった。
化粧品については、店内に女性客ばかりの中、男の自分が、連れの女性以上に化粧品を探している姿が恥ずかしかった。
二人は、ほとんど化粧をしていないので、あまり興味はなさそうだった。
が、今後もコスプレの種類が増えてくることを考えると、それなりの数の化粧品が必要だと思い、多めに買い込んでおく。
荷物を減らしたい二人からは、嫌そうな顔をされたが、そこは理由を説明し、納得してもらった。
その後、一服しようという話になり、カフェに入った。紅茶がメインの国らしく、皆が紅茶を注文し、やっと一息を付けた。
「そういえば、タケルの能力ってちゃんと見たこと無かったわね。これから一緒に旅をするなら、こちらとしても把握しておきたいんだけど、見ても良いかしら?」
「能力を見るって、どうやって?」
ステータスウィンドウとかあるのだろうか?
「え、今までどうやっていたの?」
そもそもそんなものはなかったと説明。また、職業も、皆が自分で選択肢、転職なんかも自由であることなど、かいつまんで説明した。
「変な世界ね」
こちらからすれば、この世界こそ変だが、迷い込んだのはこちら側。口に出すようなことはしない。
「そんなわけで、やり方がわからないんだけど」
「人物鑑定の資格を持っている人に、鑑定して貰えば良いのよ」
だからそれが誰だというのだ。
顔に出ていたのだろう。ベラがいつも通りのドヤ顔と薄い胸を張った。
「ふふん、聖女はそれを持っているのよ。本来は、特定の職業しか持てないんだけど、聖女は特別なのよ。じゃ、あたしの目を見て」
がっちりと顔を両手で掴まれ、睨むかのように、こちらの目を覗き込まれる。まるで思考を読まれているかのような、錯覚を覚えた。
「うん、見えた」
すると荷物から紙とインクと万年筆を取り出し、大量の文字を書き出した。
その際も、視線を逸らそうとすると、うごくな! と怒鳴られ続け、全てが終わるまで動くことが禁止された。
女の子に、ずっと見つめ続けられるのって、かなり照れる。耳が紅くなっていないか不安になる。
「はい、動いて良いわよ」
そういうと、書き上がった紙を渡された。
「これが貴方の能力を可視化したものよ」
職業・コスプレ衣装代行制作業
レベル 一
スキル 服飾作成上級
縫製技能上級
装飾品作成中級
靴作成初級
制作品レベル上昇(代償・本人のレベルが上がらない)
等と記載されていた。
他の能力値については、職業補正なし、と記載されていた。
「え~っと、これどうなのかしら」
「ん~、ちょっと残念に見えますけれど……」
残念って言われた。
「レベルが上がらないって言うのは致命的よ。でも、制作品のレベルが上がるってあるし、後であの鎧とか、昨日作った服とか着てから鑑定してみましょっか」
因みに、彼女らのステータスは、ベラが十八、ロズィが二十三ということだった。
戦闘系の職業の場合は、人前で能力については語らないことが鉄則らしく、それ以上は教えてはくれなかった。
まあ、狙われた場合、命に関わるので、当然のことなのだろう。逆に制作系統の職業は、むしろ触れ回る事が多いらしい。優秀な職人の場合、その分、仕事が増える傾向にあるからだそうだ。
その後、必需品である野営道具を購入しに行くこととなった。