第2章 1 初めて尽くしの夜
第二章
一
現在、俺たち三人は、荷馬車の荷台の上で、ゆらゆらと揺られていた。
本来ならば、五日後に行く予定だった近隣の街への買い出しを、自分たちの為に前倒ししてくれたのである。
荷台には少量の藁と街で売るための農作物が積まれており、自分たちはその隙間でお世話になっていた。
てっきりベラ達は遠慮するだろうと思ったのだが、「貴方たちに大地のご加護がありますように」と祈りを捧げ、同行させて貰うこととなった。
ご厚意はありがたく受け入れ、逆に相手が困っている場合には助けるのが、この国の文化だということだ。無駄に遠慮するよりは、合理的な考え方だと思った。
「二人は、もう二年くらい旅をしているんだっけ?」
「ええ、そうなります」
ロズィはこくりと頷いた。ガーベラをベラと呼ぶことになり、ならば自分もロズィと呼ぶようにとローズマリーに提案されたのだ。
流石に、片方を受け入れ、片方を断るのは平等性に欠けるため受け入れたが、見た目が大人なロズィを愛称で呼ぶのは、未だに少々照れくさくあった。
その際、ならば敬語をやめよう、という話にもなったのだが、ロズィの敬語は素だった。提案者の自分が敬語に戻せるわけもなく、現状の喋り方となった経緯があった。
「テント、買い換えないと」
「そうですわね。二人用にしませんと」
聞き間違いだろうか? 二人旅なのに、一人用?
「現在使っているのは、一人用なのか?」
「一人用ですよ。一人は常に見張りなので、二人用にする理由がありませんから」
因みに、寝袋も一つを二人で使い回しているとのこと。
「なら、俺がその一人用のテントは俺が使うよ。二人は二人用を買い足せば良いだろ? 一人は見張りになるんだろうけど、男女は分けた方が良いだろうし」
「ま~た、そういう話? あのねぇ、あたしとあんたがテントで寝たとして、最悪起こることは、あたし達が犯されるってことでしょ。で、あんたは心底軽蔑されて、あたし達に追い出される。精々そんなもん、そうでしょ?」
「勿論、そんなつもりはないよ。でもね、ほら、倫理観というものがありまして」
はぁ~、とわかりやすく溜息を吐くベラ。
「それに比べて、テントや寝袋を一つ分多く持つとどうなると思う? あたし達の荷物を見てもらってもわかるけど、それなりに大きいのよ、テントと寝袋」
日本のテントや寝袋は、かなりコンパクトになるが、この世界ではそれほどの技術は無いようだ。二人の荷物は、それなりに多い。
化学繊維最強。
「いざという時、余分に持ったテントと寝袋の所為で大怪我したり、それどころか死ぬようなことがあるかも知れないのよ? 比べるまでも無いじゃない」
ああ、そうか。この世界とでは、倫理観や価値観が根本的に違うのだ。
所詮、自分は安全な日本に住んでいたんだと実感させられる。この世界では、実際に日常と死が隣接しており、だからこそ、シビアに死の危険性を常に念頭に置く必要があるのだ。
単純に、自分の考え方が甘ちゃんなのだ。彼女たちの言い分が正しい。元より、彼女らに危害を加えるつもりは無いが、自分が間違いを犯さなければ良いだけの話だ。
「悪かった。君たちの言うとおりだ」
そういうと、ベラは満足げにコクコクと二度頷いた。
ただ、まあ、気になることはある。
「同じ寝袋使って、臭いとか言わないでね。傷付くから! おっさんって言われるの以上に、傷付くから!」
「根に持つわねぇ。言わないわよ。それどころ状況によっちゃ、あたし達だって、十日以上お風呂に入れないことあるのよ。お互い様」
徒歩旅ならば、そういうこともあるか。文明の利器に侵された、ぬるい精神の日本人には想像もつかない苦労だ。
「でも、あの時は不思議でしたね。お互い、汗もかなりかいていましたし、何日もお風呂に入れなかったのに、特に臭くなかったですよね」
「ふふふ、それはきっと聖女に選ばれるあたしだもの。匂いも、聖なるものなのよ」
ドヤァ、と薄い胸を張る聖女様。
「ああ、それには理由があるんだよ」
「理由?」
ドヤ顔が、途端にキョトンとしたものに変わる。
「それは嗅覚疲労って言ってね、強い臭いを嗅ぎ続けると、鼻がその臭いを感じ取れなくなるんだ。つまり、実は臭かったんだよ、凄く」
こちらの解説に、二人は顔を真っ赤にしてふるふると震え出す。
