第143話 にっこり
夕食の席でプランガル王国へ行く理由をローダルさんに語った。
理由はいろいろあるけど、単純に旅がしてみたいだけ。でも、そう厳しい旅はノーサンキュー。快適な旅をしたいためにローダルさんを誘ったのだ。
「プランガル王国なぁ~。何が有名なんだ?」
「その知らないことを知るために行くんですよ。何も知らずに商売をするのが商人なんですか?」
「利益を出さないのも商人として失格だぞ」
「危険を冒さず得られる利益が欲しいなら最初から隙間商売をしていることです。利益だけ欲しがる商人は一番にはなれません。求める者にこそ大きな機会は回って来るものです」
「……お嬢ちゃん、言うようになったな……」
少したじろぐローダルさん。
「ローダルさんだから言ったまでです。他には違ったやり方をしますよ」
この人は何かを求めている。なら正直に、直接的に言ったほうが通じるわ。
「おれだから、ね」
「こちらにはプランガル王国と繋がるマリカルがいます。かなり下のほうの位置にはいますが、こちらは一国の伯爵、中央でもかなり地位の高い侯爵様がいます。王国でも上位にいる商会も付いている。あちらから見たら無視出来ない状況です。こんな美味しい状況を活かせないような商人ならこの先、大成するなんてこと絶対ありませんよ」
断言出来る。この状況を活かせないようでは商人としての才能はないわ。
「もう一つ、わたしの手札を見せましょう」
部屋の隅に置いていた木箱を持ってきた。
「魔法の鞄って知ってますか?」
「え? あ、ああ。最近ウワサになっている。魔法の鞄が市場に出回っていると……あれはお嬢ちゃんが仕組んだのか?!」
「半分正解で半分不正解です」
箱の蓋を開けて中を見せた。
「わたしがいつも使っていた鞄、覚えていますか?」
「あ、ああ。常に身に付けていた鞄だろう。随分と気に入っているんだな~って思っていたよ」
「実はあれ、魔法の鞄だったんです」
「あれが?」
「はい。物置小屋に置いてあったから勝手に使ってたんですけど、たくさん入るから謎だったんですよね。魔法の品なのはすぐわかりましたので、大事に使ってたんです」
と言う設定なのは二人にも話してあるので、ローダルさんが二人を見ても問題はない。表情を変えることなく紅茶を飲んでいるわ。
「わたしの固有魔法が転写かもしれないと思って鞄に試してみたら成功、とまではいかなくとも半分は成功しました。この箱なら五倍は入れることが出来ます。ちなみに十箱はあります。この一年、こつこつと転写させてきました」
「……十箱しかないのか?」
「旅に出たら他に回している魔力を向けることは出来ますよ」
マッチ作りは転写出来る仕組みを作ってある。あとは魔力を持つ人がいればわたしがいなくても作って行けるわ。
「ただ、魔法の箱も魔力を供給しなければやがてただの箱となります」
「なくなるとどうなるんだ?」
「中のものが吐き出されます」
ちゃんとどうなるかは試しておりますよ。
「なので、魔法使いさんを一人用意してもらえるとわたしの負担がなくなり、他のことにも使えます」
快適な旅をするにもわたし以外の魔力を用意しなくちゃならない。是非ともよろしくお願い致します。
「プランガル王国までどのくらい何だ?」
「歩きと馬車で二十日でした。ただ、山脈を越えるので馬車は通れません」
「まあ、プランガル王国なんて滅多に耳にしない国だからな。滅多な道のりじゃないだろうよ」
「その山脈にはパルって荷物運びを生業としている人がいるので、この木箱と魔法の鞄があれば馬車がなくともプランガル王国の品を持ち帰れると思いますよ」
「そうれば護衛も必要か……」
「ローダルさんは護衛とか付けないんですか?」
「行商に護衛なんて付けたら破産だよ。そもそもこの国で山賊とかはいない。たまに食うに困ったヤツが賊になるくらいだな。それより獣のほうが危険だ。狼はどこにでもいるからな」
ゲームのように歩けばモンスターに出会う世界でもなし。自然豊かな時代だから獣とかは多そうよね。ゴブリンとかいる世界だし。
「その五箱はローダルさんに渡します。あと、この鞄も。実際、試してみてください。食料はこちらで用意しますので」
十箱でも五十箱分にはなり、一人二箱だとしても五人いればいいし、さらに十人も雇えばかなりの量を運べるはずだわ。
「今回は情報収集に徹すればそう儲けも出ないでしょうが、損をすることもありません。プランガル王国から何らしらかの許可をもらえば万々歳なのでは?」
そこらローダルさんの腕、いや、口次第。がんばってください、だ。
「他に隠していることは?」
「ありません」
にっこり笑って見せた。
「……まあ、いい。マルケルさんと話し合ってみるよ」
「よい答えが出ることを祈っておきます。あ、秘蔵のお酒があるんですけど、飲みますか?」
「蒸留酒か?」
「いえ、麦酒です。まあ、とある植物を入れて少し味を変えています。プランガル王国ではよく飲まれているそうですよ」
よく冷えた麦酒を出してあげた。
恐る恐る飲むローダルさん。でも、飲んだあとは目を大きくさせていた。
「美味しいですか?」
「あ、ああ、美味い。こんな麦酒、生まれて初めてだ」
わたしには苦味しか感じないけど、大人の舌には美味しく感じるみたいだ。
「また一つ、プランガル王国に行く理由が出来ましたね」
またにっこりと笑って見せた。