「「デリカシー!」」
同時に左右から出された平手を顔面に受ける。
うん、言いながら、やっちまったと思ったよ。オタク特有の知識披露欲、これからはもう少し自重しよう。
その後、暫く怒り心頭の二人が話をしてくれず、気がつくと眠りに落ちていた。
起こされると、日は暮れ始め、野営の準備を行うことになった。
林道の中、広場となっている場所。それなりに視界もとれ、獣の接近にも気付きやすいだろう。
実は、キャンプブームに乗って、キャンプはそれなりに経験していた。正確には、親友に連れ回された。そのためか、テントの設営は自信がある。いや、あったのだが、二年旅している二人に敵うはずもなく……。
テキパキとテント設営できる女子、格好良い。テントの設営を任せろとか、余計なことを言わないで良かった。要らぬ恥をかくところだった。
荷馬車の御者席に居た村の若者であるスモルさんとエッジさんと共に、焚き火の準備をする。
大きめの石で風除けの円を作り、そこに藁を敷く。更に林道に落ちている枝を集めて、薪代わりにする。
火を付ける方法は、火打ち石だった。ライターは存在しているらしいが、高価なため、村には無いそうだ。
まあ、火打ち石は、日本のキャンプでも使われている、棒状のスタイリッシュな奴ではあるが、百均にも売っているくらい、常用されている野営用品だ。
食事の準備は、スモルさんとエッジさんが行ってくれた。荷台に積んでいた、それなりに大きい鍋に、豆と売るための積んでいた野菜を煮込んでいく。
茶色というよりは黒に近い色のパンを手渡され、それを口にするが、ともかく硬い。マジで硬い。歯が折れたらどうしよう。多分、この世界にインプラントなんて無いはずだ。
スープを受け取り口に運ぶ。優しいお味。本当に優しい。病院食よりも優しいくらい。野菜のあわ~いお味のみ。不味くは無い。ただ、美味しくも無い。
「干し肉ありますよ」
そう言って、ロズィが荷袋から硬そうな肉の塊を取り出した。それを受け取り、俺がかぶりつこうとすると「ストップ、ストップ!」とベラに止められた。
「ナイフで削って食べるのよ。一回で食べるわけじゃないんだから、直接口付けちゃ駄目よ」
「あ、そうなんだ」
が、ナイフを持っていない。
「ナイフぐらい持ちなさいよ。旅人の常識よ?」
改めて皆を観察すると、腰にナイフをぶら下げている。日本だと捕まっちゃうのよ、それ。しかし、郷には入れば後に従え、だ。街に着いたら、自分用にナイフを購入するとしよう。
ベラが、俺の代わりに干し肉を削いでくれた。
細く切られた干し肉を口にする。
塩っぱい、凄く塩っぱい。日持ちさせるために、塩分多めにするのはわかるが、これはちょっと早死にを覚悟する味だ。
ふふ、とベラが笑う。
「こうやるのよ」
ベラがスープに干し肉を入れる。
真似してこちらも、自分のスープに干し肉を投入。すると、スープに塩みが加わり、先程より明らかに美味しくなった。
皆の様子を観察していると、歯の仇でもありそうなパンは、スープに浸して食べるのが正しいようだ。
自分以外の四人は、それなりに美味しそうに食べている。が、自分には、少し、いや、かなり物足りない味だと感じる。
日本って、安くて美味しい物が食べられるからなぁ。これは、ちょいと困ったぞ。その内、我慢の限界が来そうな気がする。
街に行ったら、調味料なんかを購入することも考えよう。調味料がどれほどの種類があるのかは不明だけど。
食事を終えると、明日に備えて早めに休むことになった。
見張り役を交代でやること決め、俺は三番目に見張りをすることになった。
時計はこちらの世界にも存在しており、時間を計るのには問題が無い。地球でも、水時計なんかから始まり、時間を測ることはかなり昔から行われていた。それだけ人間にとって、時間という概念は重要なものなのだろう。
初の見張り。やってみると、ただただ暇。
因みに、ベラから毒を貰っておき、見張りが始まると同時に、毒を飲み込んでスーツを着用している。野性生物の襲撃を受けた際、生身では対処出来ないため、事前に装備しておくことは必須だった。
とはいえ、暇だ。暇すぎる。スマホって、便利だったなぁ。電子書籍をたくさん入れていたし、動画も見れたしなぁ。
『見れるぞ?』
「マジで?」
突然のおやっさんの声。っていうか、見れるの?
『正確には、お主の記憶を映し出せる。故に、新作などは無理だが、視聴済み、読破済みの作品ならば、お主の記憶から掘り起こし、このマスクで再生できる』
おやっさんはそのように説明すると、マスク内にコアラマスクの第一話を流し始めた。
新しい作品は見ることが出来ないとは言え、人生で見てきた様々なアニメ、映画等を観ることが出来ると思えば、全く問題は無い。正直、全部見るだけで、二十八年とは言わないが、相当な年数は掛かるはずだ。
これで、娯楽に関する心配は無くなった。加えて、コスプレ衣装を作成するのにも、役に立つ。資料として、とても助かる。
とはいえ、今は久しぶりに観るコアラマスクに集中しよう。いや、しちゃ駄目だ! 見張りだよ、見張り!
『このスーツには、レーダー機能がある。何者かが近づいてきた場合、知らせよう』
「おやっさん、超有能!」
というか、確かにそんな設定があったな。リメイク映画では、そんなシーンがあった。
お言葉に甘えて、特撮鑑賞に集中する。
二話目のクライマックス。戦闘員との戦闘が始まり、オープニングテーマが流れ出した辺りで、おやっさんから警告の言葉が掛けられた。
映像を止めて、周囲を確認する。
レーダーの画像がディプレイに映し出される。自分を中心に青と赤の点が映し出される。青色は、ベラ達だ。そして、赤色が未識別の存在だ。
視線を、赤色の点が居る方向に向ける。
マスクが、生物の居る場所をロックオンする。
熊、だろうか?
頭は、モヒカンのようなトサカが生えている。
地球には居ない熊のはずだ。全ての熊を知っているわけではないが、こんな世紀末な熊はいないはずだ。
とりあえず、追い返すのを目的にしよう。
皆が巻き込まれないように、熊の側へと移動する。熊も臆せず、こちらに近づいて来た。
自分の意思とは無関係に、ディスプレイが熊の口をズームした。
『あれは、服、だな』
血に塗れた、服の破片。
『喰われた、人の物だろう』
熊は、人を捕食対象だと覚えると、次からも人を襲うらしい。
だからこそ、ここに現れたのか。人の臭いに釣られて。
ここは、村の人が使う道だ。今後も、それは続いていく。もし、スモルさんとエッジさんの二人だったら、どうなっていただろうか。
……日本でも、人の味を覚えた熊は処分される。そうするしか、ないか……。
だが、やはり、躊躇せずにはいられない。
命を奪ったことが無いなどとは言わない。
部屋にゴキブリが出れば、殺虫剤をかけるし、それこそ蚊なんて何匹も潰してきた。命を奪った事はある。だが、それが猫や犬になれば、出来ない。しようと思ったこともない。
そう、哺乳類を殺すのは、忌避感が強いのだ。流石に猫と犬に比べると、熊には親しみが無いが、それでも虫に比べると躊躇してしまう。
せめて、先に襲われてからにしよう。もしかしたら、人を恐れて、逃げてくれるかも知れない。哺乳類を殺すことに対する、免罪符が欲しい。
その時、先程のベラとの会話が思い出された。
テントの重さが命に関わるかも知れない、と。
俺が躊躇することで、今後ベラやロズィが怪我をしたり、死ぬかも知れない。そう、この躊躇は許されないのだ。
ふう、と鼻から深く息を吐いた。
構えをとる。
こちらから攻める。彼女らと旅を続けると決めたのならば、これは自分で自分に課した試練だ。これが出来ないのならば、俺は誰かと旅をするべきではない。
一気に、熊に接近。自分より二回りも大きい熊の懐に入り込む。正直、普通に怖い。
「コアラキック!」
音声入力により、足にエネルギーが収縮していく。蹴りを放つ。命中すると同時、エネルギーが相手の体内へと衝撃となって襲いかかる。
足の裏に、腸が弾ける感触。あまり気持ちの良いものではない。だが、耐えていかなければ。今後、こういったことは頻繁に起きるだろう。
吹っ飛んだ熊は舌をだらりと口外にさらし、ぴくりとも動かない。もう目を覚ますことは無いだろう。
食べて供養することがせめてもの、と思ったが、人を喰ってるんだよな、この熊。ともかく、ここで放置しておくと、血の臭いで、別の野生生物がやってくるかも知れない。どうにかしなければ。
スモルさん達の眠るテントを覗き込み、声を掛ける。
「うわ!」
俺の顔を見て、驚きの声を上げた。
「って、タケルさんか。それ、怖いよ!」
「ああ、ごめんなさい。ただ、相談があって……」
熊のことを説明し、スモルさんと共に、熊の元へと向かう。人を喰った可能性があることを説明すると、流石に食用としては微妙、という話になった。
「やはり、人を喰った熊は食わないですよね」
「そりゃ、なんとなく嫌でしょ。間接的に、人を食べるわけになるし」
が、毛皮は十分な値段で売れるそうだ。とはいえ、こんな森の中で、皮を剥ぐのは厳しい。街まで持っていく必要があるとのことだが、腸が先に腐るとのこと。
死体は、一番最初に内臓が腐るのだ。死臭とは、マズ第一に、腐り始めた内臓の臭いなのだ。葬式で、線香を焚くのは、この臭い消しの意味もある。
「内臓だけ抜きましょうか」
「わかりました」
俺とスモルさんで、その作業をすることになった。近くに、川があるらしく、そこでやろうと言う話になった。
見張りの自分がここを離れることになるので、ロズィに見張りの任務を引き継ぐために、彼女らのテントに外から声を掛ける。
一人用のテントに、二人でどう寝ているのだろうか?
ちょっと気になりますね。
テントの入口が開く。
「きゃ!」
俺の顔を見ると、みんな同じ反応をする……。このマスク、確かに不気味だもんね。
「あ、タケル。どうしました?」
眠そうだ。俺自身が慌てていないので、敵襲ではないと判断したのだろう。
気になるテントの中を覗くと、狭いテント内で抱き合うように眠っていたようだ。
まあ、ベラは小さいし、抱き枕には丁度良いのかも知れない。ベラも、目を擦りながら、こちらの会話の内容を伺っていた。
事情を説明すると、ロズィは快く、前倒しになった見張りをすると了承してくれた。
ロズィの準備が終わるのを待ち、準備が出来たのを確認してから、見張りを引き継ぐ。
熊を持ち上げて、スモルさんの案内で川の付近まで移動した。
スモルさんが、自前のナイフで巨大な熊の腸を抜いていく。
すると、自分のレーダーに、多量の赤い点が近づいてきた。そちらをズームし見つめると、狼の集団だった。
血の臭いに釣られたのだろう。
「スモルさん、狼です」
「え⁉」
正直、あれほどの大群から護りながら戦えるほど器用では無い。
「川の深いところまで行けますか?」
流石に狼も、自分の身体より深い水深までは襲って来ないだろう。
だが、ここで逃がせばロズィ達の方へと向かう可能性がある。今、なんとかする必要がある。
俺は、熊の遺体の前に立ち塞がった。当然、狼の狙いは、俺たちと言うよりも、即座に食事としてありつける熊だ。
川と熊を背後に、半円状に狼がこちらを囲う。威嚇のための唸り声が、包囲された自分に向けられる。
わんこにでも、これをやられたら怖いのに、狼の群れからやられると背中汗だくだよ。
最初の一匹目が、こちらの首筋に向かって襲いかかってきた。躊躇なく、生物を殺すための攻撃。
「コアラパンチ!」
跳んだ狼の顔面を捉え、地面に叩き付ける。
ぴくぴくと痙攣し、一匹目が息絶えた。
二匹目が仲間の仇とばかり襲いかかってきた。冷静さを欠いた、ただ身体に噛みつくための攻撃。
「コアラキック!」
横薙ぎの蹴り。吹っ飛んだ狼の身体が木に叩き付けられ、ベチ、と肉が堅い物に叩き付けられた音がした。ずるずると木から地面にずり落ちる。木には、放射線状に血が飛び散っていた。
このスーツ、本当に危険だ。原作でも、パンチで人間を壁のオブジェにしていたのを思い出す。
スモルさんの安全を確認するため、レーダーで狼とスモルさんの位置関係を確認する。視認せずとも、周囲の状況を俯瞰的に一瞥できるのはかなり大きい。
スモルさんの安全が確認できたと同時、赤い点の一つが、離れていることに気付いた。
『あれが群れのボスだろう』
「倒せば帰ってくれるかな?」
『可能性はある』
位置はわかっている。だが、追うとなれば、それなりの時間は掛かる。
なら、あれしかないだろう。マスクヒーローシリーズといえば、これだ。
「コアラジャンプ!」
木よりも高く跳べる。ここまで高く跳ぶつもりは無かったのだが、まだ力の加減が掴めていない。
「コアラキック!」
目標に向かって、軌道を変えて蹴りの姿勢のまま突進する。
突然の理解不能な状況に、狼たちも呆気にとられていた。
ボス狼は、自分に向かう蹴りに、やっと正気に戻ったようだが、時既に遅し。人ですら、空中の相手には攻撃が出来ない。四つん這いの生物ならなおさらだ。
ボス狼の身体に蹴りが命中し、地面と蹴りに挟まれたボス狼の身体は見るも無惨な姿となった。
数秒の後、狼の遠吠えが響いた。
レーダーから赤い点が消えていく。
スモルさんの元へに帰り、終わったことを告げると、スモルさんは胸を撫で下ろして岸に戻ってきた。
「凄いですね。タケルさんがこんなに強いとは」
「い、一応、格闘技をやってまして」
スーツの性能とは言わない方が良いだろう。作ってくれだの、盗まれそうになるなど、無駄な面倒事が増えそうだ。まあ、盗むことは不可能だろうが。なんせ、胸に変身アイテムが埋め込まれている。
その後、熊と倒した二匹の狼を解体。流石に、トラックに潰されたかのような、ボス狼には既に商品価値はないとのことだった。
狼は肉として食べられるという話になり、狼については、本格的に解体を実施した。
「タケルさんが居れば、ここでも解体できますよ」と信頼してくれてのこと。売り物としての価値にも影響するらしいので、さっさと終わらせることとなった。
流石に一人でやるには数が多いため、かなりの時間を要した。既に時刻は明け方にかかろうというところまで来て、やっと作業は終わりをむかえた。
野営地に戻ると、皆は朝食の準備を行っていた。
そこに「肉を追加で!」と狼肉を見せると、皆が歓声を上げる。狼肉は、それなりの御馳走らしい。群れで居るため、相手をするにも危険で、そうそう狩ることが出来ないそうだ。
拾った枝に、小さく切った肉を突き刺し、直火で焼いていく。美味しそうな臭いが周囲に満ちていく。
レーダーには接近する影は無い。それにここには、ロズィが居るので、周囲の見張りは彼女に任せるとしよう。
マスクの後ろ首辺りにあるスイッチを押し、スーツを解除。自分も食事に加わる。
塩を振っただけの単純な味付けだが、これはこれで美味い。豚と牛の中間くらいの味だ。臭いは案外少ない。野性の狩りで過ごしている動物のためか、脂は少なく、赤身が多い。あっさりしつつも、旨味はそれなりだ。
うん、喜ぶ理由がわかる。昨日の食事と比べると雲泥の差だ。
まあ、犬だったら、多分、食えなかったな。襲ってきた狼だと認識しているからこそ、食べられていると思う。日本人は、きっとワンちゃんは食べられないと思う。
「っていうか、タケル、狼も狩ったの? だから戻ってくるの遅かったのね」
「狩ったって言うか、襲われたんだよね」
「あのぐちゃぐちゃな一匹は、持って帰ってくる必要あったの?」
そう言って、食欲が失せるんだけど、とベラが苦情を口にした。
「一応、ボスかも知れないのです、聖女様。もしかしたら、街で手配されているかも知れませんし。報告用になります」
「そういうことなのね、なら仕方ない」
とても食欲が無くなっているとは思えない勢いで、ベラは再び、もりもりと肉を食べ始めた。